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第二三譚 おやすみなさい

 

 

 現れた取引相手(一団と呼べる人数だった)はどうやら日本人ではないようだった。

 一瞬耳に入ってきた言葉から、何となく楓は中国語を連想した。俗に言うチャイニーズマフィアというヤツだろうか。そう言えば、倉庫に侵入する前に少年がチャイニーズマフィアと金衛会が取引するとか何とか言っていたような気もするが、今となってはそんなことはどうだっていい。

 何にせよ、今回の戦闘も呆気なく終わった。

 そしてまもなく虐殺が始まった。

 今だ散発的な銃声が聞こえるけれど、それは戦闘での銃声ではない。

 最期の悪足掻き。

 断末魔の一コマなのだ。

(ふう)

 渡されたノートパソコンを抱えながら、楓は身を隠しながら出口に向かって急いでいた。

(銃声に、気配……。まだ、ダメ)

 緊張感が楓を苛むも、冷静になろうと試みる。

 静かに深呼吸して、気配を探る。

 毎晩行われる『レッスン』のおかげで、人の気配には敏感になっている。

 まあ『レッスン』を受ければ、誰だって否応なしに感覚が鋭敏になると思うが、とにかくだ。楓の目的は散発的な戦闘が続くこの倉庫から脱出することであって、戦いに身を投じることではない。従って敵に見つからない方がいいのだ。

 銃声が響く。

 響いたと思えば、はたと止む。まるで一つずつ丁寧に摘み取るようにして。

(そろそろ、終わりかな)

 始まってからまだ一五分も経ってないが、そろそろ終結だろう。あの少年は集団をも蹂躙できる力を持っている。今ここで起こっていることを現実に当て嵌めてはいけない。

(まあいいや)

 今は脱出することだけを考えようと楓は思う。

 だが、

(あれが、―――『追捕使』)

 どうしても、脳裏にあの圧倒的な力が甦ってくる。

(私は、アレを殺す?)

 殺せるのだろうか。楓は思う。圧倒的としか言えない力を振り翳して、拳銃で武装した集団相手を嗤いながら蹂躙するあの『追捕使しょうねん』を果たして楓は殺せるのだろうか。

(……、私は)

 殺せる自信は、ない。なくなった。

 打ち砕かれた。

 殺すどころか、殺される可能性の方が高い。

(怖い)

 どうしようもなく、あの少年が怖くなった。

 刀を握って、圧倒的な力を振り翳して。

(己惚れてたんだ……)

 楓は思い知る。

 毎晩繰り広げられる『レッスン』で、日に日に楓は力を付けていった。それは少年の認めるところがあるし、自分でも手応えを掴んでいる。初めて『紫衣』を振り回した時から考えれば、格段に強くなった。

(もしかしたら、アイツと同格かもしれないって)

 そう、思っていなかったと言えば嘘になるかも知れない。

(もうアイツと同じくらいの実力があるって錯覚してた?)

 少年の『本気』を見たことすらなかったクセに。

 自分自身を叱咤する。

 とんだ大馬鹿者だと。

 身の程を知れ、と。

(そもそも、アイツは……)

 一体全体、何物だろうか。

 考えてみれば、楓はあの少年についての知識を持ち合わせていない。楓が持っている知識なんてせいぜい『少年が「追捕使」である』という程度で、それ以外は酷く曖昧だということに気付く。

(私は―――)

 得体の知れない者を相手にしようとしていたのか。

(私は、)

 得体の知れない恐怖だった。

(私はアイツを)

 そこまで考えて、

 

 

 

 

 ―――楓の考えは遮断された。

 

 

 

 

(ッ!)

 ふいに大きな音を立て、楓に向かって倒れてきた棚によって。

 

 

     ◇◆

 

 

 率直な楓の感想と言えば、

(運が良かったみたい)

 である。

 勿論、それは不意に倒れてきた棚を咄嗟に避けることが出来た自分自身への感想ではない。

「は……、ひゃ―――」

 棚はこの一室に密集して並んでいた。

 となれば、一つ倒れればどうなるか、予想することは容易いだろう。

 並んでいた棚は見事に連鎖的に倒れ、倒れ、倒れた。所謂、ドミノ倒しである。

 だが、肝心なのはドミノ倒しではない。

 楓はドミノ倒しによって出来た独特の棚と棚の隙間にいた。

 おかげで直撃を避けられた。と言うか、無傷だった。

「ラッキーってことで……」

 まるで秘密基地のような空間から這い出て、楓はドミノ倒しになった元凶に視線を向けた。

 物凄い勢いで突っ込んできたらしい。元凶は男だ。二〇代ぐらいだろうか、若い。雰囲気的に日本人とは思えないけれどもアジア系、中国か台湾辺りだろうか、手には黒光りしている一丁の拳銃がしっかりと握り締められている。間違いなく取引相手の一団の関係者だろう。ならば中国人か。

 どうやら、運良く『追捕使』の少年の凶刃から逃れられたらしいが、植え付けられた恐怖は半端じゃないようだったようだ。先程から何か必死に伝えようと(尤も、日本語や英語以外だったら殆ど楓には伝わらないのだが)声を出そうとしているけれど、口が全く回っていないのは勿論、ガタガタと小刻みに震えて、表情も恐怖一色に染まっているから一体全体何を伝えたいのか分からない。

「な、あ、あ、あ、―――」

 カタカタと拳銃が楓に向けられる。

(危ないな)

 あんな震えた手では照準なんて定まらないだろうが、暴発が怖い。銃器に詳しくない楓でも危機感を抱くほどだ。もしかしたら相当マズイ状況なのかも知れない。

(『万が一、敵に会ったら武器を奪って無力化しちゃえばいいから』だっけか)

 少年の忠告を頭に浮かべながら、楓は一端頭部付近まで軽く上げた腕を大きく振り下ろす。

 丁度腰元に手が降りた時、楓の手には漆黒の大鎌が何処からともなく握られていた。

 それは楓の『紫衣』。

「危ないから武器を捨てて」

 パソコンを抱えなければいけないという制約上、楓は片手で湾曲した切っ先を男に向ける。

 が、思い出す。

(そうだ、日本語ダメかも知れなかった)

 日本語は、恐らく彼には通じないだろう。

 案の定、男は楓の忠告を無視して拳銃の照準を向けたままだ。

(武器を、奪う!!)

 決断と行動はほぼ同時だった。

 楓は軽々と大鎌を片手で一回転させて、石突きを男に向けると拳銃を握る男の手首を強打した。

「ギャ!」

 男は呆気なく拳銃を手から零し、患部にもう片方の手を当てたその隙に床に転がっていた拳銃を大鎌を操って自分の足下に回収、石突きで拳銃を叩き割った。

「へ……」

 手の痛みすら吹き飛んでいるのか、呆然と男は呆ける。

(よし、上出来)

 鎌を握っている手を解けば、自然と楓の『紫衣』は虚空に消えた。

「逃げた方がいいよ?」

 通じないと分かっていても、楓は言うべきだと思った。ニュアンスで通じたかも知れないが。

(ま、これで義務は果たしたと言うことで)

 これ以上危険はないだろうと判断した楓は呆けたままの男に背を向ける。

(今のは時間ロスだったな)

 楓のやるべき事は殺人ではない。

 脱出することだ。

 腕の中のパソコンが多少心配になりながらも、楓はドミノ倒しになっている棚の群れを軽快に飛び越えながら、外へと向かう。

 ―――奇声を発する男に構わず。

(壊れたかな)

 少年が見せた絶対的な恐怖に、楓が見せた摩訶不思議な出来事。

 いくらアウトローの人間だろうと、ここまで悪しき方向へぶっ飛んだ光景を見せられたら、とてもじゃないが平常心を保ってはいられないと思う。特に前者は絶対だ。楓の『紫衣』に冠しては『夢だった』で終わらせられる程度だったかもしれないが、少年は別格だ。あの場にいたから分かる。あの異常性と残虐性は夢でもお目にかかれないだろう。

「ひあ……」

 ―――哀れなってきた。

 何気なく楓は振り返れば、

 

 

 

 

 ―――拳銃を握っている男。

 

 

 

 

「へ?」

 拳銃はさっき破壊したのに、何故。

(まさか、もう一丁―――)

 かちゃ。

 男の拳銃が鳴った。

 男は完璧に壊れていた。

 口元から唾液が垂れ流されている。

 目は完全にイッていた。

 良くも悪くも吹っ切れたのだろう。

「ひあ、」

 口元が、緩んだ気がする。

「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああ―――ッ!」

 絶叫。

 それは男のモノ。

 そして。

 楓の目の前で、確かに引き金が絞られた。

長い朝が始まる。

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