弱気で強気ないじめられっ子
数日後。
木曜日。
昼食時。
教室の自分の席に座っている釘貫は、あいも変わらず情報量が多すぎる視界に辟易していた。
ガンガンと痛む頭に、釘貫は眉間にシワを寄せる。
そんな彼の前で、きいきいと車輪を軋ませながら車イスに乗っている彼女は、取り返してから幾日が過ぎたというのに、未だに髪の毛をいじっている。
どれだけ嬉しいのだろうか。
「なあ」
と釘貫は周りに聞こえないような声で言う。
ひそひそと。
「お前はいつまで、僕に取り憑いているつもりだよ……」
「無論、ぬしがわしに目玉を返すまで」
「一生かよ」
「まさか一生返さぬつもりなのか!?」
「当然だろ……」
釘貫は自身の机に突っ伏す。
ひんやりとした感覚が額に広がる。
「あー、気持ちいい。情報も入ってこないし、気楽でいいや」
「現実逃避をするでない。したいのはこっちの方じゃ」
「というかさ」
釘貫は机に突っ伏したまま、彼女に尋ねる。
「お前、返せ返せばかり言ってるけどさ、力ずくで奪おうとかは考えないのか? 髪が動かせなくても、それぐらいならできるだろ」
それは決して力ずくで奪えと提案しているわけではない。
もし仮にそういったことができるのならば、今以上に警戒しないといけないから、その確認のためである。
果たして、彼女の答えはノーだった。
首を横に振って、否定する。
「それはムリじゃな。はっきりしとる」
「どうしてだ?」
「わしは人間よりも弱い。ぬしよりも弱い。そんなものが、人から奪うなんてだいそれたこと。できるはずがないからの」
人よりも弱い化物なんぞ、笑い話にもならんわ。と彼女は自嘲気味に笑った。のだろう。
別に化物は人よりも強くないといけない。というルールはないのだが。
ともかく、奪われることはないらしく、釘貫は少し安堵の息をもらす。
「ん、でもちょっと待て。だったら初鹿から髪を奪ったのは」
「あの時はあやつが気絶しておったからの。無抵抗の相手ならば、奪うことは赤子の手をひねるよりも簡単じゃ」
と、存在があいまいな赤ん坊は言った。
こいつの前で気絶とかしないよう気をつけよう。そう釘貫が思ったところで。
「おい」
そいつは釘貫は話しかけてきた。
その声色は少し怒っているようだった。
釘貫は突っ伏していた頭を持ちあげる。
顔よりも先に内心が視えた。
声色の通り、内心は怒っているようだったが、まるで目立つのを恐れているかのように、周りの視線を気にしているようだった。
視線を上げる。
そこにいたのは、室内にも関わらず野球帽(赤色で真ん中にCと刺繍されている)をかぶっている男子だった。
帽子のつばで目が隠れるぐらい深く被っているけれど、見えないものが見えるようになる眼球を持っている釘貫には、その程度の目隠しは隠しにすらならない。
初鹿戸室。
化物の断片。その髪を持っていた少年である。
「おい」
初鹿は言う。
強気な物言いではあったけれど、やはり内心の方は周りの視線を気にしているようだった。
はじめの方は目立つことにあまり慣れていないから、周りの視線が気になるのだと推察していた釘貫だけれど、それが違うことにすぐ気づいた。
「……ハゲたの気にしているのか?」
「誰のせいだと思ってやがる。誰の……っ!」
「少なくとも僕ではないな」
「てめえだよっ!」
声を荒げてから、初鹿はすぐ身を隠すように体をかがめた。そこらあたりは気の弱い感じはする。
しかし思いの外口調が荒い。釘貫は少し驚いてみせる。
「……お前、本当にいじめられっ子か?」
口調の乱雑さに、釘貫は思わずそんなことを口にしてしまった。
初鹿は自嘲的に鼻をならす。
「人は誰でもステレオタイプに生きているわけじゃあねえんだよ。お前だってその性格のくせに、一人称『僕』だろ。もっと大人しく生きてみろよ」
「なるほど」
釘貫はいかにもステレオタイプに生きている彼女を見た。
髪の毛の毛先をくるくる指でいじってる。ようだった。
どれだけ嬉しいのだろうか。
「分かったらさっさと俺の髪を返せ。あれがねえと俺はまたあいつらに」
「返せたら返してもいいけど、残念ながら僕は持っていないんだ」
「誰が持ってんだよ」
「元々の髪と目の持ち主。化物だよ」
釘貫は初鹿に情報を話せるだけ話した。
あの髪は、この目は一体何なのか。
化物の望みや、それに自分たちは巻き込まれているらしいということを。その状態から被害少なく脱することができた初鹿に話した。
すべてを聞き終えた初鹿は何度か頷く。
「つまり、俺たちはその化物が復活するための人柱になっていた。ということか?」
「そうだよ。負けてラッキーだったよお前は。あのまま集め続けてたら、お前はお前じゃあなくなっていたかもしれない」
釘貫が軽く言うと、初鹿はぶるりと体を震わせた。
釘貫は初鹿の目を見る。
「今度はこっちから質問だ。いいか?」
「……いいぜ。なにが聞きたい?」
「どうしてお前は、僕が『化物の断片』を持ってるって分かったんだ?」
「化物の断片?」
初鹿は眉をひそめる。
釘貫は慌てて補填する。
「化物の体のことだよ。髪とか目とか。僕が勝手に名付けた」
「なるほど。お前が持ってるって分かったのは、お前が早退した時、共振がおさまったからだよ」
「……?」
次は釘貫が首を傾げる番だった。
初鹿は釘貫の目を指さし、釘貫は思わずのけぞる。
「危ねえな」
「お前、この眼になってからズキズキ痛むようになったとか、そういうことはないか?」
「……ある」
「だろうな」
「どういう意味だよ」
「化物の断片だっけか? それが近くにいるとな、ざわめきだすんだ。こいつらは」
まるで居場所を教え合うように。
復活するためのパーツを集めるために。
「詳しいな」
「髪が教えてくれた」
「僕は知らない」
「お前はどうせあれだろ。眼からの呼びかけを無視してる」
「…………」
黙る程度には図星だった。
そんな折。
教室のスピーカーから音楽が流れ始めた。
女子一人の声だった。
何十人の女子の合唱が人気を博している今、少し物珍しく感じた釘貫は、その音楽を聞いてみた。
綺麗な声だと思った。
綺麗で、澄んでいて、それでいてカラオケではない。
まだ若いのか少し幼さも感じられるが、それがまた個性になっている。
音楽というのをあまり聞かない釘貫でも理解できるほど、その声は綺麗だった。
クラスメイトたちもそれに聞き入っていて、さっきまでプリントをボール状にして遊んでいた輩も、その手を止めて聞き入っている。
「……これ、誰が歌ってるんだ?」
「え、なに。釘貫くん。十乃天知らないの!?」
驚くことに釘貫の疑問に答えたのは、初鹿ではなかった。
笹竹猫。
クラスの男子の視線を集めることに定評のある子だ。
今日も茶色い髪を後頭部で二つの団子にまとめている。
席が前と後ろで並んでいる。ということもあり、話すこともままあるクラスメイトではあるけれど、こうしていきなり話しかけられると普通に驚く相手である。
現に初鹿は驚いて彼女の視界に入らないように逃げていた。
ビビり過ぎである。
しかし十乃天。
聞いたことのない名前である。
釘貫が首を傾げると、笹竹は信じられない。という風に言葉を続ける。
「じゃあじゃあ、MMA96は?」
「それは知ってる」
名前だけだけれど。
MMA96。
それがなんの略称なのかは釘貫は知らないけれど、国民的アイドルグループの名前である。
その最大の特徴はたくさんの女子が在籍していることで、現在の在籍人数は112人。
96とは一体何なのか、という話によく発展する。
「十乃天はそこに所属してる子で、最近ソロデビューもしたんだよ!」
笹竹はまるで友達のことを話すかのように嬉しそうに語りながら、十乃天のブロマイドを見せてくれた。
声の感じの想像通り、まだ若い女子だった。
もしかしたら釘貫たちと同い年なのかもしれない。
茶髪の髪を耳より少し下ぐらいで短く切りそろえていて、ぱっちりとした目は快活としたイメージがある。
女子の好感度も高そうな感じの女子である。
「ふうん」
釘貫はあいまいに頷きつつ、内心少し驚いていた。
アイドルは歌なんて下手でも構わないと思っていたからである。
しかしこの歌唱力はなかなかのものだ。
帰り道とかにCDを買ってもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、釘貫は別のことも考えていた。
どうして、今、目がズキズキと痛むのだろう。




