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第二二譚 トラジコメディー

 

 

 銃声が響く。

 それは決して一つではなかった。連続して木霊する発砲音。素人である楓が一目見ただけで『大きな取引』と分かるくらいのモノを前にして。この取引が成功するかしないかで彼らの組の盛衰が決まる、そんな大切な取引の準備中に侵入者だ。即座に取引を主導していたらしい男たちは、取り巻きに侵入者の殺害を命じた。もし楓が主導する男たちの立場だったら、間違いなく同じ事を命じるだろうからその命令には動じることはなかった。

 彼らはこのまま警察署に逃げ込まれることを恐れたのか、それとも他の組織の暗殺者だと踏んだのか。とにかく、ガラの悪い男たちは一斉に襲い掛かってきた。その動きは躊躇いがない。どうやら忠実な護衛兵らしい。ここで発砲すれば流石に目立つのでは、とも思うが、この広い敷地を持つ倉庫は港の外れにあり、尚かつ中も相当広いから外に銃声が漏れることもないかも知れない。

 ちなみに、だ。襲い掛かってきた男たちは纏めて次々に血に染まっていった。重なり合い、連続して響く銃声は次第に当初の勢いを失っていき―――代わりに台頭する阿鼻叫喚。最後の銃声が途切れた時、残されたのは主要メンバー(らしき)五名ほど。

 そこはまさに地獄絵図と言える凄惨な現場だった。武装していた非合法の護衛兵たちは皆揃って一刀の元に斬り捨てられ、無惨な亡き骸となってそこら中に転がっている。彼の行く手を妨害した者で生き残っている者などいなかった。

「さて、と」

 鮮血滴り落ちる刀身を揺らして、返り血一つ浴びていない少年は一息付いた。

「な、てめぇドコの……」

 今のところ生き残っているメンバー五人は、恐らく弱肉強食の裏世界を生きて、そして大がかりな取引を主導できる立場までのし上がってきた者たちなのだろう。貫禄があると言うか、こんな状況に陥ってさえも逃げようせず、精一杯の虚勢とも取れる強気な姿勢は崩さないでいるどころか、懐から拳銃を抜いて少年に照準を合わせていた。まあ、侵入者には効果がないと護衛兵との戦闘で重々理解しているだろうに何と哀れなことかと、楓は遠巻きにその様子を静観していた。

「あのね、そのお金が欲しいんだ。プラズマテレビ買っちゃったからさ、お金なくって」

「な、なら……」

 ふっと。一瞬だけ緩みかけた空気は、少年の制裁と舞い踊る鮮血によって再び引き締められた。

「楓ちゃん」

 少年は四人に減ってしまったメンバーたちに背を向け、楓を呼ぶ。無論、愚かにもその隙を付こうとした二人に制裁を加えることを忘れない。血が、舞う。

「パソコン持ってくれる?」

 感覚が見事に麻痺してしまっていた。床に転がっている亡骸に拳銃、そして派手に飛び散り、堪っている血、空気を腐らすような異臭にも心は動かない。淡々と有りの儘受け入れようとしているのだ。それが当たり前のように。

「ま、待てよ、そのパソコンは―――」

「うるさいな」

 断末魔も無しに、崩れ落ちた。

(今は、見えた)

 今のは左肩から右脇にかけて一閃、つまり袈裟斬りだった。答え合わせをするような感覚で男をみれば案の定。密かに楓は自分自身の成長を感じながら、その反面、今は手加減したのかもしれないと自分自身に反論しながらも、指示された通りに中央に置かれていたノートパソコンを持つ。

「ちょっと持ってて」

「……何する気?」

「このパソコン使って送金するんだと思うだよね。ねぇ、そうでしょ?」

 一人残った男に少年が問えば、ぎこちない動きで頷く。

「ほら、よく映画でテロ組織が取引でパソコン弄ってミサイルとか細菌兵器とか取引してるでしょ? 最近の『商売』はハイテクでさ、ホント旧時代の人間は付いていけないよ。―――で、そこのアンタ、この網膜認証、誰の?」

「それは、おれ……」

 そこで途切れた意味が楓には分からなかった。楓は男を見るが、男に何ら変化はない。少年も刀を振っていないし、血飛沫もない。ならば、なぜこの男は声を詰まらせたのだろうか。

「楓ちゃん、パソコン床に置いて」

「ここ?」

「うん。ありがとう」

 無造作に少年は男の頭髪を掴み、首を刈り斬ると床に置かれているパソコンに首を押し付けた。パソコンに赤黒い血が撒き散らされる。精密機械に血液すいぶんは厳禁じゃないのかなあと思うが、当のパソコンは正常に動いていた。もしかしたら防水加工でもされているのかも知れない。

 と、ふと合点がいった。

 首を刈り取られた男は『こうなる』ことを恐れていたのだ。パソコンを動かす鍵は自分だと分かれば、裏社会の人間は容赦しない。指紋認証システムだったら指を切り取られるだろうし、声紋認証だったら拷問も辞さないだろう。だから彼は認証を解くために首を切り離した。所詮、それだけなのだ。

 まもなく、ピーとパソコンから電子音が鳴った。するとやっぱり生首は用済みになった。少年はそのまま遠くに投げ捨て、納刀するとキーボードを軽快に叩く。全てが終わった今、キーボードを軽快に叩く音のみが空間に響いていた。

 楓は画面を覗き込む。画面には沢山のウィンドウが表示され、次々と現れては消えていく。内容は、恐らく一般人が触れるようなシロモノではないだろう。何かのリストやら、報告書やら、見ているだけでどうでも良くなってくる楓だったが、この少年にとっては有用なデータなのかもしれない。さっきまで『旧時代の人間はついていけない』とか何だか言っていたけれども、パソコンの扱いは明らかに慣れたもので、楓には何を行っているのかさっぱり理解できない。何だか逆に馬鹿にされたような気さえしてくる。

(ってか、そもそも『旧時代』っていつなのよ)

 面白くないから心の中で毒気付く。

(昭和、大正? ま、何でもありの『追捕使』じゃ永遠の命ってのも充分に有り得るかも)

 適当に思いながら、少し笑う。

「あ、あったあった」

 その声に合わせて画面を覗き込めば、さっきまでいくつも展開していたウィンドウは一つに絞られており、その大きく表示されているウィンドウには英語と数字が羅列していた。内容を理解しようと努めるけれど、すぐに諦め、最も楽な方法をとることにした。

「なに、これ?」

「口座だよ。金衛会の全財産って言ってもいいかな」

 カタカタとキーボードを叩く。もし仮にここに表示されている数字の羅列がそのままストレートに預金だったら、それはとんでもないことになり、同時にこの少年はとんでもないことをしていることになる。

「これ、本物?」

「そうだよ。なんで?」

「だって、こんな金額……」

「悪いこと、いや、『法律に反すること』をすればそれなりに儲かるってこと」

 想像に難くはなかった。ドラッグとか拳銃など、違法とされながらもそれらの品物を欲しがる人間は多い。それを高値で売ればそれなりの儲けは出るだろう。

「じゃ、そろそろ出よっか?」

 ノートパソコンを操作しながら、少年は告げる。

「もう、終わったの?」

「あと少しで送金が終わるとこ。もしかしたら警察が嗅ぎ付けてくるかも知れないし」

「アンタでも警察は怖いんだ?」

 楓は嘲笑した。すると少年は微笑み、

「楓ちゃんが望むなら今から警察署一つ潰してこようか?」

 ピタリと、楓の表情が固まる。

「この国の警察は暴力団みたいにパンパン撃ってこないし、警察の方が楽って言えば楽かな。アメリカならちょっと面倒なことになるけれど、面倒だってだけで別に支障はないし。何なら今すぐアメリカ大統領の首でも取ってこよっか?」

 自信がある口ぶりではない。自信なんてそんな安っぽい口ぶりではなかった。それは絶対的な事実に基づいての言葉で、事実を言っているだけに過ぎない。

 楓の脳裏にほんの数十分前の光景が再生される。何の躊躇いもなく、武器を携帯している集団に一振りの刀のみで突っ込み、無傷で、一滴の返り血も浴びず、芸術的に『制圧』してみせたあの圧倒的な武力に、人を殺したって動じることない壊れた精神。この少年なら嗤いながら大統領官邸の正面玄関から侵入して、警報が鳴り響く中、山のような死体を残し、大統領の首を片手に嗤いながら帰ってくるだろう。

 思わず、楓は唾を飲み込んだ。

「楓ちゃん、行くよ」

「……ん」

 と。

 




 ―――ビリっと。





 気配が、うるさい。

「楓ちゃん、ちょっとパソコン(これ)持っててくれる?」

 少年は怠そうに楓にパソコンを投げ渡す。が、言葉とは裏腹に横顔には悦楽とした表情が彩っていた。その様子は、人間として、明らかに、おかしい。

「どうやら取引相手が来ちゃったみたい。ゴタゴタは面倒だからさっさと引き上げようと思ったんだけど、まあいいや」

 黒衣を捲って、ゆったりとした動作で再び刀身を外気に晒す。

「楓ちゃんは外に出てて」

 ドクンッ、と。

 楓の胸が高鳴った。

 間違っても思慕の情ではない。

 怖い、怖いのだ。

 絶対的な狂気が、ここにあった。

 この『追捕使』の少年は楓の仇敵だ。楓が『レッスン』を受けているのも、全てこの少年を楓自信の手で殺すためだ。別に楓は『追捕使』に成りたいがために『レッスン』を受けているわけではない。あくまで楓の目的は両親の、一族の仇討ちをするためであり、『追捕使』になるのはその副産物に過ぎないのだ。

 父親が殺される寸前、楓は少年と戦った。あの時は、ただ少年に遊ばれるだけに終わった。自分との実力の差を知った。だから、この少年を殺すために楓は『レッスン』を受けた。彼以上の殺人技術を身に着け、絶対に殺すことを誓って。





 ―――だが。





「万が一、敵に会ったら武器を奪って無力化しちゃえばいいから」

 指示が耳に入っているようで入っていない。

 今はそんな指示より、目の前に佇んでいる絶対的な恐怖に、楓は心奪われていた。

 やがて、声と共に一団が雪崩れ込んできた。前の部屋の惨状を目の当たりにして警戒しているのか、皆拳銃を携帯しているようだ。

「じゃ、楓ちゃんは上手く逃げてね」

 悪魔は、相変わらず嗤っていた。

 楽しそうに、楽しそうに。

やがて少女の夜が始まる。

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