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第五譚 私は神の落とし子

  

  

「脅かして、ゴメンナサイ」

 意外にも、少年は素直に謝罪の言葉を口にした。

「教えて上げるよ」

「……へ?」

「やっぱりオレが見惚れただけあるよ」

 少年は笑みを浮かべ、

「じゃあ教えて上げるね。オレの事とか楓ちゃんの事とか、あと世界の事とか」

 へたり込む楓に向かって、少年は呟く。

 改めて見ると、少年は十代前半ぐらい。楓よりも身長は低そうで、黒髪に黒のロングコートにフィットした革製の黒いジャケットにズボンという、闇を纏ったような少年だった。

「お芝居に台本があるように、この世界にも台本があるんだ」

 何を言っているのだろうか。

 楓は戸惑う。もしかしたら新手の詐欺か新興宗教の勧誘かも知れない。

 だが、そんな少年の言葉に耳を貸そうとしている自分がいるのもまた確かな事実だった。

「『アカシックレコード』って知ってる?」

 楓は首を振る。

 何語なんだろうか。

「簡単に言えば、宇宙や人類とかの過去・現在・未来に起こる現象とか誕生から滅亡までの歴史を全て記載したデータバンクってところかな。誰がいつどこで生まれて、いつどこで死ぬのかって言う感じでね、そんなデータが全て予め記載されてる膨大なデータバンク。オレのお師匠様は『森羅万象という芝居がどう進行し、どうやって終わるかって脚本シナリオ』って言ってたけどね。分かる?」

 楓は首を振った。

「オレのお師匠様に言わせれば、この世はアカシックレコードに刻まれているシナリオ通りに動いていて、そのシナリオに沿ってものごとが繰り広げられている。だからそこに出てくる人間とかその他の生物とかはみんな役者さんってわけ。織田信長が本能寺で殺されたのも、豊臣秀吉が太閤になったのも、徳川家康が幕府を開いたのも、実は全て前々から決まっていたことなんだ。それこそ気が遠くなるような遠い遠い昔から、アカシックレコードが誕生した瞬間にね」

 少年はすっかり思考が停止してしまっている楓を無視して続けた。

「だから、アカシックレコードを読み解けば楓ちゃんのお友達が何時結婚して何時死ぬか、なんてことも分かるわけ。その人の未来に何が起こるかと言うシナリオは決まっている。アカシックレコードは絶対だからね。みんな自分の道は自分で選んでるつもりだろうけど、知らず知らずに『彼ら』はアカシックレコード通りに行動してるだけなんだよね。分かった?」

「―――預言?」

「アカシックレコードが?」

 頷いた楓に少年は口を開く。

「まあそんな捉え方もあるね。ま、アカシックレコードが先だから正確には預言じゃないけどね」

 つまり。

 楓は必死に頭を整理する。

 森羅万象、全てはアカシックレコードという名の全てを網羅した記録きゃくほん通りに動いている。

 それこそ、地球上に存在する生物全ての一生を記録されていて、例えば道端に咲くタンポポが何時、何処で、誰によって摘み取られるか、或いは種子を飛ばしてタンポポ一個体としての生命を全うするのか、それすら記録されていてその『絶対に外れることがない完璧な預言』に、勿論人類もそれにそって行動させられている、と言うこと。

 あまりに突拍子もない。

 不出来なファンタジーアニメのようだった。

 目の前の少年が放つ言葉は常軌を佚した『異常』だ。新興宗教の勧誘の類であれば、教祖様が妄想した教本せいしょに書かれている一節でも抜粋して楓に語ったのだろう。

 楓は、そう理解した。

 そう理解しようと努めた。

 が。

 ―――が。

 普通の神経をしていれば到底受け入れられる物ではない。受け入れる気にもなれない。教祖様が信者からお布施と称して金を巻き上げるために構築した事実無根の妄想なのだろう。楓はそう思う。

 しかし、気が付いたら楓はその『異常』を何の抵抗もなく受け止めていた。むしろ『異常だな』と思う自分自身を『異常だ』と思ってしまうくらいに。不自然に、何か不可抗力な何かが楓に作用しているように。すんなりと身体に溶け込んで、脳内で消化されつつある。

「分かったみたいだから続けるね」

 まるで楓の思考を読み切ったかの如く、少年は続けた。

「そんな完全無欠のアカシックレコードにも時より綻びが出てくるんだ」

 少年は静かに楓を指さして、にこやかに告げた。

「北沢楓、という存在はアカシックレコードに記載されていない。オレらはアカシックレコードに無いのに存在しているヤツのことを『異常因子』って呼んでる。『異常因子』は処分しなきゃいけないんだよね。存在自体がアカシックレコードにとって有害だから」

「は?」

 絶句の前に、疑問が湧き出た。

 もしこれが勧誘の手口なのだろうか。

 私の手に掛かればガンが治りますから一度教団本部にいらして下さい。

 目を付けた人間を不安にさせる、そんな有り触れた手口の一環なんだろうか。

 だが。

「例えばさ」

 少年を睨み付ける楓に少年は言って見せた。

「完全無欠のアカシックレコードに記載されていない『北沢楓』が、記載されている『人間A』と知り合ったとする。だけどさ『北沢楓』を知らないアカシックレコードが『人間A』と知り合う―――なんてシナリオはないんだよ。だってだって『北沢楓』なんてアカシックレコードは知らないもん。アカシックレコードには無い『北沢楓』が、アカシックレコードにある『人間A』と知り合うなんて、冷静に考えてみれば有り得ないと思わない?」

 つまり、と。

 少年は唖然とする楓に構うことなく、

「『北沢楓』という『異常因子』が『人間A』に接触してしまったことにより『人間A』は事前に書かれたシナリオとは異なる行動をしてしまうわけなんだよ。けれどそうなってしまえばアカシックレコードが困るわけ。そんなことが通用しちゃったらアカシックレコードは完全無欠じゃない。ドラマに台本のない人が出てきたら物語は狂っちゃうでしょ? それといっしょなんだよね。それに極端な話、もし普通の科学者でしかない『人間A』が、アカシックレコードにはない『北沢楓』の一言からヒントを得てノーベル賞とったら大変なことになっちゃうよ。その人の予定運命は大きく狂っちゃう」

「だから、私を、殺すの?」

「うん。本来ならばね」

「本来ならば?」

「うん。それが仕事だからね」

 躊躇無く、少年は言い切った。

「オレは楓ちゃんみたいな『異常因子』を取り払うことだけが存在意義の『追捕使』なんだ。だからアカシックレコードって脚本シナリオに記載されていない登場人物きたざわかえでは、悪意があろうと無かろうと必ずアカシックレコードに害なんだよ。楓ちゃんは害虫を殺すでしょ? 蚊がうるさければ蚊取り線香焚いて殺すでしょ? いらない物は捨てればいい。邪魔な者は殺せばいい。だから処分するんだよ。アカシックレコードを守るためにね」

 馬鹿げている。

 実際誰が聞いたところで馬鹿げていると言うだろう。

 だから、何だか自分自身が馬鹿みたいに思えてきた。

 そんなくだらないことで動揺させられていたなんて、本当に愚かだ。

「新興宗教の勧誘ってことは充分にね」

「へ?」

 湧いてきた自信に従って、

「残念だけど、信者になる気はないから」

「うん。別に信者にならなくていいよ」

 予想もしない返答に楓は少し戸惑った。

「オレはね、別に新興宗教の勧誘に来たんじゃない。今言ったことは全部真実だよ」

「みんなそう言うから」

「じゃあね、信じて欲しいから証拠出すよ」

 サラッと告げた少年は指を差した。

 楓はその指の先を見遣ると、

「……ぁ」

 切断され、無惨に横たわっている街灯と、アスファルトに開いた鋭い穴。

 フラッシュバック、フラッシュバック、フラッシュバック。

 妙な鎌を持っていた自分。

 鎌を振っていた自分。

 鎌でアスファルトに穴を開けた自分。

 鎌で街灯を両断した自分。

「さっき楓ちゃんが振り回していた大鎌ね、あれ『紫衣しえ』って言うんだ」

 瞬間。

 少年の言葉、楓の記憶、全てが合致した。

 楓は悟った。

 ―――新興宗教の勧誘なんかじゃない。

 アレは妙な夢なんかじゃなく、現実だと言うことを。

 少年が語ったことは全て紛れもない真実だと言うことを。

 同時。

 破局、を見た気がした。

「……シエ?」

 声が震える。

「『紫衣しえ』ね。さっき楓ちゃんが出して振り回していた大鎌のことさ。でね、話が少し戻るけどもし『異常因子』の中で『紫衣』を纏える者が現れたら特例で殺さなくていいことになってるんだ。生き残る切符ってわけ。だけどそれは『紫衣』を纏える『異常因子』本人が、オレみたいに『異常因子』を駆るためだけに生きる『追捕使』になることを承認すれば、の話だけどね」

 身体の中に『異常因子』という言葉が溶け込んだ。

 楓の中で、自分が自分ではなくなっていった。

 今まで当たり前だと思っていた『自分』が『世界』が『常識』が。

 漆黒の少年によって遠慮一切無しに塗り替えられていく。

「もう一度言うよ。楓ちゃんは特例なんだよ。生き残れるチャンスがある。生き残っていい。死ななくてもいい。だって楓ちゃんは『紫衣』を纏えるから。楓ちゃんは生き残るために必要な切符を持ってる」

 機械的な口調だった。

 感情移入されていない。ただ『伝えること』だけに特化した口ぶりで少年は告げる。

「一日ね、月並みだけど一日待ってあげる。一日でオレに殺されるか、生き残る道を選択するか決めてね。明日のこの時間、返事を聞かせて」

悲劇は人を引き付ける。真っ直ぐで純情なヒーロー。美しく儚いヒロイン。全てが人を引き付け、魅了して止まない。だが、それはあくまで絵本の中でのお話。リアルは、決して人を魅了しない。

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