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幼なじみの騎士に「あなたとは結婚しません」と言ったら、毎朝一輪ずつ花が届くようになりました

作者: 夜華カナタ
掲載日:2026/11/05

幼なじみ同士の、ちょっと不器用な求婚のお話です。

「アメリア。俺と、結婚してくれ」


 春祭りの夜、広場の噴水の前で、コンラートが片膝をついた。


 まわりにいた町の人たちが、いっせいにこちらを見た。花売りのおばさんが、口に手を当てた。パン屋の息子が、ひゅう、と口笛を吹いた。


 アメリアは、目の前の幼なじみを見下ろした。


 騎士団の制服。少し曲がった襟。緊張で、こめかみに汗が光っている。差し出された手には、なにも持っていなかった。指輪も、花も。


「コンラート」


「……ああ」


「あなたとは、結婚しません」


 広場が、しんとした。


 コンラートは、片膝をついたまま、固まった。花売りのおばさんが、手を口から目に移した。パン屋の息子が、口笛の形のまま止まった。


「……理由を、聞いてもいいか」


「あなた、昨日、騎士団長さまに言われたでしょう。『そろそろ身を固めろ』って」


 コンラートの肩が、びくりと揺れた。


「それで、いちばん手近な幼なじみに声をかけた。……ちがう?」


「ちがわ……ない、わけでは」


「ほら」


 アメリアは、くるりと背を向けた。


「わたし、『手近だから』で結婚するのは嫌なの。おやすみ、コンラート」


               ◇


 次の朝。


 アメリアが薬屋の店を開けようと扉を開けると、足もとに、何かが置いてあった。


 花だった。


 白い、小さな野の花が、一輪だけ。茎を、細い麻ひもでくくってある。


 カードも、名前もない。


(……誰?)


 アメリアは、しばらく花を見ていた。それから、肩をすくめて、店のカウンターの小瓶にさした。


 その次の朝も、花は置いてあった。


 今度は、黄色い花だった。


 その次の朝は、薄紫。その次は、うす桃色。


 毎朝、一輪ずつ。毎朝、ちがう花。


 十日目の朝、アメリアは、店の前にしゃがみこんで、花をじっと見た。茎の切り口が、まだみずみずしい。夜明け前に摘んだばかりの花だった。


 それから、麻ひもの結び目を見た。


 きゅっと固い、二重の結び目。騎士団で、馬具をくくるときの結び方だった。


(……やっぱり)


               ◇


「コンラート」


 昼すぎ、騎士団の詰め所の前で、アメリアは幼なじみをつかまえた。


 コンラートは、馬の手入れをしていた。アメリアの顔を見るなり、ブラシを持つ手が止まった。


「毎朝の花。あなたでしょう」


「……なんのことだ」


「結び目が、馬具の結び方だった」


 コンラートは、ブラシを持ったまま空を見上げて、ふう、と息を吐いた。それから、ブラシを置いた。


「……ばれたか」


「ばれるわよ。十日も続けたら」


「本当は、百日続けるつもりだった」


「百日」


「おまえ、子どものころ言っただろう」


 コンラートは、馬の首をなでながら、ぼそりと言った。


「『百日ぶんの花をくれる人と結婚する』って。……物語の本で読んだとかで」


 アメリアは、口を開けた。


 覚えていなかった。けれど、言われてみれば、言ったような気がした。七つか八つのころ。町の図書室で借りた、騎士と姫の絵本。百日のあいだ、毎朝姫に花を届けた騎士の話。


「……そんな昔のこと」


「俺は、覚えてた」


 コンラートは、まっすぐアメリアを見た。


「団長に言われたのは、本当だ。でも、言われる前から、ずっと考えてた。……手近だからじゃない。おまえだから、声をかけたんだ」


 アメリアは、何も言えなかった。


「春祭りの夜は、順番をまちがえた。花も、言葉も、足りなかった。だから、百日やりなおす」


「……あと九十日も?」


「ああ」


「毎朝、夜明け前に起きて?」


「騎士は、早起きは得意だ」


 アメリアは、くるりと背を向けた。


 春祭りの夜と同じように。でも、今度は、顔が熱くて、ふり向けなかったからだった。


「……勝手にすれば」


               ◇


 それから、花は毎朝届いた。


 雨の日も、風の日も。騎士団の遠征で三日留守にしたときは、出発の朝に、三輪まとめて置いてあった。茎に、小さな紙がむすんであった。


 ――三日ぶん。数えまちがえるなよ。


「数えまちがえないわよ」


 アメリアは、ひとりで店のカウンターに向かって言った。


 カウンターの上の瓶は、いつのまにか五つに増えていた。薬屋の店先が、まるで花屋のようになっていた。


「アメリアちゃん、最近、店がいい匂いだねえ」


 常連のおばあさんが、にこにこしながら言った。


「誰かさんの花かい」


「……さあ」


「春祭りの夜のこと、町じゅうが知ってるよ」


 アメリアは、薬包をつつむ手を止めて、ため息をついた。


 知っている。町の人たちが、毎朝こっそり、店の前の花をのぞきに来ていることも。パン屋の息子が、「今日で何日目」と勝手に数えて、店の窓に貼り紙をしていることも。


 ――五十二日目。


               ◇


 百日目の朝、花は届かなかった。


 アメリアは、夜明け前から、店の窓ぎわに座っていた。眠れなかったのだ。空が白くなっても、扉の前には何も置かれなかった。


 昼になっても。夕方になっても。


(……あきた、のかな)


 カウンターの五つの瓶には、九十九輪の花が、少しずつしおれながら並んでいた。


 夕方、店を閉めようとしたとき、パン屋の息子が駆けこんできた。


「アメリアさん! コンラートさん、北の街道で、荷馬車の事故があって、けが人を運んでたって! さっき戻ってきた!」


 アメリアは、エプロンを外すのも忘れて、店を飛び出した。


               ◇


 騎士団の詰め所の前で、コンラートは、泥だらけの制服のまま、井戸の水をかぶっていた。


「コンラート!」


 ふり向いたコンラートは、アメリアを見て、ばつの悪そうな顔をした。


「……すまない。今日のぶん、摘めなかった」


「そんなこと、どうでもいい! けがは!」


「ない。運んだだけだ。……でも、最後の一日で、抜けた」


 コンラートは、濡れた髪をかきあげた。


「やりなおしだな。明日から、また一日目を――」


「しなくていい」


 アメリアは、コンラートの胸ぐらを、ぎゅっとつかんだ。泥で、手がよごれた。


「九十九輪、ちゃんと数えてた。今日のぶんがなくても、もう、十分よ」


「……アメリア」


「それに」


 アメリアは、エプロンのポケットから、何かを取り出した。


 白い、小さな野の花だった。夕方、店を飛び出す前に、店先の植木鉢から、思わず摘んできたものだった。


 アメリアは、それを、コンラートの泥だらけの胸のポケットにさした。


「百日目は、わたしから。……これで、百輪」


 コンラートは、胸の花を見下ろした。泥だらけの指で、そっと花びらにふれた。


 そして、春祭りの夜と同じように、片膝をついた。今度は、泥だらけの地面の上に。


「アメリア。俺と、結婚してくれ」


 まわりで、いつのまにか集まっていた騎士たちが、息をのんだ。パン屋の息子が、今度こそ口笛を吹いた。


 アメリアは、幼なじみを見下ろした。


 泥だらけの制服。曲がった襟。胸のポケットに、白い花が一輪。


「……はい」


 小さな声だった。


 でも、町じゅうに届くくらい、はっきりした声だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


一度目の求婚で順番をまちがえた騎士が、百日ぶんの花でやりなおそうとするお話でした。百日目に届かなかった一輪を、最後に渡したのは誰だったのか。幼なじみ同士の、遠回りの百日です。


楽しんでいただけましたら、★評価やブックマークで教えていただけるとうれしいです。

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