幼なじみの騎士に「あなたとは結婚しません」と言ったら、毎朝一輪ずつ花が届くようになりました
幼なじみ同士の、ちょっと不器用な求婚のお話です。
「アメリア。俺と、結婚してくれ」
春祭りの夜、広場の噴水の前で、コンラートが片膝をついた。
まわりにいた町の人たちが、いっせいにこちらを見た。花売りのおばさんが、口に手を当てた。パン屋の息子が、ひゅう、と口笛を吹いた。
アメリアは、目の前の幼なじみを見下ろした。
騎士団の制服。少し曲がった襟。緊張で、こめかみに汗が光っている。差し出された手には、なにも持っていなかった。指輪も、花も。
「コンラート」
「……ああ」
「あなたとは、結婚しません」
広場が、しんとした。
コンラートは、片膝をついたまま、固まった。花売りのおばさんが、手を口から目に移した。パン屋の息子が、口笛の形のまま止まった。
「……理由を、聞いてもいいか」
「あなた、昨日、騎士団長さまに言われたでしょう。『そろそろ身を固めろ』って」
コンラートの肩が、びくりと揺れた。
「それで、いちばん手近な幼なじみに声をかけた。……ちがう?」
「ちがわ……ない、わけでは」
「ほら」
アメリアは、くるりと背を向けた。
「わたし、『手近だから』で結婚するのは嫌なの。おやすみ、コンラート」
◇
次の朝。
アメリアが薬屋の店を開けようと扉を開けると、足もとに、何かが置いてあった。
花だった。
白い、小さな野の花が、一輪だけ。茎を、細い麻ひもでくくってある。
カードも、名前もない。
(……誰?)
アメリアは、しばらく花を見ていた。それから、肩をすくめて、店のカウンターの小瓶にさした。
その次の朝も、花は置いてあった。
今度は、黄色い花だった。
その次の朝は、薄紫。その次は、うす桃色。
毎朝、一輪ずつ。毎朝、ちがう花。
十日目の朝、アメリアは、店の前にしゃがみこんで、花をじっと見た。茎の切り口が、まだみずみずしい。夜明け前に摘んだばかりの花だった。
それから、麻ひもの結び目を見た。
きゅっと固い、二重の結び目。騎士団で、馬具をくくるときの結び方だった。
(……やっぱり)
◇
「コンラート」
昼すぎ、騎士団の詰め所の前で、アメリアは幼なじみをつかまえた。
コンラートは、馬の手入れをしていた。アメリアの顔を見るなり、ブラシを持つ手が止まった。
「毎朝の花。あなたでしょう」
「……なんのことだ」
「結び目が、馬具の結び方だった」
コンラートは、ブラシを持ったまま空を見上げて、ふう、と息を吐いた。それから、ブラシを置いた。
「……ばれたか」
「ばれるわよ。十日も続けたら」
「本当は、百日続けるつもりだった」
「百日」
「おまえ、子どものころ言っただろう」
コンラートは、馬の首をなでながら、ぼそりと言った。
「『百日ぶんの花をくれる人と結婚する』って。……物語の本で読んだとかで」
アメリアは、口を開けた。
覚えていなかった。けれど、言われてみれば、言ったような気がした。七つか八つのころ。町の図書室で借りた、騎士と姫の絵本。百日のあいだ、毎朝姫に花を届けた騎士の話。
「……そんな昔のこと」
「俺は、覚えてた」
コンラートは、まっすぐアメリアを見た。
「団長に言われたのは、本当だ。でも、言われる前から、ずっと考えてた。……手近だからじゃない。おまえだから、声をかけたんだ」
アメリアは、何も言えなかった。
「春祭りの夜は、順番をまちがえた。花も、言葉も、足りなかった。だから、百日やりなおす」
「……あと九十日も?」
「ああ」
「毎朝、夜明け前に起きて?」
「騎士は、早起きは得意だ」
アメリアは、くるりと背を向けた。
春祭りの夜と同じように。でも、今度は、顔が熱くて、ふり向けなかったからだった。
「……勝手にすれば」
◇
それから、花は毎朝届いた。
雨の日も、風の日も。騎士団の遠征で三日留守にしたときは、出発の朝に、三輪まとめて置いてあった。茎に、小さな紙がむすんであった。
――三日ぶん。数えまちがえるなよ。
「数えまちがえないわよ」
アメリアは、ひとりで店のカウンターに向かって言った。
カウンターの上の瓶は、いつのまにか五つに増えていた。薬屋の店先が、まるで花屋のようになっていた。
「アメリアちゃん、最近、店がいい匂いだねえ」
常連のおばあさんが、にこにこしながら言った。
「誰かさんの花かい」
「……さあ」
「春祭りの夜のこと、町じゅうが知ってるよ」
アメリアは、薬包をつつむ手を止めて、ため息をついた。
知っている。町の人たちが、毎朝こっそり、店の前の花をのぞきに来ていることも。パン屋の息子が、「今日で何日目」と勝手に数えて、店の窓に貼り紙をしていることも。
――五十二日目。
◇
百日目の朝、花は届かなかった。
アメリアは、夜明け前から、店の窓ぎわに座っていた。眠れなかったのだ。空が白くなっても、扉の前には何も置かれなかった。
昼になっても。夕方になっても。
(……あきた、のかな)
カウンターの五つの瓶には、九十九輪の花が、少しずつしおれながら並んでいた。
夕方、店を閉めようとしたとき、パン屋の息子が駆けこんできた。
「アメリアさん! コンラートさん、北の街道で、荷馬車の事故があって、けが人を運んでたって! さっき戻ってきた!」
アメリアは、エプロンを外すのも忘れて、店を飛び出した。
◇
騎士団の詰め所の前で、コンラートは、泥だらけの制服のまま、井戸の水をかぶっていた。
「コンラート!」
ふり向いたコンラートは、アメリアを見て、ばつの悪そうな顔をした。
「……すまない。今日のぶん、摘めなかった」
「そんなこと、どうでもいい! けがは!」
「ない。運んだだけだ。……でも、最後の一日で、抜けた」
コンラートは、濡れた髪をかきあげた。
「やりなおしだな。明日から、また一日目を――」
「しなくていい」
アメリアは、コンラートの胸ぐらを、ぎゅっとつかんだ。泥で、手がよごれた。
「九十九輪、ちゃんと数えてた。今日のぶんがなくても、もう、十分よ」
「……アメリア」
「それに」
アメリアは、エプロンのポケットから、何かを取り出した。
白い、小さな野の花だった。夕方、店を飛び出す前に、店先の植木鉢から、思わず摘んできたものだった。
アメリアは、それを、コンラートの泥だらけの胸のポケットにさした。
「百日目は、わたしから。……これで、百輪」
コンラートは、胸の花を見下ろした。泥だらけの指で、そっと花びらにふれた。
そして、春祭りの夜と同じように、片膝をついた。今度は、泥だらけの地面の上に。
「アメリア。俺と、結婚してくれ」
まわりで、いつのまにか集まっていた騎士たちが、息をのんだ。パン屋の息子が、今度こそ口笛を吹いた。
アメリアは、幼なじみを見下ろした。
泥だらけの制服。曲がった襟。胸のポケットに、白い花が一輪。
「……はい」
小さな声だった。
でも、町じゅうに届くくらい、はっきりした声だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
一度目の求婚で順番をまちがえた騎士が、百日ぶんの花でやりなおそうとするお話でした。百日目に届かなかった一輪を、最後に渡したのは誰だったのか。幼なじみ同士の、遠回りの百日です。
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