06
「ごめん」
「いいことなのに謝る必要なんかないですよ」
多胡先輩や私達とばかりいるように見えてそうでもなかったというだけのことだ。
これで多少は多胡先輩もやりやすくなることだろう。
「もう言いましたよね?」
「うん、流石に隼人にはね」
「そうですか。とにかく、おめでとうございます」
「ありがと」
こういうときはそっとしておいてほしいだろうから教室に戻っていつも通りに戻した。
他の休み時間なんかも今日は誰も来なかったから捗りすぎて困ってしまったぐらいだ。
いい点は梅雨がもう終わること、悪い点は七月になって暑くなるということ。
まあ、結局のところ私の中では本に長く触れられているかどうかが大事だから暗くなるまでの時間が伸びる七月はある意味危険だった。
「ふぅ、またですか」
こそこそ入ってくる彼もそうだけど近づかれていることに全く気が付かない自分も駄目だと思う。
こんなことが増えるぐらいならもっと積極的に誰かが来て本を読めなくなった方がいい気がした。
「うん、だけど今日はあまりにも史果ちゃんが集中しすぎていて声がかけられなかったんだ」
「その割には休み時間に来ていませんでしたけどね」
「実は廊下から見ていたんだけどいま言った通りなんだよね」
「見ていないで声をかけてくださいよ、前みたいに本を取り上げればいいですよね?」
「それだと意地悪な人間みたいになってしまうでしょ?」
なんて人のせいにしている場合ではないか。
「それで今回はなにがしたいんですか?」
「あーいよいよ無理になったからちょっと気分転換に付き合ってほしいかなーって」
「わかりました」
カラオケとかそういうところにいくと思っていたけど実際は途中のスーパーで食べられる物を買ってから川が見えるところにいくことになった。
比較的奇麗な場所に腰を下ろして「新次郎君のことがあったから早まるかもしれないって思っていたけどまさかこんなにすぐなんてね」と前を見ながら吐いてきたのでそうですねと返しておく。
「泣いていい?」
「どうぞ」
「は冗談だけどいまは一人でいたくなかったから助かるよ」
今回はいいもののこれが続くようなら離れるつもりでいる。
だって今日は本当に酷いから、なんでこの人は辛いときにも笑おうとするのだろう。
好きな人がいるわけではないのだから感情を出していけばいいのに、この顔は嫌いだ。
「それこそ本を読むことを許可してくれれば意識がそっちにいって多胡先輩も気にならないと思います、なので泣きたいなら泣いておくべきですよ」
「い、いや、それだと一緒にいるのにより寂しい存在になるからやめておくよ」
なにもするつもりがないならなんで私を呼んだのか。
このまま意味もない言葉を重ねられても困るからお菓子でなんとかすることにした。
「それならこれを、チョコは色々と力をくれますから」
「ありがとう。うん、美味しい」
こちらは会話がなくたって気まずいとかそういうことはないから寧ろ会話がないいまが一番楽でよかった。
上流から下流に向かって流れている水を見ていると落ち着くのもいい、今度今日みたいに天気がよかったらここで本を読むのもいいかもしれない。
学校にいるとき以上に時間や暑さなんかに気を付けなければいけないけど他に意識しなければならないことがあるのなら私的にはいいのではないだろうか。
「あー! ふぅ、はは、これがしたくて近くに家があんまりないこの場所を選んだんだよね」
「ほとんど近くで叫ばれて耳が痛いです」
「ははっ、ごめんね?」
静かに泣くぐらいでよかったのに、地味にはっきりと言われて私に対してむかついていたのだろうか?
だけど聴力にダメージを与えたかわりに彼の笑顔は今度こそ気持ちのいいものだった。
「やっといい笑顔になりましたね」
「うん、今度こそ切り替えられたよ、史果ちゃんのおかげだね」
「そういうのはいいのでずっとそのままでいてください」
この感じだとたまにだけでも一緒にいられそうだから悪くない。
前までなら新次郎君が止めてくれていたけどいまは本当に彼しかいないから頑張ってもらうしかない。
「え、史果ちゃんに対して構ってちゃんモードでいいってこと?」
「別に多胡先輩のことが嫌ではないので構いませんが」
「それなら名前で呼んでほしいなあ」
え、なんか急ににやにやとやらしい笑みを浮かべ始めた。
あまりに下手に出られても困惑しかないものの調子に乗られても付いていけなくなるから勘弁してほしい。
彼のこの調子に付き合って疲れることになるぐらいなら――最近はダークな私が出てきているようだ。
「隼人先――」
「おっと、久里子ちゃんのときみたいに呼び捨てがいいかな」
「それなら先に言ってください、隼人――なんで頭を撫でるんですか」
「本当にありがとね」
名前で呼ばれたいのか呼ばれたくないのかよくわからなかった。
ただ、あまりにも直前のそれと違って真面目な顔をしていたから暫くの間はなにも言えなかった。
「うん、史果ちゃんにはこういう服が似合いそうだよねえ」
なんでファッション雑誌なんて持っているのか……。
そんなに本が読みたいなら持ってきてあげるのに変な人だ。
「あ、これは久里子ちゃんが好きでよく集めているから一冊借りてきたんだよ、そうしたら史果ちゃんに合う服を見つけてね。あ、水着だったらこういうお腹を隠すタイプを好みそうだよね」
服なんて母が買ってきてくれた物を着られなくなるまで着ておけばいいし水着なんて学校指定の物でいい。
新次郎君に何度も誘われてプール施設や海までいってそれで遊んだことがあるけど恥ずかしさとかは全くなかった、学校指定の物だって立派な水着だ、というか適さないのならやばい物を買わせていることになるからね。
「プールとかにいきたいんですか?」
「え、いきたいけど、あとお祭りにも絶対にいきたいよね。浴衣なら史果ちゃんは暗い系の方がいいかな、クールって感じがするから」
「保健室にいきましょう、私でも暑く感じますからね」
彼に必要なのは本を勧めることでも話を勧めることでもない、いますぐに休める場所にいくように勧めることが大事だった。
これに対して「いやいや、完全に駄目になって変になっているわけじゃないからね?」と抵抗してきたけど腕を掴んで歩いていく、そう距離があるわけでもないからすぐに着いた。
「暑さで体調が悪いみたいなんです」
「え、ちょ、史果ちゃんっ? 誰もいないところに話しかけて大丈夫……?」
「保健室の先生に迷惑がかかるので流石にいたずらはできませんよ」
本当に体調が悪いときに信じてもらえなくなるのもある。
はぁ、夏でなるべく移動せずに体力を残しておきたいところなのにここまで来たのかはそれでも心配をしていたからだ。
実際、途中まではわかっていなかった。
「え、じゃあなんでここまで来たの? 実際に保健室の前だけど」
「あなたがにやにやとやらしい笑みを浮かべていたからです、流石にわかります」
「じゃあ最初は本当に心配してくれていたってこと? 嬉しいなあ」
「本当に大丈夫なんですよね?」
「うん」
それなら戻るか。
トイレにいきたくなったとき以外は移動教室もない日だから席に張り付いていようと思う。
放課後になってもすぐに帰らずに読書をして時間を経過させる、すぐに帰ったら燃え尽きてしまうから。
「ならいいです、戻りましょ――なんですか?」
「史果ちゃんが悪いんだよ?」
「それでどうして壁に押さえつけてくるんです?」
あ、意外とひんやりしていて気持ちがいい。
これから彼が誘ってきてプールなんかにいくかもしれないけど晒している部分が多くて結局は暑く感じそうだから制服のままでここにくっついているぐらいがいいのかもしれなかった。
学費は親が払ってくれているから無料でできる、あといちいち保健室の近くまで来なくても陽の当たっていない廊下の壁でいいのが楽でいい。
「いやー流石に抱きしめるとかはできないしさー」
「なるほど、こうして見ると身長差がはっきりしていますね」
恋人同士ではないから気にしなくてもいいことだけどキスをするときなんかには向かない身長差だった。
あとこの距離だと首が少し疲れるからいつもみたいにしゃがんで顔だけ見せてきている状態の方が楽でいい。
「新次郎君よりも大きいからね……って、出てきた感想がそれなの? どれだけ男として見られていないんだろうね」
「意識してほしいんですか? 恋愛はもういいかな的なことを言っていましたけど」
「うっ、確かに言ってしまったけどさあ、あれは久里子ちゃんと史果ちゃんの前で格好つけてしまっただけみたいなところもあるしさあ……」
「普通に話してください」
いまの内容ならふざけるべきではない。
求めているのか求めていないのかをはっきりさせておくべきだ。
時間が経過してから実は~と言われても困って疲れるだけだから彼的にも損ではないだろう。
なにもなければないでそれでいいんだからね。
「……史果ちゃんは基本的には優しいのに冷たいところもあるよね」
「別に私は隼人先輩のこと嫌いではないですけどね」
「隼人ね、それに嫌いではないのと好きなのとは違うでしょ?」
「そうですか? あんまり変わらないと思いますけど」
ただ幼馴染だから優しくしてくれていただけなのに勘違いをして好きになって告白をした自分がいるのだ。
相手がそういう状態でいて私も嫌ではなく一緒にいたのならどこかでまた勘違いしてしまってもおかしくはない。
「じゃあ僕に告白できる?」
「気になっていた笑みもなんとかなりましたからしろと言うならできますよ」
「それなら僕は止めるよ」
「そうですか」
この反応的にやはり恋の点で気になるわけではないか。
それならそれでいい、なんとかするために利用されるのが複雑だっただけでただ一緒にいられるのなら普通に友達だと思うから。
「それなら友達として仲良くしていきましょう」
「うーん、それも物足りないかな、それにいま止めたのは史果ちゃんがまだ僕のことをそういう意味で好きではなかったからだよ」
「そうですか」
「そ、そうですかマシーンになるのもやめてもらいたいけどね」
まあ、夏休みが終わったぐらいのときに色々とはっきりとするだろう。
だから私は読書をしつつ目が疲れたときや彼が来てくれたときに相手をさせてもらうだけでよかった。
「え、やっぱり史果に対してマジだったの?」
十日ほど経過した頃、久しぶりに彼女に誘われて家に上がらせてもらっていた。
いまのこれはこの前のこととここ数日のことを話した結果だ。
「わかりません、いつもにこにこ笑みを浮かべていて本当のところを知らないので」
「いや、聞いている限りではそのようにしか聞こえないんだけど」
「恋をした経験がある久里子が言うならそうなのかもしれませんね」
「うん、現在進行形だからね。え、じゃあこの前のはなに? 私の前だから格好つけたってこと?」
「それもわかりませんね」
隠したのに彼女が盛り上がってしまってこうとしか言えなかった。
「でも、私としては次にいってくれるのはほっとするわ、史果が問題ないなら向き合ってあげてちょうだい」
「はい」
「ん-隠しているところがありそうだからここに隼人を召喚しましょう」
「あ、流石にそれは駄目ですよ、会うとしても外で会わないと駄目です」
「確かに、じゃあ暑いからお店で集合しましょ」
私だけなら問題ないけど彼女がいるならやはり気にしなければならない。
時間をかけると酷いことになるから二人で涼しいお店まで急いだ、それなのに隼人は先にいて「やあ」と挨拶をしてきたからついつい見つめてしまった。
元々誰かと約束をしていたとか一人で遊びに来ていたとかだろうか? 汗をかいた感じもないからダッシュで来たわけではないだろうし……。
「史果が隠していそうだからあんた視点の話を聞きたかったのよね」
「恥ずかしいけどいいよ、史果ちゃんはちょっと待ってて」
「わかりました」
近くに本屋さんがあるからそこにいくことを話してから移動した。
涼しいうえに好きな物がいっぱいあるから幸せだ。
「あ、史果」
「いまは一人?」
「おう、母さんに頼まれて本を買いに来ただけだからな」
「そっか、それなら早く買って帰ってあげないとね」
昔は専業主婦だったけどいまは私の母みたいに働きに出ている。
ただ、帰って少し休憩したら必ず本を読むようにしているみたいだから彼の家にも沢山の本がある。
お金がなくて困ったときは本を借りたこともあったぐらいだった。
「だな、今日は母さん家にいるからゆっくりしていると怒られそうだ。史果も集中しすぎないでほどほどのところで帰るんだぞ」
「うん、じゃあね」
新次郎君の場合は長く喋っているだけでも疑われてしまうかもしれないから場所がどうのこうのの話ではなくなる。
そう考えると久里子の存在はやはり大きい、流石に相手と同じ性別の人間に嫉妬するような人ではないだろうから。
「お待たせ」
「あれ、久里子はどうしたんですか?」
「それが難しい顔をして固まってしまってね、本屋さんにいくと言っても付いてこなかったんだ」
「もしかしたら呼ばれたのかもしれませんね」
付き合い始めたばかりなら積極的に誘われるものだろう。
いい点はこちらから頼んで来てもらったわけではないということだ、だから誘ってきた久里子が自由にしてくれればそれでいい。
「史果、敬語はやめて」
「なんで最初はちゃん付けだったんです?」
あと何故すぐに頭に触れてくるのか。
一応男の子よりは意識して奇麗にしているつもりだけど誇れるものでもないから気になる。
あとは夏だから、汗をかいているだろうし不快にさせてしまわないか不安だった。
待った、これではまるで恋をしている乙女みたいではないかと不安になったうえに驚いている自分がいる。
「最初は久里子ちゃん以外と仲を深める意味があんまりなかったからかな、だけどいまは違うんだよ。まさか新次郎君と話しているとは思わなくてね、よくない感情が内を占めそうになったよ」
「そんなに急に変わるものなんですね」
「僕自身も驚いているぐらいだよ、だけどこれを久里子ちゃんが付き合い始める前にできていたらもっとよかったんだけどね。だってこれだと無理になったから史果相手に一生懸命になっているように見えてしまうでしょ?」
「そうですかね、別に気になりませんけど」
「あ……新次郎君に振られても気にしていなかったときからそうだけど史果は強いね」
強いとか強くないとかはどうでもいい。
いまは乙女みたいになってしまったことが問題だと言えた。




