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化物のヒトガタ

 それはまるで、真っ黒な津波のようだった。

 初鹿(はじか)を中心にして広がった多量の黒髪が、道を覆い尽くすように釘貫に襲いかかってきた。

 視力があがっている釘貫の目は、その黒い津波を象る髪の一本一本を捉えていた。


「うおおっ!?」

 釘貫は思わず声を荒げる。

 走って逃げようにも、釘貫は壁を背にしているし、横に走って逃げ切れそうなほど、津波の速度は遅くない。

 逃げ道はない。

 だからとっさに、釘貫は壁を蹴った。


 三角飛びの要領で、壁を蹴って上へ飛び、壁のてっぺんに腕を載せる。

 腕の力で体を持ちあげて転げ落ちるように、壁の後ろに落下する。

 他人の家への不法侵入だが、緊急事態だから、仕方ない。


 受け身なんて知らない釘貫は、尻をうちつけるように庭先に落ちる。

 それと髪の津波が壁に激突したのは、ほぼ同時のことだった。

 まるで、車かなにかがぶつかってきたかような衝撃だった。

 壁は内側に大きくふくれあがって、瓦解する。


 ホコリと破片が辺りに散る。

 釘貫はそれを視認しながらも、無我夢中で避けた。


「そしたらさあ、みんなみんな。倒せたんだ。俺のことをバカにするやつら全員!」

 ゴロゴロと転がって破片を避けて、視界をあげる。

 土煙の向こうに、ゆらゆらと揺れる影が見えた。

 頭の上はまるでイソギンチャクのように揺らめいている。


「誰かが言うんだ。俺に言うんだ。強くなりたいかって言うんだ。それにはもっと断片を蒐めろって!」

 土煙を吹き飛ばし、一本に束ねられたぶっとい髪の槍が飛びだしてきた。

 視界の中、釘貫に迫ってくるそれは目ではない場所を狙っていた。


 ――僕が断片を持っているのは知っているけれど、それがどの部位なのかは分かってないって感じか。

「ひどい巻き込まれようだよ、ちくしょう」

 愚痴りながら、釘貫は髪の槍を横に跳んで回避する。

 髪の槍は、誰かも知らない他人の家の側面を大きく抉り、破壊した。


 どうやら家主は留守のようで、家の中からの反応はない。

 しかしこんな場所で大騒ぎをおこしていれば、人が集まってくるのは自明である。

 だから飛び退いて、着地した釘貫はそのまま逃走のために足を動かした。


「あやつ、惹かれておるな」

「惹かれ?」

 逃げの体勢をとる釘貫の隣に、彼女は姿を見せた。

 逃げる足を止めることなく、釘貫は返す。


「なんだ、お前悪霊だったのか」

「違うわ。その目玉、どうしてぬしに寄生しているのか考えてなかったのか?」

「いや、生命力が強すぎるからぐらいしかっ!」

 話を途中できり、釘貫は斜め前方――さながらプールに飛び込む選手のようにジャンプした。

 直後、頭から髪を何本かもっていかれるぐらいギリギリで髪の槍が頭上を通過した。

 ゴオッ、と風を力づくで切り裂く音が耳に響く。


 べしゃっと倒れるように着地(?)した釘貫はそのまま這うように曲がり角を右に曲がった。


「違うのか?」

「間違ってはおらん」

 彼女は言う。

「が、正しくもない。寄生はメリットがあるからするものじゃろう」

 はしる釘貫の横で、車輪を動かす手を休めず彼女は言う。


「そうか、早めに説明してくれ。話す余裕はそんなにないっ!」

 釘貫は迫りくる髪のムチをよける。

 彼女は特に悪びれる様子もなく言った。

「体のパーツを蒐め、人形(ひとがた)になってもらうためじゃ」

「……なに?」

 端的に言われたそれに驚いた釘貫は眉をひそめ、背後から迫る髪の津波への反応が少し遅れてしまった。


「ぬしよ、背後」

「ん。おおっ!?」

 釘貫は慌てて転がるように近くの路地裏に飛び込んだ。

 背後の道を髪の津波は呑み込み、片足の靴はそれに呑まれて吹き飛んだ。


 どうやら初鹿の視界外に入ったようで、それ以上の追撃はなかった。

 釘貫は倒れたままでいると、彼女は車輪を軋ませながら近づいてくる。

 倒れている今、彼女の方が上にいる。

 釘貫は視線をあげる。


「どういうことだよ」

「そのままの意味じゃよ。わしの願いは人型に戻ること。それは他の断片も同じじゃ。ゆえに人の体に寄生しそそのかし、他のパーツを蒐集させようとする。ぬしも覚えがあるじゃろ?」

「……」


 ない。とは言い切れなかった。

 実際、この眼球になってからというもの、頭痛がずっと続いていたからだ。

 あれが命令だとしたら、それには納得がいく。

「まあ、ぬしは拒否したようじゃがな」

「当然」

 釘貫睦。

 人の掌の上は嫌い。


「しかしあやつはそれに惹かれた。よほど力が欲しかったのじゃな」

 なにがおかしいのか、彼女はカラカラと笑った。


「パーツを蒐集し、寄生している人間の体と交換する。変えて変えて変えて変えて変えて変えて変えて。そうすれば、最終的にわしが完成する」

 まるでテセウスの船のようだ、と釘貫は考える。

 全ての部品を交換した船は、果たして同じ船と呼べるのか。

 この場合の答えは、違う。になるのだろうか。

 釘貫は大きくため息をつく。

 まさかそんなことに巻き込まれていたとは。


「つまり、断片を持つ者同士はこうして惹かれ合うと。こんな風に戦闘に巻き込まれる事が多々あると」

「多々あるのう」

「……拾わなきゃ良かったぜ」

「そうかそうか、ならばその眼球をわしに」

「絶対にやらん」

 言って。

 釘貫は腰をあげる。

「どこへ行く」

「あいつを倒しにいく」

「どうして? 逃げればよかろう」

「あいつもきっと思ってるさ『あいつは逃げ回るに違いない』って」

 それが腹立たしい。と釘貫は言う。

 手中に収まることがなによりも嫌な彼は言う。


「だから敢えて倒す。どっちにせよ同じクラスだからな、逃げられやしないんだし」

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