さよならだ、女子高生!
なみっちによれば。
夢の世界と呼んでいる、閉じ込められていた世界にいたころ、実はイリタの存在を近くに感じていたのだという。
それから元の世界に戻ってきたのだが…夢の世界にいたのが長かったのか、『こちら側』に、イリタの存在を感じないのだという。
あたしは音楽室を後にして生徒会室の扉を叩いていた。
二回ほどノックしても返事がないのでノブをひねると、鍵はかかっていない。
扉の向こうで、雨宮まみやは生徒会長の椅子に腰かけて眠っていた。
うたたね?!
人間らしいところもあるんだなー、と驚くが、すぐに感情が塗り替えられる。
雨宮まみやの手元に書置きが残されていた。
それもあたし宛に。
『夢の世界で千賀イリタくんを助けるとしようか』
…つくづく行動が早い。
あたしは彼女と向かい合うようにして副会長の椅子に腰かけ、目を閉じると不思議なくらいすぐに眠りにつくことができた。
――夢の中で目が覚めるという奇妙な感覚。
目を開くと、そこは別世界。
白黒の味気ない岩場の荒野。
「…いい加減、話をする気になってくれないものかね」
背後で苛立つように言う男性の声。
長い黒髪、闇に溶けそうな布をまとっている。
あたしに気付いて、彼は両手をひらひらさせた。
「…私の言葉では通じない。
言葉が通じないのならば私の負けだ。
…だから君しかできないのだよ、ツチ」
『あたし』は彼が向かい合っている相手をじっくりと眺める。
目が覚めるような白い糸で紡がれた着物を羽織っている、女性。…男性?
「ああ…僕の槌御神、
やっと来てくれたんだねぇ。
ずっとずっと君だけを待っていたのに、どうして会いに来てくれなかったんだい?
…さみしかったんだよぉ」
目を潤ませて、彼女は『あたし』に飛びついてきた。
まるで子供のように。
これが、それぞれの神の本当の姿。
転生する前の、神様の姿だった。
『あたし』は苛立って、つい舌打ちする。
そして全能神を蹴り飛ばした。
『ぴーぴー泣いてんじゃねぇよ、親父殿!』
ガラ悪いなぁ、私。
あれ、いつかぜんぜん違う印象を述べてたよね、早倉ちゃん…。
「ご・ごめんよぅ。そんな怒んないでよぉ。
確かにさ、ちょっと職権濫用?とか思ったけどぉ、でももう一度会いたかったしぃ…
あ、でも大丈夫っ。
この人間の体自体使わないようにするからさっ」
今にも泣きそうになっている彼女。
見た目の年齢から言えば、三〇くらいいってそうな感じなのに、中身は子供のよう。
『消滅すんのか、親父殿』
「えっ…悲しい!?悲しい!?
えへっ大丈夫だよぉ、消滅するんじゃないよぉ。
僕はね、君たちよりも魂の強化レベルが上だから一定の肉体の中に入ってなくても大丈夫なのだぁ」
過保護な母親みたいだな、とあたしは呆れた。
槌御神が出てこない本当の理由はここにあるのかもしれない…この絡みづらさ。
全能神がぱちんと空で指を鳴らすと、岩の上にイリタが横たわって現れた。
「ほらっ、その証拠にこの人間の魂はここに置いておくよぉ。
連れ帰るなりどうとでもすればいい。
僕はただ…
君に会いたかっただけ、だからねっ」
がっくりとするような台詞。
結局、すべてはこの身勝手な神様の要望に振り回されていただけ。
『あたし』は、心の底から再びため息を吐いた。
全能神はその言葉通り、さっさと夢の世界から消えてしまった。
「たまに顔を見に来るからね、僕の槌御神っ」
という不吉な予言を残して。
「…ま、君の苦労は増えただろうが、これでようやく一件落着というわけだ。
…イリタくんの魂と君の魂をつないでおくから、ここから一緒に出ていくといい。
…早倉さんの笑顔を、早くみたいだろう?」
闇闇乃はふふ、と珍しく優しく笑う。
それから、ぷつりとチャンネルを変えたように暗転した。
『アンナ、悪かったな』
『ありがとな』
『俺、ちょっとお前のこと見直したよ』
『けっこーオトコらしいのな、お前』
わき上がる感情。
目が覚めると、あたしの世界は元に戻っていた。
生徒会長はにやにや笑っていて、
早倉ちゃんはイリタに嬉しそうに寄り添って、
当のイリタはのほほんとあたしをからかって、
なみっちは、優しくそれを見守る。
魂の存在は相変わらず日常を乱すことがあるけれど、
それでもこの関係だけは変わらない。
女子高生時代に築いた、
この世界だけは、変わらない。
終




