狐塚伝説
今構想中の恋愛モノに出てくる伝説の元となる物語として考えました。
特に考えないで読んで頂けると嬉しいです。
では、どうぞ!
昔々、あるところに1匹の子狐がおりました。
子狐には父も母も兄姉もいましたが、生まれた時からある筈の狐の誉れでもある尻尾を、1本も持っていなかった為、いつも独りでした。
「寂しいよう、淋しいよう。
どうしておいらはひとりぼっちなの?」
子狐は泣きながら空に浮かぶ月に尋ねました。
しかし、答えはありません。
それから何年かたち、餌を探して川まで来ていた子狐は、うっかり足を踏み外し川底へ落ちてしまいます。
「怖いよう、苦しいよう、誰か…誰か助けてよう!」
子狐は叫びました。
しかし、いつも独りでいた子狐に、助けてくれるような仲間なんておりません。
「怖いよう、怖いよう、苦しいよう。」
その時です。
大きな水音と共に、流されるがままだった子狐の身体が川から引き揚げられてのです。
「コンコン…コンコン……。」
咽返る子狐の視線の先にいたのは、小さな可愛らしい1人の女の子でした。
「コンコン…お嬢さんが、助けてくれたのかい?」
子狐は尋ねます。
狐は古来からの掟により人と話すことを禁じられてきました。
しかし、生まれた時から独りだった子狐はソレを知るはずも無く、問われた少女は些か吃驚して「そう」とだけ答えました。
「ありがとう、お嬢さんは命の恩人です。
何か恩返しできればいいのですが…。」
しかし子狐にあるのは2本の前足と後ろ足、2つの瞳とピンと尖った耳に1つずつの鼻と口。
少女に渡せるようなモノは1つとしてありません。
「なら…ウチと友達になってくれん?」
「トモダチ?」
子狐は少女に尋ねます。
「トモダチとは、なんですか?」
「友達は、友達よ。
良いことも悪いことも、なーんでも話せる、お友達。
春になったら菜の花の冠を作ったり、夏になったら一緒に蛍を探して見たり。
秋になったら落ち葉を集めて、冬になったら雪合戦したりする…そんな、お友達。」
子狐は少女が言うトモダチがどういうものかイマイチよくわかりませんでしたが、トモダチになればもう独りぼっちではなくなる、ということだけはわかりました。
「はい、おいらをお嬢さんのトモダチにして下さい。」
それから子狐はずっと少女と共にありました。
春には菜の花を摘みに行き、夏には川のせせらぎを聞きながら蛍を見て、
秋には落ち葉を集めて笑いあい、冬には小さなかまくらを作って遊びました。
そうして子狐と少女が出会って1年が経とうとしていたある日、
とても悲しい顔をした少女が子狐を抱き上げどこかへ出掛けて行きました。
「お嬢さん、お嬢さん、どうしてそんなに悲しい顔をしてるんだい?」
心配になった子狐は少女に尋ねます、しかし、少女は何も答えません。
「お嬢さん、お嬢さん、一体ドコに向かっているだい?」
不安になった子狐はもう一度少女に尋ねますが、やっぱり少女は答えません。
そうして歩いて行くうちに、2人が出会った川のある山の麓に辿り着きました。
「おいき。
もう、さよならだよ。」
少女は悲しい顔をしたまま、子狐を下ろし告げました。
「さよなら?どうして?
おいら達、トモダチでしょう?
どうしてそんなことを言うんだい?」
子狐も悲しい顔になって少女尋ねましたが、少女は何も答えません。
「お嬢さん、お嬢さん、おいら達、良いことも悪いことも、なーんでも話せるトモダチでしょう?
一体何があったんだい?」
優しく、優しく問いかける子狐に、少女はとうとう大粒の涙を零しながら話し始めました。
ここ何年も冷害が続き満足に田畑から作物が採れていないこと。
飢えをしのぐ為、生きていく為、子供が何人も売られていること。
次の満月の夜の日に自分も売られてしまい、自分がいなくなった後子狐も食べられてしまうこと。
「ウチが売られるのは仕方ないんよ、ウチ、あの家の本当の子供じゃないから。
でもウチ、お前があの人たちに食べられるんだけは嫌なんよ。」
それだけ言うと、少女は脇目も振らず、一度も振り返る事無く走って行ってしまいました。
子狐は山には帰らず、ずっと考えました。
「どうしたら、お嬢さんを売らせずにすむんだろう。
どうしたら、お嬢さんを助けることができるだろう。」
さて、ここで話は変わりますが、少女の暮らす村の隣村には、少女と年の近い猟師の息子がおりました。
猟師の息子は村の祭りで出会った少女を好いていましたが、少女が売られてしまうことが決まるやいな、お互いの村の大人達によって会えなくされてしまいました。
「ああ、どうしよう。
もうすぐあの子が売られてしまう。」
猟師の息子は何も出来ない自分が歯痒く、売られてしまう少女を悲しんで
すっかり塞ぎ込んでしまいました。
その夜もそんな風に悲しんでいると、どこからか「御免下さい、御免下さい」という声が聞こえてきました。
「はてさて、こんな夜分になんの声だろう?
空耳だろうか?」
すると今度は小さく戸を叩きながら「御免下さい、御免下さい」という声が聞こえてきます。
「一体誰だい?こんな夜分に。」
猟師の息子は不信に思いながらも戸を開けました。
すると、そこにはあの子狐が三つ指で傅いているではありませんか。
「お前、あの子の…。」
「夜分遅くに申し訳ございません。
しかし、おいらにはもう坊ちゃん以外に頼れるお方はいないのです。
どうか、おいらの話を聞いて下さいませんか?」
猟師の息子は、何故子狐が話せるのか、どうしてこんなところに居るのかとても困惑しましたが、あまりにも必死に訴えてくる子狐に何かを感じ、子狐を家へと招き入れました。
「子狐や、一体どうしたんだ。
お前は確か、あの子に山に逃がされたんじゃなかったのか?
それに、なんで…。」
「はい、お嬢さんにこのまま村にいては村人に食われてしまうと言われ、山へ連れて行かれました。
その時、お嬢さんが売られてしまうことも聞きました。
おいらはお嬢さんがダイスキです、おいらのたった1人のトモダチです。
おいら、トモダチが売られてしまうのが嫌なんです、お嬢さんを助けたいんです!」
「ああ、俺もだよ。
でも、俺は子供だ、あの子を助けることなんで、到底できない…。
そんな俺のとこに、一体何用だい?」
「はい、坊ちゃんにおいらを殺して欲しいんです。」
子狐は必死に訴えました。
自分を殺し、流れ出る血をやせ細った田畑に撒けば豊作となり、骸は新月の夜に血を撒いた土地に埋め、3日3晩その上で火を焚き続ければ骸は小判となる。
そのお金で少女を助けることができると、何度も猟師の息子に訴えました。
「お前を殺せばあの子は悲しむ、それでもやるのかい?」
「…おいらにとって、自分が死ぬことよりも、お嬢さんが悲しむことよりも、お嬢さんが売られてしまうことのほうが怖いんです。
どうかお願いします、どうか、おいらを殺してください。」
猟師の息子は覚悟を決め、子狐を殺しました。
そして子狐の言った通り、血は田畑に撒き、骸を埋め3日3晩火を焚き続けました。
4日目の朝、骸を埋めた所を掘り出して出てきた小判を持ち、猟師の息子は少女の家へ赴き、小判と引き換えに少女を連れ帰りました。
「助けてくれてありがとう。
でも、どうやってあんな大金を用意したん?」
困惑する少女に、猟師の息子は泣きながら真実を語りました。
2人は子狐を思い、3日3晩泣き続けました。
その年からやせ細った田畑はまるで嘘のように豊作となり、飢えをしのぐ為子供を売る家も無くなってきた頃、可笑しな噂が村に流れ始めました。
夜な夜な山の麓の畑を人魂が舞い、可笑しな唄が聞こえてくるというのです。
『狐の掟を破りしは、尾っぽ無くした恥知らず。
ヒトゴに心奪われて、掟を破いて禁犯す。
尾っぽ持たずに生まれたあ奴に、寄る岸なければ寄せる岸あらず。』
それを聞いた少女は、夜がくるのも待たずに走り出しました。
少女は山の麓まで来ると、声の限りに子狐を呼びました。
しかし、少女の叫びも空しく、山に木霊するだけです。
それでも叫び、探し続ける少女の前に、一陣の風が吹きました。
「尾っぽ無くした恥知らずを探すのはお主か。」
振り返ると、そこには1匹の狐がおりました。
「あなたは…。」
「儂は空狐様にお使えし眷族の狐。
何用でアレを求める。」
少女は尋ねました。
何故とうの昔に亡くなった筈の子狐が現世を彷徨うのか。
狐は答えます。
「アレは掟を破りヒトゴと関わり、禁を犯し大地を変えた。
そのような罪人を寄せる岸辺がありようか。」
それだけ言うと、現れた時と同じく、一陣の風に吹かれて狐は消えてしまいました。
残ったのは膝をつき虚ろに山を見つめる少女のみです。
その後、少女と猟師の息子は人魂が出るという山の麓に小さな塚を建てました。
毎年豊作となる田畑を与えてくれた子狐に感謝して、少しでも寄る岸の無い子狐の拠り所となるように。
それから人魂と可笑しな唄を聴いた者は誰もいなくなったとさ。
『尾っぽ無くした恥知らず、心奪ったヒトゴによって寄る岸得られりゃ迷いはせん。
掟破いて与えし土地は、尾っぽ持たずに生まれたあ奴の庇護を得ん。
いずれヒトゴも彷徨い時は、共に寄らん、その岸辺に。』