道端に眼球が落ちていました
それが一体何なのか、最初はよく分からなかった。
たとえそれが日常的によく見るものだったとしても、全体像を見ることはそうそうないから、仕方なくはある。
それは白かった。瑞々しくて、丸くて、一部に黒い円が書かれている。
眼球。
それがどうしてか、人通りの少ない道端に落ちていた。
「……」
釘貫は眉間をつまみながら空を仰いだ。
朝焼けの空が視界いっぱいに広がり、目に染みる。
少なくともこれは夢ではないらしい。
視線を戻す。
これで消えてなくなっていたら良かったのだが、しかし残念なことに眼球は未だそこにあった。
潰れている様子はない。
抉りだされた直後のようにも見えた。
「……あ、そういうことか」
少しの間無言だった――言葉を失っていた釘貫睦は、落ち着いた口調でこう言った。
ご丁寧に頷きながら、手をぽんと叩く。
「これは誰かのイタズラだ」
本物の眼球が転がっている。という可能性が考えられない今、尤も濃厚な可能性と言えばそれだった。
イタズラ。どっきり。
それならば、この人通りの少ない道が最適なのだろう。余り人が多いと騒ぎが大きくなりすぎるかもしれないからだ。
イタズラはあくまでも遊びである。過度に大きくなって犯罪になっては困る。
「となれば、僕は例に則って、あの眼球が本物なのだと勘違いしてビックリしなければならない訳だけど」
腕を組んで、少し悩ましげに釘貫は唸る。
癇に障る。癪に障る。
有り体に言うと、腹がたつ。
イタズラを仕掛けた場合、一番つまらない反応をするのが、癇癪持ちな釘貫であり、ここで驚くのは空気は読めているけれど、彼らしくはない。
実際唸ったあと、彼は彼らしく行動を開始する。
ひょいっと、その眼球を手にとってみせたのだ。
つくり物にしてはかなり精巧なつくりのようで、触り心地はそのまでよろしくない。というか悪い。
ぞわぞわとした嫌悪感が指先から全身に行き渡る。
できるだけ驚いている姿は見せたくない(相手の思う通りに動いてるようでムカつく)釘貫は、表情を崩さずに辺りを見渡す。
しかしどこにもイタズラの仕掛け人と思われる人影はなかった。
――変だな。
イタズラというのは見て楽しむものだろう。見ないで放置するものではなかろうに。
釘貫は首を傾げてから、視線を手元に落とした。
親指と人差し指で摘むように持っていた眼球がなくなっていた。
「あら?」
落としたのかと地面を見るが、眼球はない。
どこにいった?
と、釘貫は視線を動かして。
自身の左腕にこぶができていることに気づいた。
かなり不自然な形の。
さきほどの眼球と同じぐらいの大きさの。
「……まさか」
たらり、と冷や汗は流れる。
瞬間。
こぶは、釘貫の腕を駆け昇りはじめた。
「う、おおおおおおおおおおっ!?」
釘貫は慌ててこぶを止めようと手を伸ばすも、こぶはそれをうまくかわしていく。
上へ上へと――肩を越えて、首筋を通過して、首を上がり――そして、頭の中を通過する。
「は、か、あ、はあ、はあっ、はあああ――――――ッッッ!!」
頭の中を異物感が駆け巡る。釘貫は頭を抱えてうずくまる。
涙とよだれが滂沱のごとく溢れて流れる。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
べちゃり――と。
そんな音に気づけたのは偶然というかたまたまだった。
痛みがふっと抜けて、少し落ち着きを取り戻したからこそ、その音を聞くことができた。
自分の眼球が落っこちて潰れる音を。
潰れた自身の眼球を、見ることができた。