プロローグ
きっと、この世界に住んでいる人々の記憶には無いお話。
正確にいうならば、聞いたことはあるかもしれないが、事実としては認識されず、作り話と思われているお話。
何十年も何百年も何千年も昔のこと……、この世界は1度終わろうとしていた。
この世界に存在する武器という武器、魔法という魔法、全てを駆使してもなお、消滅させることのできない姿、形の特定できない、得体の知れないとてつもない大きさの何か。
そのとてつもない大きさの何かは、人々を殺し、喰い、ひたすら世界を壊し続けた。
敵うものなどあるはずがなく、誰もが世界の終わりを悟った。
その時―――
目を焼くような閃光が空を駆けた。
そして微かに鼓膜を揺らす歌声。いや、歌声とは違う……まるで吐息であるかのような静かな旋律。
その旋律に合わせ飛び出した人影は、そのとてつもない大きさの何かへと一直線に、まるで吸い込まれているかのように向かっていく。
そのままとてつもない大きさの何かへと斬りかかる人影。斬りかかると言っても、斬るための道具は手にしていない。なのに、見ている人は口を揃えてこう言うのだ。
確かに斬りかかっていた、と。
そしてそのとてつもない大きさの何かにわずかに触れた、その刹那―――
それは跡形もなくその場から消滅していた。
その消滅と共に、旋律を奏でていた人影も、斬りかかっていた人影も、世界から姿を消していた。
その人物のことを知る人はいなかった。その行方も分からなかった。全てが謎に包まれているその二人のことを、人々はこう呼んだ。
詠う者[ウィスパー]
斬る者[クリッパー]
と。
そして現在―――
そのお話は、まるでおとぎ話であるかのように、ふと思い出した時に人々によって語られるのであった。
それがこの世界で起きていた、実際の話であることを知るものはいない。
恐怖に怯えることも無く、今日も人々は穏やかな毎日を過ごしている。