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桃色封筒

作者: 出雲冬夜

テスト投稿もかねてるかな

「誰もいないし……」

 教室に戻ると誰もいなかった。教室の窓から見える空の色は、季節が夏ということもあって午後の7時を回った今でも十分明るかった。

 帰るならごみ捨てに行く前に声掛けてくれよ……。

 俺は教室のドアの側に雑に置かれた鞄を持ち上げ、エアコンなどが点いていないか確認した。

「文化祭の出し物で喫茶店とか……競争率高そうだな」

 もう一度教室の中を見渡す。そこには色鮮やかに装飾された教室があった。


 文化部の俺なんかがこんな時間まで学校に残っているのには理由がある。文化祭だ。

 俺のいる高校の文化祭は毎年7月頃に行われる。その文化祭の開催日が明日に迫っているのだ。

 俺は雑務係として、最後のチェックや出し物の準備時に出たごみなどの処理をしていた。

 ごみはずっと貯めていた訳ではなかったので、ごみ捨ては最後に教室に残った数人がじゃんけんをして、負けた俺が行ったのだ。昔からじゃんけんは物凄く弱い。

 それでごみ捨てを終えて帰ってきたら誰も待っていてくれなかった、という訳だ。


「帰るか……」

 鞄と一緒に置かれていた教室の鍵でクラスに施錠をした俺は帰ろうとする。すると下へ降りる階段から誰かが走ってきた。

「あー待って! 鍵まだ閉めないで!」

「佐々木さん?」

 階段から上がってきて、俺に声を掛けたのは文化祭の実行委員の一人、佐々木るり。ついさっきまで一緒に教室のチェックをしていた人のうちの一人だ。

茶色寄りの長髪で、うちの高校の紺と白を基調とした制服を着ている。

「えっと……ど、どうしたんですか?」

 走ってきて、俺の前で止まった佐々木さんに聞く。女子との縁がないに等しい俺は言葉が詰まる。

 年齢=彼女いない歴でもてた事など一度もない俺――小川良介にとって、女子との会話の回数は無に等しい。

 言葉を交わすだけで視線が泳ぐ。あ、ロッカーに下手な落書きが書かれてる。

「教室に忘れ物をしちゃってね……」

 走ってきたからか少し息切れをして肩が上下に動いている。四階だからな。階段を走って上がるのは疲れるだろう。

 忘れ物と言っていたので俺は、教室の扉をもう一度開けた。

「はい、開けたよ」

 開けた、と俺が言った途端、佐々木さんは勢い良く扉を開け教室の中へ入っていった。

 何を忘れたかは言ってなかったがよほど大事なものを忘れたのだろうか。

 俺も後から続いて教室に入る。佐々木さんは部屋の一番奥、扉の対角線上の窓際の辺りで周りをきょろきょろと見渡している。

 しばらくして佐々木さんは手に何かを持って戻ってきた。

「忘れ物は見つかった?」

「うん。小川くんがまだいてよかったよ」

 そりゃごみ捨てしてましたからね。

 佐々木さんは手に持ったものを鞄に入れようとした。視線が自然とそこに行く。

 その手に握られていたものは一つの桃色の装飾された封筒だった。

 そういえば文化祭初日は喫茶店の来店者全員に二日目に使えるサービス券なんかを配るんだったな。あれに使う入れ物が封筒だったな。でもあれに使うやつは桃色じゃなくて緑色だった気が。

「それ文化祭で使う封筒?」

「っ……!」

 佐々木さんは何故か驚いて飛び上がりすぐさま封筒を鞄にしまってしまった。

「う、うん。そうなんだよね! これ明日使うんだよね!」

 何故か慌てているようで、結構早口だった。

「鍵は俺が返しとくよ」

「あ、ありがとう」

とりあえず忘れ物はあったようなので鍵閉めなおすか。

教室から先にでる。そして鍵を閉めようと後ろを向いた。


「うぁ」


目の前に口を開けた佐々木さんがいた。足に何かが引っ掛かってこけたらしい。顔には驚きの表情。

そして倒れてきた佐々木さんと俺はぶつかり二人して盛大にぶっこけてしまった。と同時にガッシャーン、という何かが落ちるような大きな音が鳴り響いた。それにつられて聞こえるシャカシャカという小さな音。

「つつ……」

右腕を少し痛めた。だがそれは今はどうでもいい。そんなことより、間違いなく人生最大級の女性の急接近をどう対処しようか。やばい頭が真っ白に。

なんて考えていたら佐々木さんの方から離れてくれた。それはもう忍者のような素早さで離れた。ちょっと傷ついた。

俺も遅れて右腕の痛い箇所を触りながら立ち上がる。佐々木さんはうつむいていて顔は見えなかった。嫌な顔されるよりはマシか。

「えっと、佐々木さん大丈夫だった?」

いろいろな感情を顔に出さないようにしながら声を掛けた。

にやけたりしないようにしなければ。平常心。ポーカーフェイス。よし、大丈夫だ、問題ない。

「う、うん。大丈夫……」

声を掛けると、佐々木さんは肩をびくっと震わせながらも答えてくれた。でもさっきよりうつむいてしまった。肩を震わせた時に少しだけ見えた顔は赤くなっていた。

佐々木さんが大丈夫なのを確認した俺は、立ち上がってから視界にちらちらと映る佐々木さんの後ろ、教室の方に視線を向けた。

「えっと……とりあえず直そうか……」

「え?」

佐々木さんは俺の視線の先、教室の方を振り向く。

そこにあったのは落ちた喫茶店の看板とその周りに散らばっている千切れた装飾だった。



「千切れた装飾はこれで全部かな」

俺は手に持っている装飾を元の場所に飾り直した。飾り直した俺は再度教室内を見渡す。そして何処にも見落とした装飾がないのを確認する。

落ちた看板と装飾の修理と飾り直しを始めて三十分が経った。あの時佐々木の足元には扉の前を横切る電源コードが伸びていた。佐々木はそれに足を引っ掛け転んでしまったのだ。引っ張られた電源コードの途中には、教室内に飾られた喫茶店の看板があった。引っ張られた電源コードによって看板は落ちた。先程の豪快な音はこれが落ちた音だったのだ。看板の周りにあった装飾も少しではあるが落ちた。佐々木さんが教室を見た後は二人で三十分間ずっと落ちたものを直していた。

佐々木さんは自分の所為で落としてしまったと言い、看板を一人で直している。俺は看板以外の千切れた装飾を直していた。三十分掛かって装飾の直しは全て終わった。後は看板を直すだけだ。

「こっちは終わったよ」

ゆっくりと佐々木さんの方へ向かいながら声を掛ける。看板の材料に割れ物は使わなかったから修理は出来なくはなかったが、大きい分時間は掛かる。

「うん、手伝ってくれてありがとね。本当は全部私の所為なのに」

佐々木さんは修理の手を止めずに答えた。

「いや、電源コードをあんな所に雑に伸ばしたままにした俺も悪いよ。最後のチェックで見落とした俺にも責任はある」

電源コードの場所は足が引っ掛からないようにガムテープで床から離れないようにした。あのままだったら来た客が危ないからな。

俺は佐々木さんが直している反対側を直し始める。

「ね、ねぇ」

俺が直し始めてから十分ほど経った時、佐々木さんが話しかけてきた。

女子から話しかけられたのはいつぶりだろうか……。

「何?」

どきどきしつつも、声が震えないように返事をする。俺はいつまでこうやって気をつけるつもりだよ……。

この間も修理の手は休めない。

「小川君って……好きな人いる?」

「夏目漱石」

おっとあまりの緊張で頭に浮かんできた偉人の名前を出てしまった。夏目漱石は別に好きではない。たまたまこないだの授業で名前が出たのを思い出しただけだ。ほら佐々木さん反応に物凄く困ってるよ。

佐々木さんの聞きたい事は好きな作家ではなく、好きな異性の事だろう。

うん、ダメだ予想外の問いに頭がまた白くなるよ……。

こんな俺でも一応好きな女子くらいはいる。というか目の前にいる。

俺は佐々木るりが好きだ。好きになった理由は色々あるが、一番は話していて楽しかった事だろうか。俺の女子との会話のほとんどは佐々木さんとだ。

ここで佐々木さんに「いるよ。それは君の事だ」とか言えたら困らないけど、俺はそんな事はできない。

とりあえずここはいない、と答えよう。

「夏目漱石は忘れてくれ……。好きな人はいない」

夏目漱石の事も忘れずに言う。

好きな人に好きな人の事聞かれた所為で顔を向けられない。俺の今の顔は真っ赤に染まっているだろう。とにかく修理に夢中って事で誤魔化そう。

「そ、そうなんだ」

夏目漱石の所為で佐々木さんまだ困ってるんじゃないか? 顔を向けられないから実際どうか分からないが。

因みにここで「君は?」と聞き返す勇気も持っていない。

「私はいるよ……」

聞けないと思っていたらなんと佐々木さんの方から言ってくれた。というか俺から見たら爆弾発言だ。これはなんとしても相手の事を聞き出さねば。

「へ、へぇ。誰だろー」

無理だった。聞ける訳がない。こんな曖昧な返事をするくらいが限界でした。

「そ、れは教えられないなぁ!」

俺の返事は結構小さな声だったのだが聞こえたらしい。佐々木さんは焦って声を裏返しながら返事をしてきた。

そういえばこの話題ふってきたの佐々木さんじゃん。

「ごめんね! 変な事聞いて」

「あ、いや、うん」

と、ここでこの話題は打ち切りだ。俺も切り替えて修理をしないと帰れないしな。

……別に長引かせて佐々木さんと一緒にいたいとは思っていない。絶対に。食欲は時に無敵なのだ。

そう考えながら、俺は心を切り替えるために腹をさすりながら今日の夕食の事を考えた。

「あ、明日の喫茶店。一回客観的に見てみたいから小川君。明日客として喫茶店に一度来てくれない?」

会話はまだ終了してなかったみたいだ。

「分かった。客としてくればいいのね」

好きな人のお願いなら断れないな。

「うん。わざわざありがとう」

「別にいいって」

感謝の言葉を言われて反射的に佐々木さんの方を見る。心を切り替えたから緊張はあまりしていなかった。

だから、俺はさっきよりさらに緊張する事になる。

「っ」

俺が見たのは、佐々木さんが稀に見せる純度百%の笑顔だった。

……不意打ちの笑顔とか、恐ろしすぎる。



文化祭当日。全校生徒がこの日のために努力をしてきた。そしてうちの教室にも、その努力の結晶が出来上がっていた。

「自分の準備した喫茶店に入るって何か不思議な感じだな」

俺は今客として列に並んでいた。そう、列にだ。

うちの喫茶店は予想以上に人気がでた。文化祭全体の参加者が例年より少し多いのもあるだろう。俺が客として入ろうと廊下に出たら列が出来ていたのだ。喫茶店だから客の前には俺のような雑務は出ない。だから今まで知らなかったのだ。

「やっと入れる」

しばらく待っていたら教室の扉の所まで来た。

よし、ガムテープは取れてない。剥がれかけてもいない。オッケーだ。

なんだか客として見る場所が違う気がしたが、席への案内が来たので忘れる事にした。

その後も俺以外の客への対応なんかを横目で見たりとしたが、皆凄く頑張っていた。

因みに俺に対してはいつもとあまり変わらなかった、とだけ言っておく。

「そろそろ行くかな」

一通り確認をした俺はレジへと向かった。

レジ係は誰だったかなと考えながらレジへ向かった。

「百八十円です」

レジには何故か佐々木さんがいた。佐々木さんはウェイターだったはず。でも佐々木さんがレジ打ちをしてくれるなら全然いいんだけどね。

「皆良く頑張ってたよ」

「報告は後で! 店を出るまでは小川君は客なんだから……」

報告をしようとしたら怒られた。レジの所も確かめてほしいらしい。

財布から百八十円を出す。それを受け取った佐々木さんは着ているウェイターの服のポケットから一つの封筒を取り出した。それは昨日見た、あの桃色の装飾された封筒だった。

「文化祭一日目は来店者全員にサービス券を配っております。二日目の明日、またもう一度来店すると全商品が半額でいただけます」

さすがにレジの方まではさっきは確認をしていなかった。封筒の色は緑から桃色に変わったのだろうか。

俺は佐々木さんの手の上にある桃色の封筒を受け取ろうと手を伸ばす。あ、少し手が触れた。

「おいしかったよ」

とりあえず客っぽい感想を言って俺は早足に教室から出た。

鞄などは別室に置いてあるため、そのまま喫茶店の裏口には行かないで別室に向かった。

さて、店を出るまでが客だと言っていたけどこの券の確認も客の仕事。どんな券なんだろうか。俺はその辺を準備中に見ていないからな。率直な感想がいえるね。

先程貰った桃色の封筒を取り出す。開けようと見ると、かわいらしいシールで何故か止めてあった。

その辺を気にしつつ俺は丁寧にシールを剥がし封筒を開ける。

中身を取り出そうと指をいれて中にある紙をつまむ。

中から出てきたのは一枚のたたまれた紙だった。

そしてそれは手紙にも見えた。

「手紙……?」

佐々木るり。俺の好きな人。手紙。

この三つの言葉が俺の頭に浮かび上がり昨日の出来事をも越えるほど俺を緊張させる。

何も考えられなくなった俺はゆっくりとたたまれた手紙を開く。

違うかもしれない。というか違うとしか思えない。

そう考えていても動く俺の手はゆっくりと手紙を開けていく。

とてもとても長く感じられる時間の中、手紙は下を向いたまま開ききる。

俺はゆっくりと手紙を裏返す。

少しずつ見えてくる手紙の本文に視線をゆっくりと落とす。

そして、そこに書かれていたのは――――

参考になるんかね……こんなん。

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