2 中央都市クリート
大陸中央都市、クリート。
大陸全体の人口の30%近くを占める大都市であるクリートは、政府機関や、研究施設、そしていくつもの学校施設が集まり、いつでも多種多様な人種で賑わっている。
大陸の最先端の技術を持っているとも言われるこの地は、実際にその最先端技術を生活のあらゆる場面で利用しており、地方から訪れた者にとって驚かされることが多々ある。
例えば、地方の者がクリートへ訪れるための交通手段である列車が到着する駅。
地方の改札は、券売機で購入した切符と呼ばれる小さな紙を通して通過するわけだ。しかし、クリートなどの大都市であれば、わざわざ切符を使わなくともキュールと呼ばれる小さな立方体の電子端末を身につけておくだけで良い。キュールが人一人が通れるアーチ状のゲートで自動的に読み取られ、予めキュール本体にチャージしておいた金額から運賃が自動的に引かれる、といった仕組みになっている。
もちろん切符用の改札も数台端の方に置かれてはいるが、キュールが普及し、価格的にも手頃になったクリートでは所持していない方が珍しいらしく、切符用改札を使用しているのはほぼ地方の人であろう。
様々な技術、知識を駆使して新たなシステムを作り出し、それが実際に使われているのがこのクリートなのである。最初はあくまでも試験運用的な意味で、そこから実用性があるものは改良され、そのまま商品化され、生活に取り込まれていく。その繰り返しである。
「キュールか…」
明らかに周りと纏う空気が違う青年が切符用改札から出てくる。
キュールを使用しないことから、周りから地方出身者だ、といったような好奇の眼で見られるか、とも思ってたけど、地方出身者、というのは大して珍しいわけでもないらしく、ジロジロと見られるようなことも無かった。
「僕も落ち着いたら買おうかな。確実に便利だろうし…」
一週間後にハイスクール入学式を控えた僕はこれから四年間生活することになるであろうクリートの地へと足を踏み入れていた。
ハイスクールの学生寮への入寮は明日だけど、クリートの観光も兼ねて一足先に来てしまった。今日はどこか宿にでも泊まらなくては…。
…にしても、やっぱり人が多い。僕は思わずため息を漏らしながら、人の流れに乗って足を前に進める。
もともと人混みが苦手な…というよりも人と必要以上に関わりたくない僕にとってこの大都市という環境はやっぱり適していなかったみたいだ。
でも、あの場所で今までのようにずっと生活していくのは苦痛でしかなかった。多分、馴染み過ぎたのと同時に、罪悪感がいつまで経っても消えないから。いくら周りが覚えていなくても、僕の頭の中にはハッキリと残っていて、それを消してしまえばいいのに、そうすることで何かが壊れてしまうかもしれないことが怖くて、結局何もなかったように振る舞う、という選択肢しかなくて。
ソーマやシエルはもちろんだけど、一番は両親だ。何も知らない両親。気付かない両親。ねぇ…どうして笑っていられるの?そうしたのは僕自身であるはずなのに、まるで最初から何もなかったかのように生活している両親を見ているのは耐え難かった。
「はい、お兄さん、一つどう?うまいよ!」
突然の声に、ハッと意識が戻ってくる。目の前には、屋台から手を伸ばしたおじさんがいた。
クリート南部。
ここは、この大都市の中で一番生活感のある地域、らしい。ガイドブックにはそんな感じで書かれていたのだけど。生活感…というよりは、お祭り騒ぎのような賑やかさ…個人的には煩いと感じる空間だった。
二、三階立ての建物が立ち並び、その建物の前には屋台が多く並んでいた。そこにいる人々、そして建物から察するに、クリートの中でも一般的な人々…悪く言ってしまえば下級の人々が生活しているエリアなのだろう。
建物もさっき列車の中から見えた高層ビルなどの巨大かつ新しく整備されたものとは違い、レンガ造りだったり、それこそ僕のいたファントと変わらないような雰囲気のものもある。地面も舗装されたコンクリートのものではなく、昔からあり続けているかのような石畳で、時折地面の土が顔を出している部分が見受けられる。
最先端の技術の都市とも言われるこのクリートにはあまりにも雰囲気がかけ離れている、そんな気さえした。それこそ、個人的な偏見でしかないのだけど。
屋台では個人個人が自らの魔法などの技術を使って作った商品や、食べ物が売られていた。
「お兄さんお兄さん、見てってよ!この腕輪、彼女とお揃いにすればどっちかが死ぬまで外れないっていうラブラブカップルにピッタリな商品だよ!お兄さんハンサムだから彼女さんいるでしょ?ほら、この機会にぜひ!」
「彼女いないので大丈夫です」
やんわりと断り、屋台の前を通り過ぎていく。通りを過ぎていく人たちには、引っ切り無しに屋台などのお店から声がかかっている。
それにしても、なんて恐ろしい商品なんだろうか。どちらかが死ぬまで外れない腕輪…つまり別れても取れない腕輪なんか、一体誰が欲しいと思うのだろう…。
それからも声をかけられ、断りの繰り返しだった。
ただ観光で…というよりも下見で見に来ただけであるのにこれでは落ち着いて周りを見ることもできない。
南部ではなく、北部に行ってみるべきだったのだろうか。観光したかったから南部へ来たのだけど…。北部は学園都市のようになっていて、研究施設と学校施設でいっぱいらしいから、初日からそんな堅苦しいところに行く必要と思ってこっちを選んだというのに。
「ソーマにもらったガイドブックなんか当てにするんじゃなかったかな」
「ねー君。クリート来たの初めてでしょ?」
僕がポツリと独り言を漏らすのと同時。
背後から、声がかかった。