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終 Reality depends a lot on your vantage point

Reality depends a lot on your vantage point(≒真相はあなたの視点で決まる)

 

 

 誰も寄りつかない第三校舎。

 その屋上で楓はフェンスに手を掛けながらぼうっと街並みの彼方を眺めていた。今日は雲一つ無い快晴だった。夕焼けが棚引いている。直に夜が帳を降ろし、あと数時間もすれば繁華街のネオンが彩り始めるころだろう。

 何てことのない地方都市で、飽きるほど見た光景だったけれど、これが見納めだと思うと何だか感慨深いモノがあった。どうやら『押領使』は数日中にこの街から出たいらしい。

 あの少年を殺してから、もう一ヶ月経った。

 何だかんだ、傷を癒すのに一ヶ月かかった。身体中の傷はもうすっかり良くなった。後も残っていない。それは少年に切断された右腕も例外ではなかった。戦闘から直に『押領使』は、得体の知れない男(闇医者と名乗っていた)を連れてきて、とても現代医療とは思えない方法で腕を復活させてしまった。どうやら化け物は自分だけではないのかも知れない。

 楓は脇に置かれていたショルダーバックに手を伸ばし、ジッパーを開けた。中には愛用の絵筆にパレット、絵の具やバケツなど美術セットに五〇〇ミリリットルペットボトルが一本入っている。それらを丁寧に一つ一つ外に出し、最後に落下防止用のフェンスに立てかけてあった包装を解く。未完成の絵が一枚、夕焼けに反射してキラキラ輝いていた。それらを一通り重ね合わせて、楓は一つだけ重ね合わせずに脇に避けてあったペットボトルのキャップを開け、迷うことなくそこに最後の一滴まで撒いた。刺激臭が鼻を突く。と、

「何をしている?」

 背後で急に気配が膨れ上がり、『押領使』の声がした。噂をすればなんとやら。楓はカラカラと落下防止のフェンスを揺らし、夕焼けを臨みながらさも当然のように笑って言った。

「死のうとしてるの」

 

 

     ◇◆

 

 

 冗談ではなかった。本気だった。

「死ぬ?」

 僅かに懐疑的な声色を含んだ『押領使』の声が返ってきた。

「そ。ここから飛び降りるの」

 楓は急に現れた『押領使』に構うことなくポケットから取り出したライターに火を灯し、そのまま火を付けた。真っ先に絵が燃えていく。

「死ぬのか」

「悪い?」

 バチバチと火の粉が飛ぶ。

「おかしいと思わない? 家族もみんな死んで、神田も死んで、舞台の中心に立ってた私は死なないなんてさ。それに向こうに行けば神田にも家族にも会えるかも知れないしね」

 自嘲ではなかった。平然と事実を語ったまでだった。

「ずっと考えてた。私は何者なんだろうって」

 しみじみと、語る。

「クラスじゃ誰も私の事なんて構わなかった。私も積極的に輪の中に入ろうとしなかったし、騒ぐことだって好きじゃなかった。自分が自分であれば、私は良かった。どうせ私は舞台の真ん中で堂々としてられる人種じゃないことは分かってたし、舞台に参加できたって『町人その六』くらいが関の山だから」

 振り返る。

 そこには一匹の白猫が佇んでいた。

「別にそれでも良かった。私は上手かみてから下手しもてまで歩くだけしか能がない『町人その六』。それで十分だった。舞台の真ん中でイケメンと踊れるオヒメサマはほんの一握りだけだし、私のスペックじゃ『町人その六』で精一杯だもん」

 視線を足下に落とした。長年親しんだ絵筆やパレットが徐々に燃えていく。

「でも、私は『町人その六』でもなかった。私に居場所はなかった。その劇に出ちゃいけなかった」

 掌に爪が食い込む。

「なら、私は誰?」

 紅蓮の火の粉が跳ねた。

「私は何のために生まれてきたの? 人を殺すタメ? あの『追捕使』を殺すタメ? 私は今何のタメに生きてるの?」

「貴様は『追捕使』だ。アカシックレコードの害でしかない『異常因子』を殺すために生きている」

「それが、理由?」

「貴様は理由がないと生きられないのか?」

「そう。生きられない」

 楓は断言する。

「人を殺すことが存在意義なんておかしい。間違ってる」

「間違ってなどいない。この世を守るためには邪魔者を消さねばならぬ」

「じゃあ、神田は? 家族は? 邪魔者だったって言うの?」

「知らぬ。余は『押領使』だ。『追捕使』がやったことには感知せぬ」

「私は死を振りまくために力を磨いたわけじゃない。全てはみんなの仇を討つため。そのために生きてきた。だから、もう潮時。死を振りまくだけの存在にはなりたくない。そんなふざけたことを生きる理由に何てしたくない」

「全くとんだ偽善者だな」

 白猫おうりょうしは鼻で笑い飛ばした。

「貴様が黒城和美や『追捕使せんだい』を殺めた時の顔を余はしっかりと覚えているぞ? 『あのような顔』が出来るクセに何故だ? 美しいまでの利己主義を振るっていた貴様が『死を振りまくだけの存在にはなりたくない』などと滑稽過ぎるとは思わぬか?」

「そうかもね」

 楓は憫笑する。

「人ってさ、案外脆いの。変なことで狂って、呆気ないほど容易に壊れる。潰れる。腐る。脆く、淡く。それに一瞬でも希望を見せられるとその味が忘れられなくなる」

 一つだけ希望があった。

 だが、その希望も今やこの世にはいない。

「他の人がどうだか知らないけれど、私にはその希望が全てだった。絶望の真ん中での希望が全てだったの」

 パレットが燃える。

 楓はフェンスを握り締め、足をかけると、

 

 

 

 

「なら希望を与えてやるよ」

 

 

 

 

 その瞬間、遂に自分の耳がイカレたのかと思った。

「何だよ、白状だな。俺を無視する気かよ、なあコラ姫!」

 幻聴だ。

 有り得ない。

 楓の頭にはもはや飛び降りて死ぬ事なんて吹き飛んでいた。

「姫が死ぬまで面倒見てやるよ。死神だろうが何だろうがな」

 楓はフェンスに足をかけたまま、振り返る。

「やっと見つけた。ずっと探してたんだよ、姫みたいな奴をさ」

 そこには―――

 

 

     ◇◆

 

 

 時は遡る。三〇〇年前に。

「にしても凄いな〜」

 腰に漆黒の刀を差した少年が溌剌はつらつと告げた。

「何の話だ?」

「あっと言う間に鷹から白猫になっちゃんだもん」

「余を誰だと心得る? 余は体現者だ。よって特定の『形』を持たぬ余が鷹を象っていたのは先代がそう願っただけのこと」

「それさっき聞いたよ」

「本来ならば、聞く必要などないのだがな」

「は?」

「余は究極の逸材を探しておるのだ」

「何それ?」

「歴代の『追捕使』は次第に時を重ねるにつれ、余の制御を離れ、世を乱す存在へと堕ちていく。余は『追捕使』を管理、監督する者。そのためには『異常因子』を愛する異端児の存在こそ不可欠なのだ」

「……どういうこと?」

「人は何のために生きる? 時が有り過ぎるとやがて人は目的を見失い、そして殺戮の限りを尽くす『追捕使』は心を壊す。やがて壊れ、余の制御を離れてしまう。全く、脆弱よ。検体にもならぬ。どうすれば『追捕使』は壊れぬのか? どうすれば『追捕使』を完全に御すことが出来るのか。方法があろうと素材がなければ駄目なのだ」

「で?」

「余は『追捕使』を愛する異端児を求めているのだよ」

 

 

     ◇◆

 

 

 とある街のとある公園。

 時刻は深夜。街路灯がぼんやりと遊具を照らしている。

 そんな、公園の真ん中で一人の若い男が血塗れで転がっていた。

 男はぴくりとも動かない。男は既に息絶えていた。

「終わった」

 男を見下ろし、漆黒の衣を纏った少女は誰に告げる呟く。

「ご苦労様」

 すると、どこからともなく少年が姿を現した。

 少年はそのまま少女の元へ歩み寄り、そしてふんわりと後ろから抱き締める。

「今回もハズレだった」

「あっそ」

「興味ないの?」

「もし『紫衣』纏える奴がいたら姫と別れなきゃならねぇだろ」

「……それは、ちょっと」

「だろ?」

「―――ね、」

「あ?」

「これからもずっと一緒?」

「だな」

「ホント?」

「姫が死ぬまでな。俺たちは永遠だ」

 街灯が二人を照らす。

 少女は笑っていた。

 楽しそうに、幸せそうに。


       〈了〉

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