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家に帰りたくなーい

 ゲームセンターをでてみると、外は暗闇にどっぷりと浸かっていた。

 黒色の空には小さな明かりが小さく小さく、たくさんと輝いていて、その量はここが田舎ではなく、都会でもない微妙な立ち位置にあるのだと言外に語っているような気もした。

 夜。

 真っ暗で、頼りない街頭の光を頼りにしないと、すぐそこの花壇もなにも見えない。

 草葉の揺れがまるで人が動いているようで、なるほど、昔の人はこうして幽霊を誤認していたのだな。と釘貫は一人考える。


「なあ、ぬしよ。どうして右にいかぬのじゃ。右は安全じゃと言っておるじゃろう」

 背後にいる誤認でもなんでもない、実在する幽霊はなにやら姦しくごねている。

 実在する――否、実在はしていないか。

 腕も、脚も、胴体も、どこもなにもないのだから。

 あるのは頭と髪の毛だけ。

 あるけど、誰にも見えない。

 彼女の『眼球』が眼窩に収まっている釘貫以外には、見えない。

 そんな彼女が存在していて、実在していると言えるのだろうか。

 言えるのはきっと、釘貫だけだ。


 ――いい加減、嘘がバレバレだって気づかないものかね。

 その証言者は姦しいその声に、若干うんざりした風に顔をしかめる。

 遠目の利かない夜道を、証言者は二人の女子を連れて歩いている。

 逃げている。

 遠目が利かないのは、欠点であり、利点であった。

 敵を目視することができないけど、敵も自分たちを目視することができない。

 証言者――釘貫睦くぎぬきむつと、連れている女子の一人は、敵が近づけばそれを感知することができる。

 それは相手も同じである。

 感知できるほど近くにいるということは、相手も感知していると見てもいい。

 だから三人は暗い夜道を、辺りを警戒しながら歩いていた。

 名前が分からない鳥の鳴き声と、街頭につられる虫の羽音が、夜に吸い込まれていく。

 肌寒い空気が、三人の体をなぞる。

 口の中が乾いて、隣の人間に聞こえてしまいそうなぐらい、心臓がバクバクと動いている。

 だから。


「あっ!」


 と。急に声をあげられたりしたならば、驚いてしまうのも仕方あるまい。

 大声をあげたのは、十乃天とうのそらだった。

 その、妙に透き通る声で声を荒げられるものだから、緊張感で張り詰めていた空気でパンパンになっていた二人なんかは、まるで背後から背中を触られた猫みたい、ぴょーんとはねあがった。

 受け身もとれるはずもなく車に轢かれたカエルみたいに、地に伏せた。


「な、なんだよ急に!」

 バクバクと鼓動を繰り返す心臓をおさえながら、上半身を持ち上げた釘貫が叫んだ。

 見えないものが視える目は、夜目だってしっかりと利く。

 十乃のあわてたような表情もしっかりとみてとれた。

 慌てているというか、怯えているというか。

 心の方は、萎縮しているようにも視える。

 ただ。

 顔も名前も知らない未知の敵に怯えているようではなさそうだった。

 どうしたのだろうか。

 釘貫は両手両膝をアスファルトの地面につけたまま、はて、と首を傾げた。

 傍からみてみてば、かなり滑稽な姿である。

 十乃は辺りをキョロキョロとうかがっている。

 そして、少し上擦った声で、こう言った。


「忘れ物しちゃった!!」


「……はあ?」

 釘貫は眉をひそめた。

 彼女が今日持ってきた荷物はなにもなかったはずだ。

 しいて言えば、バックだけ。

 それは彼女の腕に引っかかっている。

 その中身を忘れてしまったのだろうか。いや、その中身も、変わっていない。

 増えていないし、減ってもいない。

 忘れ物なんて、ないはずなのだが。


「仕事場に忘れ物しちゃった」

 釘貫の不審そうな表情をみたのか、十乃はそうつけたした。

 仕事場。

 なるほど、それならば分からなくはない。

 釘貫は心の中で頷く。


「じゃあ、取りに戻るか」

「ダ、ダメッ!!」

「いや、いつ敵と遭遇するか分からないだろう?」

「だ、大丈夫。私だって痛みで敵の位置は分かるから!」

 十乃の、その慌てた口調に釘貫は首を傾げながら四つん這いになっていた体を持ちあげる。

 彼女の顔を覗きみる。内心を覗き視る。

 その意識は、自分の背後――つまり、今から歩いて向かおうとしている方向に向いていた。

 釘貫は思わず背後を首だけ動かしてみた。

 後ろの十乃が、びくりと体を震わせた気がした。

 内心を視たことに気づかれたのかもしれない。

 しかし、釘貫はそれを謝ったりはしなかった。

 気づいたことを、見せたりもしなかった。


「でも、もし敵に出くわしたら危険だろう。それに、女子ひとりを夜道を歩かせるわけには」

「釘貫くんってさ、そんなことを考えるほど紳士だったっけ?」

「紳士……ではないな」

「でしょう、なんか変だよ?」

 変なのはお前のその態度もだ。と釘貫は言えなかった。

 その引きつった笑みと、塞ぎこんでしまった心を視てしまっては。


「それじゃあね、今日は楽しかったよ。あ、そうそう。猫ちゃんはしっかりとエスコートして帰ってよ」

「あ、ああ……」

 十乃は手を何度か振ってから、ぎこちなく笑うと釘貫たちが向かおうとしている方向とは逆の方へと走って言った。

 その足取りはなんというか『向かう』足取り。というより『逃げる』足取り。に、みえた。

 釘貫は、逃走していく十乃を夜目がきく目で見送りながら、顔をしかめた。


「なあ、笹竹」

「あんたと話したくない」

「そのあたりの強さは、もはや清々しいな」

「それで、なに? 十乃がいないのなら、私がここにいる理由はもうまったくないのだけど」

「あいつ、どうして逃げたんだ?」

「あんたに説明する意味ある?」

「……ない」

「でしょう」

「でも、気になる」

「気になるで人の隠しておきたい部分を知ろうと思うの、あんた?」

 性格悪い、と笹竹は断じた。

 釘貫は顔をしかめた。

 性格悪いのは認める。

 見てしまったから。

 視てしまったから。

 ここで逃げることはできない。そう思った。

 だから。


「知らないといけない、そう思った」

「…………」

 笹竹は、呆れた風にため息をついた。

 内心も、呆れているようだった。

 そりゃあそうだろう。

 こんなことを、前にも一度やっているのだから。

 反省する気なし、と判断されたっておかしくない。


「この向こうに、十乃の実家がある」


 笹竹は、首を少し折りながら横目で睨みながら言った。

 それだけでもう、分かるでしょう? と、言いたげだった。

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