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友達ってなに?

 さて。

 それからのことを話そう。

 これからのことを語ろう。


 気絶した岳骨については、救急車を呼んで放置することにした。

 本来ならば、彼のした――しようとした行動は警察に突きだされても文句は言えないのだが、残念ながら彼がその行動をする前に釘貫が止めてしまったがために、今の彼はなにかをした訳でもないただの一般市民であり、むしろ喉の奥に拳を突っこん`で窒息させた釘貫の方が警察の厄介になってもおかしくはない。

 しかし放置しておくのも危険な気もするし、救急車を呼ぶことにした。

 そうすれば、救急車がこいつを遠くに運んでくれるだろうし、ついでに危険な人だと判断されて隔離されることを願うばかりだ。

 岳骨の携帯で――不用心なことにロックはかかっていなかった――救急車を呼んだ釘貫は、急いでライブ会場へと戻ることにした。

 振り返る。

 そこには両腕を組んで両足を肩幅に広げて仁王立ちしている十乃天がいた。

 否。パステルカラーの舞台衣装を脱いでいるから、能登甘飴と言った方がいいのかもしれない。

 どっちも彼女であることには変わらないのだけれども。それでも、どこか違うと釘貫は勝手に考えていた。

 ともかく。とにかく。

 どういうわけか、能登甘飴がここにいた。ライブ会場からは遠くはないけれど、決して近くない場所を選んだはずなのに。というか、ライブはどうしたというのだろうか。


「終わってるよ、もう」

「は?」

 釘貫はポケットの中にあるスマホを取りだして時間を確認する。終了予定時刻を大幅にオーバーしていた。

 いつのまにこんな時間になっていたのだろう。


「せっかくチケットをあげたのにムダにしたね」

「…………」

 能登の視線は倒れている岳骨と噛み千切られている左足に向いていた。一体どこから見ていたのかはさっぱり分からないが、ここでなにがあったかは理解しているようだった。


「自分の目を抉ったり相手の喉に拳を突っ込んだり、一体全体なにがしたいの釘貫くんは」

 結構見られていた。

 見ているのならなにか反応をしてくれてもいいだろうに。

 いや、そういうことをしてもらわないために、共振がしないぐらい遠くに移動したのだけれども。


「その人が街に来てたっていう化物の断片を持っていた人?」

「あ、ああ。うん」

 釘貫は頷く。未だに能登がここにいる意味がさっぱり分からずに困惑していた。

 対して能登の方はと言えば、釘貫がどうしてここにいるのかを理解しているようで、なんだか、バカを見ているような表情をしていた。口元は緩んでいるから、冷たくはない。


「お父さんとお母さんには気づけたよ。誰かさんが席に座っていないものだから、全体を見ることができたよ」

 誰かさんが、全体を見ろだなんて言ったからもあるけどね。と能登は笑った。

 そうか、それはよかった。

 そのために釘貫は岳骨と相対したのだから。

 しかし。安堵すると同時に、釘貫は眉をしかめた。だとしたら、どうして能登はここにいるのだ?


「そりゃあ、釘貫くんがどこに行ったのか心配になったからに決まっているでしょう?」

 能登は呆れたように言った。

 その可能性はほとんど考えていなかった。


「医務室に連れて行ったはずなのに、医務室には誰もいないし、そもそもスタッフが一人足りないなんて話もなかったし。嘘つくなら、もう少しうまい嘘をついたらどう?」

「いや、まさかそこまでして探すとは思っていなかったからさ」

 釘貫が頬をかきながら言うと、能登は不思議そうに首を傾げた。


「探すに決まってるじゃん。私たち、これでも友達でしょう?」

「……友達だったのか」

 釘貫が目をまんまるにすると、能登は眉間に指をそえた。


「ちょっと待って。その言い方だとまるで、今まで友達だと思ってなかったみたいな感じになってない?」

「まあ、ぶっちゃけ」

「釘貫くんの友達の定義難しくない?」

「いや、だって。お前はアイドルだろ?」

「うん、そうだね」

「だったら」

 だったら。

 僕なんかと友達であるはずがないだろう。

 彼女は彼女の物語を進み、家族と話し、更なる成長を遂げて、この街から去っていくだろう。

 それから、彼女は自分の物語とステージで生きていく。もっともっと高いステージで生きていく。きっと、釘貫の物語と交わうことは二度とないだろう。

 そんな相手なのだ。そんな彼女なのだ。

 だから。友達なんてことは、考えることすらできなかった。


「釘貫くんってさ、生きてて楽しいの?」

「急に辛辣だな!」

「いや、そんなくだらないこと考えてるから」

 能登はため息をつく。


「友達っていうのはね、釘貫くん。きみが思っているものよりももっと軽くて、もっと適当で、もっと分かりやすいものなんだよ」

 話したくなかったら話さないし。

 クラスが変わったら話さないし。

 グループ変わったら話さないし。

 話すことなかったら話さないし。

 そんなものだよ。こんなものだよ。


「もっと気楽に考えなよ。深く考えると、友達ってやつが嫌になっちゃうよ」

「そんなものか」

「そんなものだよ」

「話したら友達」

「さすがにそれは言い過ぎ」

 そうだね。と能登は考え込むようにして言う。


「何日か一緒に話したりしていたら、友達でいいんじゃあないかな」

「なるほど」

 釘貫は自分の目にしか視えない――彼女の眼球でしか視ることができない化物の方へと目を向ける。

 車イスに座っている彼女は、釘貫の視線に気づいてか、顔をあげる。


「どうやら僕たちは友達らしいぞ」

「ふむ、そうか。友達ならわしの物をさっさと返してもらえると嬉しいがのう」

「やなこった」

 口元を緩めてから、釘貫は能登の方へと向いた。


「じゃあ、僕とお前は友達だってことなのか?」

「そうだよ」

 だからさ、と能登は言う。


「自分のことはもう少し大事にしようよ。友達が不安になっちゃうよ」

「……そんなに僕は危なっかしいか?」

「自分の眼球を抉って相手をおびき寄せようとする程度には危なっかしい」

「それを言われると耳が痛い」

「釘貫くんは自分が思っている以上に優しい人だよ。人のために自分を犠牲にできる人。だから不安になるんだけどさ」

 ありがとうね。

 能登は言った。

 にっこりとはにかみながら。

 それは、実際のところ自分に自信がないから、自分に価値が見いだせないから、犠牲にすることだってできる。という、無価値な理由で行ったことであった。

 それを、まるで価値のあることみたいに──もちろん、批判もされたけれども――自信をもっていいものだと言わんばかりに彼女は言った。

 それはあまりにもおかしくて。

 釘貫は思わず表情を緩めた。

 ――そうか。

 ――僕は、そういう奴だったのか。


「そんな訳で、私は友達を両親に紹介したいわけだけど……その左足大丈夫?」

「ん? ああ。どうせもう壊死してるだろうし、大丈夫だろ」

「それは大丈夫じゃないって人は言うんだよ」

 能登は笑顔のまま、ポケットからスマホを取りだした。

 どうやら友達の両親を顔を合わせる機会はまた今度になりそうだった。

 まあ、いいだろう。時間をかけて足を治してからでも。

 一緒にいる限り、話している限り。

 友達というのは、逃げないものらしいから。

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