第十七話
(トゥルっトゥットゥットゥ~~♪)
江ノタクの車窓から
今日は神奈川県の大鋸総合病院から『ひかり荘』へ向かいます。
もうすぐ正午になろうかという時刻。
予約をした人でしょうか?
黒塗りのタクシーに乗り込む人がいます。
ギブスをつけて歩く人。付き添う女性と子供は奥さんと娘さんでしょうか?
カイゼル髭を生やした老齢なドライバーがにこやかに挨拶をしています。
乗客が乗ったことを確認すると、タクシーはいよいよ出発します。
横手には境川が流れています。
川の名称はかつて武蔵国と相模国の国境とされたことに由来し、今でも東京都と神奈川県の都県境となっています。
タクシーは市街の中を走ります。
十一時五十五分、タクシーは『メイプル藤沢』アパートに到着しました。
できてからまだ二年。
新しい建物の前には、大きく老齢な楓の木。
うっすらと紅葉した大きな葉っぱが優しげに揺れています。
タクシーから女性が出てきました。
すこしすると、紙袋を抱えて再びタクシーに乗り込みます。
中身は様々な料理なんだとか。
これから男性の家で食べるとのこと。どのような関係なのでしょうか?
十二時五分、今回の旅の目的地、『ひかり荘』に到着しました。
木造2階建ての計八戸。
随分と年季が入った建物です。
クラシックな木製の建具。優雅に波打った瓦屋根。
手を入れていない、自然に任せた大らかな庭。
隣にはまだ新しい白く瀟洒な洋風建築。『ひかり荘』の味をよりいっそう引き立てています。
おや? ギブスをした男性が頭を抱えていますね。大丈夫でしょうか?
次回は『ひかり荘』での昼食風景をお送りします。
(トゥルっトゥットゥットゥ~~♪)
◇ ◆ ◇
俺は頭を抱えた。
こんなにボロかったですかぁ~~? レレレー?
退院したばかりだから落ち着けるだろうと俺の家。そして、詩織さんの手料理を食えることになった!
飛び跳ねるほど嬉しく、緊張で胃が締め付けられたわけだが。が!
ここまでひどい建物だったとはな。なーー! 慣れって怖い!
「おかあさん! これってあの幽霊屋敷でしょ! すごい! はいっていいの!?」
「美緒!!!」
うっわ~~。笑えるよ。けど、気っまず~~。
詩織さんがすっごく気まずそうに俺を見た。
「ごめんなさい…」
「いえ…、重々承知しております…」
「ごめんなさい…、あの、美緒と話したいので先に行っていてもらえますか?」
「はい。俺の部屋はあれです。階段あがって三番目のあの部屋。俺も一度部屋の中を確認してからお招きしようと思っていましたから、ちょうどいいです」
俺は美緒ちゃんにコソコソと言い聞かせている詩織さんを傍目に階段をのぼった。
「おかあさんだって、あのアパートは幽霊がでるっていったじゃん!」
「美緒ッ!」
詩織さんが真っ赤な顔でこちらを見たのが横目に見えた。
聞こえていませんよ~。そっかー、幽霊屋敷なんだ、ここ。ふっふふふ…。
「ただいま」
久しぶりの我が家。ん? 体が重くなったような気がする。幽霊? ついにか!
――ってそんなわけないか。愛しの我が家に体の緊張でもとけたのだろう。
まあ、万が一幽霊だとしても、今はおとなしく頼むぜ。
謎のサブレが置いてあった件が気になる。
マサオは玄関から見える範囲ではおかしなものは無いと報告をくれた。
はいってすぐに廊下のような台所。手前にはマサオが届けてくれた荷物が置いてある。
ありがとう、マサオ。
床にはうっすらと白い粉が散らばっていた。――塩だ。
マサオから『ごめん、入るときに塩まきました。ペコ』。あとで、謝りのメールが来ていた。
あの野郎。それまで、普通に入ってたろうが! ペコってなんだ!
部屋の中を見回った。
奥の居間兼寝室。畳の上にコタツが出ている。
押入れの中も確認。クリアーケースと布団があった。
安全確認、OK! 詩織さんが来る前にさっさと塩、掃こうかね。
すぐに松岡親子がチャイムを鳴らして気まずそうにはいって来た。
「きれいですね…」
詩織さんが、ほぅとした顔で部屋を見回す。
部屋がきれいだから油断して外観を忘れてしまったのだが、これで少しは挽回できたろうか?
詩織さんはタッパーに料理を詰めて持ってきていた。
ご飯は炊飯器からすぐによそったもので温め直す必要はない。だが、その他のものは温め直す必要がある。
俺は調理道具の場所を説明した。 座っていてもいいと言われたが俺も手伝った。皿や箸などを美緒ちゃんとバケツリレーし、詩織さんからお見舞いに頂いていたお茶を淹れる。
コタツ机に所せましと料理が並んだ。
しめじご飯、唐揚げ、卵焼き、ポテトサラダ、キャベツロール、デザートにケーキ。
口を引き結び緊張した面持ちの詩織さん。
美緒ちゃんは俺か詩織さん、どちらから「いただきます」と言ってくれるのかを待っているようである。
「田中さん、退院おめでとうございます」
「おめでとーございます」美緒ちゃんが口を添える。
「はい、ありがとうございます」俺は重々しく頷いた。
「それでは、食べましょうか。いただきます」
「いただきます…」感無量!
「いただきます!」
「んぅ~まい!」
「本当ですか?」
俺が食べている間、目があちこちにさ迷い、瞬きの回数の多かった詩織さん。
俺の言葉に、安堵したのか顔の力が抜けた。
「ええ、いくらでも食べられそうです。俺、きのこ好きなんですよ」
「きのこ…」
何か一言単語を言うと、今度からそればっかりになりそうな気配…。べつにいいけどね。今回だけだろうし。
「唐揚げはスパイスが効いていて美味しいし、卵はふわふわ! 俺、自分でつくったのは堅いんですよね。どうやったらふわふわになるんですか?」
「フライパンに卵を引いたら手早くかき混ぜるんです。火力も大事です」
「へ~~」
とても美味しい料理だった。
なによりも、このふたりと一緒に食べる日が来るなんて。よし! 日記を書こう!
最後の締めのケーキを見た美緒ちゃんが目をキラキラと輝かせる。
それを見て詩織さんが優しそうな笑顔で見つめた。
毎朝見ていたふたりの笑顔が、こんなに近い。楽しみだった笑顔……。ふぅッ。
なんだか目尻があつい。
「まずは田中さんからだからね、美緒」
「うん」
「俺はショートケーキと抹茶のケーキで迷っていますから、先に決めてくれませんか?」
「じゃあ、わたし、ショートケーキ!」間髪入れずに美緒ちゃんが言う。
「すいません、田中さん」
「いいんですよー」
ケーキの箱にロウソクが入っているのが見えた。
美緒ちゃんがケーキにはロウソクが絶対だと主張したようだ。
俺は着火マンを取り出すため押入を開けた。
クリアケースの引き出しから着火マンを取り出す。
そのケースにぶつかった布団の間から、なにやら生足がはみ出ていた。
ん? 生足? ははは、なんでまたこんなところに~、――― 生足
!!!
???
!!!




