ねこねこねこ
「それで」
校舎の隣にある体育館。
その間は日差しが届かないからか少しジメジメしている。小石が散らばっていて、掃除が行き届いていない事を暗に示しているようだ。
そんな場所で、笹竹猫は両腕を組みながら言った。
背は女子の平均よりは高く、クラス全体で背の順で並べば後ろのほうに並ぶことになる。
肩甲骨辺りまで伸ばした黒髪を、後頭部で二つのお団子にしてまとめている。
男子の視線を集める胸囲の持ち主で、今も両腕を組むことでそれが強調されている。
彼女の前に立っている少年も、目のやりどころに困っているようだった。
少しほっそりとした体躯。髪は短く、天に向けてつんつんとたっている。
眉間にはいつも顔をしかめているからか、少しシワが入っている。
そんな少年に、笹竹は言う。
「釘貫くん、一体全体なんのよう?」
少年――釘貫は、前置きもなく言う。
「十乃天についてなんだけど」
ピクリ、と笹竹の肩が動いた。
表情に変化は無いけれど、なにかを隠そうとしている感じだ。
「十乃天がどうかしかの? ああ、まさかファンになったとか? 他の人に聞かれると恥ずかしいから人目のつかない場所に呼んだんだ。ああビックリした。私てっきり告白されるのかと」
「昨日本人に会ったんだ」
再び肩が動いた。今度はさっきよりも激しく。
表情も少し崩れて、ひくひくと口元が動いて、足はプルプルと揺れている。
「へ、へえ。すごいね」
平静を保とうとしているけれど、声は震えている。
「そう言えば今ライブがあるからこの街に来てるんだっけ。うわーいいなー、ねえねえ。サインとか貰ったりした?」
「一緒に食事したりしたよ。それと、笹竹。お前が友達だって話も聞いた」
笹竹の肩ががっくりと落ちた。
なにペラペラ喋ってんのよあのバカは、と全身で表しているようだった。
はあーっ、と深いため息をつく。
そしてがっくりと落ちた肩と頭を持ち上げる。
隠し立てる必要がなくなったからか、さっきまでの愛想笑いは消えて、肝の据わった表情に変わる。
「証拠の写真、見せようか?」
「いいよ。どうせ写真を見せたら信じるだろう。とか言ったんでしょ?」
「正解」
『猫ちゃんは人をそう簡単に信用しないから、証拠が必要かな』
『証拠?』
『写真撮ろうよ写真』
そんな会話があった。
カメラのフレームに収めるためか、釘貫の肩に手を回して、頬と頬がくっつくぐらい近くに寄ってきた。
甘い匂いが鼻に入り、柔らかな感触が右半身にある。
なかなかどうして、苦行のような数瞬だった。
「で?」
「で。って?」
「で、他になんか変なこと喋ってなかったあのバカ」
「バカって……」
国民的アイドルをバカ呼ばわりするとは、よっぽど仲がいいのかはたまた悪いのかのどちらかだろう。
十乃の話からすると仲は良さそうだったが。
「友達だってことしか聞いてない」
「あそ。なら良かった……」
「あと、ノドのことについても」
「ぶ……っ!?」
吹きだした。
そのあまりにも突飛な行動に、釘貫は少しだけ後ずさる。
笹竹はなんどか咳き込んでから釘貫の顔をじろりと睨んだ。
「ノドのことってどういうこと!?」
「やっぱり知ってたのか」
やっぱり。と言ってみたけれど、これは決して鎌をかけていた訳ではない。
昨日、十乃天が『笹竹猫っていう友達がこの街にいる』と言ったとき。
『知ってるぞ、そいつ』
『へ?』
『知っているっていうか、クラスメイトだ』
『へえー。偶然って言うのも怖いね。まあこの街はそんなに大きくないから、同い年ならそういうこともあるよね。あ、そうそう』
『そうそう?』
『猫ちゃんも私が化物の断片を持っているの、知ってるから』
『ええー……』
なんて会話があった。
だからやっぱり、なのである。
隠していたことがバレ、少し焦っているようにも見える(内心は焦っていた)笹竹に、釘貫は刺激しないように言う。
「大丈夫だ。僕も十乃と同類」
「……へ?」
「僕も化物の断片を拾っている」
「……」
笹竹はいぶかしむように釘貫を見た。その反応が十乃と似ていて、なんだか面白い。
じろり、と睨んでいた彼女は恐る恐る釘貫にたずねる。
「本当に?」
「本当に。眼球を持ってる」
「証拠は?」
「えっと」
釘貫は視線をおとす。
視線の先には笹竹のスカートがある。
その視線に気づいた笹竹はスカートを伸ばすようにして、そこからすらりと伸びた白い脚を隠した。
「どこ見てんのよ」
「黄色いハンカチと使い切ったリップクリーム」
「は?」
「ポケットの中身。黄色いハンカチとリップクリーム。使い切ってんだから捨てろよな」
笹竹はなにを言うでなく、スカートのポケットをまさぐり中身を取りだした。
黄色いハンカチと、使い切ったリップクリーム。
釘貫の言った通りだった。
「僕の――より正確に言えば彼女の眼球は『見えないものを見えるようにする』だからそのポケットの中身だって見ようと思えば見える」
信じてくれるか? と釘貫は言った。
笹竹はポケットの中にハンカチを戻しながら、うなづいた。
「それにしても、十乃と同じ人がいたとはね」
「僕もビックリだよ」
「……で、なに。あんたも夢を叶えた組なの?」
「残念ながらそんなものは僕にはない」
「進路相談クラスで唯一だしてないんだもんね」
「うるせ」
悪態をつく。
ついてから。
「十乃の願いっていうのはアイドルになりたい。だったのか?」
「いや……」
と、少し言いよどむ。
言っていいのか迷っているのだろう。
逡巡してから彼女は言う。
「の……十乃はさ、家族と少し仲が悪いんだ」
笹竹は一度言いよどんでからそう言い直した。
の。は一体なんなのかは釘貫は追求したりはしなかった。
「そりゃあ手塩に育てた娘がさアイドルになりたいなんて言いだしたらそうなるよね」
その時のことは全く知らない釘貫ではあったけれど、どんな言い争いがあったかは容易に想像できた。
笹竹は呆れたように呟く。
「そして十乃は家出同然で東京に行った。もし今みたいに成功していなかったらどうなってたのやら」
やれやれとかぶりを振る。
しかし十乃と笹竹。
歳でいえば笹竹の方が年下のはずなのに、この二人の関係は笹竹の方が年上のようにさえ思える。
まあ、十乃は実年齢よりも精神年齢は低そうなタイプではあったけれど。
「十乃が東京に行ってから数年。連絡は全くなし。テレビの端のほうにたまに映るあいつの姿を見て、『ああ、頑張ってるなー』と思うしかなかった」
そんな折だった。
笹竹はその時のことを思いだしてか目を細める。
「半年ぐらい前かな。とつぜん十乃から連絡がきた」
「半年前……」
それは丁度、十乃天が一気にブレイクしだした頃だ。
釘貫が眼を向けると、笹竹はこくりと頷く。
「私の携帯に電話があったの『明日会いたい。会える?』って。久しぶりの電話に私はもう嬉しくなっちゃって、すぐオーケーを出した」
そしたら次の日、本当に十乃は私の家に来た。と笹竹は嬉しそうに言う。
「でっかいサングラスにでっかいマスクで顔を隠してて、本人は変装のつもりなんだろうけどむしろ怪しいのなんの」
「僕が会った時もそんな格好だった」
「体のラインを隠すような上着を着てなかった?」
「着てたけど」
「私が教えた」
自分の顔を指さしながらにやりと笑う笹竹に、釘貫はははは、と空笑いを浮かべた。
更に不審者度が増すようなことを。
いや、それを狙ってのことか。
「やってきて早々、十乃は私にこう言った。『あのお守り、まだある?』って」
「お守り……」
十乃天は言っていた。
ノドは友達の家のお守りとしてあったのだと。
「それがあんたのいう“化物の断片”よ。私はあるけど、と答えた。そしたらすぐに『それにお祈りさせて欲しい』って言ってきたの」
「よく覚えてるな」
「十乃との会話だからね。一字一句覚えていて当然」
笹竹は少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら言った。
なんだろうか、仲睦まじい友達なのだろうけれど、どこか変な感じがする。
――いや、まさかな。
余計なことを考えてしまった。釘貫はかぶりを振って気持ちを改める。
「化物の断片は私の家の蔵にしまってあった。綺麗に布に包んで、ね」
私の家の蔵。
なかなか聞くことのない言葉だった。
――そう言えば笹竹っていいとこのお嬢様だっけ。
この街にはいわゆる金持ちの家が二つある。
片方は笹竹家。
もう片方は能登家。
どちらも古く大きな日本邸宅に住んでいる。
どうしてそんなところのお嬢様がこんな普通の高校にいるのかは謎だ。
もっといいところにいけばいいのに、と釘貫は思わないでもない。
「今度テレビでソロで歌うチャンスがある。十乃はそう切りだした」
「売れるきっかけになったあれか?」
「それ。それが成功するように神頼みをしたいんだとさ」
聞くところによると家出をする前にもそれにお祈りをしたらしい。
アイドルになれますように。
その願いは叶った。
だから彼女は、もう一度お守りに――断片に、祈ろうと考えた。
笹竹はそれを了承して、彼女を自宅の蔵に案内したという。
布で包まれたそれを見つけた十乃は、両手で抱え込むように掴みながら願った。
――歌が上手くなりたい。
そう、願った。
無論、化物の断片には夢を叶える能力などない。
彼女がアイドルになったのは彼女自身の能力によるものだ。
「おかしなことになったと気づいたのはその直後だった」
布に包まれていたそれが、その姿を消したのだ。
なくなった。
その代わりに、十乃の左腕が大きく歪んだ。
否、歪んだのではない。膨らんだのだ。左腕に大きなこぶのようなものができていた。
十乃は「なにこれ」と呟いたらしい。
呟いた、その直後。
こぶは、十乃の左腕を駆け上がった。
ノドの辺りまで一気に上ったそれは、そこで姿を消した。
ゴキュ、ゴキュ、ゴキリ、ゴキリ、ゴキリ。
代わりにそんな音がして、十乃の口から真っ赤なものが飛びだしてきた。
それは言うまでもなく、語るまでもなく。
十乃のノドだった。
もちろん、そんなグロテスクなものを見て、叫ばないものはいない。
笹竹は叫んだ。
十乃も叫んだ。
けれど、そこである異変に気づいた。
「十乃の声が、すごく通ってた」
透き通った声になっていた。
綺麗な声になっていた。
はじめは混乱していた十乃だったけれども、歌が上手くなった事実に気づくと、喜んで笹竹家をあとにした。
「これがあの子が急にうまくなった理由」
「なるほどな」
笹竹が話していた内容は、十乃本人が言っていたことと一致する。
彼女は嘘をついていない。
「十乃、すごく喜んでた。これでお母さんとお父さんに認めてもらえれるって」
「…………」
「今回ここでライブするのだってね、家族に今の自分を見てほしいからなんだって」
「…………」
釘貫は昨日貰ったチケットを思いだす。
枚数は二枚。
場所は調べたところ、最前列だった。
最初はいい席だなー、程度だったけれども今なら分かる。
これは家族の分のチケットだ。
「ねえ」
と笹竹は言う。
「あのお守りは一体なんなの? あんた、なにか知ってるんじゃあないの?」
釘貫は背後で待っている苗切を肩越しに見た。
言っていいか? と眼で伝える。
伝わるかどうかは正直分からなかったが、苗切はかぶりをふった。ようだ。
「いたずらに吹聴することでもあるまい」
しかしそうなると、一体どう伝えればいいのだろうか。
「あーえっと」
釘貫は少しの間逡巡して。
「あまり深くは言えないんだけど、かなり危ないもの。運が悪かったら命を狙われる可能性もある」
「なに、二人だけの秘密だっていうの」
違う。
引っ掛かるところはそこじゃないし、怒るところもそこじゃない。
笹竹は険しい表情で呆気にとられている釘貫の顔を睨む。
釘貫は慌てて。
「十乃に言われたんだ。笹竹を巻き込みたくないからこの事は黙っててって」
「十乃が……?」
もちろんそんな事は言ってない。
けれどそういうと笹竹は顔を赤くして「分かった。聞かないであげる」と言ってくれた。
小さな声で「わ、私のことを心配してくれたんだ。うふふ……」とかも言っていた。
「分かった。十乃が言うのなら言及はしない」
けど、と笹竹は言う。
「これだけは聞かせて。命を狙われる可能性もあるっていうのは本当?」
「……本当だ。今は狙われてないけど、今後そうなる可能性もある」
狙われる理由なんて釘貫には分からない。
けれど、化物の断片を持っているということは、否が応でも他の持ち主たちに居場所を伝えることになる。
その中には無論、初鹿戸室のように力におぼれた人もいるだろう。
襲われる可能性は少ないとは言いがたい。
特に彼女のように、表にでることが多いタイプは。
釘貫はこくり、とうなづく。
笹竹は険しい表情のまま、釘貫を見据える。
「守ってよね」
「え?」
「どうして命を狙われている羽目になっているのかは知らないけれど、そうなった時は、十乃を守ってよね」
「……もちろん」
「あんたの命はどうでもいいから」
「手厳しいな!?」




