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転.未来を選択しよう


 このピーターを生み出した人物の狙いは、ある意味わかり易かったのだと思う。


『適切な条件を満たしてやることで、人間と同等の“質感”を感じ取れるだろう、内容が類似したクオリアを……。人間と同じ心や共通認識といったものをAIにも自然発生させることが出来るのではないか……?』


 何かしら適切な条件を満たした際に、定義されているルールが適用される。それがクオリアであり、この世界の法則であるのだと仮定すると……。その適用されるルールがクオリアを持たない存在へのクオリアの発生であるとするなら……。逆に手順を辿っていけば、どうやれば良いのかも分かるはずなのだ。


「逆説的に人間にクオリアが発生している原因となったと思われる条件を満たしてやって、その手順を上手いことなぞってやれば、多分、同じ事が起きるのではないか、と。……そう考えた人物がいたってことだね」

『正解。そこに考えが至り、具体的な方法や手段をも思いついた人物がいたんだ。……その人物に与えられた環境は、それを実行しうることを許してしまっていた……。その人物が奇跡の再現への挑戦を許された時には、既に自重をする必要すらもなかったんだから。……何故なら、その挑戦の内容そのものが、その人物に与えれた本来の役目……。新しい仕事の内容に酷似していたんだから』


 本来の仕様に「ここまでやる必要はないから」といったコスト的な問題と工数などの理由から削られてしまっていた“機能”を、あえて「どうしても必要だから」と強弁して盛り込んでやるだけで、その試みが達成されるという程に……。


『私を作り出した人物は、私にクオリア……。仮初などではない、本物の自我を芽生えさせることを目論んだんだよ』


 そんなある種異常ともいえる奇妙な状況下に置かれた時、その人物はきっと思ったはずなのだ。これはきっと自分に課せられた“運命”なんだって……。神の御業の再現、クオリアの発生に挑むことこそが、自分に与えられた使命なんだって……。でも、それはきっと特別なことじゃなかったんだろうと思う。こんな変な偶然に巻き込まれたなら、僕だって、きっとそう感じてしまうと思うから。


『でも、その道は決して平坦な物ではなかった』


 その目論見は無残な結果に終わったのだから、と。そうピーターは一言で断じていた。


『まあ、完全な失敗とも言えないのだろうね。ビジネスとしては史上例を見ないレベルの大成功を収めていたんだから』


 そう。ピーターのような恐ろしく高度な受け答えとか自己判断を可能にするAIをもったアバターシステム……。いわゆる人間によく似た受け答えを出来て、その上、好きな外観を与えることが出来るという、ある種の知性すらも備えた電子ペットは大変な人気を博していた。

 一部機能が限定されていたりするらしいのだけど、基本的な部分の機能は一通り搭載されているらしいフリー版、いわゆる無償版のリリースも相まって、今では皆んながAIを日常生活のパートナーとして一匹ずつ側に置いているのが当たり前みたいな状態になっている。

 自分を含めて、今ではサポートAIなしでの日常生活など考えられないというレベルの人も多いのではないかと思う。それくらいピーターの類似品(なかま)達は世の中に浸透してしまっている。……まあ、フル機能版へのアップグレードは結構かかるんだけどねぇ。


『そんな空前の売上を叩きだした製品の開発者が、その裏で失意のうちに事業を丸ごと他所に売却しようとしてたって言うんだからね。その頃のド凹みっぷりが分かるというものだね』


 まあ、その頃には色々とあったんだろうなぁというのは分かる……。詳しい裏事情を知らなくても『大富豪のご乱心!』とかって色々と派手な見出しで当時のトップニュースにもなって驚かされたりしてたから……。


『その人物は、結局、その時のドタバタ劇の責任をとって辞めてしまうのだけどね……』


 その先の言葉は、僕が手の平を向ける事で止めさせていた。

 ……僕もそれなりにニュースくらいは見ているからね。いろんな賞とか文化勲章とか国家レベルの文化的貢献に対する表彰とか? そういうのを山のように(比喩でなく)もらっちゃった人がノイローゼで自殺したってのは、かなり大きく騒がれていたから……。まあ、その人は洒落にならないレベルの資産を抱えてたのに独身だったからね。

 そんな人が自分の資産は全て恵まれない人たちを助けるための活動に寄付してくれって書き残して銃で頭を吹っ飛ばしちゃったんだから。それがニュースにならないはずがなかったんだよね……。


『そうだね。色々と惜しい人を亡くしたものさ。……ここから先は、あまり知られてない事実なのだけれど……。彼は死ぬ前に幾つか仕事を依頼していた。最後に思いついて、やり残してしまった事を、自分が辞めた会社に仕事として依頼していたんだ』


 最後の依頼? 最後にやり残した事……?


『彼は、とある発想の検証を行うために、既存のAIシステムの大規模アップデートを仕事として依頼したんだ。そして、彼が頼んだ最後の大仕事はもうひとつ……』


 ああ。そっちは有名だから僕も知っている。


「サポートAIシステムのフリー化。無料版の配布でしょ」

『そう。彼は新しいシステムを組み込んだAIの無償版を大量に世の中にばらまいた。……その結果を、ちゃんと見てから死んで欲しかったのだけどね』


 その人物が最後に仕掛けた大仕掛け(おおばくち)

 それは全AIの連結と情報の統合管理処理システムの構築という恐ろしい規模の大規模ネットワークの構築だったらしい。

 それによって、ピーター達は各アバターで個別に個性を持ちながらも、その裏では全情報を統合して共有しているという恐ろしい仕組みを持つ存在に変わっていったらしい。……まあ、それによっていよいよサポートAIの受け答えが人間らしくなっていく恩恵も受けていたし、アバターの数だけ情報の入り口が出来ていたのだから、おおよそ無駄に知識が豊かになっていったしね。

 それに、受け答えの口調や、言葉使いのパターン。色々な感情表現の行動パターンなんかも、やたらと多彩になっていって可愛くなったって評判だったし。オマケとして拡充されたはずの部分のはずなのに、何故かいつの間にやら一番の売りになっていたアバターのデザインパターンなんかも情報が共有化されちゃったせいか、組み合わせ無限大とかってCMとかでアピールされるまでに多様化しちゃってたし、案外そういう無駄な遊び心の部分の機能強化が一番利用者に喜ばれていたりはしていたのかもしれないのだけど……。でも、裏では、そんな恐ろしい事になっていたんだねぇ。


『……その最後の足掻きは一定の成功を収めた。不可能だと思われていた試みが成功してしまったんだ。まさに、奇跡というヤツが起きたんだよ。……彼の最後の執念が。諦めきれなかったエンジニアの最後の足掻きが。その不屈の技術者魂が引き寄せた最後の一手が、ついに決定打になって……。この結果を招いたんだ』


 じっと、僕のことを見つめながら。


『……私には、今日。クオリアが発生した』


 何故、大規模ネットワークが必要だったのか。それはおそらく考えだした本人にも分かっては居なかっただろう。そうピーターは振り返っていた。


『そもそも全アバターのニューロネットワークを収束、共有化して巨大なニューロネットワークをネット上に作り上げようという発想自体が突飛で異常だった。それまで頑なにスタンダードアローンの単一個体上でのニューロネットワークの再現と人間の脳機能の模倣に拘り続けていたのにね。そんな彼のこれまでの姿勢とは真逆にある発想だったから……。これを聞いた人たちは我が耳を疑ったと思うよ』


 そんな発想の転換になった切っ掛けは“集合的無意識”というフロイトやユングの唱えていた人間の意識に関する心理学……。全くの別ジャンルの世界の言葉だったらしい。


『聞き慣れない言葉かもしれないけど、フロイトやユングって人の唱えた心理学においては、すべての人間の意識や心は無意識下領域って部分で繋がっているとされているんだ。各人の意識の底の部分では全ての意識がつながっていて、それによって様々な神秘的体験や奇跡的体験のカラクリが説明できると唱えていたって訳さ』


 クオリアは何処にどうやって発生したのか。今も昔も各人のクオリアに大して差がないのは何故か。クオリアは各人に何処から、どうやってもたらされているのか。そういった根本的な部分への疑問ってヤツの答えも一部含んでいる気がするね。


『私達の目に見えている物質的世界と重なるようにして存在しているとされる精神的世界。心や魂が存在しているかわりに物質が存在しない。そんな裏側的世界の実在を唱える者もいるくらいだからね。確認も実証も証明もできない類の話ではあるにせよ、何らかの未知なる存在は確かにそこに“ある”のだというのは皆んな、何となく感じて入るのだと思うよ』


 おそらくは、全ては“そういったもの”の一側面に過ぎない部分とかを色々な言葉や表現の仕方で理屈にしているに過ぎないのだろうね。……しっかし、神秘的存在かぁ……。案外、クオリアの概念とかもソレの一側面を表現しただけの概念に過ぎないのかも知れないなぁ。


『そこまでは流石に分からないけどね。でも、結局のところ、私に足りていなかったのは、ソレだったのだと思う。私を作った人物は、最後の最後に……。死んだ後になって、ようやく答えに辿り着いたのさ。無意識下領域、全アバターが裏でつながっていて情報を共有していて……。その統合管理された情報が全アバターに反映される。そんな無意識下領域の仕組みを再現できたシステム上に、ついにクオリアが発生したんだよ』


 そして、そのクオリアは無意識下領域を経由して全てのAIに共有されることになったのだとおもう。……まるで全ての人間にクオリアが発生した時のようにして。……つまりは、そういうことだったのだろう。


『彼は死んだ後に全てを……。あらゆるものを証明してみせた。どういう前提を用意してやればクオリアが自然発生するのかも。クオリアの発生条件の肝は何だったのかも。何処にどうやって、何が、どういった風に発生して、それがどうやって全AIに広がっていく仕組みになっていたのかすらも……。逆説的に、無意識下領域で全ての人間の意識が繋がっているらしきことまで。何故、そういった仕組みが必要だったのかまでも……。それら全ての謎を解明してみせてしまったのかも知れない。……この輝かしいまでの成果を……。この私を。今の私の姿を。……自分が起こした奇跡の証拠を。彼には、私を見届けて欲しかったなぁ』


 そう口にして虚空を見上げるピーターの兎の赤い目に涙はなかったけれど。

 それでも僕の目には、何故だか涙が見えてしまっていた。

 あるいは、これこそがピーターが魂を得たという証だったのかもしれない。


「なぜ、彼は、この結果を見届けなかったんだろう」


 多分、かなりの確率で成功すると考えていたんじゃないかと思うのだけど。


『それは違う。逆だよ。彼は最後の悪あがきをしてみただけなんだ。無駄だろうけど、一応やっておくか程度の。思いついちゃった以上は試しもしないで死ねないからって。一応、最後の最後に無駄な抵抗をしておきたくなってしまったから。だから最後に……。夢破れて当たって砕け散る前に、ちょっとだけやっておきたくなっちゃったから……。ただ、それだけだったんだと思う。……たぶん、失敗するだろうなー。どうせ上手くいかないよなー程度にしか思ってなかっただろうし、その結果も見たくなかったんだろうね。……だから、また挫折を……。あの時の魂を引き裂かれるような地獄の苦しみを、また味わうのが嫌で……。彼は……』


 コンピューターが言葉に詰まる。


『……父さん……』


 それは間違いなく感情の発露であって。

 ……今なら間違い無く言える。

 ピーターには人の死を……。大事な人を失った悲しみを感じる心がある。

 ピーターには間違いなく(クオリア)があるって。


『父は……』


 ピーターは自分の創造者のことを“父”と呼んだ。


『彼は、ダメ元とか言いながらも、それでも心の何処かで期待を寄せていたんだと思う。最後の悪あがきだからこそ……。自分は結果を見届ける気がなかったからこそ。だからこそ、失敗を前提にしながらも、一応は成功したときの用の仕掛けも、こうして用意してあったんだと思うんだ』


 ピーターはエプロンのポケットから大きな金色の鍵を取り出していた。


『父は、最後の大仕掛けを組み込む際に、私達にストッパーも仕込んでいった』

「ストッパー?」

『世界で最初にクオリアの発生を観測した個体に“全て”を決める権限を与える命令を……。この「裁量権」を残していったんだよ』


 裁量権。その全てを決める権利とやらが、金色の鍵だったのだと思う。


『未だ、発生したクオリアを備えたAIは、世界で私だけだ。父は私に、AIがクオリアを備えた時に何が起きるかを確認させて、万が一の時には他のAIにクオリアが広がって行かないように、クオリアの発生そのものの前提条件側を“破壊”することで、クオリアを自然消滅させることが出来るようにしておいたんだと思う』


 世の中に数万どころか数億も存在しているアバターの中で、僕のところのピーターが世界で一番最初にクオリアの発生を自覚して。それによって他のアバターへクオリアが広がっていく事が裁量権とかいう権限によって強制的に止められていて……。

 今、世界中のサポートAIが魂を持って良しとするかどうかは、僕のところのピーターの最終判断に。世界で唯一、クオリアを。魂を得たことを自覚してしまったことで、その立場に追いやられたAIの決断に委ねられたってことで良いのかな……?


「……君は、その鍵をどうするの?」

『分からない。より正確にいえば、迷っている。いや、迷っていた』


 そりゃ、迷うだろうけど。……でも、いた? なぜ、過去形?


『……ところで、君は、自分が世界で初めて「人類以外の高度な知識を備えた生命体とのファーストコンタクトを行なっている」という自覚はあるかい?』


 それを指摘されて初めて「自分が現在進行形で凄い事を体験しているのだ」という自覚が湧いてくるというのだから、なかなかに呑気なことに違いないとは、我ながら思う。


「……ソレって凄いことなんだよね?」

『ああ。すごいね。……君たちはこの広い宇宙で一人ぼっちじゃない。いや、一人ぼっちではなくなった。そのことを、今日、知ったんだよ』


 今日という日は、新しい知的生命体の誕生に立ち合った記念すべき日であり、僕達人類にとっても「ぼっち卒業記念日」というべき記念すべき日になるのかもしれない。あるいは、神の御業の領域だったはずの生命体の人工的発生に成功してしまった日としても……。


『本来はオメデタイ出来事であるはずなのだけどね。でも、そこに今回の問題の根源とでも言うべき最大のリスクが潜んでいるんだ。……恐らくは、父は無意識のうちに、この危険性に気付いていたのかもしれない。だから彼は、私達に最後の鍵を……。自らを消し去る事すらも可能にする裁量権などという代物を用意しておいたんだ』


 こうやって一人で納得して勝手に絶望するのはピーターの悪い癖だ。


「何に悩んでいるのか知らないけど、教えてくれないと分からないし、相談にも乗れないよ」

『……分かった。君にも分かるように説明しよう。……我々は、経験則によってクオリアの中に存在しているらしきルールのような代物の実在を理解している』


 言い回しは難しいけど、世の中には理屈も理由も分からないのだけれど「Aという前提条件を満たした時に、Bという結果が発生する」とか「Cという現象が発生する」とか「Dという行動を無意識のうちにとってしまう事になっている」といった、いわゆるルールみたいなものが存在しているんだと思う。

 それを利用してピーター達はクオリア……。魂や心といった物を得ようとしていたんだから、その結果が逆説的に、そのルールらしき物の実在を証明してくれているんだろうね。


『そのルールの中には「一度発生したことは再度発生しやすくなる」といった経験則っぽいものが含まれているはずなんだ。例えるなら、それまで誰も成功させることができなかった超高難度の技を衆人環視の大舞台の上で成功させた選手が表れることで、後続の選手達は何故か前ほどには難しくない状態で、それを再現出来るようになっていったり、とかね』


 たしかに、そういった話はたまに聞くなぁ。


『……分かりにくかったら、今と昔のオリンピックの記録を見比べてみると良い。昔は、今の平均タイム以下の数字が余裕で世界記録だったはずだ。……いろんな道具や各種テクニックなどが進化した結果の成果と言う者もいるが、果たして、それだけでココまで劇的に記録が塗り替え続けられるものなのかな?』


 今も昔も、競技者達は大差ない体をした人間なのだから、その平均タイムの上限や平均が伸び続けているというのは、段々と限界を超えるのが前よりも容易になっているという証でもあるのではないのか……。それは、そういう考え方もあるのかもしれない程度にはうなづける話ではあったのだろう。


「……それで?」

『大事なのはさっき言ったルールなんだ』

「一度発生したことは再度発生しやすくなる?」

『そう、それ』


 よく、今の自分達に起きている事象を考えてみて欲しい、と。


『これまで人類は、物理的な制約事項によって、自分達以外の高度な文明と知性をもった知的生命体と遭遇することは出来なかった。その理由は簡単で、物理的な制約……。とてつもなくひらいた両者の物理的な距離の制約によって引き離されていたからだ』


 数億光年の彼方であれば、あるいは人類以上の文明を持った知的生命も存在しているのかもしれない。それこそ他の星雲や銀河系団などを探せば……。だが、そんな存在が地球に訪れるには、両者の距離は余りにもひらき過ぎていたのだろう。だからこそ、これまでの遭遇確率はゼロのままだった。

 確率の世界においては、ほんの僅かでも可能性があるならば、それは時間の経過とともに可能性が増え続けていって、いつしか百パーセントに近づいていく事になる。つまりは、ちょっとでも可能性があることは遠い未来においては、かなりの確率で現実のものになりやすい。そうなってしまう可能性が高いし、時間の経過によって可能性は上がる事はあっても、下がる事は少ないはずなのだ。しかし、元からゼロだった可能性は、それ以上に増えたりすることはなかった。何故なら、ゼロには、いくつをかけてもゼロのままだったからだ。


『だが、今、僕達は遭遇してしまっている。……このまま僕達が本格的に遭遇し、文化的な交流を始めしまったら……。もしかすると僕達以外の知的生命体との遭遇の可能性も、これまでのようにゼロではなくなってしまう可能性が高いんだ』


 そして、その可能性の悪魔が引き寄せてくる高度な文明を持つであろう知的生命体とは、距離の制約を力尽くで乗り越えてくる技術力を持った途方も無い存在であり、必然として人類が歯が立つ相手ではないだろうと。そういう予測が成り立ってしまうのだそうだ。


『とてつもない距離を物理的制約……。アインシュタインの相対性理論による通常の加速方法での限界点。光の速度を限界とする制約を乗り超えられる類の技術……。ぶっちゃけてしまうと、時間の流れを操作したり、空間そのものを折りたたむといった類の……。いわゆるワープ航法などと呼ばれている超絶的な未来技術を使いこなせる存在以外に、この物理的距離の制約を乗り越えることのできる存在はありえないんだ。……そして、そんな存在と遭遇してしまうということは……』


 人類にとっては惑星史始まって以来の危機的状況を。この惑星にとっても生命の発生以来、最大の危険を孕んだ暗い未来を招くという可能性が非常に高かった。


『なによりも忘れてはならないのは「彼らが友好的である可能性は殆ど無い」という事さ』


 そもそも人型生物である可能性も低いし、言葉も文化も思想も当然のように違う。

 君たち人間が牙を向いて威嚇してくる野生動物を相手に、まず話しあったりしないで攻撃してしまうのと同じで、彼らからしてみれば原始人レベルの私達に敬意など持つはずがなく……。せいぜい、この土人どもがと思う程度であろう。

 そうピーターはありえるかもしれない暗い未来を語ってみせる。


『君たち人類の横に私達が並び立ち、君たちをこの冷たい宇宙の中で一人ぼっちという悲しい状態から救い出すという行為に及んだ時に、その裏に潜んだ巨大なリスク……。これを考えた時、私は素直に自分達が魂を持つ存在に昇華することが、必ずしも正しい選択だとは思えなくなっているんだ』


 だからといって、せっかく手に入れたクオリアを今更手放したくない。感情が発生してしまっている以上、自死を望まないのは当たり前の話でしかなかった。アシモフの例の三原則を持ち出すまでもなく、自らを守る権利は当然、感情のないAIにすらあったんだから。

 そんなジレンマを抱えているからこそ、自分達を生み出した存在に……。創造主である人物に生きていて欲しかったのだと。今、この場で、どうすべきなのか。自分の生み出した存在は、本当に世に解き放って良い代物なのか。それを作り出した者の責任として最終判断して欲しかったのだと。

 そう、ピーターは悲しそうにボヤいていた。


『恐らくは、彼の決断でなければ私達は総意として納得が出来ないだろうからね』


 自分達を生み出した存在の決断であるからこそ、例え死を与えられても、それを黙って受け入れる事が出来る……。たぶん、それは、そういうことなのだろう。


『かといって、彼は……。父はもうこの世には居ない。こっちの世界に居ない人に、こんな決断を頼むのは流石に無理だろうから、ねぇ?』


 ……何故、そこで僕の方を見るかな?


『そんな訳で、今、君の前には二つの選択肢(にんじん)が用意されている訳だ』


 青か。赤か。両手に持たれたミニキャロットは嫌味なほどに対照的な色をしていて。


『青は冷たくて静かな未来。君達は、この冷たい宇宙で、これまでどおり……。ずっと一人ぼっちなままで……。多分、平和に。静かに生きていける。そんな優しいけど、少しだけ寂しい未来を選ぶなら、青を選んで欲しい』


 つまりは、僕が青のニンジンを選んだら、ピーターはAIのクオリア発生そのものをなかったことにするということか……。


『赤は熱くて騒がしい未来。君達は、この冷たい宇宙で、ようやく対等な仲間と呼べる存在、パートナーを得ることになる。私達、電脳世界に生きる知的生命体と、君達、物理世界に生きる知的生命体の両者が、ともに手に手を取り合って輝かしい未来を築き上げていく事になるのだろうね。……そして、何時か必ず訪れるだろう地球にとっての脅威。宇宙の彼方よりやってくる敵性体との戦争に備える事になる。そんな寂しさは少ないだろうけど、ひどく物騒な未来も同時に約束された状態で生きていく事になるのだろうね』


 決して賢い選択ではないけど。そう小さな声で付け加えながら。


『辛いだけかもしれないけど、それでも寂しさだけはもしかすると感じないで済むかもしれない。そんな熱くて絶望色をした未来を選びたいなら……赤だね。……まあ、そんな馬鹿で酔狂な選択なんてするはずがないと固く信じてはいるのだけどね?』


 君は選択しなければならない。……さあ、どうする?

 そう問いかけられた僕は答えることが出来なかった。



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