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「実際、あんたは私に対して変に優しいから踏み込みそうになったわ、だけど隼人を見て思い留まったの。だってなにもかもを取り上げるなんて最低じゃない?」
「久里子がここで終わらせるなら私はもうこの件に関してなにも言わないよ」
「うん、それでお願い」
それならこれ以上はやめよう。
それでだ、彼女の本当のところがわかったのはいいけど解決していないことがまだある。
それはこのまま隼人に任せたままでいいのかということ、前までと違って隼人が私のことをそういうつもりで求めてきているのはわかっているのだからもう受け入れるべきでは? という考えがあるのだ。
「私はこのまま隼人に任せておくだけでいいのかな?」
「それでいいわよ、男の子が頑張ればいいのよ」
「だけど久里子は自分から告白をして受け入れられたんでしょ?」
「だからこそよ、関係が変わってからやっぱり違う感じがしたときに告白をして受け入れた側の方がダメージが少ない気がするからよ」
「ああ、確かにいまだけの可能性はあるよね」
どうしたって本命が無理になったからでしかない。
本人がいくら違うと言おうと元好きな人は近くにいて意識をしていなくても存在しているだけで差を見せつけられている状態だから。
「自信がなくなってきちゃった」
「なんでよ、隼人が求めてくれているんだから堂々としておけばいいのよ」
「だって付き合ったところからスタートみたいなものでしょ? すぐに別れることになったら二度と恋なんてしないかもしれない」
本が恋人だから人間の恋人はいらないなどと真顔で言っている自分を直視したくない。
「はは、乙女みたいなことを言っているわね」
「実際、今回の件で乙女みたいなところがあるってわかったよ」
「隼人はそういうところも含めて気に入ったんでしょ、だからそのままでいなさい」
そうか、隼人のことを私以上に知っているからいい加減なことを言うなと、そういうことなのかもしれない。
「それより今日ってまだ暇? 課題を一気に終わらせたいからいてもらいたいのよね」
「うん、久里子に頼んだのは私なんだからちゃんと最後まで付き合うよ」
「よしきた、追加のお菓子を持ってくるから待っていなさい」
自分が食べていたからなのかもしれないけどやたらとお菓子を用意してくれようとするところが彼女の面白いところだった。
すぐに切り替えて頑張り始めたから元から視界外にいたのを利用して足を伸ばさせてもらうことにした。
多分後ろからじっと見ていても邪魔になるだろうから早めに解散になったとき用の本に意識を向けておくことにする。
気づけばなにかを回避するために本を利用することが多くなってしまっていた。
これが当たり前になることが怖いから彼女には早めに課題を終わらせてもらって緩くお喋りできるといいかな。
お喋りと言えばはっきりしてきたいまでも黙り続けることがある隼人のことが気になる。
全く出していないくせにこれ以上はやばいとか危険とか、私のことを考えてしているとか無駄に重ねてくるばかり、あれでは自分のことを守りたいようにしか見えなくなってくる。
誤解されたくなかったのではないのだろうか。
「自分から頼んでおきながらあれだけどこの状態っておかしくない? あんたは隼人といるべきよ、もう帰りなさい」
「そういうのはいいから」
「約束を守ろうとしてくれるのはありがたいけどやっぱり私が気になって課題に全く集中できないのよ。さあほら」
「私は絶対に帰らないからね? 隼人もそうだけどそういうところは悪いところだよ」
必死に追い出そうとされたら私ではなくたって止められることだ。
いや、本当にこれ以上はやめてもらいたい。
出会ったばかりとは違う、相手が嫌がっているように見えるだけでわかりましたと帰ることができるわけがない。
「はぁ……なら後ろにいるのはやめて」
「わかった、それなら対面に座って絵でも描いておこうかな」
「あんた絵とか描けたのね?」
「ふふ、幼稚園児レベルならね」
「はは、それでも絵は絵よ」
なんとなく本の表紙の模写をすることにした。
真似をするだけならそこまで酷くならない、はずだったのにやっぱり駄目だった。
彼女も彼女で「ははっ、なによそれっ」と全く課題に集中できていない様子、これだと私が笑われ損ではないだろうか。
「こら」
「は? なに頭に手を置いてんの?」
「年上だからって調子に乗ったら駄目だからね」
「後輩だからって調子に乗ったら駄目なのよ、生意気なあんたにはこうよ」
どうやら上から見下ろすことが好きなようだ。
「私達ってじゃれてばっかりだよね」
「あんたが悪い、いつでも私の気分次第で自由にできるんだから気を付けることね」
「それなら遠慮をしないでアピールしてくればよかったのに」
「流石に泥棒猫にはなれないわよ」
こうしている時点で意味がない抵抗ではないだろうか。
でも、隼人がいるのもあって結局変えるつもりはなかったみたいだからもやっとした自分もいた。
「もう最終日か、早いものだね」
「本棚に置いてある本をまた全部読んじゃったよ」
隼人や久里子と遊びながらそれだから二人がいてくれなかったら二周、いや、三周ぐらいしていたかもしれない。
「最後にいきたいところとかある?」
「合わせてもらってばかりだったのもそうだけどいきたいところとかはないかな」
明日からまた切り替えて頑張っていくだけだ。
学校では自分からいくことはないだろうから来たときだけ相手をさせてもらう日々が戻ってくることになる。
それぐらいがいいよね? 積極的にいく自分なんてあまり見たくもないし。
「史果がいいなら海を見にいきたいな」
「いいよ、それならもう移動を始めないとね」
現在は十時だから丁度暑くなり始めるような時間か。
途中で買うのもお金がもったいないから水筒にお茶を入れて持っていくことにした。
うん、そういう対策をしているのに手は繋がった状態というのが不思議な感じだ。
「手汗が出てきた、だから離してほしい」
「気にしなくていいよ」
「久里子はこんなアピールを何回もされていたんだね」
それでも男の子として見られなかったみたいだから恋はやっぱり難しい。
好きになるまでは大変なことはないけど好きになってからがもうね。
「あ、久里子ちゃんには一回ぐらいしかできなかったんだ」
「はは、わかりやすく差を見せつけてくれるね」
「え、それで後悔したから今回は頑張っているんだけど、心臓とかやばいよ?」
「えっと? んー普通じゃない?」
足を止めたから手で確認をしてみてもあくまで普通レベルだった。
「いや、直接触っていないからわかりづらいだけだよ」
「だからって直接触ったら変な感じになっちゃうからね」
「そ、そうだけどさ」
付き合っていても簡単に触れるような場所ではないだろう。
また、外で服越しとはいっても胸に触れていたら変な目で見られてしまうから歩き出した。
手が繋がっているのをいいことにいまはこちらが引っ張っている形になる、何故引っ張っているのかは暑いからだ。
「日陰にいればなんとかいられそうだね」
「うん、座ろうか」
これなら軽くお弁当なんかでも作って持ってくればよかった、緩くお喋りをしているだけでもお腹は空くものなのになにをしているのか。
「あー……あのさ」
「うん、あ、お茶飲む?」
「うん、飲ませてもらおうかな」
後半から気難しい顔だったからとりあえずはお茶でも飲ませて落ち着かせる。
大事な話でも緩くでも喉は潤っていた方がいい。
「史果は同性同士は嫌だったの?」
「急だね、別にそういうことはなかったけど久里子がアピールをしてこなかったからだよ」
隼人がはっきりする前に本気でこられていたら私は久里子と特別な関係になっていたと思う。
どうやら冗談でも勢いだけでもなかったみたいだから五十パーセントぐらいはそうなる可能性があった。
「そっか、ならアピールをされていたら危うかったということか」
「うん、調子に乗ったら駄目だけど久里子も話しやすい人だったから、それに頼ってくれたときは本当に嬉しかったし」
「じゃあ久里子ちゃんには悪いけどアピールをされなくてよかったとしか言いようがないよ」
うん、それはもうあれから何度も言われているからわかっている、気になるのはどこをよく感じたのかということだ。
「隼人的に私のどこがよかったの?」
そうじゃないよと言ってほしいわけではないから妥協から始まったけどとかは言わない。
「優しくて合わせてくれるところだね、あと……言っていなかったけど顔と声が好きなんだよ」
「声が好き? いや、顔もよくわからないけど」
彼は違うところを見ながら「……それは史果が自分のことを過小評価しているだけだよ」と重ねてきたものの正直ダメージを与えたいようにしか見えない。
困らせるだけだからしないけど幼馴染の新次郎君に聞いたって同じような内容になることはないだろう。
「いや、好きだからってお世辞マシンにならなくていいから」
「い、意地悪をしないでよ」
「意地悪なんかしていないけどね」
そうか、久里子にもこうだったからイマイチ伝わっていなくて男の子として見てもらえなかったのだ。
となると、悪い癖が出てしまっていることになる、だけど自覚できていないから指摘をしても「お世辞じゃないよ」と返される繰り返しになってしまう。
なんとかして変えさせることはできないだろうか?
「それで……どう?」
「いや、そんなやり方を選ぶの?」
これなら積極的な自分は違うとか見たくないとか言っていないで頑張る側の方がよかったかもしれない。
悪いことはなに一つとして起きていないのに追い詰められた気分だ。
日陰なのにたらっと汗が垂れてきたのもそう、このままの状態だと不味い。
「えっ、だって僕はもう言ったようなものだし後は史果が受け入れてくれるかどうかだよね?」
「好きだって言ってもらえていないけど」
「すき――」
「わかった」
よし、この話はここで終わりだ。
しっかり水分補給をして一旦落ち着かせるために距離を作る。
「さ、遮るのも違うところを見るのも離れるのもやめてほしいけどね」
「そんなにいっぺんに注文されても無理だよ、落ち着いて」
「史果が――わ、わかったよ」
水着なんかはないけどどうせ来たのなら水に触れてから帰るか。
ぶつぶつ呟いていた彼の手を引いて水に近づく、別に奇麗ではないけど遊泳禁止の場所ではないから遊んでもよかったかもしれないと今更ながらに思った。
「最低でも三ヵ月はよろしくね、その前に別れることになったら引きこもるから」
「うん、史果に飽きられないように頑張るよ」
「あとちゃんと久里子と話すこと、仲良くしているのを見て嫉妬をしたりしないとここで誓うから変な遠慮はしないように」
「そもそも久里子ちゃんが相手をしてくれるかな? 久里子ちゃんっていまでは史果大好きっ子になってしまっているからさ」
「私よりも隼人でしょ」
不安になっているから久里子の家に突撃した結果、
「別に変えたりしないけどいまは隼人より史果ね。それよりおめでとう」
と、最終日だからかまたツンな彼女に戻ってしまっていた。
「ありがとう、だけど久里子はやっぱり素直じゃないんだから」
「いや、少し前までとは違うのはこっちもそうだから」
「あ、あの、久里子ちゃん? なんでそんなに熱烈な感じで抱きしめたの? ……僕だってまだできていないのに……」
「ふふん、これが同性だからこその強さよ」
「まあ、本を読ませてもらえれば自由にされても問題ないけど」
だってちゃんと意識を向けている状態で抱き合ってなんかいたらやっぱり変な雰囲気になってしまうから。
彼女とだって一歩間違えればそうなるから隼人のときは本当に気を付けなければならない。
「あんた気を付けなさいよ、関係が変わったいまとなっては隅から隅まで楽しもうとしたっておかしくないのよ?」
「隼人がか」
結局、やろうとしたけどできなくてこちらが気づくまで黙って見たままの彼が容易に想像できてしまった。
まあ、気を付けなければならないのは確かなことだけど抵抗し続けても駄目になるから多少ぐらいなら受け入れるつもりだ。
「そりゃそうでしょ」
「だ、だからってやれることではないからね」
「そうだ、佐々木も呼んであげましょ」
「え、それは別にしなくても――」
隼人が止めようとしたもののその前に「あ、佐々木? いまから私の家に来なさい」と速攻で用件を言って切ってしまった。
それで昔もそうだったけど呼び出せばすぐに来るのが新次郎君で、やたらとはあはあした状態で「お、お待たせ……しました」と、大変そうだ。
「史果が隼人と付き合い始めたわ」
「お、そうかっ、おめでとう!」
「ありがとう」
やっぱり新次郎君の笑顔は本当に落ち着く。
いまは彼のそれだって似たようなものだけど最初は本当に無理をしているのが完全に出ていたから気持ちのいいものではなかったしね。
「多胡先輩がいてくれるなら安心できますね」
「ちょっと、私だっているわよ」
「もちろん忘れていませんよ、お二人がいてくれるからこそ俺もそこまで気にせずにいられているわけですからね」
「うわあ……」
「事実ですからね」
というかまだなにか気にしていたのか。
あっさり付き合い始めて彼女よりも上手くやれているからどうでもいいのかと思っていた。
「自分勝手な告白をしてごめん、だけどもう大丈夫だから」
「お、おう、なんかそれはそれで寂しいな」
「ちょっと待った、新次郎君は好きな女の子に集中すればいいんだよ、史果ちゃんのことは任せてくれればいいから」
「そりゃしますけどいまはやめてもらいたかったですね」
「うっ、く、久里子ちゃん……」
うーん……。
「あんた本当に情けないわねーま、これで解散にしましょうか」
彼女の悪いところがまた出て今度こそ追い出されてしまった。
縮んでいるように見える隼人の手を掴んで歩いていく、これもまた暑いからでしかない。
「しゃっきりして」
「情けなくてごめんね……」
「そういうのもいいから、それに幼馴染だから一ミリぐらいはなにかあってくれないと寂しいからね。隼人だって久里子の中になにもなかったら寂しいでしょ?」
「うん、そうだね」
「だからそう縮まらないで」
いまとなってはなにも発生しようがないのだから。
それでも続けるのは彼の勝手だけどその場合は表に出さないでほしい。
「うん、ありがとう」
「ありがとうとか言わないでいいから」
「はは、言わせてよ」
今度は優しい顔になっていたから駄目だと言っておいた。
何度も重ねれば価値が高まるわけでもないからね。




