表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/47

第三六譚 ラストダンス〈1〉

 

 

 大鎌の柄が刀と交差して、悲鳴を上げ、楓は思う。

 何という仕打ちだ、と。

 世界は、悪魔だ。

 自分は一体何をした?

 神田が何をした?

 自分は『こうなる前』に何か罪を犯したというのか?

 神田は『こうなる前』に何か罪を犯したというのか?

 何故、殺されなければならなかった?

 アカシックレコードのバグである『異常因子きたざわかえで』と関わったから?

 自分が『異常因子』だったばっかりに神田の運命をねじ曲げてしまったから?

 誰が、悪い?

 自分? それとも殺した張本人?

 ―――にくい。

 ニクイ。

 憎い。

 ―――殺す。

 殺してやる。

 こうなった元凶を。

 全てを、コワシテヤル。

「あぁああああああああああああ―――ッ!!!!」

 叫んだ声は言葉になんてならない。

 全てを、解放した。

 望んで、願って、初めて何の制御もなくチカラが解放されていく。

 言い表せないほどの快感が楓の身体を包み込んだ。

 常識、良識、人格、感情、思想……。

 壊すためには、いらない。

 殺すためには、必要ない。

 再設定。

 目の前の『追捕使しょうねん』を叩き潰すために必要な物を選択、必要のない物を全て破棄、放棄していく。

 再設定。

 ターゲットは『追捕使くそやろう』。

 高揚していく意識。それは快感にも似ていた。

「ニク、イ……」

 世界が、憎い。

「コロス」

 家族を奪ったこの世界全てが、憎い。

「コロス」

 この世界に存在してはならない自分自身が、憎い。

「コロス」

 そして。

「コロス」

 何より自分を壊したあの少年が、憎い。

「コロス……」

 力が解放されていく。

 ドス黒い光が眩いまでに楓の身体から溢れ出し、包み込み、集約していく。

 殺意という発動のキーをねじ込まれ、歓喜に振るえる『紫衣ちから』。

 ぶつかり合う刀と大鎌の向こう、焦燥が少年の顔に浮かぶ。

「……楓、ちゃん?」

 情けも容赦も必要ない。

 実力の差なんて関係ない。

 薄く笑う。

 薄く笑った。

 どうして笑みが零れてくるのかなんて分からない。

 込み上げてきたから、そのまま従ったまで。

 自分でも驚くほど鋭く、研ぎ澄まされた大鎌が空気を引き裂いた。

 

 

     ◇◆

 

 

 降りしきる雨の中、少年が闇夜に放り出される。

 が、少年は芸術的な身体捌きで体勢を立て直すと立ち並ぶ倉庫の屋根に着地し、何事かを必死に叫んだ。しかし楓は元より少年の戯言に耳を貸す機など毛頭ない。その必要すら感じられなかった。

 楓は外に流れきった大鎌を巧みな手捌きで瞬時に身体正面へと引き戻し、ギリギリまで腰を捻り、刹那。大鎌が高層ビルをそのまま持ってきたかのようなサイズへと膨張する。楓の心に躊躇いはなかった。

「はああああああああ―――ッ!」

 振り抜く。

 少年が着地した倉庫、そしてその倉庫の周囲に立ち並ぶ倉庫群、その向こうのコンビナートの一部、コンテナ船に埠頭に備え付けてあったクレーン諸共横に輪切りにされ、膨大な音の波と衝撃波が港一体を襲う。同時に楓は巨大化していた大鎌を身の丈二つ分ほどに戻し、爆心地へと突っ込む。

 殺す。

 ただそれだけを胸に抱き、楓は巻き上がる粉塵の中を駆け抜ける。

「楓ちゃんッ!」

 右方約三〇メートル。

 声と気配から逆算し、楓はこう素直に思った。

 もらった。

 罠かも知れない、なんて考えなかった。

 罠でも別に良かった。

 刺し違えてもあの少年を殺せれば満足だった。

 大鎌を最も振り回しやすい身の丈ほどに戻すと、膨大な粉塵の中で感覚を研ぎ澄ませ、飛ぶ。

 目標は少年の上空。先程少年が着地した倉庫『跡』付近の空中から、漆黒の長髪を靡かせ、落下の勢いに腕力を載せ、強襲する。

「楓ちゃんッ!」

 構わず、迷わず振り下ろせば少年は横に跳んで回避。仕留め損ねた楓の大鎌は灰色のコンクリート舗装を叩き割り、だがそれだけで飽きたらず、その衝撃で、初撃により廃墟と化していた建物群が大黒柱を抜いたように呆気なく崩壊していった。硬質な断末魔が空気を振るわす。

 それと同時に、背後から急接近する気配を感じた。

 刹那、楓は地面に突き刺さっていた大鎌を強引に振り上げ、振り戻し、左肩口に少年の斬撃を浴びながら、それでも前に踏み出し、少年の間合いに侵入。大鎌を振り上げた。激しい動きで肩口から血が噴き出すが、そんな小さな事はどうでもいい。確かに痛いがどうでもいい。あの少年を殺せるためだったら腕一本、安い買い物だ。

 少年は困惑しきっていた。それが何だって言うのか。躊躇無く大鎌を振り下ろせば、金属音が響く。大鎌の軌道は刀によって阻まれてしまった。

「なん、……で?」

 聞きたくないのに、聞く必要もないのに悲愁を帯びた表情に少年の声色が耳に入ってくる。が、大部分は楓の脳内では処理されることはなかった。

「どうして……?」

 この期に及んでまだ事態を把握していないとは。

 雨が楓の髪を、肩を、腕を、大鎌を、じっくりと濡らしていく。

「どうし―――」

 中途半端なところで少年の声は途切れた。

 原因は単純だ。大鎌を一気に巨大化させた。少年はその重みに耐えきれなくなった。

 ドスンと、地面が頼りなく揺れた。

 

 

     ◇◆

 

 

 雨に身を濡らしながら、楓は口元を大きく歪めた。

 楓は大鎌を元の大きさへと戻す。

 少し呆気ない。

 違和感はあった。

 あの少年からは殺す意志が感じられなかった。終始受け身に徹していた。楓のことを侮っていたのかどうかは今となっては定かではないが、いまいち納得できなかった。

 が、まあいい。

 今となってはそんなことはどうでも良かった。

 

 

 

 

 だって、背後から伝わってくる気配はあの少年その物なのだから。

 

 

 

 

 しぶといな、とそう思いながら楓は振り返り、対峙した。

「どうして、……楓ちゃん」

 無視して、大鎌を正面に構え直す。

「どうして、オレを殺そうとしているの?」

 楓は一気に踏み込む。

「どうして、オレが何をしたって言うの?」

 全力で大鎌を振り上げた。

「オレは……」

 甲高い金属音。

「ねぇ、答えてよ」

 刃と大鎌の柄が交錯する。

「ねぇ、どうして?」

 今にも掻き消されてしまいそうな、みすぼらしい声。

 刀はジリジリと押されていく。

「答えてよ、楓ちゃん……」

 鬱陶しい。

 無機質に、アクティブに大鎌を振り抜けば少年は後方へと吹き飛んだ。

「アンタは、殺されるの」

 吹き飛んだ少年を追撃に移りながら、ポツリと呟いた。

「ころす。わたしのすべてをかけて」

 少年の懐に踏み込み、全力で大鎌を振り抜く。

 少年は楓の一撃を避け損なった。大鎌の湾曲した刃先が少年の頬をほんの少しだけ掠り取り、少年の右頬に朱が弾ける。

「か、」

 あまりに予想外の展開だったのか。驚愕する少年を余所に、

「私はアンタを殺すために『レッスン』を受けたの」

 刃先に付着した少年の血糊を楓は嘗め摂り、

「家族や神田の仇を討つ」

 太刀打ちできる相手じゃないとか、そんな戯れ言はどうでも良くなっていた。吹っ切れていた。殺せなければ殺されればいい。いい。それでもいい。もういい。

 楓は正面から少年を射抜くように見据えて、駆け、斬り込む。正面突破を試みる楓に対して、案の定少年は飛び込んでくる楓を迎撃するため、刀を走らせる。が。少年の『気の抜けた』斬撃程度に今の楓を捉えることは造作もない。上体をずらすようにして斬撃を簡単に躱す。そのまま微妙な手首の返しを駆使し、振り上げた大鎌を刃が水平になるように九〇度傾け、大鎌を少年の首元へ滑らせる。

「楓ちゃん……」

 雨に身を濡らしながら、少年は凶刃を受け止めた。

「オレを、攻撃して何の意味があるの……?」

「―――意味?」

 楓は哀れみ、そして見下す。

「私を壊したのはアンタ。壊されたら壊すの。ハンムラビ法典って知ってる?」

 応じて発せられた少年の言葉は刃音にて掻き消される。力尽くに楓が押し込んだのだ。瞬間、踊るような華麗なバックステップで距離を取ろうとしている少年。楓は即断。追い討ちをかけるべく大鎌の体勢を整えて飛ぶ。

 直後、少年は速度を緩めた。楓は好機とばかりに突っ込み、大鎌を振るう。軌道は勿論少年の首元。一撃で人の命を狩り殺す刃が少年を捉え、その刹那。少年は刀で大鎌を受け止め、―――否。受け止めたように見せ掛け、たった半秒、もしかしたらそれ以下だったかも知れない。少年は楓の一振りを掠らせるようにいなすと同時に楓の間合いに踏み込み、

「ち、あ!」

 一筋。血が舞う。楓の二の腕が斬り裂かれた。

「くっ」

 振り払うように楓は大鎌を薙ぎ払う。

 少年はその一撃をしゃがみ込み、低姿勢で回避し、立て続けに少年は手にした刀を走らせる。

 刀が虚空を切り裂く。

 大鎌が刃を迎え撃つ。

 刃音。

 降りしきる雨の中、二つの影が重なった。

悪意は悪意によって磨かれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ