第十三話
他人の家庭の事情?
首を突っ込んではいけない……。
袖触れ合うも多生の縁と言う。
だが、このご時世、余裕のない袖に手を通し、触れ合いを避けて生きることこそが今の日本の風潮であると言えよう。
なのに、だ!
なのに、あー! 胸がモヤモヤとする。
割り切れないこの思い……厄介だー。
面会時間も過ぎ、陽が照明にとって代わった夜の病室。
たまには実用書を読もうかとめくるものの、まったく頭に入ってこない。
晴くんの父親、野渡 奏風さんと、彼の同僚だという日向 彩桜さん。
子供のお見舞いの代行を申し出たという彼女と、それを頼んでしまう彼の関係は、ただの同僚ではないのだろう……。
そこそこ親密な関係があると見た。
それに、奏風さんは今は独り身か?
いずれ二人は結婚するのだろうか。
ん~、晴くんのことが心配だ……。
問題は彼女のやばそうな称号の数々である。
称号のことを知らない身であれば、あるいは応援をしていたかもしれない。
だが、知ったとなっては悩む! 悩む! お茶でも飲もうか……。
俺が姑だったなら、口うるさいババアにでもなって二人の関係を引き裂くという手段もありえたが、完全なる部外者の俺に口を挟んでよい道理はない。
……どうしたもんかな……
◇ ◆ ◇
「こんにちはー、晴君。お加減の方はどうですかー?」
あれから三日後、日向さんが晴くんのお見舞いにひとりで来た。
今日は薄い色調の縦縞なスカート、カーキ色のトップ。
彼女は小さく手を振って近寄る。
「こんにちは。 えっと、日向さん。元気だよ」
晴くんはちょっと思い出す仕草をしてからニコッと笑って挨拶をした。
俺には真似のできない笑い方。今からでもお父さんと営業回りができそうだ。
――とはいえ、晴くんは布団をたぐり寄せた。ぐっと握った手が内心の思いを表している気がする。
俺は二人の気が散らないようにカーテンを閉めた。
二人は普通に会話をしていた。
晴くんの病気の話、晴くんの家での話に父親、奏風さんのちょっとユニークな話で和やかになったり。
奏風さんはサボテンに名前をつけているそうだ。俺もいるかどうかもわからない幽霊に名前をつけている。
だが、晴くんの母親の話になった。
「お母さんはね、料理がすごく上手なんだよ。うどんもお蕎麦も粉からつくれるんだよ」
「お母さんの料理は本に載ったことがあるんだよ」
「お母さんはね、散歩が好きなの。どんな草や花、木の名前もわかるんだよ」
――――
最初こそ「すごいね~」と聞いていた日向さん。いつしか相槌が単調になってきた気がする。
声の質に『その話はもう飽きました』感があった。
「晴君のお母さんのことはよぉくわかったわ」
日向さんは晴くんのお話にストップをかける。
「私もう行かなくちゃいけないからお暇するわね。何か食べたいお菓子とかある? 今度持ってきてあげるよ」
軽く言葉を交わしたあと、日向さんは帰っていった。
最後は変な空気になったりもしたが、総じて悪い女と決め付けるのも今の段階ではどうだろう。
だがなんとなく、奏風さんと一緒になろうとしている気配はあったなあ。
それにしても、晴くん……?
君、母親の話を俺や雷爺さんにはあまり話さないじゃないか。
これはあれか? やっぱり意図して話してる?
『僕のお母さん』自慢が炸裂していたし……。
◇ ◆ ◇
晴くんの向こう側で寝ている同室の患者、江成さん。
彼の退院する日が来た。
彼は病室のひととあまり会話をしない。
俺はサブレのお裾わけをした時ぐらいしかまともに会話をした記憶がない。
だが、そんな彼が晴くんにプレゼントを贈った。
それが何故だかわからないが、彼なりに思うところがあったのだろう。
「僕のお気に入りのCDなんだ。僕はこのCDを聞いて辛い時や苦しい時を乗り越えてきたんだけど君にあげるよ。君にもらって欲しいんだ」
彼はよくヘッドホンをして音楽を聞いている。決まって流れている音楽は幼児っぽい声をしたアニソンである。
彼のヘッドホンからはよくクリアに音が漏れていた。
だが、彼の称号には【隠れオタク】とついている。気づいていないのかもしれないなー。
正直、恥ずかしい歌だと思っていたが、彼がそれだけの言葉をもって贈るのだ。俺も考えを改めたほうがいいのかもしれん。
そう気持ちを改めて、晴くんの手に渡ったCDのジャケットを覗き見る。
モノクロの色調。中折れ帽を被った丸顔ダンディーな男性と、髪をかきあげた若い男性のツーショット。手にはギターを持っている。渋くてロックな大人のジャケット。
「いつも、聴いてるんだ♪」
――――嘘つけッーー!!
晴くんは何かを言いたそうにしたものの、「ありがとうございます」と言ってお辞儀した。
彼は満足そうに頷くと、荷物を持ち家族のひとと部屋をあとにした。
◇ ◆ ◇
三日のスパンを空けて、再び日向さんが晴くんを訪ねた。
晴くんは相変わらず母親につながる話題を話そうとする。
今日は母親と父親の仲の良いエピソードも混じる。
――これは本気だね。
しかし、彼女は彼女で別の話題にそらそうとしていた。
そのうち、そらすのも面倒になったのだろう。
「お母さんのことを話すのは禁止よ」
「えっ、なんで?」
「世の中にはね、お母さんのことばっかり話すひとは『マザコン』と呼ばれていじめられるのよ。晴君は特によく話すから心配なの」
――心配には及ばない。晴くんが母親のことを話すのはあなただけです。
「えー。でもお父さんもお母さんのことをよく話すよ?」
「それって晴くんのおばあちゃん?」
「違うよ。僕のお母さんだよ」
「なら、野渡さん、じゃなかった。お父さんはマザコンではないわ。自分を生んだお母さんのことをよく話すひとがマザコンなのよ」
「ふ~ん」
日向さんにとっては、晴くんの母親の話は気に障るのだろうな。
あと、晴くんはやっぱり意図して話しているのは確定だな。
このまま彼女を追っ払えたらいいが、万が一にも二人が再婚したら晴くんの立ち位置、まずいぜ……。
そのうち晴くんはトイレに行って席を外した。
俺は本に目を落とす。
すると、カーテンからひょっこりと日向さんが顔を出した。
「あの、すいません」
「あっ、はい。何でしょうか?」
彼女と話すのはこれが初めてだ。
「私はもう帰ろうかと思いますので、晴君が戻ってきて、もしも聞かれるようなことがあれば私は帰ったと伝えてもらえませんか?」
「あー、はい。わかりました。――……あっ……あの……」
「――はい?」
俺はつい彼女を引き止めた。
――ちょっと待って? 言うのか? 今言うのか?
いま、晴くんはいない。雷爺も散歩中、エロ爺は……カーテン閉めてるけど……いるな。
エロ爺がいまいちネックだが、今のこのタイミングは俺が彼女と話せるベストコンデション。
もしも彼女と話せる機会があったならと何度か考えていた。
彼女には聞いておきたいことがある。だが、俺が聞いていいことはない。
――だから、お願いをするだけだ。
俺は手招きをして、彼女に内緒話を促した。
彼女は首を傾げて顔を寄せる。
「いきなりこんな事を言っては不躾ですが、今しかないと思うので聞いてもらえませんか?
野渡 奏風さんとのお付き合いを考えてみえるのでしたら、どうか晴くんのことを真面目に考えてやってください。
俺は奏風さんとはこの間あったばかりの部外者です。だけど晴くんとはここ何日か仲良くさせてもらっています。
俺はあの子に不幸になってほしくはありません。幸せになってほしいと願っています。
本当に余計なことだとは思いますがよろしくお願いします」
俺はそう言って頭を下げた。
彼女はポカンとした顔で聞いていた。
「――――え! いや、私たちはそんな関係じゃないですし、そんなこと考えていませんよ。あなたの早とちりですよー」
彼女は「もー」と笑って俺を叩く。
俺も、はははと笑った。
――まあどちらにせよ、認めるようなことは言わないだろう。
この程度のことを俺が言ったところで何かが変わる気はしない。
だから、だから、もう一言。――ほんの少し楔を打ち込もうと考えていた。
俺は告げる。ハッタリだ。
「俺の友達に、あなたと付き合っていて、あなたに振られた人がいるんです」
彼女は笑顔。だが――
――――うわぁ……。
彼女は笑顔のまま血の気が引いた。
ほんのちょっとのつもりが、思いのほか深く刺さったらしい。
――効果抜群だ! ……大丈夫かな?
過去にどんな付き合いしてたの?
口止めに殺さないでね? ハッタリですよ。
「ふふふ……。だからー、早とちりですよ?」
彼女は血の気の引いたまま、穏やかな顔で俺に言う。
――怖いです……。
話しているうちに晴くんが戻ってきた。
俺と日向さんを交互に見て「どうしたの?」と聞く。
「――なんでもないわ。私はもう帰るわね」
そう言って彼女は帰っていった。
また三日後、来るのだろうか……?
ベッドに腰掛けた晴くんは「ふう」と物憂げなため息をついた。
それが、意味のあるため息なのか、意味はないのか。
『お疲れですね』って声を掛けたら、どんな返事をするのかな。




