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第二一譚 生態

 

 

 月明かりに照らされている埠頭に、一隻の豪華客船が繋留されている。

 絶壁のように聳え立っている船体は白く磨き上げられ、煌々と輝く電飾によって美しくその姿を月と共に水面に映していた。

 時より穏やかに吹き付ける風によって甲板からは美しい音楽が港に流れてくるけれど、その音を耳に出来るのはポツポツと波止場を照らす疎らな街灯と、明らかに場違いな自分たちだけ。

「楓ちゃんは知らないだろうから、一応予備知識ね。金衛会キンエイカイはね、新宿とか池袋で麻薬密売とか改造拳銃の密売を手広くやっててね、ここらじゃ結構有名な組織で、さっき潰してきた『業者』の親玉なんだよね」

 金衛会。

 楓は知らなかったが『その手の世界』においてはそれなりに名の知れた組織らしい。

「―――で?」

「金衛会が今夜ここで中国のマフィアと大きな取引するんだって」

「あっそ」

「今日の取引さ、大がかりなヤツらしくてさ。オレたちはその大金を頂戴しようって寸法」

「……泥棒じゃん」

「貰っちゃうのは非合法なお金だよ? それに『追捕使』は世界中を『異常因子』を追って旅しないといけないから何かと費用がかかるんだよね。飛行機代とか電車賃とか。代々引き継いできた口座があるんだけどさ、そればっかりに頼ってちゃいけないでしょ? だから定期的にこうやって資金調達しなきゃいけないんだよ」

「日本の警察って結構優秀なんだけど?」

「警察には捕まらないよ。オレみたいな『追捕使』はアカシックレコードにも戸籍にも記されていないし、根本的に住む世界が違うから絶対に捕まることはないし、警察がオレを認識できたら大したもんだよ。万が一ドジ踏んで捕まりそうになったら強行突破しちゃえばいいだけなんだけど」

 そんな会話をしながら楓たちは波止場倉庫街の狭間を行く。

 少し歩いていくと、やがて正面に一際目立つ建物が見えてきた。

 レンガ張りの外壁はあちこちが剥がれ落ち、鉄筋がむき出しになっている箇所が何十カ所もある。窓という窓は一つ残らず割れ、駐車場だと思われる建物正面の敷地は枯れた雑草が生い茂って荒れ放題もいいところだった。

「―――ここ?」

「うん。この倉庫は商社が保有していたんだけどね、その商社が潰れちゃったんだって」

 不気味なほどの静まりかえっている倉庫を前にして、少年は語る。

「銀行は何とかお金を回収しようと手当たり次第に会社の土地とか事務所とか、とにかくお金になる物を根刮ぎ売り払ったみたいなんだけどね、倉庫これは資産価値がなかったみたいで売りに出されるどころか解体にもお金がかかるから放置されてるんだって」

 どこからそんな情報を仕入れてきたのだろうか。やはり裏で繋がりがあるのだろうか。

 沈思黙考している楓を余所に、少年は一息付くと躊躇することなく敷地内を進んで行った。慌てて楓も少年の後を追って敷地内に足を踏み入れる。

「うわ」

 倉庫入り口までの道は獣道状態。草木はこれでもかと生い茂り、さながら雑木林を進んでいる気分だった。そんな獣道を進めば、ようやく入り口らしき金属製の扉が見えてきた。

 扉は酷く錆び付いているらしい。どうやら引き戸式だったみたいだが、少年が引いてもガタガタと音を立てるのみで一向に開く様子はない。

「別の入り口があるんじゃないの?」

「そうみたいだね」

 そうは言うものの、少年は対して表情を変えずに古ぼけた金属製のドアを邪魔だと蹴り倒した。ガランガランと扉が派手な音を立てて転がっていく。

「さ、行こ?」

 中は、闇。

 放置されて数年が経過していて、電気なんて通っているはずもないのだが、少し怖い。何だかオバケ屋敷に入場するような心持ちだが、とりあえず少年の後に続く。

 上手く視界が利かないものの、どうやら外観より内部は意外と広いようだ。

「ねぇ、ライトは?」

「ないよ。すぐ慣れるから大丈夫だって」

 言い回しは非常に適当だ。今ひとつ信用できなかったのだが、ほんの数十秒したら目が闇に慣れてきた。何だか、少し悔しい。

 改めて周囲を窺う。

 そこは朽ち果てた資料室のような空間だった。

 見渡す限りに図書館の本棚のような、空の棚が並んでいる。

 並び方は酷く適当で、乱雑に並んであったと思えば倒れて将棋倒しに倒れていたと思えば整然と並んでいる箇所もある。その本棚は全て同規格であるから、商社が使用していた棚だろう。どうやら商社がこの倉庫を放置したまま手付かずの状態らしい。

 もう既に倉庫内部に入ってから五分程度経っただろうか。

 最近の『レッスン』のおかげか、近頃やけに人の気配には敏感なってきた。

 だが、いくら周囲の気配を探っても人の気配を見つけられなかった。取引前ってこんなに静かなのだろうか。些か不安になってきた。

「ね、本当にここであったるの?」

「多分ね。良く分かんない」

 ある種の諦めがついた楓だった。

 

 

     ◇◆

 

 

 ふと、開けた場所に出た。

 そしてそこには大型ライトが三台。

「ガキ、こんなとこで何してんだ?」

 ライトの下で大量の紙幣とトランプに灰皿と煙草を広げている強面の男性五名。

 全員、三十代だろうか。格好はいわゆるヤクザ風で、その内の咥え煙草の男がリーダー格らしく、ドスの利いた声で寡黙に告げれば、残りの四人も相次いで顔を上げ、楓と少年をギリッと睨んできた。

「じゃま」

 楓の前で少年が凛と呟く。

 数秒の沈黙が支配する。空気が、重い。

「オイ」

 ふと、空気が動いた。

 咥え煙草の男が目配すると、残りのメンバーも鬱陶しそうに動いた。

「さっさと帰んな」

 咥え煙草の男がゆったりと少年の前で、

 

 

 

 

「あ?」

 

 

 

 

 それは咥え煙草の男が発した声。

 そして、空気が、揺れた。

(え、……)

 状況が把握できなかった。

「―――あ?」

 絶叫はない。

 ただ呆然と、無くなった『らしい』腕を咥え煙草の男、周囲の男たち、楓の三者はぼんやりと眺めていた。

「じゃま」

 刹那、咥え煙草の男が裂けた。

 胴を真っ二つに、上半身と下半身を別けるように。

 びちゃびちゃと生々しい音、そして広げてあったトランプやら紙幣やらが深紅に染まる。

「―――ッ!」

 最初に状況を把握したのは恐らく楓だろう。

 慌てて楓は視線を少年の手元に送る。

 握られている鮮血が滴り落ちる一振りの刀が、大型ライトによって鮮やかに浮かび上がっている。いつ抜刀したのか、いつ男を斬ったのか、全く見えなかった。

 ゴクッと楓の喉が鳴る。

 気を抜けば、今にも吐きそうだった。

 死体を見るのはもう慣れた。非常で利己的な事実だけれども、自分の知り合いではない人間の死体にはあまり感情が弾けず、嘔吐することもない、そう理解していた。

 けれど『殺しの現場』は初めてだった。

 今まさに楓の目の前で死ぬ。息絶える。

 父親でさえ、リビングの中で伏していたから断末魔は聞けても『映像』はなかった。

「か、門脇さ―――」

 男の声は儚く途切れた。

 ぐしゃっ、びちゃびちゃと。

 その男は、重い砂入りのスーパーの袋を落としたような音を残して転がった。咥え煙草の男と同様に、上半身と下半身を分かつ形で、大量の血を撒き散らしながら。

 事切れた二人は、恐らく何が起こって、またはどんな方法を用いて自分が殺されたか分かっていないだろう。殺気も通牒もなく、唐突に胴が真っ二つ。意識を含めて何もかもが消え落ちた、そんな感じなのだろうか。そんな殺され方を経験したことがないから楓には分からないが、言いようによれば超人的な楓でさえ、少年の剣筋を捉えることが出来なかったのだ。理屈でなら少年の動きを掴むことは出来るかも知れない。が、対応できるかと問われれば確実にノーだった。

 楓はゆっくりと少年を見た。

 俗に言う『殺気』も『憎悪』も感じられない。

 それはまるで呼吸をするような『生態』で人の命を奪っている、と言えば最も適当かも知れない。

「く、」

「てめぇら……」

 これだけ陰惨な現場を目の当たりにしても、二人は逃げようともしなかった。アウトローな世界に身を置く者としてのプライドだろうか。さっさと逃げた方がいいのに、楓が零したその一言は、自分が発したのに信じられないくらい冷酷で残忍な声色だった。

(―――冷静だな)

 とは言っても、不快感が腹の中で渦巻いている。

 しかし、事実として楓は冷静に事態を把握しようと努めていたことに今更ながら気付く。

(人でなし、か)

 頭の中に甦るワード。時よりそのワードを否定したくなるけれど、肯定する材料はそこら中に転がっていた。今だって、残虐に人の命を狩り殺している少年にやめろの一言も言えていないし、言う気も起きない。それが良い証拠だ。

 ぴしゃ。

 生温い液体が頬を打ち、楓は我に返る。

 眼前。血の海、と言えば大袈裟過ぎるだろうか。

 いつの間にか、あの二人の姿は見えない。自分の世界に没頭している内に少年に殺されたのだろう。この場で『姿が見えない』とはそう言うことだ。

 何となく気になった楓は周囲を軽く見渡せば、すぐ近くに『それらしき』四つの亡き骸、八つの肉塊が転がっていた。

「楓ちゃん? 大丈夫?」

 三基の大型ライトに照らされた深紅の中央で、少年はゆっくりと刀を鞘に戻していた。これだけ派手に斬殺したのに、返り血一つ浴びず、平然とした表情はやっぱり異常と言わざるを得ない。

「アンタほどじゃない」

「良かった。―――ん、楓ちゃん、頬に血糊付いてるよ?」

 ふと、少年は自分の頬に手をやる。

「ん〜、血も滴る良い女。カワイイよ」

 戯れ言を聞き流して、楓は指先で血糊を払った。

 ねっとりと血糊は指について、気持ち悪かった。

一度麻痺してしまえばもう戻らない。身体がそうであるように、心もそうなのかも知れない。

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