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第二譚 究極の幻想

  


「楓? か〜え〜で〜」

 ふと、黒城和美の声と同時に身体が揺さ振られた。

 何事かと楓は顔を上げれば、

「おはよう」

「……え?」

「もう六校時終わったけど?」

「……終わったって?」

「授業が終わったってこと。掃除して帰るだけ」

「マジ?」

「マジ」

 意識が徐々に覚醒していく。

 教室には数人しか残っていなかった。既に他の人たちは割り当てられた掃除場所に行ってしまったらしい。呻り声と共に縮こまった身体を伸ばしながら一つ大あくび。

「めんどくさ」



     ◇◆



 夕暮れ時の繁華街。

 楓にとって、生まれ育ったこの街は面白みのない街だった。

 充分とは言えないこともあるけれど、施設や店舗は本当に充実しているし恵まれた街だとは思う。大型ショッピングセンターやデパートなどが当たり前のように軒を連ねていて、欲しい物は生活必需品に限らず大抵手に入れることが出来る。便利な街であることは確かだ。第一、生まれ育った街なのだ。愛着がないわけではない。けれど何かが絶対的に足りなかった。まるでそれはジグゾーパズルのワンピースが欠けているような、何とも言えない小さな小さな消化不良のような。何かこの街に居てはいけないような気がするのだ。

 そんな街を北沢楓、黒城和美の両名は他愛もない世間話を展開させながら歩いていた。

「もうクリスマスか〜。楓はクリスマスどうするの?」

「あと一ヶ月も先でしょ?」

「もう戦いは始まってんの。今年こそは誰か捕まえなきゃ」

 意気込む和美に対し、

「その気になればすぐ捕まえられるくせに」

 楓にとって割と本気の発言をする。

 黒城和美と北沢楓。

 たまにこの二人に神田裕太が加わる時があるものの、おおむね二人は連んで行動することが多い。

 何故そうなったかと言えば、クラス替えでまだクラスの顔と名前が一致しないような時期に『たまたま』席が近くなったから。平たく説明すればそんな感じになる。

 しかし、よく考えてみればそんな偶然がなければ和美と仲良くなる理由なんてない。

 人懐っこく文武両道で、常に明るく責任感のある黒城和美。

 彼女のような人物は男女に拘わらず人受けがいいから、彼女の回りには必然的にクラスメイトたちが集まってくる。二学期も終盤に差し掛かっていた今となっては、クラスでも誰からも頼られる中心的な存在であることは疑いもなく、クラスの象徴とも言えるリーダー的ポジションにいる。

 対して楓は和美と全く逆を行く存在だった。

 勉強も運動も人並み以下、その上社交的な性格ではないから今だクラスに溶け込めていないのは自他共に認める事実。クラスの象徴的で優秀な和美とどうでもいい楓がどうして連んでいるのか不思議だ、と言うのが大方クラスメイトからの評価だろう。何故そう判断できるのか、そう問われれば雰囲気を察すれば誰だって分かる、そう答えたい。

「楓?」

「あ、何でもない」

「楓ってさ、時々ボーッとしてるよね」

「そうかな?」

「危なっかしかったよ、さっきオヤジにぶつかりそうだったし。間一髪オヤジが避けてくれたおかげで大丈夫だったけど……」

「ふーん」

「って興味ない?」

「だってぶつからなったんでしょ。だったらいーじゃん」

「そう言うの成り行き主義って言うんじゃない?」

「何それ?」

「流され人生ってこと!」

「何か、違くない?」

 いつもとあまり変わらない、中身の薄い話がクルクルと回転していく。

「って、そう。流され人生なんてどうでもいいんだった。そんなことよりクリスマス!」

 いつの間にか話が脱線していた。どこから狂ったのだろうか。

「楓は何か予定でもあるの?」

「ない。和美は?」

「ない」

 嫌味ですか?

 思わずドス黒い感情が口から飛び出るところだったが、直前で何とか楓は飲み込んだ。

「和美こそこの前、ナントカって先輩にコクられたって話聞いたけど?」

「ああアレね。めんどくさかったから『考えさせてね』ってやんわりとふっといた」

「へ〜」

 そんな話には興味なんてありません、と言わんばかりにサラッと軽く流すけれど、もし自分だったら、そう何となく楓は考えてしまう。

(とりあえず、付き合っちゃうおっかな)

 が。

 そこまで考えて何だか妙に虚しくなってきたから、思考を放棄して強引に自己完結させた。ありえない、と。

「ね、ちょっと楓。あんた反応がドライ過ぎなんですけど。冷たくない?」

「冷たくない」

「人でなし〜」

 ヤケクソっぽく喚く和美だが、あたかも当然の如く楓はスルーする。

「大体さ、恋愛系の話し相手に私を選ぶのおかしいって」

「え〜?」

 ロクに恋愛したがことない人間に恋愛を聞くのはお門違いも甚だしいと楓は思う。この手の話題ならクラスでも大半の人間が得意分野にしていたりするのだ。

「もっと優秀な人材引っ張ってきなさい」

 そう楓は吐き捨てた。

 確かに青春らしい青春を謳歌した記憶なんてろくにないし、非常に勿体ない人生かも知れないと思っているのは楓だけの秘密だったりするのだが、とにかく。

「楓も優秀な人材だと思ったんだけど……」

 予想だにしない和美の言葉に楓は少し動揺する。

「は?」

「だって恋愛経験なら楓の方が長いじゃん」

「いや、何言って―――」





「だってさ、大変じゃん。昔からずっと同じ人想い続けるの」





「…………………………………………………………………………………………………………、」

「経験談ってヤツ? 聞きたいなって」

「………………………………………………………………………………………………………、か、」

「う〜ん。結構初心で面白いな。って大丈夫だからね? 楓と恋敵になる気は、……サラサラないし」

「こ、恋敵って」

 必死に否定する少女と、全く取り合おうとしない少女との何とも平和で安穏とした掛け合いが、夕暮れ時の街に響いていた。



     ◇◆



 しばらく街で和美とショッピングして、楓と和美は別れた。

 また明日、学校でね。

 そんな台詞をお互いに掛け合って、楓は帰路に就いた。

(……、はあ)

 和美の言葉が、心を乱すのだ。

 確かに、何の感情も抱いていないと言えば嘘となる。

 けれど、それは恐らく恋なんて大層な感情ではないのだ。

 これがもし『恋』なんて感情だったらあまりにも程度が低すぎる。

 とは言え、好きか嫌いか。そう問われれば、好きに傾くかも知れない。

 そんな曖昧で微妙な、感情。楓が勝手に意識しているだけで、何の生産性も見出せない不毛な感情。

(バカ)

 それは果たして自分への罵倒か、相手への罵倒か。

 楓にもいまいち判別が付かない。恐らくそれは自分への罵倒だろう。曖昧な、今だ線引きすらされていない小さな病巣のような感情に、時よりどうしようもなく右往左往する自分が嫌になってくる。

(バカ)

 本当に、バカだ。

 少し冷静になって考えてみればいい。

 十人並み程度だと思われる容姿。

 勉強も運動も人並み以下。

 間違っても社交的ではないし、男受けするような特技も性格でもない。

 仮にこの曖昧な感情が恋だとして、そんな底辺を彷徨くような人間を受け入れてくれるほど他人は優しいだろうか。優しいわけがない。優しければとっくの昔に世界はもっと円滑で平和になっているだろう。

 要するに、だ。

 報われるはずがない。

 黒城和美のような文武両道で社交的で男受けが良い人間と違う。

 抱くだけ無駄な感情なら、捨ててしまった方がいい。

 捨ててしまえば、無駄に右往左往することもなくなるだろうし、よっぽど自分のためになると思う。

(バカ)

 そもそも、下手にあのバカが今でも気安く接するからいけないのだ。

 だからこっちも対応に困ってしまう。

 確かに一緒に居れば楽しい。認めよう。

 けれど、笑い合えるのは昔からの付き合い、腐れ縁だからだ。

 幼い頃の記憶を探っても、未だかつて脈と言うモノを感じたことはない。

 楓をからかうことを生き甲斐とするような、生意気なバカ。しかし時より覗かせる真っ直ぐで迷いの無い優しさとか温かさとか、一本槍な強さとか、絶対に楓には持てないようなモノをたくさん持っていた彼はとても輝いて見えて、同い年なのに一回りも二回りも大きく感じていた。

(―――憧れかな)

 そうかもしれない。

 恋と憧れは似ているのかも知れない。

 だからきっと、恋ではなくて憧れだ。その方がしっくり来るような気がする。

(そう、きっとそう)

 ブンブンと、ここが道端であろうと構わず楓は顔を振った。

(うう……)

 それでもこびり付いてしまった感情は振り払われることなく、

(和美の、バカ)

 八つ当たりと分かっていても、責任転嫁するしかなかった。

羊はこう考えた。空っぽに意味はあるのだろうか。空っぽに夢見る資格などあるのだろうか。空っぽが抱く絶望は果たして真実なのだろうか。獅子が牙を剥くその刹那、羊は考えていた。

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