05
「ふぅ、お待たせ」
「おかえりなさい」
ほかほかの彼女がお風呂から戻ってきた。
現在時刻は二十時半で私だけが残っている、何故かは頼まれたからだ。
「さっきも言ったけど泊まってもらって悪いわね」
「気にしないでください、泊まることなんてほとんどしたことがないので逆にありがたいぐらいですよ」
「そうなのね」
早めの時間に頼んでくれたから雨が降り始める前に荷物を取りにいけたのは大きかった。
だけど二人きりになってから数時間が経ったいまだからこそ出てきた気になったことがあるから聞いておく。
「それでもどうして急に私なんですか? 十八時までは多胡先輩だっていてくれたんだから残ってもらうこともできましたよね?」
「あー流石に隼人はもう泊められないわよ、私が振られるまではね」
「そういうことですか」
結局それは私を選んだ理由にはなっていないけどまあいいか。
食事も入浴も終えている状態だから程々のところで読書をやめて寝てしまうのもいいかもしれない。
「史果、私は頑張るわ」
「はい」
「だからその……嫌じゃないなら隼人の相手をしてあげて」
「それでも来てくれたら相手をさせてもらう程度にしておきます、その方が神原先輩も気にならないと思うので」
なんて、私が自分からいくタイプではないだけだけど。
「は、はい? わ、私が隼人のことを気にしているって言いたいの?」
「そういうわけでは、だけど私のことを気にして多胡先輩と話さないようになってしまったら私が嫌なのでそうするだけです」
「はは、話さないなんてことはないわよ、緩い雰囲気が好きだからね」
「そうですか、それならありがたいですね」
少なくとも笑みが自然なものにならない限りは変わることはない。
だからこんなことを考えるのはあれだけど最悪、振られても大ダメージにはならない環境になっている。
弱っているときに畳みかけるような人ではないもののそこで上手く支えられれば流石に変わっていく。
ちいさなきっかけがあれば十分なのだ。
「あ」
「え、な、なに? あ、髪……? ありがと……」
「それでは私は紙に触れる――駄目ですか?」
「それぞれ自由に過ごすなら誘った意味がなくなるじゃない。史果のこれまでの話を聞かせてほしいの」
恋をしている身だから恋の話がいいと勝手に判断して好きになったときの話をした。
それこそ本気で本にだけ恋をするような人間の方がよかった。
そして自分勝手に告白をしてしまったことをいま一番後悔していることも話す。
「でも、告白をしていなかったらいまみたいにいられていなかったと思うの、だから佐々木にはあれだけど史果は正しい選択をしたと思うわ」
「それは同性だから贔屓してくれているだけですね」
「な、なんで私といるときはそんなにマイナス寄りなの? 隼人のときなら『そうですかね』で終わらせていそうなのに……」
「同性だからかもしれません」
どうしたって仕方がなくいてくれているように見えてしまうから私もそれに沿った態度になる。
完全に捨てて私だけを見てくれているとわかったときになってやっと変わっていく。
まあ、それは相手が誰であっても同じだから私の問題でしかないのかもしれない。
「つまり……隼人より上?」
「上とか下とかではなく話せることもあれば話せないこともあるということですよ」
「じゃあいつもあの二人がいるときは隠していることがあるってことか」
「はい、最近はできていないような気がしますが基本的には深くまで求めずに生きてきましたから、昔からはっきりと深く求めているのは本だけですね」
本には迷惑をかけなくて済むからありがたい存在だ。
ちゃんとお金がいくのかはわからないけど買えば誰かを支えられるわけだからその点でも悪くない。
「それなのに佐々木には告白ってそれだけの存在だったのね」
「まあ……」
「あ、その顔っ、はは、あんたらしくなくていいわね!」
「静かにしてください」
「つめた!?」
見えていない顔のことをどうのこうのと言われて盛り上がられても付いていけないからもう二度と新次郎君関連の昔の話をするのはやめよう。
「というか名前で呼びなさいよ、同性なんだからいいでしょ?」
「久里子」
「おっ、それでいいわよ!」
「……冗談ですよ、すみませんでした」
「いいからいいからっ、名前を呼び捨てで決定ね!」
なんでこんなにハイテンションなのか。
好きな相手でもなく出会ったばかりの後輩に対して出していくものではない。
「ん-なんか心配になるのよねえ」
「久里子……先輩は好きな人に集中してください、私が多胡先輩と仲良くなっておけば大事なときに止められるかもしれませんから悪くないですよね?」
「久里子ね、あと隼人と仲良くするそれを気にしているのよ」
「どれだけ仲を深められても多胡先輩の久里子……への気持ち以上の感情は出てこないと思いますが」
ハイテンションになったり不安視したりと忙しい。
これがもっと極端なものになると付いていけなくなるからこのレベルで抑えてほしかった。
「隼人があんたと仲良くすることを気にしているわけじゃないのよ」
「だから、え、どういうことですか?」
「まあ、細かくわからなくいままでいいわ。なるべく邪魔はしないようにするけど気になったらまた言わせてもらうから」
「はい」
終わらせてしまったからこれ以上は無理そうだった。
時間がかかってもいいからいつか本当のところを知ることができればいいなと思った。
「そういえばさー新次郎君が付き合い始めたって話は聞いた?」
「そうなんですか?」「は? あんたそれどこ情報よ」
「どこ情報って本人から教えてもらったんだけど、え、逆に二人は教えてもらっていないの?」
急いで確認をする必要もないから来てくれるまで待ってから聞いてみると「実はそうなんだよ」と神妙な顔をして答えてくれた。
「や、あんた史果ぐらいには言いなさいよ」
「一番最初は史果に教えるつもりだったんですよ、なのに多胡先輩に見られたうえに聞かれたから教えるしかなかっただけです……」
彼はどこにでも現れていちいち細かく話さなくてもちゃんと聞いていてわかってくれているから用があるときは楽でいい、だけど新次郎君的には違うみたいだからあくまで私にとってはという話でしかないのだろう。
「じゃあ昨日今日の話なのかな?」
「ああ、実は今朝の話なんだよ」
「それはまた急ね、一目惚れみたいな感じなのによくあの子も受け入れてくれたわね」
「お試しで合わせてくれているだけなのでまだまだ頑張らなくちゃいけませんけどね」
「あ、そういうのあるのね、私はお試しで付き合ってあげるとか言われても嫌だからそこで終わりそうだわ」
お試しでも好きな相手が付き合ってくれるのであれば結局彼女は選びそうだった。
それと新次郎君みたいに大人しく吐いてきたりはしないと思う、必死という風に捉えられたくはないだろうから普通に付き合えたみたいに――確かに彼女相手には私らしくないみたいだ。
「じゃあいよいよ僕と史果ちゃんだけが置いてけぼりか」
「史果はともかく多胡先輩は新しい人を探せばいいじゃないですか、この前、女の人と楽しそうにしているところを見ましたけど」
「うわ、新次郎君それはやばいよ」
「あんたが言うな」
彼女のツッコミが突き刺さっても全く気にした様子もなくにこりと笑みを浮かべるだけだった。
「んーだけど久里子ちゃん並みにいい子が簡単に見つかるわけがないからねえ、見た目だけじゃなくて中身もよかったからね」
「つまり多胡先輩にとっては理想の存在ということですか?」
「そうっ、だからこのままなにもないままでいいのかもしれないね」
結局のところはそうだろう。
中々変えられたりはしない、もう会えないとかなら時間をかけてなんとかできても近くにいてくれたら残り続ける。
「私が言うのもなんだけどそれはもったいなくない? いまも普通に異性からアピールされているんだから向き合ってあげなさいよ」
「でも、失礼だと思うから、それに久里子ちゃんがそんなことを言わないでよ」
「あ……ごめん」
「ううん、謝る必要はないんだよ。ただ、流石に僕でも厳しいというだけでね」
彼はこちらの腕を掴んで「だから史果ちゃんを借りていくね」と言って歩き出した。
でも、少し移動して見えなくなったところで「はあ~」と吐きつつ蹲ってしまったから見ているしかない。
「実際、史果ちゃん的に僕ってどう?」
先程のそれと全く繋がっていないけど聞かれたのなら答えるだけだ。
「多胡先輩の大人の対応をできるところはすごいと思っていますけどいまでも私が相手のときに浮かべる笑みは微妙ですね――あ、だからそれがなくなれば私的には安心できます」
「そ、そんなに出てしまっているのか……」
やっぱり自分がすぐに期待をしてしまうような人間ではなくてよかったと思う。
久里子も彼も意識しているわけではないだろうけど試すようなことをしすぎだ、下手をしたら短期間で二回、三回と振られることになっていた可能性がある。
「ごめんね、なるべく出さないように頑張るからね」
「自然と出てしまうのであればそれでいいんじゃないですか」
「それって僕が史果ちゃんを信用しているように見えるから……かな?」
まあ、久里子が相手なら自然と出てしまうようなこともあるだろう。
出会ったばかりの私がそうだったように教えたくなるような魅力がある、隠そうとしていても本人のそれに負けて出していってしまうかもしれない。
「いえ、自然と出てしまうものを無理やり押さえつけようとしても意味はないと思います」
「うっ、冷静に返されると久里子ちゃんにあんなことを言われたときよりもダメージが……」
「本当はどうでもいいのにいい加減なことを言わないでください」
「つめた!?」
「ふふ、久里子と同じ反応をしていますね」
本当にお似合いの二人なのになあ。
久里子が他の人に恋をしていなければ彼とこんなにお喋りすることもなかっただろうから私的にはプラス寄りだけど喜びきれないことだ。
「なんでそこで笑うんだ……というか名前で呼び捨てなんていつの間にそんなに関係が前進していたんだ……」
「これ以上変わることは絶対にないですけどね」
変わることを望んでしまったら上手くいかないことを望んでしまっているということになるから駄目だ。
悲しそうな顔をされるぐらいならこれまでと同じように抑え込んでなんてことはないみたいに過ごしていた方がいい。
緩みかけているから丁度いい機会だと思って頑張る必要があった。
「ぎゃっ、そ、そっちにいったわ!」
「そうですね、えっと、えい――あ、捕まえられました」
想像以上に元気なゴキブリだった。
ただ、苦手な人なら嫌だろうから別にわらかないわけでもない。
「ぎゃー!? 持ってこないでっ、トイレに流してきて!」
「わかりました」
トイレに流されたぐらいで死なないとかどこかで見たことがある気がするしわざわざ殺すこともないだろうから外に出てそこで解放してきた。
さらばゴキブリ、夜に急に呼ばれるとそこそこ大変だからもう久里子の家では出てこないでほしいかな。
「はぁ……はぁ……なんで家にいるのにこんなに疲れないといけないの……」
「お疲れ様です、それでは私はこれで帰りますね」
帰ったら本の続きでも読もう。
読む度に新鮮な気持ちになるからもう家も図書室や図書館のようなものでずっと楽しめるのだ。
「ふぅ、それは駄目よ、いまから外に出るなんて危ないでしょう?」
「え、その危ないらしい時間に呼ばれて出てきたんですが」
「だ、だからお礼をしたいってことよっ、全部言わせるのはやめなさいよ!」
まあ、お風呂にはもう入っているからうえに帰らなくていいのは楽か。
だけど本はないから今日はハイテンションすぎないことを願っておこう。
「よいしょっと、はい、これがお礼ね」
「沢山のお菓子ですね、流石にこの時間からは食べられないので食べてください」
運動時間がかなり減っているから相手がこう言ってくれているから食べようとはならない。
本も読めないから食べるかわりに寝転ぶ許可を貰った、窓前に寝転んでも庭の木ぐらいしか見えないけどそう悪くもない。
なんとなく梅雨の季節なのにあの木をキラキラさせたい気分になってきた。
クリスマスまでちゃんと関われていたらやらせてもらうのも、とまで考えて電気代のことで迷惑にしかならないから捨てた。
「よいしょっと」
「なんで私の上に座るんです?」
距離感がおかしいのはやはり彼女の方だ。
上手く仲良くなれたら好きな人相手にもこうしていくということだから恐ろしい。
簡単な人ばかりではないけどこんな風に甘えられたら手を出されてしまう可能性なんかもありそうだ。
「あんたはよく助けてくれるわよね」
「そうですかね、一緒にいてくれている久里子や多胡先輩の方が私を助けてくれていると思いますけどね」
「はは、私相手にはもう出していけるわね」
「隠すようなことではないからです」
彼女の場合はどんどん出していって距離を作ってくれないと怖いのだ。
同性ということもあってすぐに甘えてしまうから、彼女は好きな人相手に頑張っておけばいいのだ。
「でも、実際はあんたや隼人に私が助けられているのよね」
「別に私しかいないんですからそこは多胡先輩のことだけを出していけばいいと思いますが」
「いやあんたにだって助けられているんだから出していっているだけよ」
私なんて読書が好きなだけの女なのになにを言っているのか。
家だからこそ緩くなって変な雰囲気に負けてしまっているのかな? 私と離れた後にうわー! って叫ぶことにならなければいいけど。
「今日みたいなこと、やめてあげてくださいね」
「あれね、反省しているから大丈夫よ」
「それなら安心です、あとは二人が仲良くしてくれればそれでいいです」
読書をしているところで側で盛り上がってくれていればもっとよかった。
まあ、二人からしたら私は必要ないわけだからいちいち私のところに来て盛り上がろうとはしないだろうけどさ。
「あら、私とあんたは駄目なの?」
「好きな人がいなければ駄目ではなかったです」
「ふーん」
流石にこれ以上は危ういから下りてもらった。
それから私はまた木を見る時間にしたのだった。




