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第一九譚 そして少年は愛を謳った

 

 

 恐らく、世界で最も壮大で自由な鬼ごっこ。

 本格的に『紫衣』を纏えるようになって二週間あまりが過ぎた。

 十二月も半ばに差し掛かり、そろそろ本格的に寒くなってくる。

 二週間という時間はかなり大きい。

 出来ないことが当たり前のように出来るようになったり、心を落ち着かせることができるようになったりする。

 大分、飛ぶことにも慣れてきた。

 だからといって、まだまだ少年には届かない。

 だからといって、諦めるつもりは毛頭なかった。

「っやあッ!」

 深夜。

 闇より深い黒い影二つが、高層ビルの屋上を縦横無尽に飛び回る。

 影の一方、少女は身の丈ほどの大鎌を振り抜く。

 対してもう一方の影が大鎌の餌食となることはない。瞬時にそして最小限の動作で。易々と大鎌を躱し続け、そして別のビルに飛び移る。

(ち、)

 少女は舌打ちせずにはいられないが、同時に追撃するか一端退くか、考察する。

(よし)

 蹴る。

 一瞬で少年の間合いに侵入し、大鎌で薙ぎ払う。

 大鎌が風を伴って唸る。

 湾曲した戦慄の刃が、月華に照らされて一瞬煌めいた。

 が、大鎌はもう少しの所で標的を逃がし、淋しく空を切った。

 少女は身の丈ほどの大鎌を振り、手元に戻す。そのまま少年の姿を感覚で察知し、即座に追撃に移るためにその場を力強く踏み切った。

 少年もただそんな少女の様子を静観しているわけではない。発見されたと理解したや否や、人間とは思えないような跳躍力で少女の追撃を華麗に躱していく。

(ちッ!)

 この局面、この攻防。

 斬撃は空を切り続け、尚かつ少年に追いつくことすら叶わない。少女の完敗だったが、諦めない。屋上に設置されている設備で身を隠しながら、少年の気配を探る。今の今まで、人間離れした超人的な速力で駆け回っていたというのに、一片の呼吸の乱れはなかった。

(ッ!)

 見つけた。

 瞬間的に把握した少女だが、その表情は即座に戦慄に染まった。

 瞬間、腹から突き上げるような衝撃。

 少女が回避行動を取るより早く、爆音が彼女のいる屋上を覆い尽くした。

「く、痛ッ〜」

 ゴロゴロと地面を転がって、何とか爆風と衝撃から最低限逃れた。咄嗟に大鎌で急所を守ったけれど、衝撃から身を庇い切れることはできなかった。ズキンと左肩に右脚が痛む。鎌を振る利き腕を守れたことは大きな収穫だが、利き足がやられたのは大きなマイナスだ。これでは大幅に移動性が落ちてしまう。

 しかし、少女は前を向く。

 飛び込んできたのは炎上する屋上施設とその残骸、そして炎上する残骸に立つ一人の少年。敵から目を離さない。ここ数日の『レッスン』で学んだこと。経験則だ。

 だが、少女は思わず目を疑う。

「ちょ、なんでアンタがそれ持ってんのよ! ルールじゃ『紫衣』は私だけ解禁されてるはずでしょ!」

 痛みを堪えながら、少女は声を張り上げた。

 すると少年は自分の手元を一瞥して、

「そうだけどさ、いい加減避けるだけじゃつまんなくなっちゃってさ」

「ふざけないで!」

 フラフラと立ち上がり、少女は大鎌を構えた。

「大丈夫だって。ちゃんと手加減するからね。それに楓ちゃんはもうオレが『紫衣』を使ってもいいレベルに来てる。実戦を学ぶには模擬戦じゃなくて実戦が一番ってね」

 少年は見せつけるように銀を煌めかせ、音もなく飛んだ。

(ホント、自分勝手なんだからッ!)

 上。

 少女はギリギリまで落下してくる気配を引き付けて、バックステップで躱せば、少年はコンクリートをまき散らせ、やや崩れた体勢で着地、

(崩れた!)

 好機と見た少女は一気に少年との間合いを詰め、全力で大鎌を振り下ろした。

 渾身の一撃。

 闇夜に甲高い金属音が鳴り響く。

「さすが〜」

 その声に少女はやや驚く。

 振り下ろした大鎌の下、湾曲し、首を刈り取ろうとしていた大鎌の軌道は見事に刀によって阻まれていた。少女は今の一撃がほぼ自分が出せる全力だったが、少年との実力差を考慮すれば予想通りと言ったところではあるのだが。

 たらりと唖然としている少女の額から、汗が垂れ落ちる。

「でも、まだ軽いかな」

 直後、ぐわんと膨大な力の流れが少女を飲み込んだ。

「あ、わ」

 気付いた時には既に宙を舞っていた。追って、少女は先程の力が自分の身体を宙に投げ出させた、という事実を把握し、最終的に敵の攻撃がこの程度で終わってしまうわけがないと結論づける。だから迎撃態勢を―――

「あ」

 刹那、天籟。

 直後、前方に影、出現。

 影、その手には銀の刃、それ即ち、刀。

「くっ……」

 空中では流石に身動きが取れない。

 


     ◇◆

 

 

 ジリジリと耳障りな目覚まし時計の音が部屋いっぱいに響き渡った。

(朝、か)

 楓は目覚ましの音に顔を引きつらせながら、手探りで枕元の目覚まし時計を発見し、目覚まし時計の上部を叩く。

(あ〜、これは『最初』だった)

 音が止んでホッと一息付いている場合ではない。楓はむっくり身を起こすと、唐突に身体の節々や筋肉がズキズキと痛み出した。

(ん〜)

 原因は簡単に思い浮かぶ。

 昨晩肉体を酷使したことと、あの峰打ちだ。原因はそれしかない。

(まだ、身体が慣れてないのか……)

 呆然と楓は思う。少年曰く、身体が徐々に適応して長時間あの異常な運動量でも全く問題なくなるというが、まだその兆候は見られない。楓はあの少年をいまいち信用できないから尚更である。

 部屋中至る所にセットしてある目覚まし時計を切っていく。一度『彼ら』が動き出せば、近所迷惑の何物でもない轟音が覆い尽くしてしまう。やっぱり、騒音問題でご近所さんたちから村八分にされるのはなかなかご勘弁願いたいモノなのだ。

「はあああ〜〜〜〜〜〜」

 欠伸を一つ。

 重たい身体を引きずる様にして、楓はクローゼットに向かった。

 

 

     ◇◆

 

 

 学校に行くつもりはなかった。

「ねぇ、楓ちゃん」

 楓が作った朝食セット(純和風)を突きながら、少年が言う。

 いつからか、この『追捕使』の少年と寝食を共にすることになれてしまった。一族の仇であるにも拘わらず、だ。ちなみに少年は楓という『異常因子』を見つけた時点で、居候するつもりだったらしい。

 そもそも『追捕使』という存在は社会から、万物を統制しているアカシックレコードからも完全に外れた究極のアウトローだ。この世界に一片の居場所もないから、定住はせずに『異常因子』を求めて世界中を放浪しているらしい。だから宿探しも酷く力尽くな手法を取るそうだ。この少年の話によると、まず『異常因子』を発見し、殺す。そしてその『異常因子』の家を乗っ取り、次の『異常因子』発見までその家を拠点に待機する、という手段を取っているらしい。明らかに犯罪行為で、警察に検挙されそうなものだが、どうやらその辺にもいろいろカラクリがありそうである。

「楓ちゃん、聞いてる?」

「……何?」

「今夜ちょっと面白そうなこと起こるんだけど、早く家に帰ってきてくれる?」

 やけに自信たっぷりに言うなと楓は思う。もしかしたらアカシックレコードでも覗いたのかも知れない。アカシックレコードの歪みを修整することが存在意義である『追捕使』ならそんなことは造作もない―――のかどうかは知らないが、楓はそんな推測を立てる。

「面白そうなことって何?」

「面白いからさ、絶対損はさせないよ」

 うさんくさい。

 だが、楓に拒否権はない。

「―――わかった」

「あれ、学校は?」

「行かない」

「風邪?」

 驚いたように楓を凝視し始めた少年に対し、楓は少年に視線を向けずにそのまま、

「不登校よ」

 理由は現実を見たくないから、黒城和美に今まで通り接する自信がないから。

「ふ〜ん」

 さして興味なさそうな、生返事が帰ってきた。

(自分から聞いといて。何か、腹立つ……)

 しばらく暴れてしまいたい衝動に駆られるけれど、楓は何とか押さえ、みそ汁を啜る。

「ねぇ、楓ちゃん」

 呼ばれて楓は、みそ汁を啜りながら視線を少年に合わせた。

「今夜は晴れだけど寒いって」

 何だか楽しそうに少年はテレビの天気予報を見ていた。

 一週間くらい前だっただろうか、少年によってばっさり斬り捨てられたテレビは意外なことに彼によって弁償された。それも前のようなブラウン管テレビじゃなくて、五〇インチもの最新式ワンセグ対応のプラズマテレビ。恐らく定価数十万円するだろうこのテレビを少年が最初に持ってきたときは本当に驚いた。一体全体何処にそんな金を持っているのかさっぱりだったし、この少年のことだからもしかしたら何処かで強奪してきた盗品なのかもしれない。当初は何だか薄気味悪くて使うのに躊躇われたが、今は使わなければ損、という考えが先行してしまっている。そんなわけで今では逆に無下に少年を追及することは躊躇われている有り様だった。

(まあ、うん。テレビなんて買えなかったし……)

 北沢家には残念ながら貯金がない。

 それは北沢家の台所事情は借金塗れの火の車だから当たり前と言えば当たり前だったが、しかし事態はそんなに『借金どうしようかな』と呑気に考えているほど余裕はなかった。何せ生活費がないのだ。テレビどころか食べていけなくなる。光熱費だって危うい。一時期はどうせ一人暮らしみたいなものだから学校が終わってからバイトでもすれば生活費ぐらい何とかなるだろうと楽観視していたのだが、毎晩の『レッスン』がそれを木っ端微塵に打ち砕いた。想像以上に『レッスン』はハードだった。なので学業、バイト『レッスン』を並行するプランは現実味に欠けた。

 そんなどうしようもない現実から救ってくれたのは、他ならぬこの少年だ。

 今、楓が金銭問題を気にせずに日常生活を支障なく生活を送れているのは、この少年が援助があるからこそである。仇である人間に養ってもらっているのは何だか釈然としないが、こればかりは仕方なかった。

(どこからそんな金が……)

 ふと、疑問が湧く。

 少年を見遣れば、焼き魚に夢中になっている。

(はあ)

 世の中、分からないことだらけだ。

 強引にそう結論づけて、楓はみそ汁を啜る。

邪魔ならば排除すればいい。気に入らないのなら壊してしまえばいい。

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