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この世界には人間と魔族が住んでいて、魔法も科学技術も発展している世界である。
私は人間界のとある国の国王王妃の間に双子の妹として生まれた。
第一王女となる姉は母に似てプラチナブロンドに青い目を持った天使のような容姿。一方私は父にも母にも似てない焦茶色の髪に緑色の瞳、しかも先天的に足が不自由というハンデを持っていた。
どちらにも似ていない私を両親は不思議がったものの、私達双子は両親に平等に愛されながら育っていった。
足が不自由なことを理由に表舞台にはほとんど立つことがなく、社交界で必要な作法は座ってできることしか学べなかった。その分姉には大きな期待という名の重圧がのしかかってしまい、私は小さい頃から姉には頭が上がらなかった。
一方姉は私をいつも下に見ており、無邪気な振りをして私を歩かせようと腕をひっぱり、その度に私は転んでいた。
「ごめんなさいおかぁさま。でもわたくし、アレシアにも踊ることの楽しさを教えたかったのです。」
これがアンジェリカが私を転ばせてお母様に怒られた時の口癖だった。それを聞くと、父も母も笑顔になってアンジェリカは優しい子ね、と許してしまうのだ。
そして姉は両親の前では照れたように笑って、私と目があった瞬間、絵本に出てきた悪巧みをする魔女のような笑顔を向けるのだ。私はそれがなんだか恐ろしくて、姉の表裏のある性格を誰にも言えなかった。そのおかげか、姉も私も特に表立った喧嘩をすることなく日々をすごしていた。
そんな生活に変化が訪れたのは私達が5歳の誕生日を迎えた頃、母が流行病にかかりあっさりと亡くなってしまってからだった。その流行病は国に蔓延しており、加えて雨がふらない日が続き作物が育たず、民は飢えに苦しんでいた。国王である父は一気に多方面から負担がかかったせいなのだろう、心の病にかかってしまい、性格が豹変してしまった。
父はこの現状を私達双子のせいにした。
そして父が出した決断はこうだった。「双子は不幸を呼ぶ。後から生まれたアレシアを幽閉する。」
さすがに今までかわいがっていた娘を殺すことはできなかったのだろう、丁度6歳の誕生日を迎えた頃、私はお城の地下に幽閉された。
後に聞いた話だが、私が幽閉されてすぐ、流行病は新薬の開発によって消失したらしい。
この出来事をきっかけに国民の中で「双子の妹が不幸の根源。」という考えは根強いものになっていた。
しかし当時6歳という幼さで幽閉された私にはそんな国民の恨みも国の状況も自分の置かれている状況も何もかも理解することはできなかった。
ただただ亡くなった母やもう迎えにこない父を求めて泣きじゃくっていたのは、今でも鮮明に覚えている。
泣きつかれて眠ってしまい、また起きて泣く。そんな日々を何ヶ月も過ごしていたその頃の私に楽しみができたのは7歳になってから初めての満月の夜だった。
いつものように泣きつかれた私は夢を見ていた。
いつもは足がうまく動かなくて10メートル歩くのもやっとなのに夢のなかの私は歩くどころかどこまでも走れるんじゃないかってくらい足が軽かった。
そして、夢の中の私はこの国ではないどこか別の国のお城にいる。どこか禍々しい印象がある長い廊下の先には大きな扉があって、その扉を開くと中には小さな赤ちゃんがいるのだ。
その部屋は今まで見たどのお部屋よりも広いのに、そこにいるのはきらびやかなゆりかごに入っている小さな黒髪の赤ちゃんだけだ。
赤ちゃんは私が駆け寄ると深緑の目をぱっちり開けてあーあーと喃語で何かを伝えてくる。
「どうしたの?だっこなの?」
「あー!あー!」
赤ちゃんは小さな手を目いっぱいに広げて私に何かを訴えてくる。とりあえずその子を抱えると、嬉しそうに笑い始めた。ふっくらなほっぺたと自分とおそろいの目の色がとても愛らしくて思わず赤ちゃんを抱く腕に力が入ってしまう。
「あなたおなまえはなんていうのー?」
「クレイオス様です。」
「ひえ!?」
あやすような声色でした質問に突然返ってきた声と背後からの人の気配にびくりと肩をゆらす。振り向くとそこには綺麗な容姿の男の人が立っていた。銀色の髪がライトに照らされて光っていて、その姿はどこか神々しさを感じる。
「あなたは人の子ですね。どうやらクレイオス様が引き寄せてしまったようです。」
「く、くれいおすさま…。」
どうしてこんな赤ちゃんに様付け?と疑問に思わなくもなかったが、この大きなお城にいるということは、ここのご主人の息子とかなのだろう。
「人の子よ、名前は?」
「ア、アレシアです!」
「ではアレシア。あなたは王に選ばれた者です。今日から彼のお世話をあながするのです。」
「はひ?」
「このお方が成長するまで、貴方が誠心誠意お世話をするのです。わかりましたね?」
美人な男の人は自身をシンと名乗り、有無を言わさず私をクレイオスの世話係にした。
いろいろと疑問もわからないこともあったけれど所詮は夢。
そこまで深く考えずに、むしろ始めてのファンタジーな体験にワクワクしながら頷いた。
ここから私の楽しい夢は始まったのです。
クレイオスという名前の子どもはどうやら人間ではないようだった。頭のこめかみ辺りに左右どちらもたんこぶのようなものがあり、どこかで怪我でもしたのかと慌ててシンさんに聞いてみたところ、「それは角です。高貴な魔族なのですから当たり前でしょう。」と、平然と告げられてしまった。
こうきなまぞく。こうきな魔族。魔族?魔族なんて牢にやってくる兵士達の話の中でしか聞いたことがないから、人間の国を囲むように国があって、一人ひとり魔法が使えてめっぽう強い、という事くらいしか知らなかった。
「ということは、シンさんも魔族なのですか?」
「当たり前です。まさか私を人間だと思っていたのですか?汚らわしい。あんな下劣な者と一緒にしないでいただきたい。」
「えっ、げれつ…あの…ご、ごめんなさい。」
ここに一応人間がいるんだけどな。そう思いながらもシンさんが心底不快だと言う顔をしていたので、何も言えなかった。でもまさかそんなに嫌われていたなんて、せっかくお話できる相手ができたと思って喜んでいたのに、なんだか悲しくなってしまった。
「あああぁあーっ!!」
「わぁっ!」
しょんぼりとしていたら、突然腕の中のクレイオスが悲鳴のような叫び声をあげた。その声があまりにも大きく、お城が揺れている錯覚に陥るほどであった。
「どうしたのクレイオス?お腹すいたの?」
「あーあーっ!」
「どうしてもらいたいのかわかんないよ、シンさんどうしたら…ってあれ、シンさん?」
しかも気がついたら今まで目の前にいたシンさんの姿もなくなっていた。あまりの声の大きさに何処かへ行ってしまったのだろうか。
ふと腕の中のクレイオスを見てみると、叫んだからだろうか、満足そうに私を見つめていた。
「あーうー!」
「あら、もうご機嫌なのね。気まぐれな王子様だこと。」
そう言ってクレイオスのこめかみのたんこぶに軽くキスをした。
その次の日の夢でシンさんは何故か傷だらけだった。理由を聞いてもはぐらかされて答えてくれなかったが、クレイオスはいつもより嬉しそうに笑っていた。
その後もクレイオスはすくすくと育っていった。
今日も夢の中の彼は元気に生活している。
気がつけばクレイオスのお世話をしてからもう3年の月日が経っていた。当時は生まれたばかりだったクレイオスももう3歳。
私は夢の中の居心地が良すぎてあの日から毎日欠かさず夢を見ていた。
「クレイ!こっちよ!」
「あれしあ!あれしあ!」
「きゃー!走れるのね!上手よクレイオス!」
とてとて、なんて効果音が聞こえてきそうな程おぼつかない足取りで懸命に私の名前を呼びながら走ろうとするその姿にときめきを隠せず、思わずにやけてしまう。
こめかみのたんこぶも、今はもう角と呼べるほどの大きさになっているが、容姿は本当に魔族なのかと思うほど天使のように可愛らしい。
「くれい、あれしあしゅき!」
「私も大好きよ」
「ちゅき!くれいはあえしあとずっおてるさんしずなの!」
「ずっおてるさんしずなの?」
「ん!ずっおてるさんしずなの!」
呂律が回らない口でなんとか私に伝えようとしているのだが、なんと言ってるのかわからない。しかしそれ好意であることは知ることが出来るため、うんうん頷いてあげる。するとクレイオスは自分の言ったことに肯定してくれたのが嬉しいのかきゃっきゃと笑い私に抱きついてくる。それがまた可愛くて顔が溶けそうなほど緩んでしまう。
「あれしあ、きょーは、ずっといて!」
「うん?」
「あれしあ、いつも、いなくなうの。いや!」
夢はどこまでも自分の都合のいいように作れるものだ。
自分が夢から覚めたくないからと言ってクレイオスがそんなことを言うなんて…!
なんてかわいいのだろう!
「わかった、ずっと一緒にいるわ。」
「ほんと?」
「ええ。」
「いっしょ?」
「うん。一緒よ。」
そう言うとクレイオスは嬉しそうに私に抱きついて、安心したのかそのまま寝てしまった。
どうせこの夢から覚めても一人ぼっちの寂しい部屋があるだけだ。私としてもできる限り夢をみていたい。
そう思っているのに、やはり時間はやってくるものである。私は気がついたら目が覚めていた。
「約束、破っちゃったな…。」
今日の夢で謝ろう、そう思って私はむくりと上体を起こした。しかし彼への謝罪はこの先一生できないのだと、この時の私はまだ知らない。