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アイドルと食事を

 ここで話していると店の人に迷惑だから場所を変えよう。

 十乃天はそう提案してきた。

 釘貫はそれを了承して、近くにあったファミレスに移動した。


「ご注文はなににしますか?」

「私パフェ。チョコレートパフェ」

「あー、じゃあざるそばで」

 ウエイトレスに注文をした十乃は体のラインを隠すように着ていた上着を脱いだ。

 マスクとサングラスはつけていない。

 帽子も脱いでいて、変装道具は全てバックの中に片付けられている。

 それなのにさきのCDショップのような騒ぎは起きていない。

 なぜならファミレスに入ったとき、彼女がこう口にしたからだ。


「私たちのことは気にしないで」

 それだけで誰も十乃と釘貫を気にしなくなった。

 まるで催眠のようだ、と釘貫はその背中を見ながら思った。


「酷い例え、やめてくれる?」

 不服そうに十乃は頬を膨らませたが、事実である。


「それで」

 出された冷や水をひとくち口に含んでから、十乃は釘貫を見た。

「どうして私が十乃天だって分かったの?」

「僕の目は僕の目じゃあない」

「はあ……?」

 自身の目を指さしながら言う釘貫に、十乃は「なにを言ってるんだこいつは」という風に首を傾げた。

 実際そんなことを急に言われたらそんな反応だろう。

 だから釘貫はそのまま話を続ける。


「あんたには」

「わたし、学校に行ってたら大学一年生」

「……あんたには見えないだろうけれど」

 言外に訂正を求められたが、そこで変えるような釘貫ではない。

「僕の隣には化物がいて、そいつの眼球が僕の眼窩に寄生している」

「迷惑な話じゃ」

 隣で手持ち無沙汰にしている彼女は文句を言うように呟く。

 文句を言いたいのはこちらである。


「この眼は見えないものを視ることができる。人の心、感情、オーラ、幽霊、とにかく『視認できないもの』を視ることができる。そのマスクの向こうとか」

「ふうん、つまりは透視能力みたいなものね」

 十乃は釘貫の能力――正確に言えば眼の能力を適当に言った。

 間違ってはいないのだが、別に透視能力だけではないのだけれど。

 一番使い勝手が良くて、使っているだけで。


「しかし、なるほど。見えないものが見える透視能力。ねえ……なるほどなるほど」

 内心はニヤニヤと笑っている。

 なにか思いついたらしい。

 バックの中からメモ帳とペンを取りだす。

 十乃はくるりと、手の内にあるペンを回す。


「じゃあさ、一つ問題を出していい? 答えれたらあなたのいうことを信じてあげる。答えれなかったら、信じない」

 十乃はメモ帳に何かを書くと、書いたそれを見えないようにそれの裏側を釘貫に向けた。


「私は今、このメモ帳に数字を書きました。さて、なんて書いたでしょう?」

「透視能力のチェックテストかよ」

「チェックテストだよ。とどのつまり。それともなに。下着の色についての方がよかった?」

「水色」

 (ない)胸を強調するようにつきだしてくる十乃に、釘貫はさらりと答えた。


「はっ!?」

 胸の前で両手をクロスさせながら、ガタタッと座っているソファを蹴って、距離をとる十乃を傍目に、釘貫は机の上に伏されたメモ帳を凝視する。

 凝視して、嘆息をつく。

 気の抜けた表情になる。


「で、ど、どうなのよ……」

 顔を赤くして、胸を隠しながら尋ねてくる十乃に、釘貫は呆れたように言う。


「n。アルファベット小文字のn」

「正解」

「数字じゃあねえじゃねえか」

「当てずっぽうで当てられても困るもんね」

 十乃はいたずらっぽく下をだした。

 なんだか化かされた気分だ。


「まあ当たってたわけだし、信用してあげる」

「そりゃあ重畳」

「ところで、えっとあなたの名前なんだっけ?」

「睦。釘貫(くぎぬき)(むつ)

「釘貫くん、あなたの目は常時人の下着が見えるのかな?」

「……」

「見えるんだ」

「い、いや。視ようと意識しない限りは視えたりはしないから」

「女の敵」

 女の敵認定された。

 見ろ、と言われたから視たのに。

 えらく心外である。


「女の敵じゃな」

「お前には体がないだろ」

 横目で睨みながらケラケラと笑う彼女を、釘貫は睨み返す。


「しかし透視能力かー。それってかなり便利なんじゃない?」

「そうでもねえよ。いつもいらない情報が視界に入ってくる。情報過多で頭が痛くなる」

「ふうん、大変だねえ」

 いまいちよく分からないのか、十乃はあいまいに頷く。

 そうしているうちに、注文していたパフェとざる蕎麦が届いた。

 机の上に置いたままだったメモ帳をどかして、そこに置いてもらう。

 釘貫はそばを一口分とり、つゆにつけてから食べる。


「うまそうじゃな」

「だからお前、食えないだろって」

「食えるようになりたいのう……」

 ざる蕎麦とパフェを交互に見ながら彼女はつまらなそうに呟いた。

 実際何も出来ないに等しい今の状態は、一体どんな気持ちなのだろうか。

 釘貫の眼は内心を視ることだってできる。

 けれど存在があやふやであいまいな彼女は、内心だってあやふやであいまいだ。

 なにを思っているか、なにを考えているか、分からない。

 ――まあ、それが普通で当然なんだけどさ。

 視えることに馴れてきたのかもしれない。

 釘貫はそう考えた。


「ん、まあこれで釘貫くんの眼は見えないものが見える眼だということは信じてあげる」

 数字も下着も見られたしね、と笑ってから十乃はパフェをひとくち食べた。

「んー、おいしい」

 頬に手をそえて、十乃はスプーンをもてあそぶ。


「それと、それが寄生してきた化物の眼だということも。私も同じ体験をしているから、信じてあげる」

「どうも」

 釘貫はそばをすする。


「同じ体験をしているってことは、あんたも拾ったのか?」

「え、なに。釘貫くん眼球を拾ったの?」

「通学路に落ちてた」

「普通拾わないでしょそういうの」

「ドッキリかなにかだと思ったんだよ」

「だとしたら驚いたふりをしないと」

「そういうの嫌なんだよ」

「うわあ、面倒くさいタイプー」

 テレビとか絶対出れないね、と十乃は笑った。

 うるせ、と釘貫は悪態をつく。


「私の場合は友達の家にあったの。お守りとして」

「変なところにあるな、お前の体」

「訳が分からぬ……」

 自分の体がいつのまにやら家のお守りにされていた彼女は、頭を抱えた。のだろう。

 ごくり、と口の中にあったパフェをのみこんでから十乃は、不意にアゴをあげてみせた。

 自然とノドが強調される形になり、細く、白いノドが釘貫の眼に入る。

 釘貫はそれを視る。

 ノドの部分だけ、妙に浮いているように視えた。

 違うものに視えた。


「私が持っている部位はノド」

「だから急に歌が上手くなったのか」

「……そうね」

 少し歯切り悪く、十乃は頷いた。

 内心は少し落ち込んでいるようにも視えた。

 釘貫は首を傾げる。


「しっかし、本当に他にもいたのね。パーツ、化物の断片......だっけ? を持ってる人が」

「ノドが言ってたのか?」

「そうね。もっと力が欲しいか、願いを叶えたいか。ならばもっと集めろ、もっと集めろって。意味分からなくて無視してたけど」

 それに、私の夢はこれ一つで充分叶うしね。十乃はパフェを食べる。

 もう半分も残っていない。なかなかのハイペースだ。

「釘貫くん、あなたは知ってる? 集めろってどういうことか」

「えっとだな……」

 釘貫は十乃に話せるだけの情報を話した。

 全てを話し終えると、十乃は口元をひくつかせながら、声を震わせた。

 まあ実際、自分の置かれている境遇を説明されたら誰でもこんな反応をするだろう。

 しないとしたらよほどの狂人か、捻くれ者だ。


「つ」

 パクパクと動く口は、歌姫と称される彼女らしくなく、ずれた音をもらす。

「つまり私は、その釘貫くんの隣にいるっていう化物が完全復活するためのヒトガタにされてるってこと?」

「そういうこと。体に起きる変化は化物に近づいてる証拠だ」

「は、あああぁぁぁ……」

 十乃は思わず机に突っ伏した。

 その内心は一気に沈み込んでいた。


「じゃ、じゃあなに。このままこのノドを使っていたら私は私じゃあなくなるってこと?」

「いや、それはないんじゃあないかな。ないよな?」

 自信のノドをさすりながら恐る恐る尋ねてくる十乃に、釘貫は否定しつつ『彼女』に尋ねた。

 『彼女』はうっとうしそうに。


「わしの体は寄生はするがのっとりはせん。なんじゃそれは、化物すぎるじゃろ。もはやクリーチャーじゃろう」

「いや、お前化物だよな?」

 というか、寄生する時点でクリーチャーとしての素質は充分だと思う。

 そんな言葉をなんとかのみこむ。

 体をバラバラにされても生きていたり、人の体に寄生して完全復活をたくらむ化物。

 正直な話、釘貫ものっとりの可能性を少しばかり疑っていたりもした。

 しかしまあ、その懸念は無駄に終わったわけだけど。


「だそうだ」

「私にはその化物は見えないんだけど」

「あ、そうか……」

「本当にいるの、その化物は」

 机にあごを置いて、十乃はじろりと睨んでくる。

 テレビの向こうで輝いていたアイドルとは思えない、気の抜けようだ。

 これが本来の彼女の姿だったりするのだろうか。

 なんだか夢を壊された気分である。

 いや別に、アイドルに夢を抱いた訳ではないのだけれど。


「いるよ、証拠はないけど」

 実際はいないようなものだけれど。

 しかし他人の目には見えないからといって、自分の目に見えているものをいない。とは言い切れない。


「ふうん、まあ。信じてあげる」

 ねえ、と。

 十乃は言う。

「釘貫くんはその目でなにかやりたいことをやったりした?」

「……へ?」

 釘貫は素っ頓狂な声を上げる。

 首を傾げる。

 なにかやってのけた。

 なにかしたのか。

 それはもちろん、なにもしていない。

 その旨を十乃に伝えると、彼女は「えー」と言う。


「そんなスゴい能力が手に入ったんだよ。そしたらなにかするものじゃあない?」

「……そっか」

 そう言えば初鹿は力を使っていじめっ子を撃退したりしていた。

 普通はそういうものなのか。


「だからって女子更衣室の覗きはダメだよ」

「分かってるよ」

 気づかれた。

 釘貫は頬を少し赤くしてあはは、と笑う。


「まあ絶対に使わないといけないって訳じゃないしね。好きにするのが一番一番」

 言って、十乃はソファから腰を上げた。

 テーブルの端においてあった会計票をとる。

 いつのまにか、パフェを食べ終えていた。

 釘貫も急いでそばを食べる。


「いやあ、私以外にも断片を持っている人がいて驚いたよ。色んな情報を教えてくれたから、今日は私のおごり。それじゃあね」

「ちょ、ちょっと待った!」

 足早に去っていこうとする十乃を、釘貫は呼び止める。


「まだ聞きたいことも言っておきたいことも残ってる」

「ん、なに。サインが欲しいの?」

「違う違う」

 サインペンの用意をする十乃に、釘貫は顔の前で手をぶんぶんと横に振る。

 十乃は不服そうに眉をしかめる。


「なに、私のサインが欲しくないっていうの?」

「そうじゃあなくてさ」

 釘貫は自信の眼球を指さす。

「僕みたいに"化物の断片”を持っているやつには気をつけろ」

「え?」

「僕も前に一度狙われている。力欲しさに」

「え、でも待って。断片を集めたら化物になっちゃうんでしょ」

「そいつはその情報を知らなかった。集めたら強くなる程度だった」

「なにそれ……」

「だから気をつけろ。っていうのが言いたいこと」

「……気をつける。ノドが痛くなったら、逃げればいいんでしょ?」

 ノドに手を触れながら、不安げに言う十乃に釘貫はうなづく。

「それで聞きたいことって?」

「今更過ぎるんだけど、どうしてこの街にいたんだ?」

 十乃は目をパチクリさせる。

「どうしてって。今週この街でライブがあるからなんだけど、知らないの?」

「知らなかった」

「ふむ、まだまだ私の知名度も低いってことね」

 いや、これは単純に釘貫が芸能界に疎いだけなのだが。

 下唇に手をそえ、真剣に悩む十乃の姿に釘貫は少し笑みをこぼす。

「釘貫くんもライブに来てよ……ちょうどチケットもあるしさ」

 十乃は釘貫の前にチケットを二枚置いた。

 釘貫はお礼を言いながら受け取る。


「それとまあ、友達とか家族に会いにきたっていうのもあるかな」

「友達?」

「あれ、知らない? 私この街出身なんだけど」

「プロフィールみるほどファンじゃあないからな」

「サイン欲しがるほどのファンじゃあないものねー」

「……」

 根に持っていた。

 めんどうなアイドルである。

「まあその友達に会ったり家族にあったりしてたら、釘貫くんが倒れてたってわけ」

「なるほど」

「釘貫くんと同い年ぐらいなんだけど、知ってるかな――」

 と、十乃が言った名前には。

 釘貫は聞き覚えがあった。

「笹竹猫って、言うんだけど」

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