第十二話
1本のボールペンを左手に軽く握った。
1枚のレシートが目の前の布団の上にのっている。
さあ、心の中で唱えよう。
(ウィンガーディアム、レディ――)
ボールペンを指揮棒のようにすくい上げた。
すると、風のない部屋の中、レシートはふわりとうえに舞う…わけ、ない。
――馬鹿だねぇ。
晴くんに借りた本。登場する魔法使いが使っていた魔法を試す三十代の男。
悲しいね。――それ、俺です。心は中2ではないです。出来心なんです。
MPがあるかと思うと、もしかしたらってね。
――って、……俺はいったい誰に言い訳をしてんだろうね。
でも、みんなMPをもっているんだよなー。
いまも、全国の中二病諸君が日夜開発に励んでいるというのに大した成果は聞いたことがない。
このMPを使う方法は、残念ながら探すだけ時間の無駄だろう。
レシートを手で直接つかみ、ふわふわとさせながらゴミ箱へインした。
そんなことをしつつ読書をする昼下がり。
ようやっと晴くんのお見舞いが来た。
晴くんのお父さん。
「ごめんな、晴。なかなか来れなくて」
困ったように笑う顔。晴くんのような可愛らしい顔にどことなく似ているが、成長したからだろう、さわやかな好青年と言った顔立ち。さぞやモテルコトダロウネ。
髪の色は晴くんと違って黒髪だった。染めているかどうかの判別はつかない。
たしか今日は休日だったろうにスーツ姿とはこれ如何に?
そのスーツは俺のくたびれたスーツとは違って程よく引き締まって見えた。
『休日出勤ですか!?』と勝手な仲間意識が芽生えるが、営業マンなら水曜休みも多い。落ち着け俺。
晴くんのお父さんの後ろには、ひとりの女性が付き添っていた。
晴くんのお母さんかと思ったが、晴くんになかなか話しかける素振りを見せない。違うのだろうか?
「お父さん! 遅いよ~」と晴くんは嬉しそうな顔をする。
少し拗ねているような、だけども頬が浮く様子が本当に嬉しいのだろうなと思う。――良かったな~。
近況を聞く父と、それを話す子の情景。
窓から差し込む陽の光は今や、この親子のためにあるといっても過言ではない。
俺は観客よろしく携帯のマナーモードを確認した。
こんな時に『御用だ! 御用だ!』なんて着信が流れたら、ぶち壊しだからな。
晴くんのお父さんの名前は野渡 奏風さん。
晴くんが俺と遊んでいると聞いて、頭を下げてきた。俺も頭を下げる。
「晴がお世話になっているようで、ありがとうございます。私は仕事でなかなかお見舞いには来られない身なので、田中さんが息子の隣になってくれたのは良かったです。――いえ、本当は仕事よりも子供を優先させてやりたいのですが、どうしても時間が取れなくて」
そう言って困ったように苦笑いをする。――やっぱり晴くんに似ているな~。
「いえ、俺も晴くんがいないと暇を持て余していたでしょうから助かってます。気にしないでください」
社交辞令ではなく本心だ。
晴くんがいてくれなきゃ今頃、暇を持て余してエロ爺さんのエロ本に手を出し腐っていたかもしれない。
晴くんは俺の鮮度の恩人だ。
晴くんは雷爺さんのことも話した。
晴くんは雷爺さんとも時々、会話をしている。
雷爺さんは晴くんのお話を聞こうとするし、塗り絵を勧めたり、スマホのやり方を聞いたりしていた。
雷爺さんも心配していたのだろう。お礼を言う奏風さんに「もっとお見舞いにきなさい」と怒っていた。
その後、ようやく奏風さんは後ろの女性を晴くんに紹介した。
どうやら晴くんの母親ではないみたい。
俺は本の文字をただ眺めながら聞き耳をたてていた。
塗り絵に戻った雷爺さんも、きっと聞き耳をたてている。
「こんにちは晴君。私は日向 彩桜って言うの。晴くんのことはお父さんから聞いていたけどもこんなに可愛い子だとは思わなかったわ。よろしくね」
日向さんは晴くんの目線にしゃがみこんで、晴くんに挨拶をしている。
晴くんも「こんにちは」と挨拶をしてから、奏風さんを見た。――問いかけるような目を向けられているのだろう。
奏風さんは頬を掻きながら――
「あ~、僕は仕事でなかなか来られないんだ。だけど、晴のことは心配だからどうしようかって思っていたんだけどね、日向さんが力になりたいって言ってくれたんだ。彼女は一緒の会社の同僚でね。今まで通り、僕からも連絡はとるけど、日向さんが来てくれるから、なにか相談したいことがあったら気兼ねなく彼女に相談してほしい」
「う~ん……。――わかった……。――よろしくお願いします日向さん」
物分りの良すぎる反応に、聞いていて不安を覚える。
と言っても、部外者の俺には聞き流すことぐらいしかできない。
晴くんのお父さんと一緒にやってきた日向 彩桜さん。
彼女は私服で、黒白の基調に花柄をあしらったスカートと藍色のトップス。
髪はゆるいカーブがかかっている。目が大きい。輪郭の濃い目は、化粧で大きくしているのかな……?
奏風さんとはどういった関係なんだろうね。
俺は『鑑定』を意識して日向さんをこっそりと見た。
『鑑定』はこういう時に便利だ。でも、趣味の悪い行為である気がしないでもない。と言っても、見るんだけど……。
ステータスの全文を読んでいたら不自然に思われるだろう。称号のところだけを拾い読みにする。
――
魔法防御:18
素早さ:38
称号:
【ステータス女】【飽き性】【悪魔】〈減点-450〉【二股】【三股】【女狐】〈減点-150〉【鉄仮面】〈精神に関わる状態異常を隠蔽する〉
……見てはいけないものを……見てしまったんじゃないの~……?
――えー……。二股、三股? 悪魔!?
これは…………。
奏風さんのも覗かせてもらおう。
――
魔法防御:15
素早さ:42
称号:
【営業成績不動の一位】【誠実】【優柔不断】【男やもめ】【イケメン】〈魅了+5〉【女たらし ※1】〈魅了+5、挑発+5〉〈※1 無自覚〉
――――う~ん。
これは……どー考えたらいいのかな?
称号だけで相手のひととなりがなんとなくわかった気にもなるが、一概に判断してしまうのもどうかと思う。
だが、事務の鈴木さんの【バツニ】を当てた実績がある以上、信憑性はあるのだろう。
どうしても、この女性の考えていることを悪い方へと邪推してしまう。
二股、三股をしているうえに、女狐ということは、なにかやましいことをしたんだろうか? そして悪魔だ。
減点とはなにか? エロ爺にもある。人に害を成すと、減点がつくのではないかと言うのが俺の推測だ。
【ステータス女】の説明書きは出てこないが、奏風さんの【営業成績不動の一位】を見ると、それに釣られて? ――って、俺もステータスを見て判断している分には人のことを言えないが……。
彼女は晴くん親子の会話を黙って聞いている。
称号を見る前と称号を見たあとで、彼女に抱く印象がガラッと変わってしまった。
奏風さんは彼女のことをどう考えているんだろう?
彼の称号も【誠実】こそあるが、タチが悪そうだ。【イケメン】に【女たらし】など、晴くんの父親でなければ無条件に嫌な奴にしていたところだ。
厄介なものを見てしまった……。だが、――知らないままというのも、見てしまった後となっては気持ちが悪い。
――はあ…………。
入院をしてからというもの、考え事ばかりしている気がするが、ここにきて、また大きな考え事が増えたようだ。
それにしても、……【男やもめ】とは……。晴くんの母親は亡くなったのか。
俺は窓に視線を移した。
――いい天気だ。




