見合いの女神、燃ゆ――ある令嬢の神殿討伐記
「……神殿ゼーリエのご加護が、あなたにありますように」
そう告げられた瞬間、ミリーチャはもう涙を流していた。
ああ、ようやく運命の人が現れるのだ。そう信じていた。
彼女が祈願したのはたったひとつ――「未婚の独身男性」。
ただ、それだけだった。
神殿は、ミリーチャに“完璧な男”を差し出してきた。
ゼルス――整った顔立ち、静かな声、そしてまるで祈りの中から抜け出したような穏やかな微笑。
彼は言った。
「君のために、今日から五ヶ月間、夫として仕えよう」
――五ヶ月間?
最初は深く考えなかった。神殿の“試練期間”なのだろうと信じた。
だが、月日が過ぎ、ミリーチャが神殿への棄捨(お布施)をわずかに減らした途端、風向きが変わった。
神殿の修女たちが噂を流した。
「ミリーチャ様、既婚者を誘惑して穢れを受けたそうよ」
「ゼルス様は本当は神殿長様の伴侶だとか」
(私は勝手に不貞に巻き込まれた?)
ゼーリエの神殿長は女性である。どうやら結婚しているらしいと噂されていた。
噂は瞬く間に王都を覆い、ミリーチャの家門は恥をかかされた。
家族は沈黙し、婚約話はすべて白紙。
ゼーリエ神殿の聖女たちは、まるで慈悲深い顔をして、笑っていた。
――これが神の加護ですか?
ミリーチャは壊れた祈りの鈴を握りつぶした。
そして、神殿の裏帳簿と信者の証言を携え、王都新聞社の扉を叩いた。
記者たちは最初こそ鼻で笑ったが、
同じ被害を受けた女たちが次々に名乗りを上げたとき、事態は雪崩のように動いた。
「五ヶ月だけの夫」「一晩限りの神の御使い」「不貞の責任を信者が負う契約」――。
ゼーリエ神殿は、奇跡を装った婚姻詐欺と人身取引の巣窟だった。
翌朝。
聖堂は怒り狂う民衆によって包囲され、炎が塔を舐めるように立ちのぼった。
「ゼーリエ様はどこだ!」
「燃やせ、すべて燃やせ!」
だが、誰も彼女を見なかった。
燃え落ちる鐘楼の中で、ゼーリエは微笑んでいたという噂だけが残った。
――そして一年後。
新たに建てられた「慈愛の神殿エリュシオン」。
そこは誠実な愛のみで繋がるという神殿だった。
婚前の独身の男女が正式に婚姻届を提出し、愛を誓うのだ。当然、不貞など起こり得ない。
たとえ最初は愛のない政略結婚の男女であっても、愛さない相手から理不尽な暴力を受けないようアドバイスをしたり、屋敷を離すことや不当な条件はないか、婚姻の条文チェックなども行っている。
誠実な愛こそがこの世の正義だと、ミリーチャはその神殿で説法をしている。




