空
『これは餞別だ・・お前の還る世界には必要だろう・・・』
脳裏にあの時の声が響く・・・。
一瞬、手の甲が熱くなり、さっき聞こえた声とは違う別の声が聞こえたと思うと手の甲が黒い光を放つ。
『きゅ?』
「・・・・・」
光と共に現れたのは、黒くて丸い・・・。
「まっくろ○○すけ?」
いや違うだろっと周りの突っ込みは置いといて・・。
それは黒いまりもの様な姿で、大きな目が二つ。ふわふわと宙に浮いている。
『きゅ!』
もう一度それが声を出すと、口から黒い光の玉が出て、すごい早さで獣へ当ると一瞬で蒸発したかのように消えてしまった。
「「な!?」」
春には獣からのかすり傷程度の怪我だけで済んだが・・。
『きゅ~』
何事も無かったかの様に、嬉しそうに俺の頭の上に乗る黒い物体を皆見つめる。手で追い払ってみるものの戻ってくるし、さっきの術はすごいが・・取り敢えず自分たちに害は無さそうな感じだ。
「一先ず、ここを離れるぞ」
「はっ!」
わけもわからない状況だがここにいるとまた牢屋行きだ・・俺と春は立ち上がりフード姿の者達についてその場を離れることにした。
それからまた地下道をどれ位移動したか、今は使われていない地下鉄の中に入っていくといくつもの大きな穴が開いている。
「おい、よそ見していると迷うぞ」
真っ暗な穴の中で道しるべとなるのは、数本手に持っているタイマツの光だけ。
穴は思っていたより複雑で迷路の様だ。
「異常ないか?」
「はい・・こいつらは・・・」
「・・・さあな」
銃を持った門番達の間を通り抜けると鉄のボロイ扉が見える。扉の向こうは、地下の街っと言った感じの小さな扉がいくつかあり、人もの姿も見える。
「では自分達は持ち場に戻ります」
「あぁ、助かったよ・・追っ手がいないか確認も任せる」
「はっ」
フード姿と自分たちを残し先程まで一緒にいた人たちは各々の場所へ散っていく。
「・・・お前達はこっちだ」
フード姿の人物に言われ、俺と春は後を付いていくが周りの視線はどこか冷たい。でもひとつ嬉しかったのは武器を持ってない人もいたこと。些細なことだが、久しぶりにほっとする。
「楽にしてくれ」
一室に通された俺達はその場に腰を下ろす。
「さて、お前達は何処から来た?何故あいつらに捕まっていた?」
「僕は、以前は神徒にいました・・・今は何処にも属していません・・姉を探してて」
春はおどおどしながらも説明をすると、椅子に座ったフード姿の人物は俺に視線を向ける。
「俺はついこの間目覚めて、たまたま知り合いに助けられたんだがはぐれてしまって」
「この間?」
「確か1週間前くらいに気が付いて、そしたら街がめちゃくちゃ壊れてて・・」
今までにも何度か話した内容だが、嘘を言うつもりもないし、ただ俺自身の事も、世界の事も今は多くの情報が欲しい・・・。
「そう・・けどそんな例は聞いた事がない」
坦々と話を聞いてきた男が俺に銃を向けると、フード姿の人物が銃口に手を当てる。
「庇うのか?」
「嘘を言っているようには思えない、それに・・」
「まぁいい、見張りは付けさせてもらう・・っが、あとはお前に任せる」
そう言うと男は立ち去って行った。
「悪いがお前たちを信用したわけじゃない、少しでも怪しい行動をすれば命はないと思え」
そう厳しい口調で話、おもむろに頭のフードをとると現われたのは自分と同じ位の女だった。
「私は橘ありす(たちばなありあす)、お前達の名前は?」
「僕は松野春です」
「俺は、神無・・陽」
「春に陽か、私の事は好きに呼んでくれていい」
橘ありすは、カールした金髪の髪を2つに結んでいる。意志の強そうな目が印象的だ。
「あの、あなたは?それにここは・・」
「ここは中立派」
「えっと中立派は、神徒や鬼乱じゃないグループで・・・少数グループに分かれていて、個々に行動してるんです」
「じゃぁここの人は何処にも属さないってやつか」
「実際はその2つの勢力に反発したり、はみ出てる者の集まりみたいなものですけど」
こそっと教えてくれた春の言葉に橘が答える。
「まぁあながち間違ってはないけど、あまり聞こえるような場所で言う話じゃないな・・・それにしてもその霊獣は見たこと無い姿だ」
2人の目線は、俺の制服の胸のポケットで眠っている黒い物体に集中する。
『きゅ?』
黒い物体はそれを感じてか、ふわふわと浮きながらポケットから出て俺の頭の上に座る。
「これって霊獣なんですかね?」
「さぁこんなもの私もみたことないが、さっきの力を見る限り霊獣に近いんじゃないかと思う」
『きゅ?』
「神無さん、名前どうします?」
「名前?」
「霊獣は主人を選ぶ、選ばれた人間が名を付けることで契約したことになるんです」
契約した霊獣は主人の命に服従、もちろん得体の知れない生物だけに例外も中にはいるらしいが・・。
「名前か、お前なんて名前がいい?」
『きゅー?』
「っと言っても喋れないか・・」
悩んでいる俺に、春が提案する。
「来由ってどうですか?」
「来由?」
「はい、事のはじまりって言う意味です」
「そうだなーお前来由でいいか?」
『きゅ』
「気に入ったみたいだな、それじゃお前の名はこれから来由な」
『きゅー』
来由って名前、ぴったりだと思った・・今のこの状況に・・・。
俺は眠りについた春を横に、無機質な鉄骨の天井を見つめながら考えていた。
中立派と言っても、まだ得体の知れない連中だ。鬼乱なんかより人間らしいけどどこか・・・何かに怯えてる・・・そんな印象を持つ人達。
いつかどれかのグループを選ばなくてはならないのだろうか・・。
貴一もはぐれたままだし・・。
貴一がいるって事は、世良もこっちに来てるのか?
そんな尽きる事のない事を考えながら、俺は眠りに付いた。
「世良」
学校の屋上は通常立ち入り禁止になっていて、外からしか開かない鍵のため教師と生徒会長しか鍵を持っていないのだが・・俺達パソコン部は貴一が何かの見返りに会長に貰ったっと言ってココの鍵を持っていた。
まぁ見返りっと言っても、脅しに似たようなものだと思うけど・・・。
それで俺達部員は合鍵を作って自由に出入りできるようになっていた。
っと言っても、ココに来るのは主に俺と世良、時に林田が授業をさぼって昼寝しにくる程度。
「・・陽」
特に世良はココの常連、見当たらないなっと思えば大抵学校に来ている時はココにいる。
「またこんな所にいたのか?昼飯は?」
屋上の柵にもたれ、空や街を見ていた世良は、俺の言葉に振り向く。
「食べてなーい」
「っと思った、ほれ、これやる」
「やった~ありがと」
軽く投げたパンとジュースを受け取る世良。
「最近顔色悪くないか?ちゃんと食えよ」
「えー心配してくれるの?あの神無陽が!?」
「あのって何だ、あのって」
「知らないの?陽はいっつも無愛想って言われてるよ」
「はぁ?」
「まぁよく言えば~クールってやつ?あはは」
「はいはい、無愛想で悪かったな」
「悪く無いよ~世良にはこんなに優しいし?・・・ぷっ!」
「お前な、自分で言って笑うなよ」
世良はしばらく楽しそうに笑ってから、俺の横に三角座りをして下を向いたまま呟く。
「・・・ほんとの陽は優しいのに、皆無愛想なんて解ってないね~」
口調はさっきと同じだが、うつむいた横顔の表情は違ってて・・。
「別に解ってくれる奴が解っててくれたらそれでいいじゃん」
「あはは、そだね・・陽らしい」
世良はいつも派手な格好をしている、喋り方や行動もいつも元気そうだけど、ココ(屋上)で見る世良はどこか違う。
そういえば俺が世良と初めて喋ったのもここだったなっとぼんやり思い出す。
「ねっ・・あのね」
「ん?」
「もしさ、翼があったらさ何処行ってみたい?」
「翼なぁーまぁ飛び回ってはみたいな」
唐突な質問だけど、俺は思い浮かんだまま言葉にする。
「私は誰も知らない、まだぜーんぜん知られてない場所に行ってみたい」
「知られてない所かーいいかもな」
「でしょ!」
世良は俺の答えに嬉しそうに頷き、仰向けになって空を見上げる。流れる雲を指先でなぞったり。
「陽、ありがと・・」
人間関係が苦手だと前に言っていた世良、最近は少しパソコン部に溶け込んできたと思う・・だけどふっとした時に気づくと姿はない。いつも何処かへ行きたいて言ってた世良・・・今は何処にいるんだろう。
お前もここにいるのか?
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