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回れGirls!

 

「佳梓菜ぁーん!」


 隣のクラスで相沢佳梓菜の姿を見つけると、華は超スピードで駆け寄ってその小柄な体を抱きしめた。当人はさして困惑するわけでもなく、冷静そのもので揺さぶられている。


「何?」


「何、じゃないでしょ。このカワイコちゃんめー! ありがとねー」


「ああ……」


 やっと自分が何故抱きしめられているのか理解したらしい佳梓菜は、納得の意志を首をカックンと縦に振ることで示した。


「で、何をするの?」


「何を……て?」


 華は返答に口ごもる。可奈は横から口添えした。


「部活のことでしょ」


「ああ、ほら。くるくるーって回るんだよ。そう、ぐるりっと」


「……」と、佳梓菜。


「も、目標を大車輪にしてさ」


「……」


「し、知ってる? 鉄棒の上からだとね、世界が違って見えるんだよ?」


 あ、それ私が言ったやつ。でも可奈は黙認してあげた。


「……」


 両者サイレントすること数秒。無言重圧によって泣きを見たのは至極当然にも華の方だった。


「うわーん。可奈ぁ。やっぱり佳梓菜は苦手ぇー!」


 敗北を認め、可奈の背後に逃げ込んだ。可奈はため息をつきつつも、親友の敵討ち(半分自滅だが)のために一歩前に踏み出す。


「大車輪、女の子でも出来るってことを皆に見せる。そうすれば、無理だと思って何かに足踏みしてる人の背中を押せると思う。そう、頑張る。頑張るってことはなんにしても大事なことなの。私は……頑張る人になりたい」


 片原くんの受け売りをここでも使ってしまうとは。でも、確かにそう思う。今となっては可奈自身の思いだ。

 佳梓菜はぼーっと半口開けて、握りこぶしを作った可奈のことを見つめた。え、なに?と可奈が決まり悪そうに拳を下ろすと、


「……すごい」


ぱちぱち、という拍手とともに称賛の言葉を頂いた。

 

「確かに女の子に大車輪は難しい……。いや、男の子でもできない。でも、頑張る。うん、すごい」


 言い終えると、佳梓菜は可奈の両手を掴んだ。


「私も、頑張る。きっと回ってみせる。私のために、誰かのために」


 その瞳はとーっても輝いていて、可奈はうぐっと身を引いた。決して佳梓菜自身に引いたのではなくて、彼女が眩しすぎたのである。

 言えない。副音声に『片原くんに見てもらいたいから』という不純な動機があったなんて、言えない。ますます罪悪感で一杯になる。


「でも、私、逆上がりもできない。でも私、頑張るから。きっと回ってみせるから」


 健気ッ!! 可奈はその輝き瞬く双眸から目を背けた。悪しき自分はこの小さな天使に浄化されてしまう……。しかし、自分よりもっと小さくて悪しき者が近くにいた。


「ふふーん。なーらあたしのが上だね。あたし、も少しで逆上がりできるもーん。べろべろばー!」


 何故か佳梓菜に向けて対抗心、敵対心、その他諸々(殆ど黒い何か)を燃やす華はそういって舌を出した。が、


「子供」


 さりげなーく言われたたった一言で、華は撃沈した。




   ◇




「あれ? 増えてる」


 その声を聞いた時、可奈はベンチから跳ね上がった。それまで規則的に動いていた心臓も、爆発するんじゃないかってほどに動きを活発にする。ちらり、と振り返ると、そこにはやっぱり、


「か、か片原くん……」


 何故どもる、私。顔を真っ赤にしながら、可奈は自分のこういうとき役に立たないノミの心臓を責めたくなった。でも、彼はそんなことも意に介さず、


「や」


と片手をあげて挨拶してくれた。


「最近大会が近くってね。その練習がまったくきつくってきつくって」


「へ、へぇ。そうなんだ」


 なんだ、だからこっちにあんまり来てくれなかったんだ。可奈は安堵する。嫌われてたらどうしようかと思ってた。 

 片原くんの視線が自分の後ろに移ったようなので、自分も元の位地に戻った。


「三人……てことは同好会になったの? すごいなぁ」


「え、そう?」


 おかしくないのかな、やっぱり。鉄棒同好会なんて。自分が言い出したから、引くに引けないのかな? ごちゃごちゃ考えた可奈だったが、片原くんは力強く頷いていた。


「すごいよ。自分達で何かを作っちゃうなんて、すごい」


 片原くんはもう一度頷くと、今鉄棒と取っ組み合っている二人を見つめた。

 華はあと一センチそこらの差で回れずにいて、佳梓菜に至っては回るどころかただしがみついているだけだった。


「すごいよ。いいなぁ。僕も入ろうかなぁ」


「うん。……え?」


「大会終わったら考えようかな。逢坂さんはどう思う?」


「え、わ、私?」


 テンパる可奈。もう急展開すぎて何がなんだかわからない! だ、誰か通訳。


「そ、そんなに慌てなくても。冗談だから、安心して」


 ニッコリと可奈を安心させるために繰り出された笑顔も、可奈は寂しく感じた。あーもう、私の馬鹿馬鹿馬鹿! さっきのとこで笑顔で頷きさえすればよかったのに! どうしてこういうときは臆病者なの。


「あ、そうだ」

 可奈、自己嫌悪モード。ネガティブワールドの住人と化した彼女はがっくりとうなだれた。き、嫌われたぁ。


「あの、逢坂さん。ちょっといい?」


「は、はいっ!」


 一瞬にしてネガティブワールドから引き戻された可奈は、片原くんから一枚の紙を手渡された。


「大会、今週の日曜日なんだけどさ。もしよかったら見に来ない? 鉄棒の種目もあるから、きっとためになると思うんだけど」


 ポン、と手渡されたそれ――ただの陸上大会のチラシだが――をじっくりと見て、


「え゛?」


と可奈は硬直した。たーっぷり十数秒後、


「え゛え゛え゛え゛!?」


 絶叫した。 

 え、なにこれ、大会を見に来てくださいって? これって、え? なに? 脈ありってことですか? な、なんなの。だって普通の人にこんなこと言わないよね? 見に来てなんてさ。鉄棒のレベルアップ? そ、それだけ? もっと何かあるんじゃ……?

 可奈の頭脳はかつてないほどに回転、回転。最終的に処理できずにぷしゅーと煙を吹き始めた。


「じゃ、予定がなかったらでいいからさ、よろしくね!」


 爽やかに笑って駆けていく片原くんを見送った。


「やったー! 可奈、できたぁ、回れたぁ!」


 背後から華の歓喜の声と駆け寄って来る音。華は可奈が立ち尽くしているのを見て、


「可奈?」


と首を捻った。


「どうしたの? ……ん? その紙何?」


「華!」


 可奈は後ろからやってくる佳梓菜にも同様に、


「佳梓菜!」


輝きに満ちた顔で言った。


「日曜日、偵察に行くよ!」


 そこにかつてのネガティブ可奈の姿はなかった。




   ◇




 日曜日。


「すごい……本格的だ」


 佳梓菜はそうつぶやいて、先陣を切る可奈の後ろについていった。その可奈はといえば、猛然とした勢いであたりを見渡しながら歩いている。そんな二人の後ろをあくびをしながら、華が追い掛ける。


「ねぇ、可奈ぁ。もう座ろうよぉ。なんでずっとうろうろしてんのさぁ」


 三人はすでに大会の行われるスタジアムのなかに入っていた。地区予選だからか、客もまばらで席は腐るほど空いている。のに、可奈はずっと歩き回っているのだ。


「いい場所取らなくちゃしかたないでしょう」


「どこも一緒だよぉ。それにまだ朝の9時であたしまだ眠いんだよぉ」


「十分昼だよ。まあ、でもここいらでいいか」


 ついた席は最前列。八百メートルトラックの曲がりのところ。鉄棒の真ん前だった。


「うし。なかなかな」


と、満足げに可奈がつぶやけば、


「おぉ。そだね。見やすい!」


華が感嘆のため息をつき、


「ベストポジション。流石可奈」


佳梓菜がぽつりと言う。

 三人は仲良く並んで座った。

 

「さて、と」


と言いながら可奈が取り出したのは従来のデジタルカメラ。華も佳梓菜もその登場に目を丸くした。


「あの可奈、これは……?」


「ん? これってデジカメだけど?」


「じゃなくて。どうしてデジカメなんて持ってきたの? 使うところなんてある?」


 そう華に言われ、可奈は取り繕ったような笑顔を振り撒いた。


「ほ、ほら。回る瞬間を撮っておけばさ。これからに活かせるじゃん?」


 ハハハ、と可奈らしくない笑顔をみせるも、華はジト目をやめない。額にシワを寄せて、睨んでくる睨んでくる。


 元々華はこの偵察と称された催しに乗り気じゃなかった。華いわく、やりたいのは回ることであって、つまりはこれ以上他の人の回転を見てもしかたない、とそういいたいのだ。そんな華をなんとか説き伏せてやってきた手前、とりあえずは鉄棒に熱意のあるところを見せなければ。不審な行動はすなわち死(大袈裟)を意味する。ちなみに最初から一人で来るなんていう選択肢はなかった。

 しかし反対に佳梓菜の説得は容易だった。元来素直な彼女はちょっと言葉巧に言い寄ればホイホイついてくるんだぜ、へっへ。あれ、……なんか私ってば悪役になってない? 流石に我が儘に生きすぎたかもしれない。華や佳梓菜の貴重な休日を。


 忙しい可奈はそんなこんなで少し気落ちし始めたのだが、


「あ、逢坂さん」


というたった一言でそんな気持ちは吹っ飛んだ。もう後ろなんか振り返って後悔している余裕はない。前に進むのみ!


「かっ、片原くん!」


 グラウンドから声をかけてくれた人物に向けて手を振る。もうなんか華が不機嫌なこととか、佳梓菜が目を輝かせて辺りを見回しているなんてどーでもよくなった。ただ恋に生きるのみ! 女の子はみんなそうなの、と自分自身すらも説伏させた。

 

「来てくれたんだ。……って別に僕の応援しに来たわけじゃないのにね」


 いえ、あなたのため、それだけに来ました。と言えたらどれほど楽であろうか。でもいかんせん可奈は結構内弁慶であったりする。現状曖昧に笑って返すことしかできなかった。


「鉄棒は今からやる中距離のあとだからさ。もしよかったら僕の走りでも見ててよ。あ、他に用があったら勿論そっち行ってね」


「は、はい!」


 そう、すべては計画通り。鉄棒の前に中距離が入ることはわかっている。また、片原くんがそれに出場するという情報もクラスメートから入手済み。だからこんな早くから来たのだ。そしてデジカメはそれらを捉える、いわば記録者。そう、全ては自分の思い通りに進んでいた。

 片原くんが去っていくと、肩に重みがのしかかった。見ると、華がくーかーくーかーと寝息を立てている。


「起こしたらかわいそう」


 隣からは佳梓菜が華を思いやる言葉をかけ、立ち上がる。やっぱライバル(可奈の勝手な解釈だが)といっても友情は生まれるんだなぁ。しみじみとする可奈に、


「トイレ」


それをぶち壊す言葉を残し、佳梓菜は去っていった。もう少し優しく言ったらどうだろうか。女の子なんだから。



――だがこれで我がシャッターを邪魔する者はいなくなった。可奈は邪悪に微笑み、カメラを構えた。




   ◇




 片原くんがスタートラインに立った。少し遠くにいる彼の姿をよく見ようと、可奈はデジカメの望遠機能をONにする。 

 デジカメのなかに映るのは、片原くんのマジ顔。やばい、かっこいい。憧れるぅ。……というのは話が進まないため横に置いといて、と。

 周りの選手たちもなんか屈強そうな人ばかりだ。少し痩せ型の片原くんが小さく見えるくらい。ここの予選は激戦区だから片原でも難しいかもよー、と友達が言っていたのを思い出す。え、もしかして片原くんピンチなの? 可奈はそわそわと無意味に周りを見渡した。見えたのは華の幸せそうな寝顔おんりー。

 いや、いくら自分がこんな遠くから心配したって、何の意味もない。可奈はただ応援するために、息を飲んだ。


 とかなんとか一人でやっている間にも、彼らはもうスタートをきる姿勢をとっていた。危ない危ない。中距離走とはいっても、短距離同様スタートは重要だ。もしここで躓けばすなわち敗北だろう。

 ぐっと気合いの込める選手たち。可奈も気を引き締めて見守った。


『いつについて』


 係員さんの声。それから一拍置いて、拳銃の空砲があたりに鳴り響いた。と、同時に選手たちはスタートした。みんな、早い。あっという間に可奈の前を一陣の風の如く通り過ぎて、ゴールへと向かっていった。


「あ゛!」


 しゃ、写真! 慌てて構えたときにはもう遅い。その液晶画面には一番に走り終わり、笑っている片原くんの姿が映っていた。




   ◇




「や、やったぁ!」


 少しばかり反応が遅れたが、可奈は声を張り上げた。写真にその凛々しい姿をおさめることには失敗したが、そんなことはどうでもいいくらいにテンションは上がっていた。 

 当の片原くんはやったー、とガッツポーズをし、仲間たちとじゃれあっている。ああ、私もあんなかに入りたいッ、とは流石に思わなかったが、その姿を保存したいとは思った。別にばちはあたらねーべー、とカメラを構え、画面を覗き込んだ。そして、シャッターを切――


「え?」


 目前の景色が信じられず、可奈は口を阿呆のように開けた。

 はっきり事実だと悟ったとき、思わず可奈は御父上様様から土下座までして借りてきたデジカメを取り落とした。

 落下の衝撃で映りの悪くなったデジカメには、――二人の男女が抱き合っている姿が映っていた。




   ◇




 う、うううう嘘だぁ。可奈は昨日のことを思い出し、ベットの中で震えていた。ガーン、と背景に文字が出てきそうな程に、その落ち込み具合は酷い。壊れたカメラを持って怒鳴り込んできた父も回れ右して出ていったほどだ。ひたすらにアパシー。無気力。もうだめ。ニートになっちゃう。

 それもこれもつい前日に抱き合っていた二人のことが原因だー。事前の調査で片原くんには彼女はいないって話だったのにぃ。それを友達から聞いたとき、どれほど恥ずかしかったことか。


 とにかく落ち込む。ひたすらに落ち込む。もう前を向いて歩くなんてことはできないかもしれない……。それほどに可奈の受けたショックは強大なものであり、また、彼を想う気持ちも結構あったということだ。

 あ、だめ。今そっちのこと考えると涙腺が崩壊する。


「可奈ー。大丈夫? お粥でもつくろーかー?」 

 めったに学校を休まない我が子を心配して、階下からは母親の声が飛んでくる。


「いいー。ほっといてー」


 鼻声になるのを精一杯に防ぎ、返す。下にいる母親がため息をついたような気がした。つきたいのはこっちじゃい。母も父も弟も、大事な家族のピンチだってのに労ってくんない。ぐすん。と、ネガティブな可奈は先程の母の言葉も忘れて、ベット内でぐずる。

 数秒後、そこからは気持ち良さそうな寝息が立ち始めた。




   ◇




 ピンポーン。


 ん。なんか聞こえた気がした。


 ピンポーン。


 うるさいな。なんですか。


 ピンポーン。


 なによ、もう。誰か出てよぉ。可奈はもぞもぞとベットから頭だけを出し、近くにあった目覚まし時計を見た。四時十二分三十六秒。父は仕事中、母はパートに出掛けてるし、弟も部活。よってこの家には自分しかいないことを悟る。


 ピンポーン。


「ああん、もう!」


 こうなったら意地でも出たくなくなってくる。ぜ、絶対に出てなんかやらないんだから! ツンデレ風味になってしまうのもひとえに頭が混乱しているからだ。なんかもう世界のすべてが敵なんじゃないかって錯覚に陥ってくる。ま、所詮八つ当たりですけどね。


「わ、私からは開けないんだからね。入りたければ入ればいいんだわ!」


 他に誰もいないという開放感と、こんがらがる脳のせいで、いつもはしないようなことを頬を膨らませるのと同時に言ってみた。


 ……死ねる。これ以上生き恥はさらせない。


 しかしチャイムは鳴らなくなっている。へっへー、ざまあみやがれぃ。とことん性悪となった可奈は謎の優越感に浸った。

 が、とんとんとん、と何者かが階段を上ってくる音を聞いて、全身が総毛立った。 


「えぇ?」


 泥棒さん? もしかして私がツンデレ風に入って来ることを促したのが聞こえちゃったの? いや、母が鍵をかけ忘れたのかも――。とにかく他人の侵入は否めなかった。

 身の危険を察知して、可奈は後ずさる。壁と背中合わせになるまで後ずさった。や、やばい。

 とんとん、と今度は扉が叩かれる音。り、律義な泥棒ですこと。可奈は緊張しきった頭でそんなことを考えた。そして、ドアが開かれる――


「ハーイ! 華ちゃんだよー!」


 ずるっ。現れたのは制服姿のハイテンションな親友。まあ、ね。こういうオチってのは想像できてましたよ。可奈は弟の修学旅行のお土産である木刀に伸ばしかけていた手を止めた。


「お邪魔します」


 その背後からは華とは違って礼儀をわきまえた佳梓菜が顔を出した。人の家に、隠してあった合い鍵を使って侵入してくる華とは違い、お辞儀をする。うん、やっぱりいい子だ。

 可奈は安堵のため息をつきながら、


「で、なに?」


と、心とは反対に冷たい調子で言った。


「何って、お見合いでしょう。可奈、昨日から具合悪そうだったじゃん。やっぱ風邪?」


 コクコク、と佳梓菜は華に相槌を打つ。


 そうなのだ。可奈は昨日、あの光景を目の当たりにしてから、一気に血の気が引き、トイレから帰ってきた佳梓菜と起き上がった華に驚かれ、家に運び込まれたのだ。一時は救急車がどうとかの大騒ぎに発展もしたらしい。らしい、というのは幸運にも可奈はその時の記憶を失っている。ショックが大きすぎたみたい。

 

「で、大丈夫なの? 可奈がいなかったから淋しかったよー」


 びえーん、と自らの気持ちを擬音によって表し、華は(仮)病床の可奈に抱き着いた。その心底心配そうな顔にはいくら可奈でも申し訳なくなる。ぺこり、と素直に謝罪。


「心配かけて、ごめん。今日は来てくれてありがとね。佳梓菜も、ありがと」


「私たちは友達だから、当たり前」


 佳梓菜のいつものポーカーフェイスに親指立ちが追加され、可奈も知らず笑みが漏れる。華が眉根を下げながら、


「でも可奈本当に大丈夫? まだ具合悪そうだけど」


「まあ、大丈夫」


 可奈の顔は青い。まあ病気云々というよりは、精神的なものだけど。


「……やっぱり片原くん関係?」


「うん」


 ……………………………ん?


「んごぇ!?」


 一度は頷きかけたが、待て待て。ストップ止まれぃ! 何故そのことを知っている我が幼なじみよ。誰にも言ったことは勿論ないし、そんな気持ちを態度に出したつもりもない(可奈主観)。なんでなんでなんで。幼い子供のように理由を求める言葉を脳内で連呼する。

 ただそうやって口を開閉しながらも、何も出来ずに真っ赤になった可奈を見て、華はため息をついた。


「やーっぱり」


「な、なんで?」


 犯行を見破られた犯人が探偵に種明かしをねだるが如く、可奈は喉をカラッからにさせて尋ねる。ただただ困惑する犯人に、名探偵は告げた。


「何年幼なじみやってると思ってるの? 可奈のことなら正直誰よりもわかってるつもりだよ。それに、可奈ってば本っ当にわかりやすい。あたしはもう可奈と片原くんが話してるところ見ただけでピコーンだったよ」

 

 ふふん、と自慢げに胸を張る華。反対に可奈の顔は信号でいう“止まれ”から“通ってよし”の色へと急変した。トマトから青汁のように、急転直下。

 え、つまり華はそれをずーーっと前から知っていて、あえて今まで触れてこなかったってこと? なのに私はこれまたずーーっと知るはずないって、たかをくくってたの? ヤバイ、恥ずかしい。化粧してるとこ、弟に見られた時並に恥ずかしい。もうだめ、色んな羞恥から生きてけない。


「そ、そう。そうだよ、可奈」


 隣で驚愕をその顔に貼付けたまま、知ったかぶって頷く佳梓菜は目に入らない。それよりも、


「知ってたなら……なんでついてきたの?」


 要するに、華は可奈が片原くん目当てで陸上大会へ行こうと言ったってこともわかっていたはずだ。なら、断っても良かったのに。というか断るべきでしょう。


「親友のことを応援しない子がどこにいるの? 可奈ってば言ってもくれないし」


 華に伝えなかったのは、おんりー羞恥心。だって実らなかったら格好悪いし、華に色恋沙汰の話をしたことなんてあんましないし……。


「あたしが余計なことでもすると思ったの? ……だとしたら悲しいな。あたしはいつでも可奈の味方なのに」


 後半もう少し愚痴が入っていたが、可奈の耳には届かなかった。


「うっ……」


 可奈は意図的にじゃないにせよ、いつでも邪険に扱ってきたっていうのに、華……。あんたって子は。ここ数年間、ドラマ以外で崩壊することのなかった涙腺が爆発した。


「ハナァ!」


 可奈は心友を抱きしめた。 

 涙で前が見えないぃ。鼻水ずるずるぅ。こんにゃろう、私をこんなにしてどうするつもりだぁ。

 決めた。もう私は素直な子になる。ツンデレなんて知らない。可奈は頷く。華のように、邪気も何もなく、相手を信じられるような子に――


「うへへ……。計画通りぃ」


 華はまるで黒いノートを持って世界を変えるだの言い出した新世界の神のように、笑った。めっちゃ嬉しそう。何故。……私が抱き着いてるから?

 涙でなんか刹那で引っ込んだ。


「この、変態ッ!」


 渾身のデコピンを見舞い、可奈は華から離れた。華は涙目になりつつも笑顔のまま言った。


「でも味方なのは本当だよ。応援してるのだ」


 まあ、華は変態だがいい子じゃないわけでもなさそうでありながら実はそういうわけでもなくなくなく……以下略。やっぱり素直になれない可奈はぷいっ、とそっぽをむいた。


「私も」


 そして佳梓菜も賛同の意志を示してくれた。再び泣きそうになるのをぎりぎりで押し止める。

 二人には秘密をつくる必要はないと思った。




   ◇




 可奈はすべてを吐露した。趣味のことで片原くんと意気投合してそれから恋してるということも、鉄棒に献身的だったのはそれが理由だったということも、今気落ちしているのは片原くんと知らない女子が抱き合っていたからだということも、ぜんぶ。

 話し終えた可奈は自分の部屋の中だというのに萎縮しきっていた。体育座りで、挙動不振。

 だってだって、佳梓菜の前で一生懸命頑張る云々て言ったのに、それが嘘だったなんて。いや、結果は嘘じゃないけど、原因が問題なんだ。


 隠し続けていた真実を白日の元に照らし、可奈は恐る恐る二人の方を向いた。 

 うわ。二人ともうーんなんて言って唸ってる。自分の行為の不純さについて呆れているんだ。きっと処罰について悩んでいるに違いない。確かに華が自分と同じことしたら、……どうするだろう。怒るのかな? いや、それはいい。結果的に騙してたんだ。許されることじゃないもんね、と可奈はぐすん、鼻をすすった。


「軽蔑していいよ。私だって人間だもん。恋もするよ。女の子だもん」


 うわ、私きも。と頭の冷静な部分がつぶやいてくる。でも、見捨ててほしくない。本当は軽蔑してほしくもない。


「だからさ……でもね……」


 要領を得ない言い訳が口から零れ落ちる。自分の弱さを痛感した。一匹狼気取ってみたりもしたけど、こんなにも脆弱。

 でも、


「何言ってるの、可奈」


この二人なら、自分を見捨てたりしないとどこかで思ってた。


「誰も可奈を軽蔑したりしないよ。ううん、むしろ尊敬する。だって可奈は誰かのために頑張ってたんでしょ? あたしには真似できないもん」


 華……。


「可奈は頑張ってるのは私たちが一番よく見てた。だから可奈がどれだけ思いを込めていたか、わかる。理由がどうこうじゃなくて、結果可奈は頑張った。それはやっぱり凄い」


 佳梓菜……。


「それにさ。誰のために、何のために頑張ったって、頑張った可奈は可奈だけのものじゃん。胸張りなって」


 くっ。今日という日は厄日か何かなの。こんなにも涙腺がブレイクされそうになる日なんて、いまだかつてなかった。ライフポイントはゼロ。だけど、これから復活する。転んだままなんて、私のプライドが許さない。

 ぶんぶんぶん、と頭を大仰に振って、ぱんぱんぱん、と頬を思いっきり叩く。そして、二人に全力で頭を下げた。


「ありがと!」

 

 ちーん、と鼻をかみ、ちり紙とともにネガティブ思考をごみ箱へポーイ。滅却を確認すると、華に向き直った。


「で、どう思いますか?」


「へ、どう、とは?」


「私の思いです。まだ諦めておりませぬゆえ」


「んー……」


 華は唸って腕を組む。可奈も、うーむ。なんだか勢いに任せて時代劇風に言ってみたが、華も自分同様、恋愛経験豊富で男なんてちょろいちょろい、ってタイプではない。むしろ逆だったり。そんな彼女に意見を求めるのは間違っているのか。可奈は真っ赤になって知恵を振り絞ろうとしている華を、多少憐憫の情を含んだ瞳で見つめ、


「佳梓菜さん」


 くら替え。華がオーバーヒートして倒れ込んだのを確認すると、次はちびっ子クールビューティに意見を求める。華と違って大人っぽい佳梓菜の言葉ならば、説得力に申し分ない。


「まず、状況から整理しましょう」


 おぉ、カッコイイ。熟練の恋愛エキスパートさながらの雰囲気を醸し出している。


「まず、片原くんて誰?」


 可奈はもうそれはひな壇芸人の如くずっこけた。もう、絶叫したい気分だ。さっきの威厳はどこに消えうせたのさぁ。まあ、よくよく考えれば同じクラスの可奈と華はまだしも佳梓菜は面識がないのだった。

 鉄棒のところにたまにくる男子、と伝えると、目を見開いて大袈裟に納得の意志を示す。今まで知ったかだったのか。華よりこっちのほうが子供っぽいと、可奈は思い始めた。


「私も恋愛はよくわからないけど……」


 佳梓菜は優しい口調で言った。


「目に見えるものが真実とは限らない。こう、と決め付けるのは傲慢なだけ。きちんと聞いてみるのがいいと思う」


「……うん」


 でも、怖い。それが真実だったら? 諦めろって? そんなぁ。それに彼女でもないのにそんなこと聞けないって……。


「もう!」


 現場復帰した華はがばっと起き上がり、開き直って言った。


「大体よく考えたら、可奈に好かれて嫌な人なんていないでしょう」


「あんたじゃないんだからさぁ」

 

「えぇ? だって佳梓菜もそうでしょ? 別に嫌じゃないよね」


 相槌を打つ佳梓菜。そしてその瞬間、彼女は閃いたかのように目をぎらぎらさせて口を開いた。


「片原くんの好みは頑張ってる人! だから頑張って大車輪をして、告白すればきっとメロメロになる!」


 な、なにを根拠に。


「そうか、……そうだよ可奈! きっとあたしたちはこのために回ってきたんだよ。回ろう! そして世界を廻そう! あたしたちが世界を動かすんだよ!」


「ちょ、ちょっと。話が大きくなりすぎ……」


「可奈ッ!」


 バシッ、と布団を叩かれ、可奈は口を閉じる。


「可奈が告白して断る男なんていない。そして大車輪を成功させれば、世界中の人はとりこになります! 回ろう!」


 言っていることは無茶苦茶だが、華の目は輝いていた。同様に、佳梓菜も。一生懸命がカッコイイという片原くんの気持ちもわかった気がする。自分のことを一生懸命応援してくれる二人は発光していて、自分もこうなりたい、と素直に思わされた。


「うん!」


 可奈は大きな声で応えた。


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