さつまいもの収穫(8月下旬〜9月初旬)
8月の終わり。
朝の空気が、ほんの少しだけ乾いてきた。
夏の匂いと、秋の気配がまざり合う時期だ。
畑に出ると、師匠がもう作業を始めていた。
前日に切り落としたさつまいもの葉が、地面に薄く散っている。
「今日、芋を全部掘ってしまおうか。
稲の消毒も、冬野菜の種まきも迫ってるしねえ」
師匠はそう言って、スコップを土に差し込んだ。
この時期は本当に忙しい。
早稲の収穫も近いし、畑の段取りを間違えると、
あとが全部ずれてしまう。
私は隣にしゃがみ、土をそっと掘り起こす。
さつまいもは、傷つけないように慎重に。
土の中から、大小の芋が交互に顔を出す。
「大きいのは、茎がよう茂っとるやろ」
師匠が笑う。
確かに、葉が濃いところほど、太い芋がついている。
一本掘るたびに、腕が重くなる。
さつまいもの収穫は、見た目よりずっと力がいる。
汗が背中を伝って落ちる。
「せっせと掘らんと、終わらんよ」
師匠は軽く言うけれど、
その声の奥に、長年の経験の重みがある。
「…ほんまに、ジャイアンとのび太みたいや」
よく育った大きな蔓には、
ラグビーボールの子分のような芋がどっさりついている。
これがジャイアン。
その隣に、細い蔓で、
芋も細いものがいくつかついているのがのび太。
なぜジャイアンとのび太になるのか?
条件はさほど違わないのに…。
さつまいもは栄養を嫌うから、
他の野菜でよくある、“肥の入り方の差”ではないと思う。
手を動かしながら考える。しかし答えは浮かばない。
「何で、こんなに差が出るんやろう…」
私はまたのび太を掘る。
「苗の時点で違うんかもなあ。
立派な苗は、ジャイアンになるんかもなあ」
師匠が答えてくれた。な、なるほど。
それは確かに差が出る要素だ。かなり重要そうだ。
苗選びのときの、真剣そうな師匠の表情が思い浮かんだ。
ようやく全部掘り終えると、
芋と茎を切り離す作業に移る。
切り口から白い汁がじわりと滲む。
放っておくと黒ずんで固まってしまうから、
師匠が手早く土をまぶしていく。
「こうすると止まるんよ。
黒ずんだら、味が落ちるからねえ」
私はうなずきながら、
土の匂いと、芋の甘い匂いが混ざる空気を吸い込んだ。
全部の芋に土をまぶし終えると、
天日干しにするために並べていく。
二時間か三時間ほど、太陽に当てる。
そのあいだに、切り口が落ち着く。
「芋はね、すぐ食べたらあかんのよ」
師匠が段ボール箱を広げながら言う。
「二、三か月寝かせたら、甘みがよう出るんよ。
秋の終わりに食べるのがいちばんおいしい」
私は箱に芋を並べながら、
その言葉の意味をゆっくり噛みしめた。
待つことも、農業の一部なんだ。
作業がひと段落したころ、
師匠が「朝ごはんにしよか」と声をかけてくれた。
家に戻ると、
簡素な朝食がテーブルに並んでいた。
最後のトマトがひとつ。
オクラを軽くゆでたもの。
ゆで卵とハム。
頂き物のオレンジ。
そして、トースト。
忙しい時期の朝ごはんは、これくらいでいい。
「今日はこれでええやろ。
昼も忙しいしねえ」
師匠が笑う。
私はトマトをかじりながら、
さつまいもの箱が台所の隅に置かれているのを見た。
まだ食べられない芋。
でも、秋の終わりにはきっと甘くなる。
その“少し足りない感じ”が、
なんだか心地よかった。
外では、
風が少しだけ秋の匂いを運んでいた。
「今年の天気はどうなるやろねえ…。
今こんなに雨が少ないと、稲刈り時に雨降るんちゃうやろか」
ミルクコーヒーを飲みながら、
師匠が心配そうにつぶやいた。
「稲刈り時に晴れるように、祈っとくね」
「ほんまやわ」
良い天気が続かないと、稲刈りはできない。
毎年毎年の、心配の種。
同じくらい、毎年毎年なんとなくやり過ごしているけど。
「けど、稲刈りの前に
今年は早い品種のキャベツとブロッコリーを植えるし?」
「そやねえ。もう、いつ
畝立てはじめてもろてもかめへんよ」
――畝立て。
畑の土を盛り上げて作物のための高い場所、“畝”を作る作業。
肥料を入れて、耕うん機で田んぼを耕して、
畝立て機で畝を作っていく。
作業の途中に雨が降ると台無しになる、
天気をよく見定めてしないといけない1日仕事。
「今週の天気は…」
ウェザーニュースで今週の天気を確認する。
10日後くらいから雨が降りそう、か…
この雨が本当に降って、その前に定植できたら、
水やりが楽になるなあ。
(ってことは…)
私は日取りを逆算する。…ん、
もう、明日明後日にでもやるのがよさそうだな。
「今日の夕方にでも、石灰やっちゃうね。
で、明後日畝立てするつもり」
今日夕方に石灰、明日肥料、明後日畝立て。
これだ。
秋が始まってきた。
本当に雨が降りまくっております。
おかげで、まだ稲刈りができていません。




