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ずっと重い命

 能登のと甘飴あまあめはなんだかよく分からない表情で、ステージ袖にいた。

 その表情は今からステージ上で笑顔を振りまく者だとは思えない――十乃とうのそら失格の表情であった。

 周りのスタッフはそんな彼女に「手のひらに人を三回書いて飲み込めばいい」とか、緊張を紛らわせる手段を教えていたりしたけれど、そんなこと知っているし、そもそも彼女は緊張なんてしてはいなかった。

 ステージ袖で緊張するようなことは、最初の数回で克服している。

 よく『今でもステージ袖は緊張する』という人を見かけるけれど、あれは自分が未熟であることを自慢しているような気がしてやめればいいのに。と能登は思う。

 今の能登の意識はステージには向いていなかった。

 能登は静かにノドに手を添えた。

 痛みはない。

 共振はない。

 それはつまり、"化物の断片"が近くにないということで、持っている人間が近くにいないということで――釘貫くぎぬきむつが観客席にいないということを意味していた。

 ――どこにいったのだろう。

 気分が悪くなったというスタッフに肩を貸して、医務室の方へと向かって以降、彼の姿を見ていない。

 思い返してみると、あの時の彼はどこか挙動不審だった。

 どことなく怪しかった。

 あからさまになにかを隠しているようだった。

 それが一体なんなのかは分からないけれど。


――そっか。じゃあ、観客全員の顔を見てやれよ――。


 彼は去り際、そんなことを言っていた。

 その観客の中には、自分自身がいないのに、なにを言っているのだろう。

 終わり次第急いで向かうから、観客席の向こうにあるのであろう入り口まで見ていてくれ。という意味なのだろうか。

 ライブ中は、外に音が漏れないように入り口は閉じられていることを知らないのだろうか。


「本番よぅい」

 色々と考え込んでいた能登だったが、後ろから聞こえてきた声と、ステージに流れ始めた自分の曲で盛り上がる観客のボルテージに現実へと引き戻された。

 いけない。いけない。

 今からは仕事の時間だ。

 私情は挟まない。

 のとは凝り固まっている表情筋をほぐすように、顔が赤くならない程度に、両手で顔をぐにーーと引っ張った。


「よし」

 能登の表情は切り替わっていた。

 とてもマジメそうで、けれど愛想のいい笑顔の――アイドル、十乃天の顔に。


「行ってきます」

 十乃はスポットライトのもとに足を踏み入れた。

 観客から歓声があがった。


***


「ここらへんでいいか」

 遠くから声が聞こえる。

 歓声が聞こえる。

 自分たちには向けられていない、自分たちとは無縁な音である。

 それを背後の方から聞きながら、釘貫睦は緑色の帽子を被った”化物の断片”持ちの男と相対していた。

 その間には、うきうきとした表情を浮かべているのであろう苗切白里が車イスの上に座っている。

 彼女からしてみればこの状況に持ち込むことができた時点で、得しかないのだから仕方ない。

 釘貫が勝っても、目の前にいる男が勝っても、彼女には得しかない。


「ホントにお前は、パーツを持っているんだろうな」

「お前のポケットの中には折りたたみナイフが一つ入っている。手で握ったら見えなくなりそうなぐらいの」

「なるほど」

 男はポケットの中をがさごそと探り、握りこぶしを前にだす。

 それを開くと、折りたたみのナイフがあらわれた。


「目がいいんだな」

「いい目だろ」

「確かに、断片はあるみたいだな」

 男はにひっ、と笑った。

 実際のところは、男の断片がなんなのかまで視えているのだけれど、それは口にしたりはしない。

 自分は相手の断片の情報を知っているということを相手は知らない。

 その僅かな優位な部分を自ら消してしまうほど、釘貫も愚かではない。

 目については話したのは、相手が狙ってくる場所を絞るためだ。きっとこの男は目がそうだと気づいたら目ばかりを狙ってくるだろう。

 そういう男だ。

 わずかな時間しか接していなかったが、それだけは理解できていた。


「まあ、身構えることはねえよ。別にこのナイフで刺したりはしたりしねえよ」

 男に言われて、釘貫は初めて自分が構えていることに気がついた。両足を肩の幅ぐらいまで広げながら腰を落として、男の一挙手一投足をじいっと視ている。

 筋肉にわずかな反応が視られる度に、体がぴくりと反応していた。

 体が強張っている。

 釘貫はふすぅ、と鼻から空気を吐く。

 相手を見据えながら、構えを解いた。

 男にはまだ、闘争の気配が視えなかったからだ。


「名前」

「……ん?」

「名前だよ、名前。お前、名前なんて言うんだ?」

「……釘貫睦」

 言うべきかどうか少しの間逡巡してから、そう言い返した。

 偽名を使ってもよかったかもしれないが、考えるのが面倒くさかった。

 男は口元を歪めた。

 気持ち悪い笑い方だ。


「そうかそうか。釘貫睦か。俺は岳骨たけぼね飛魚とびうおだ。よろしくな」

 よろしくな。なんて握手でもしようぜと言わんばかりな好意的な反応ではあったけれど、手を差し伸べてきたりはしなかった。

 釘貫は男――岳骨から目を離したりはしなかった。


「それで釘貫。ひとつ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「いいけど」

「どうしてあの女の身代わりになったんだ?」

「…………」

「弱みでも握られているのか?」

 それは純粋な質問であった。

 傍から見れば、釘貫に能登甘飴を守る理由はない。庇う意義はない。

 ステージが違う存在を守るという不自然。

 だから、どうして。という質問。

 釘貫は一瞬固まった。

 その瞬間に。

 岳骨は迫ってきた。

 右手を大きく開いている。畳まれていたナイフを開いて、人差し指と中指の間で挟むようにして掴んでいる。刃先はもちろん、手のひらの方を向いている。

 脳天締め(ブレーンクロー)。凶器付き。

 手のひらは顔を掴もうとするように迫る。刃先の場所は、ちょうど右目の位置とあっていた。

 釘貫はほぼ反射的に――無意識のうちに右足を滑らせていた。

 さながら転倒するように、釘貫は頭を後ろに反らして岳骨の脳天締め《ブレーンクロー》を回避する。鼻先をかする刃先に背筋を震わせる。

 地面に肩甲骨あたりが衝突する。

 後頭部は衝突しないように、その間に両腕を挟み込むようにする。

 下半身は宙に浮き、上半身は地面に寝そべるような形になった釘貫は眼球だけを動かして視界の前にいる岳骨を視る。

 岳骨は空振りをした右手を下に向けていた。つまり釘貫の方に向けていた。さっきまでなかったはずの敵意と悪意が多量に分泌されている。

 心を一瞬で切り替えたのだろうか。はたまた元々不意をうつつもりだったのか。それとも元からそういう性格なのか。

 それは判別が難しかった。

 釘貫の持っている眼球は見えないものを視ることはできるけれど、判別をすることはできないからだ。

 ただ、視界外にいるであろう苗切がわくわくとした表情で釘貫と岳骨を見ているということだけは理解できた。

 彼女には表情はないし、そもそも見るための眼球だってないのだけれど。

 じゃあ、いつもはどうやって見ているのだろうか。という質問は、彼女自体が存在しないはずなのに存在している時点で考えるだけムダな質問と化している。


「くぬっ!」

 釘貫は宙に浮いている足を自分の頭がある方に向けて振るった。

 反動で上半身は下半身の方へと引っ張られて、足は岳骨を狙う。

 つま先は岳骨のこめかみに突き刺さる。

 岳骨の体は揺らぎ、向けられていた手のひらは釘貫の左耳の真横の地面を掴んだ。

 釘貫はそのまま地面を転がって体勢を整える。立ちあがる。

 岳骨は手を地面についたまま、動いていなかった。

 いや、首を動かしてこっちを見ている。じろりと見ている。ガチン、ガチン、と歯をかみしめた。

 手をゆっくりと地面から離して指の間に挟んでいた折り畳みナイフをポケットの中に仕舞う。

 また、闘争の気配が消えた。

 釘貫は冷や汗をつつつ、と垂らす。

 存在を掴みづらい。

 釘貫は決してなにかの格闘技を修めているわけではない。そりゃあ、運動神経は良いことを自負してはいる。目は相手の心を視ることができるし、相手の動きを読むことだってある程度はできる。

 ただ、それだけだ。

 むしろ素人だからこそ、そういう特殊技能に頼ってしまって、目の前にいる岳骨のような気分屋を相手にした場合は遅れをとってしまう。


「なあ、釘貫。早く答えろよ。どうして、あの女の身代わりになったんだ?」

「…………」

 岳骨は再び尋ねてきた。知りたくもない、知りたいわけでもない質問をふっかけてくる。理由は明白だ。さっきと同じように、隙をつくりたいのだろう。

 さすがに理由が分かっているから、釘貫はそれに反応を示さずに、闘争の気配もだしていない岳骨に対して、構えをとる。


「ほうほう。ぬしは戦うつもりなのか?」

 おかしそうに――釘貫がまとっている緊張感を消そうとするように、苗切白里は釘貫の周りを車イスでぐるぐる回る。

 きいきい、と壊れかけの車イスから軋んだ音がする。

 釘貫は岳骨から視線を外すことなく、苗切に言葉をぶつける。

「僕の性格を知ってるだろう」

「負けず嫌い」

 苗切は答えた。


「相手の手のひらにいることが許せない」

「分かってるじゃあねえか」

「まあ、別に構わんがな。わしからしてみれば、戦ってくれる時点でありがたいこの上ないからのう」

「……誰と話してるんだ?」

 岳骨が不思議そうに、釘貫を見据えながら言う。

「僕らが持っている断片の元の持ち主だよ」

 釘貫は答えた。

 岳骨は意味が分からないと言いたげにまゆをひそめた。自然とアゴに手が伸びていた。

 釘貫自身が岳骨の持っている断片がアゴであることを知らなければ、まるで考え込んでいるような動作だった。

 釘貫はそんな岳骨に一気に迫った。

 不意打ちには不意打ちを。

 負けず嫌いで、相手の手のひらに乗るのがイヤな釘貫らしい仕返しではある。

 アゴが断片である岳骨の顔面を狙うような愚行は犯さない。

 体を屈めながら、両手をクワガタのように広げる。

 岳骨の両足を挟み込むようにして両腕で掴んで、足を止める。

 靴の裏が地面を削って、釘貫の体に溜まっていた勢いを殺す。

 けれど、足を掴まれて体当たりを受けている岳骨の体にある勢いは消えない。

 押されて止められて戻される。

 岳骨の体はバランスを崩してぐらりとよろめいてそのまま地面に背中から倒れた。

 岳骨が倒れる瞬間、釘貫は掴んでいた両足を引っ張った。結果、岳骨の体は地面に叩きつけられるように倒れる。


「ぐふっ」

 岳骨の口から、肺の中にあったであろう空気が音とともにあふれる。

 釘貫は岳骨をまたぐように立つと、そのまま片足を振りあげて振り下ろす。

 狙ったのは、鳩尾や腹ではなく――胸。

 心臓のある位置を、さながら足で心臓マッサージでもしてやるかのように振り下ろす。

 もちろん、心臓マッサージは意識のない相手だからこそするものであり、意識のある岳骨は苦痛でうめき、空気が漏れていた口から吐瀉物があふれる。


「僕からも質問だ」

 そのまま、足を離すことなく、岳骨を睨む。


「どうして十乃を襲おうとした」

「パーツを持っているから。そういう点では別にお前でもよかった」

 お前でも。

 別に。

 釘貫は岳骨を睨む。

 岳骨はムカつくぐらい白い歯を見せつけるように笑う。


「お前は集めないのか?」

「聞きたくもない話を聞いたものでなっ!?」

 ぐりん、と岳骨が自身の体を回した。

 動かないように体を踏みつけて止めていたはずなのに。

 まあ、ここは子供と大人の力の差なのかもしれない。

 その動きは釘貫の足を押しのけるようにして、彼の体のバランスを崩す。外された足を地面につける。前にそれていた頭を持ち上げる。拳が飛んできた。立ち上がりながらの拳である。

 まっすぐ、釘貫の顔面に向けて飛んでくる。鼻骨を折らんばかりの勢いである。

 釘貫はとっさに手のひらをその拳の軌道にあわせる。

 ぶつかる。弾かれた。体の後ろに飛んでいった手のひらに肩が引っ張られる。

 ビリビリとした痺れが弾かれた手のひらに残る。

 そう言えば、人は噛みしめることで力を発揮するということを、どこかで聞いたことがあるような。

 釘貫の頭をそんな雑学がよぎったが、それは鼻骨をへし折る拳の衝撃で消え失せた。

 意識が後方へと飛んでいく。飛んでいく自分の背中が見えたような気もしたが、それはきっと気のせいだろう。

 ブラックアウトしていた視界に、色が戻る。鼻で息ができない。多分、折れているのだろう。折れていて、鼻に血がたまっているのだろう。

 肩甲骨が地面についた瞬間、釘貫はそのまま地面を転がった。体勢を整えるとか、見栄えとかそういうのは全く気にせずに、とにかく岳骨から距離をとることを選択した。

 そして、それは正しい。

 ごろごろと回転草のように移動した釘貫のすぐそばを、岳骨の足が抉るように、まるで鎌のような軌道で空気を抉ったからだ。

 地面をたたいて、転がる体を立ち上がらせる。岳骨は追撃をするつもりだろうか。蹴り上げた足をそのまま釘貫の方へと伸ばしてくる。

 二人の距離は歩いて三歩ほどだったが、それによって距離がぐんと縮まる。

 ただ、それで問題はなかった。近づいてくれた方が問題はない。

 釘貫は地面を叩いていた時についでに掴んでいた砂と小石を、迫る岳骨にめがけて投げつけた。岳骨はそれが目に入り、呻く。

 その一瞬を狙って、釘貫は足を伸ばして岳骨の喉仏に自分のつま先を突き刺した。

 岳骨の口から咳がふく。

 そのまま、釘貫は足を戻して追撃をかけようとした。地面を踏みしめて、腕を振るう。

 しかし、それは失敗に終わる。

 がくり、と釘貫の体が倒れる。地面を踏みしめたはずの足から力が抜けてしまったからだ。

 な、んで。

 釘貫は頬を地面にぶつけながら疑問の答えを探るべく足元を視る。直後、視るのではなかったと後悔した。

 なぜならば、太もも辺りのズボンが破けていたからだ。破けて、そこから血肉がはみだしていたからだ。

 食い千切られていた。引き千切られていた。

 気づいたら、急激に痛みが這い上がってきた。じわりと脂汗がにじむ。

 なにかが失われていく感覚と、それを埋め合わせるように痛みが虫のように這い上がってくる。

 意識が遠のく。真っ黒になっていく。

 しかしそれでも。

 眼球は岳骨が迫ってくる姿を釘貫に視せていた。

 痛みがあるのは左足だ。右足はまだ無事だ。左足で地面を蹴るのを諦め、釘貫は右足で地面を蹴った。

 前のめりになっていた体はそのままロケットのように迫る岳骨に直進して岳骨の鼻に額が激突した。

 顎が化物の断片であることを知っているがゆえに、頭への攻撃は避けるべきだと考えていた釘貫ではあったが、その性格上、危険回避よりも鼻の骨を折られた意趣返しの方が勝った。

 岳骨はまるで壁にでも阻まれたかのように来た方向へと戻されるように弾かれた。

 視界はいまだ回復はしない。眼球の力を借りて、どうにか視ている程度である。

 釘貫は岳骨から目を離す。敵から目を離すというのはそれだけでも危険行為ではあるけれど、それよりも足の救急処置をする方が先決であった。左足の方のズボンを引き裂く。元より噛み千切られていた分、千切ることに抵抗はなかった。

 千切ったズボンを、心臓に近い側――足の付け根の当たりで強く縛る。こうすれば、緊急の止血は済むはずだ。

 だくだくと流れていた血液が、次第に流れるのをやめる。それが失血の状況ではないことを願いつつ、釘貫は強く縛りすぎて感覚がなくなっている足を引きずるようにして立ち上がる。

 岳骨は鼻の骨を力づくで元に戻していた。

 つまんで、へし曲げる。口はしきりに動いていて、なにかを噛んでいるようだった。視ている釘貫には、それが一体なんなのかは分かっていたのだが、それを口にするつもりはなかった。

 ごくり、と呑み込むのを確認して、釘貫は嫌悪感をあらわにする。


「化物かよ」

「褒め言葉だな」

 釘貫が吐き捨てるように言うと、岳骨はうっとりしたように笑った。

 その表情が、また嫌悪感を高める。

 気持ち悪い。気色悪い。


「褒めてねえよ」

「俺は化物になりたいんだ。だから、褒め言葉だよ」

「化物に?」

「ああ、そうだ。だから、これを集めている」

 集めれば、化物になれるとこれが言っていたから。

 釘貫は岳骨のことを初鹿戸室と同じタイプなのだと思いこんでいた。

 力に惑わされて、力に溺れているタイプ。

 事実、彼は力に惑わされて溺れている。

 しかし、彼自身が望んで惑わされて溺れているのだ。

 自分で飛び込んで、自分で溺れている。

 溺れたくて溺れている。

 釘貫は思わず息を呑んだ。


「分かってるのか?」

「あん?」

「断片を集めるってことは、体のパーツを交換し続けるってことは、お前の体が完全に化物になるってことだぞ」

「願ったり叶ったりだ」

「そこまで行くと、もうお前の体ではなくなるんだぞ――お前ではなくなるんだぞ」

「なに言ってんだ」

 岳骨はそれこそ、きょとんとした表情を浮かべながら釘貫に言い放つ。


「体が完全に変わったとしても、俺は俺だろう」


「…………」

 釘貫は閉口した。そんなことを当たり前のように言える岳骨に、圧倒された。

 ああ、そうか。

 こいつは確固とした自分が存在してるんだ。

 自分が自分であることを、信じて疑わないんだ。

 ――僕ならきっと、化物になる。と言うんだろうなあ。

 それは化物――苗切白里の存在を知っているから、ということだけではない。

 自分という存在に自信がないから。

 替えのきく、唯一無二ではないことを知っているから。そんなことを考えられる。


「なにかがどうにかなると思ってた」

「あん?」

 釘貫が思わず呟いたセリフに、岳骨は片眉をあげて反応する。


「化物の断片を手に入れて、化物に取り憑かれて、他の持ち主との勝負に巻き込まれて、アイドルと出会って、一緒に遊びにいったりして、ここ数日、僕にしてはおかしいぐらい波乱万丈で充実した人生を送っていた」

 もしかしたら、なにかかわるんじゃないか。

 なにかがどうにかなるんじゃあないか。そんな事を考えていた。

 けれども、僕の進路調査書の白紙が埋められることはなかった。

 僕は僕であった。

 どうしようもないやつは、どうしようもないぐらいに変わらなかった。


「だから」

 釘貫は話を区切って、岳骨の元へと走って迫った。岳骨は右腕を振るって迫る釘貫を攻撃しようとしているが、それは『眼球』を持っている釘貫にとっては、動きだすよりも先に視える動作であった。

 振るわれた右腕をしゃがむようにしてかわす。岳骨の懐に接近すると、そのまま腕を振り上げて岳骨のアゴに拳をぶつけた。

 岳骨のアゴは化物の断片である。ゆえに、ダメージはないと考えていいだろう。

 しかしそれでいい。それがいい。

 岳骨のアゴが少しだけあがって、首に隙ができればそれでいい。

 釘貫は岳骨の喉仏に、左手の親指と人差し指の間をぶつけるようにして突いた。岳骨はえずく。釘貫はそんな岳骨のこめかみに右足で蹴りを加えた。岳骨の体は勢いよく地面に叩きつけられる。


「どうして十乃を庇ったのか、だったっけ?」

 そんな岳骨を見下しながら、釘貫は吐き捨てるように言う。


「あいつの命は僕の命なんかよりずっと重い。そう思っただけだ」

 岳骨はにいっと倒れたまま口元を大きく歪めた。

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