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廻れGirls!

 

 人々は常に回っている、ということは自明の理である。地球は自転しているのだと、どこぞの天文学者だかなんだかが発見してしまった。ゆえにその自分たちが乗る地球が回っているのだから、自分たちだけ回っていない、なんてどの口が言えるだろうか。

 また、人は廻る。周りの運命に囲まれながら、流されながら、回り、廻り、人は生きているのだ。回ることは人と切り離すことはできない。回るから世界があり、廻るから自分たちがいる。だから、私は回るのだ。



 ――と。独特の理論を脳内に展開させて、可奈は時を待つ。鉄棒の前に仁王立ちし、時ならず人を待つ。


 周りには誰もいない。華も佳梓菜も。

 校舎の方を向くと、ちらほらと好奇の目が自分に向けられているのを知る。そのなかには多分、華も佳梓菜もいるんだろう。

 ふんだ。見たけりゃあ、見るがいい。私の生き様を。拒みはしない。

 人の前に立って何かをやるような模範的生徒でも不良でもないことは自分で重々承知していた。が、特に嫌がるわけでもない。ただ、そういう場面にであわなかっただけ。

 今の可奈は一人のヒトとして、挑戦しようとしているのだ。そのためにこの約一ヶ月無駄に頑張ったなぁと、しみじみ。自分の痛々しい両手を見遣る。



――馬鹿じゃね?

 自身を嘲笑する声を、冷めた自分が出す。だが、そんな思いはたちまちに霧散した。

 努力をすることの何が馬鹿なものか。努力もせずに安穏としたところから努力する者を卑下してばかりいるやつらに、高みへとたどり着くことは叶わない。すなわち、自分のどこかにいる弱い自分。過去の自分。

 人を馬鹿にするだけ、自分の価値を下げているのだ。昔はまさに馬鹿だったなぁ。


 よし。

 かれこれ5分間妄想ならぬ精神集中に勤しんでいるうちに、時は来たようだ。遠い校舎のところに、待ち人を認められたから。


 気を引き締める。

 これが今までの総結集。

 努力の集大成。


 さぁ、本番だ。




   ◆


 

「でーけーなーいー」


「まあまあ」


 そんな決意を胸に抱いて戦いに望んだ三日前。可奈はじたばたと子供のように(今もだが)暴れ回る親友を慰めていた。


「まあまあ。そんな一朝一夕に出来るできるほど甘くはないよ」


「うぇー」


 華は自身の手についたマメを顔をしかめながら眺める。まあ、見ていて痛々しく、華が荒れるのも無理はないといえた。


「大丈夫?」


 可奈は一応心配してみる。

 この起源は元々といえば華の不用意な発言だ。可奈が申し訳なく思うことはない。けど、ここまでこの営みが継続されているのは、外ならぬ自分の責任だ。

 頑張ることで片原くんに見てほしい、と身勝手に言ったのに、二人は嫌な顔一つせずに手伝ってくれる。なんていい子達なの。可奈、感動! おっと自重。


「大丈夫だよ、こんなの。大体可奈の方が痛そうじゃん。大丈夫?」


 まさか自分が心配される側に回るとは。

 言われて可奈は自分の掌を見てみる。……なるほど確かにマメがつぶれて酷い具合になっている。

 今までこんなことしたことなかったからなぁ。女の子なのに。何してるんだろう。

 ……でも、後ろには引けない。それは可奈はある決意を固めていたから。



――大車輪を成功させたら、告白する。回転しただけ。



 後半のは冗談だが、これを心に誓った。ぶちまけてやろう、思いのたけを。

 もしかしたら、片原くんは陰で笑っているかもしれない(ないと思うけど)。自分のボロボロで女の子らしからぬ掌を見て引くかもしれない(実際ありそう)。彼女がいるから、といって断られるかもしれない(濃厚)。

 ……しかぁし。頑張った自分は自分だけのもの。どうなったって、努力した自分は変わらない。人に笑われるかもしれない。何してるんだ、って。だぁが、関係ない。それくらいの気持ちを抱いているのだ。笑われたくらいで止まってやるもんか。


「可奈。今めっちゃいい顔してるよ。抱き着きてぇー」

 

 華はにやりと笑って可奈に飛び付いた。


「許可してないぞー」と、可奈は半ば呆れ気味に華を引き離そうとする。


「いいじゃぁぁぁぁぁん。親友でしょぉぉぉぉぉ」


 押し返す度に語尾を延ばしてくるので、諦めた。なんか別のものも来たらしいし。


「抱き着きてぇー」


 感情の篭らぬ棒読みで同じ台詞をつぶやきながら、今度は佳梓菜がしがみていてきた。

 なんだ、あんたら。そういう趣味の持ち主さんですか。否定はしないけども、巻き込むのはやみちくりー。……まあ、冗談だけど。

 数秒もすると華は離れ、ニカッと笑う。快活な、見てて晴れ晴れするような笑顔だった。


「そんじゃもう一回転ぶちかますかぁっ!」


「御意」


 続いて佳梓菜。かっけーなー。


「よし!」


 可奈も二人に続いて、鉄棒に臨んだ。




   ◇




 どんなものにも限界がある。

 例えば、野球選手の投げる球がある一定の速度を越えられないように。例えば、陸上選手が一つのタイムを切れないように。

 今、可奈はその類の壁にぶち当たったように感じていた。

 一流でも越えられないほど大きすぎる壁ではない。他の多くの人が可能にしてきた所業だ。でも、可奈には高すぎる。ただの女の子には、高すぎる。


「できない……」


 人に一つ一つある、限界。それがここ。私の限界。

 小刻みに震える自分の両手が語りかけてくる。


『やめよう。片原くんにだって彼女がいるもん。私がいくら頑張ったって、無意味なもんだよ。不毛そのものだよ』


「うるさい!」


 言葉が一つ一つ絡み付いて、離れない。自分をがんじがらめにして、下に引きずり落とそうとしている。捕らえられたら、復帰するのは不可能だ。なので、可奈は耳を塞ぐ。ぜーったいに、耳は貸さん。

 でも。血だらけの手の平が直接耳に諭すのだ。


『や め よ う』


 そーだよ、もう! 私だってやめたいんだよ! だって痛いもん辛いもん女の子だもん汚れちゃうもん馬鹿らしいもん片原くんが振り向く確証なんてないもん付き合ってくれてる二人に申し訳ないもんもんもんもんもんもん――。




 でも、可奈は鉄棒を掴むのだ。 

 人が頑張るっていうのは、理屈じゃないのかもしれない。――だから、なんて理由をつけて頑張るんじゃなくて、それが人の本能。理由など関係なく、ただ、頑張る。すると明日が見える、未来が拓く、自分が見つかる――。


 可奈は回る。

 一人の人間として。

 逃げたりなんて、したくない。




   ◆




「片原くん」


 可奈は意中の相手が目の前にいるというのに、落ち着いた声で言った。同じく、大観衆の目前だというのに緊張した様子もなく、彼は口を開く。


「こんにちは、逢坂さん」


「うん」


「僕に用って何? あんな誘い方は初めてだったんだけど」


 言い、片原くんは苦笑する。少しばかり可奈の頬に赤みがさした。

 前日、可奈は大声で怒鳴ったのだ。教室内で。クラスメート見守るなか。テンションハイで。


『明日、鉄棒ンとこにきて!』


 キャラが崩壊した瞬間(可奈主観)だったが、クールでドライなキャラなんて、これからの重要性に勝るものではない。可奈はそう判断した。

 そんな可奈らしからぬ挑戦宣言に、人から人へと波のように情報が広がっていき、今、野次馬という観客が遠巻きに見守る中、二人は向かい合う。


「片原くん」


「はい」


 可奈のいつもと違う様子に気付いたのか、片原くんも真面目な顔で答える。


「今から大車輪を成功させます」


 可奈は言った。真剣に。マジに。リアルに。常人なら、そんな可奈を馬鹿にすることはなくとも、心の中で憐れむだろう。頭どうかした、みたいな。

 しかし、片原くんはそんなことなしに、頷く。


「はい」


 了承を得、可奈は移動して鉄棒を掴んだ。

 冷たい。が、なんでだろう、心地よい。もう鉄棒なんかじゃなく、相棒と呼びたいところだ。それくらいにもう仲良しだもんねーははは。

 でも、ゴメン。良い意味でも悪い意味でも、今日が最後だわ。成功しても、失敗しても、私はこれ以上頑張れないと思う。けど、任せてほしい。今日は今までで一番、誰よりも一番、頑張ってみせるから。そこから、また頑張れるようになりたい。今日までありがとう。また、どこかで会いましょう。

 相棒に感謝と惜別の念を送り、可奈は大きく息をついた。

 そして、蹴る。

 すると、回る。

 きっと、廻る。

 人生が、変る。

 変えて見せる。




   ◇

 

 再度現実は甘くないってことを気付かされた。先日には成功していた大車輪だったのに、いざとなると上手くいかない、回れない。理由なんかわからない。強いてあげるなら、手が痛い。

 可奈は段々焦躁から、涙目になってきた。あれ、なんなの? 私は思いをぶつけるのもままならず、鉄棒とサヨナラもできないの?

 回数にして、十の失敗を積み重ねた時、可奈はもう半泣きだった。涙脆い、というか精神的に脆い自分が嫌になる。

 さっきの決意表明にも関わらず……というかその決意表明がかえって重みとなり、可奈にプレッシャーを与えていた。成功させないと、と焦る程、動きは雑になっていき、体は縮こまる。もはや成功を見るのは厳しい状態である。

 観客も同感だったのか、息を整えるついでに見てみると、大半が姿を消していた。薄情もん!


 でも、目の前の人物は消えてない。確固たる意志を孕んだ瞳で、ただ自分を見つめてくる。止めようとはしない。ただ、見る。

 いじめ? ここにきたら抱きしめて、『もういいんだよ』でしょ。この赤い手が見えんのか。可奈はこういう時限定の乙女チックな妄想を発動させたが、そんなこと勿論起こりえない。


 さらに、失敗を積み重ねる。もう成功は無理かと思えた。実際問題、可奈の心は折れていた。自信が過信だったことを思い知る。もう無理、もう頑張れない。でも。


「見てるから」


 彼はそこにいた。呆れも落胆もしない。馬鹿な女だと罵りもしない。言うならば、成功を待ってくれていた。


「見てるから」


 繰り返す。その目は語っていた。『できる』って。 

 可奈の瞳はそれに反して俯く。言い方は悪いが、そんなのただの憐憫だ。自分が可哀相になったから、声をかけただけ。

 諦める? ここまできて? 逃げちゃうの?


――やだ。けど……。


 一度は壁を越えられたと思った。でもやっぱり無理だったのだ。こんなにボロボロになったけど。やっぱりあれが限界だった。無理してここまできたのは、空想か、はたまたなんだったんだろう。とにかく、もう回れそうにない。

 落ち込む可奈に、


「見てたから」


 また、片原くんは繰り返す。

 何度繰り返すのだろう。まったく女心をわかって……いや待って。一文字変わってないか。現在を指すものから、過去を指すものへと。

 可奈はその言葉に俯きがちだった顔をあげた。相手は少しばかり恥ずかしそうに頬をかいている。顔を赤く染めて、自分を見てくれている。ううん、見てくれていた。前から。わかった。気付けた。


 それだけだった。それだけが……可奈の心をもり立てる。力強く頷き、地を蹴る。今までとは明らかに違う蹴り。失敗なんて頭の片隅にも存在しない。宙を舞う。



 そして――。



 世界は、廻った。


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