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詠う者、斬る者  作者: 杞憂涼弥
ミドルスクール
4/5

3 お節介少女



背後から聞こえた声に、思わず振り返りそうになる。

が、しかし、ここは中央都市のクリートの南部。きっと、逆ナンか、何かの悪徳商法であろう。そう考えた僕は迷わず無視を決め込むことにする。


「ちょ、ちょっと!聞こえてるんでしょ!?ねぇ!?」


相手が慌てた声を出すのと同時、腕を引っ張られる感覚が僕を襲う。

…腕を引っ張られる感覚、なんて言い方をしてみたけれど、簡単に言ってしまえば、その声の相手に腕を掴まれているわけで。

僕は仕方なしに、その相手の方へと顔を向けた。


「何か僕に用ですか?」


「……」


その相手はというと、僕の顔を見たまま何も話そうとしない。

声と話し方から予想していた通り、相手は女性だった。身長は女性にしては高く170近くあるのではないだろうか。多分、ソーマと同じくらい。健康的な肌の色の中、色素の薄いピンク色の長い髪が目立つ。フワフワと腰のあたりまで伸びたその髪を風に靡かせながら、硬直していた。


「用がないのなら行きますね?」


「ち、違う!用はある!君、ここ来たの初めてでしょ!?」


ハッとしたように、その女性は話し出した。


「…仮にそうだとして、それがあなたに何の関係があるんですか」


「初めてよね!そうよね!よし、ならあたしについてきなさい!」


何もよくないのに、そのまま僕の手を引き歩き出そうとする。


「意味が分からないです!離してください!」


「分からなくない!分からなくない!ほら、悪いようにはしないからさ!ついといで!」


何を言っても無駄だと悟った僕は、振り払って逃げることも考えた。が、それはやめて大人しく連れられて行くことにした。



「マスター!あたしいつものお願いっ!」


連れてこられたのは、メインと思われる先ほどの大通りから一本外れた通りにある喫茶店。外装からすると意外なくらいに内装は落ち着いた店内だった。

置いてある調度品や、使用しているカップなど、どれもセンスがよく、派手過ぎず、だからといって地味なわけじゃない、僕好みのものだった。


カウンター席が五つ。テーブル席は四人掛けが一つ、二人掛けが二つといった小さなお店ではあるけど、またそのこじんまりとした感じがいいのかもしれない。


「ほら座って座って」


窓際の2人席に座ったピンク髪の女性は僕を急かす。


「君は何にする?」


テーブルの端に立て掛けてあるメニュー表を取ろうとした女性を無視して、僕はカウンターにいるマスターへと話し掛けた。


「甘いものをお願いしてもいいですか?」


口の周りに白いヒゲを生やした初老のマスターは僕の声に、手を止めてニコリと微笑んで頷いた。


「何か苦手なものはありますかな?」


「いえ、特にありません。マスターにお任せします」


再びマスターが頷いたのを見て、僕は女性の方へ向き直した。

女性を見ると、頬を膨らましながらメニュー表を元に戻していた。何とも子供らしい仕草である。…見るからに子供と呼ぶような年ではなさそうだけれども。


「君可愛くない…」


「付き合ってるだけマシだと思いますが?」


「はぁ…。ていうか、途中から突然大人しく着いてきたけど、どういう心変わりなわけ?」


テーブルに肘をつき、手のひらに顔を乗せこちらを見てくる。その表情は、僕の行動が全く分からないと言っていて、自分で考える気は毛頭無いらしい。


「突然人を知らない場所に連れてきておいて、聞くのはあなたばかりっていうのもおかしな話ですよね。そうは思いません?」


「な、何よその言い方!」


「別に、僕は思ったことを言っただけですし?答える分には構いませんけどね?」


その言葉に、女性は口を尖らせ言った。


「ほんと可愛くないなぁ。分かったわよ…」


そう言うと、手に顔を乗せるのをやめ、座り直し、僕の方を見て言った。


「あたしはレイラ。このあたりに住んでるの。ハイスクールの三年。それと、さっきは突然声かけていきなり連れてきてごめんなさい」


それだけ言うと、ふんっといった感じで窓の方を向いてしまった。横を向くことによって髪の隙間から見えた耳は心なしか赤いようにも見える。

やりすぎたような気もしなくもないが、まぁ謝る必要もないだろう。


「何で、僕に声をかけたんですか?」


「…この時期、こっちに出てくる学生って多いじゃない?この辺の連中って、地方から来た都市を知らない学生なんかいいカモとしか思ってないわけよ。そりゃそうよね、声かけられて言い包められて商品買っちゃうんだもの。あ、別に、全ての商品を悪いと思ってるわけじゃないわよ!?」


聞いてもいないことまでペチャクチャと話し出すレイラさん。


「そういうの、見てられなくて、ついつい声かけちゃうんだよねー」


あぁ…この人は。


「だって、来て早々そんな思いしてたら可哀想じゃない!お金だって、そんなに持っているかも分からないのに…大人たちのいいようにされるなんて、やっぱりおかしいよ!君もそう思うでしょ!?」


極度の、無駄な、お節介焼き。

自論を振りかざして、それが正義だと言い張るようなタイプだ。

あぁ…やっぱり振り切って逃げた方が正解だったかな…初日から気疲れするのはごめんだ…。


「あ、そういえば、何で心変わりして着いてきたのか、まだ聞いてないよ!ほら!」


心変わりなんか、するんじゃなかった…というのは飲み込んで、僕はそのとき思ったことを正直に告げた。


「レイラさんのその服…というか制服が、僕のハイスクールと同じ制服だったので。もしハイスクールで会うことになったら、気まずくなるじゃないですか。そっちの方が余計に面倒になると思いまして」


「ふーん。なるほどね~。…ていうか、あれ?今、君、面倒って言った!?言ったよね!?」


一言余計な言葉を発していたらしい。


「そういえば、申し遅れました。僕はタクトです。わざわざ有り難いお気遣いでしたけど、僕はそう簡単にカモにはならないので、大丈夫でしたけどね」


「…」


目が点になる、とはこの事を言うのだろう、とレイラさんの顔を見ながら思っていると、突然口をワナワナとさせ、声を上げた。



「やっぱり、君、可愛くなーーーい!!」



その後、絶妙とも言えるタイミングで飲み物を持ってきたマスターは、レイラさんの前にキャラメルマキアート、僕の前にハニーロイヤルミルクティを置くと、またカウンターへと戻っていった。


「可愛いか、可愛くないかなんて、僕にはどうでもいいことなんですけどね…」


「何なのよ!もう!こっちは親切に声かけてあげたのに!」


「それを他人に押し付けるのはよくないと思いますがね?」


「押し付けたいわけじゃないの!ただ!」


きっと純粋に、感謝されたいだけなのだろう。お礼がほしいとか、そういうのじゃないことくらい僕だって分かってる。

ただ…この人は面白いくらいに、僕の言葉に素直に反応して、素直に感情を出す。それが僕には羨ましいくらいで、それと同時に少しだけ妬ましくなったりもする。


「分かりましたから、落ち着いてください。ほら、せっかくマスターが入れてくれたキャラメルマキアートが冷めちゃいますよ?」


「…タクト、今日ここに来たの?」


チビチビとカップに口をつけながら、小さな声で言った。


「…僕が、地方の人間じゃない、っていう選択肢はないんですね」


「え!?違うの!?」


「いや、そうですけど…」


「ならいいじゃないの…。制服分かるってことは、同じハイスクールに入学するってこと?」


「おそらく、そういうことですよね」


「そっかぁ、タクトもドルフィアに通うのかー」


いつの間にか、呼び捨てにされていたけれど、呼ばれ方でどうこう思うほどそのあたりに拘りはない。


ドルフィア・ハイスクール。

クリートでも片手に入る進学校。その置いてある学科の数は、クリートではぶっちぎりのトップで、生徒数も並じゃない。もちろん、科により在籍生徒数は変わるけれども、一学年の生徒数は千人規模である。施設もかなりの広さで、クリート北部の学園都市からは少し離れた、クリート西部に位置する。


「で、君は何科に通うの?」


「色詠です」


「え、色詠?」


僕の返答にキョトンとするレイラさん。


確かに色詠は内容的にも地味な部類に入るし、人気も高くはないから、驚かれるのは無理もない。


色詠とは、魔法の一種であり、その魔法の中でも色に特化した魔法のみを学ぶ科だ。

一般的な魔法科であっても、色詠魔法も多少は習う。だが、色詠魔法は実用性が低いため、あまりその力は必要とされておらず、魔法の中でも重要視されない。

その中身としては、一言で言ってしまえば色を詠唱し実際にその色を物体に投影する魔法、ということになる。方法として一般的なのは、絵の具などの塗料を手に持ち、魔法を詠唱することで手を使わずに紙に絵を描いたり、物に色をつけたり、といったようなものである。


職としては、意外にも必要とされる場面があったりする。例えば、建物の壁などのペンキ塗り。人の手で一面一面塗っていくのはそれこそ時間もかかる。が、この色詠魔法があれば一瞬でその壁を思い通りの色に変えることができる。ただ、一般魔法を扱う者でもできてしまうことであるので、かなりの腕前が要求される。実力さえあれば、有望というわけだ。



「意外でした?」


「あ、うん。背格好といい、なんていうか体術系の学科なのかなって思ってたから」


「人を見た目で判断しちゃいけませんよ?」


実際、体術もできないわけではないけれども。

それでも僕は、色詠を学ぶと決めた。


「レイラさんは何科なんですか?」


「あたし?あたしは声癒[せいゆ]科」


「へー…意外ですね」


「ちょっと、どういう意味よ!?」


声癒科は、字の通り、声で人を癒す魔法を学ぶ科だ。一般的に病人などに対しての治療として用いられる。

これも魔法なので、魔法科で学べる。がしかし、声癒魔法は、色詠魔法とは反対の理由によって、一般的な魔法科では学習をほとんど行わない。つまり、実用性があり、高度な魔法であるという意味だ。技術的な面などにおいて専門知識が増えるため、かなり高度な魔法であり、簡単に習得できる魔法ではないため、一つの学科として別に設置されている。

声、といっても大抵は普通の呪文でなく、呪文を用いた歌を用いる。そのときの声は、その治療を受ける人だけでなく周りの人をも魅了すると言われている。


「どういう意味と言われましても…。あ、でも、声癒科ってことは、歌が得意なんですか?」


僕のその言葉に、レイラさんは眉をピクリと動かし、カウンターからはマスターの咳払いが聞こえた。その咳払いは、まるで笑いを堪えているかのようで…。


「…これからよ!まだまだ卒業まで時間はあるんだからね!?」


つまり、そこまで上手くは無いらしい。残念、せっかく聞かせてもらおうかと思っていたというのに。


「あ、そういえば君さ、今日ってまだ入寮じゃないよね?宿ってどうする…」



ビー…ビー…ビー…ビー…




突如として、店内に響く警報は、レイラさんの言葉を遮った。その警報は店内の雰囲気をガラリと変えた。

レイラさんは、口を開けたまま硬直していて、その顔は健康的な肌色だというのに青白くさえ見える。マスターはカップを拭く手を止め、先ほどまでの柔和な雰囲気ではなく心なしか殺気立っているようにさえ感じられるほどだ。

僕は、周りの様子を見つつ、胸の中をザワザワとさせる記憶を必死に抑え込んでいた。


そして、その警報は店内だけでなく、外でも鳴り響いていた。



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