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第三九譚 ラストダンス〈4〉

 

 

 命が消える瞬間とは、実にあっけない。

 地面からはカツカツと足音が身体に直に響き、上からは容赦のない雨に曝されている。

 それが波紋のように身体中を蹂躙し、触発された痛みが何度も何度も往復していく。

 無限に続く痛みの中で、楓はボンヤリと思った。痛みを感じられるなら先程よりは幾分かマシかも知れない、と。他人事のように思っていた。

 どっちにしろ、もう事は終わってしまった。

 結果は楓の負け。少年の勝ち。

 それ以上でもそれ以下でもない。まもなく楓は少年の手によって息の根を止められるだろう。もうここまで来てしまえば死の恐怖もクソもなかった。

 結局の所、自分は何がしたかったのだろうか。取り残されたように楓は思う。

 少年を殺したかった。

 両親を守れなかった後悔。

 関係のない神田を巻き込んでしまった後悔。

 それが殺意を育て、膨張させた。

 殺さないと、楓は前には進めない。

 殺さなければ、生き残った意味もない。

 だが。

 目的も果たせず、死にかけている。

 身体はどう頑張ったって動かない。動くとも思えなかった。まるで電池の切れたカラクリ人形のようにピクリともしない。右腕をまるまる一本失い、脇腹を抉られ、数え切れないほどの刀傷に刺し傷。雨に打たれ、身体はどんどん冷えていき、出血は止まらない。精神と身体が分離したような感覚に陥っている。

 もう、終わった。終わったのだ。全て。何もかも。後は死を待つのみ。

 そう心中で諦めたその瞬間、

 

 

 

 

 ふわり、と。

 何かが楓の上に被せられた。

 

 

 

 

(え?)

 何か布のような物だった。

『これは余の力。余の一部』

 声が響く。

『貴様には奴を仕留めて貰わねばならぬのだ』

 声が響く。直に、身体に。

『死にたくなかろう?』

 声がどこから聞こえてくるか分からない。

『貴様は奴を殺すために力を磨いたのであろう?』

 でもこの声は聞き覚えがあった。

『貴様は奴を殺めなければならぬ。そのための存在だ』

 この声は『押領使』の声に間違いなかった。

『殴られたら殴れ。身内が殺されたらそれ相応の復讐を。法が裁けないのならこの手で裁け。それが貴様が唯一出来うること』

 痛みが、スッと沈んでいく。

『貴様がここで死ぬのも自由だ。貴様は一族や思い人の命を喰い、ここまで命を繋いできたのだ。貴様が死ねば、貴様のために捧げられた命が報われぬぞ? 貴様が生き長らえるために喰い潰した命に申し訳ないとは思わぬか?』

 家族。

 友人。

 見ず知らずの他人。

 そして、アイツ。

 数え切れないほどの命が楓の前で消えていった。

 そう。

 全ては『異常因子きたざわかえで』と出会ってしまったばっかりに。関わってしまったばっかりに。

『「追捕使」が歩んできた道のりは血生臭い。選ばれた「異常因子」が生き長らえるためには「追捕使」となる道より他はない。そして例え「追捕使」となる資格を得ようと、先代の「追捕使」をその手で殺めぬ限りは明日はないのだ』

 僅かに生き残っていた良心が疼いた。

『貴様は勝たねばならぬ。貴様は奴を殺めなければならぬ』

 楓が関わって殺された沢山の人々。

 楓が直接殺してしまった人。

 そして頭の中に『押領使』の声が響いた。

『殺せ』

 

 

     ◇◆

 

 

 唯一残った左手を地を這うように伸ばした。

 動かないはずの腕が、動く。力が戻る。

 身体を捻り、そのまま泥の中を横に転がって、尻餅を付いたまま手を伸ばせば視界の大半を占める少年の姿。彼は楓の復帰に戸惑い気味にも刀を構え、楓を斬ろうと刀を振り上げる。刀身が鳴った。

 が。

 その鍔鳴りは掻き消された。

 派手な風切り音。

 背後から飛んできたのは、一振りの大鎌。

 大車輪の如く回転し、右肩を抉り、楓の手に収まった。

 少年は滝のように血を振り撒き、爆音のような雄叫びのような絶叫が轟く。

 それでも楓は怯まない。

 素早く立ち上がると低姿勢で少年の間合いに侵入。手にした大鎌が風を切る。利き腕ではないから上手く操れない。それでも楓は大鎌を目一杯振り抜いた。

 刹那、甲高い金属音。

 大鎌を少年は刀身で止めたのだ。

 楓は一旦後方へと飛び、大鎌を握り直すと、低姿勢で弾丸のように再度突っ込む。

 狙いは、首。一撃で仕留めるために。

 だが、そんな楓の思惑を読んでいたのか、少年はしゃがみ込んで渾身の一振りを避け、体勢が流れながらも斬撃が飛んできた。

 身体を捻って斬撃を躱したが、一房、楓の髪が犠牲になり宙を舞う。

 刀身が鳴った。

 少年は刀を返し、立ち上がる勢いをそのままに下段から上段へ強引に振り上げた。銀色の刀身が迫る中、楓はタクトのように軽々と大鎌を振り回し、あっという間に上段へと持っていくと、そのまま勢いを一切止めることなく振りかぶり、振り下ろす。

 下段から上段へ。

 上段から下段へ。

 二振りの刃が、真っ向から交差する

 

 

 

 

 ―――ように思われた。

 

 

 

 

 刹那、少年の表情が揺れる。

 刹那、楓の表情が若干緩む。

 上段から下段へと描かれる軌道を、楓は一瞬にして意図的に崩した。

 斬撃を楓は見切る。少年の下段からの斬撃を半身ずらして避け、崩した軌道をそのまま下半身と上半身を横に分かつように修正し、尚かつ大鎌を高層マンションほどに巨大化させる。

 一度斬撃を放ってしまった少年に、片腕を失っている今の少年に対抗する手段はない。

 ゴウッ! と。

 まるで屋根を吹き飛ばす怒濤で、爆発的な突風のような轟音。軌道は無茶苦茶だった。だがそれでも十分だった。圧倒的な物理的な力と速度で、衝撃波まで産み出し、港全体を掻き斬った。

 膨大なエネルギーが炸裂し、衝撃波で停泊していた貨物船がひっくり返る。

 そんな一撃をダイレクトに身に受けた人間の生死は問うまでもなかった。

世界が荒んで見えた。

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