表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

8話 魔法を解かれて

 ゆっくりと目を開くと、窓から差し込む優しい光が、私の視界を柔らかく照らし出した。



 微睡みのような感覚から覚醒するにつれ、ぼやけた視界が徐々にクリアになっていく。



「ふぁ……っ!!!!!!」



 のんきに伸びをしようとした私は、目の前の光景に気付き、声にならぬ悲鳴を漏らした。



 見開いた目に映った鮮明な視界の中に、酷く顔色を悪くしたリアスの顔が飛び込んできたのだ。

 あまりに具合が悪そうで、心臓が縮み上がった。



 すると、何を勘違いしたのだろうか。



 目覚めた私の反応を見るなり、リアスはただでさえ血の気を失ったような顔に、絶望の影を落として口を開いた。



「ちゃんと、魔法が解けたみたいだね……。本当に今までごめん。すぐに離婚の手続きをするから――」

「待って、リアス」



 サッとベッドから起き上がり、私はぎこちなく口を動かす顔面蒼白になった彼の手を掴んだ。

 そして告げた。



「私、あなたのことが好きよ」

「え?」

「私、ちゃんとあなたのことが好き……。魅了魔法にかかっていなかったみたいっ……!」



 心の曇空が一気に晴れ上がるようだった。

 私がリアスを愛する気持ちは、目覚めてもなお健在だったのだ。



 リアスを見るだけで愛おしく感じるし、彼の戸惑う姿すら可愛く思える。



 抱き締めたりキスしたりすることだって、厭わず彼にしてあげたいと思える。



――これで好きじゃないなんて、ありえないわ。



 嬉しさが込み上げた私はその想いが伝わればと、はしゃぎながら彼の首に腕を回して頬に口付けた。



「リアス、私たち離婚せずに済むわね!」



 そう言ったところ、なぜかリアスは私の腕を掴んでするりとその頭を抜いた。



「リアス?」



 予想外の行動に戸惑い彼を見つめると、真顔のまま目だけを見開き、顔を真っ赤に染め上げた彼の姿が映った。



 また、彼は見つめる私と目が合うなり、キスした頬にパッと手の甲を添え、信じ難いものでも見るような視線をこちらに向けた。



 リアスのこの挙動に、私は思わず首を傾げた。

 魔法は解けて一件落着のはずなのに、どうしてこのような反応をするのか分からないのだ。



 すると、リアスが突然後ろに振り返った。



「どうなってる!? 魔法を解くのに失敗したのかっ?」



 リアスが驚きの籠った声を発した方を見ると、そこにはアルチーナがいた。



 彼女はリアスにかけられた言葉がよほど心外だったのだろう。軽く眉をひそめ、肘を覆うように腕を組み直した。



「そんなわけないじゃない。ちゃんと魔法は解けているはずよ」



 非常に落ち着き払った声だった。



 だが、リアスはどうにも納得できないらしく、再び口を開いた。



「じゃあ、どうしてエリーゼはこんなことを言うんだ?」

「それは……奥様があなたを好きだからじゃない?」



 よく言ったわ、アルチーナ。

 私は彼女の返しに、心の中で鳴り止まぬ拍手を送りながら賛同した。



 まさにその通りだもの。



 しかし、リアスは懲りなかった。



「そんなわけない。きっと魅了魔法が残っているから、こんなことを言うんだ」



 そう言い張るリアスの言葉に、私は自身の耳を疑った。



――アルチーナは分かるのに、どうして夫のリアスが分かってくれないの?



 私にかけられていた魅了魔法が解けたと、リアスがあまりに信じてくれない。

 そのため、私は辛抱たまらず彼に声をかけた。



「ねえ、リアス」



 名前を呼ぶと、背を向けていた彼が私の方に反射的な速さで向き直った。



「私にかけられた魔法はちゃんと解けたわよ。どうして頑なに否定するの?」

「っ……」



 リアスは根拠もなしに、誰かを疑うような人ではない。二年も夫婦をしていれば、それくらい分かる。



「ねえ、リアス。教えてちょうだい。何かそう思う理由があるんでしょう?」



 彼の本音を聞き出そうと、あえて優しく声をかけた。



 すると途端に、リアスは言いようのない悔しさを滲ませるように顔を歪ませた。



「……ロベルト・ウィンクラー」

「え?」

「君が本当に好きなのは、ロベルト・ウィンクラーのはずだからだ」



 あまりに想定外過ぎる。そんな人物の名前を出されて、私は思わず動揺した。



「どうして、そこでロビンが出てくるの?」



 まるで意味が分からなかった。

 だが、リアスにはそう考えた彼なりの理由があるのだろう。



 記憶の片端から疑われそうなことを懸命に思い出していると、彼の方が先に口を開いた。



「君がロベルト卿に、二十歳までに婚約者ができなかったら結婚しようと言われて、いいよって答えていたじゃないか」



 リアスの言葉を聞き、背後のアルチーナが「あらやだ、奥様!」なんて声を漏らす。



 一方、リアスはこれまでのとめどない思いを溢れさせるように、早口で言葉を続けた。



「俺が魅了魔法をかけたきっかけは、間違いなく彼の存在があったからだ。エリーゼを他の誰のものにもしたくなかったっ……」



 彼はそこまで言うと、深呼吸のようなため息をついた。続けて、弱り切ったか弱い声を零した。



「あのとき君は、あと半年もすれば二十歳だった。だから……焦ったんだ」



 ……まさか、リアスがロビンのことをこんなにも気にしていたとは。

 これまで一度たりとも、そう考えたことは無かった。

 思ってもみなかった。



 ロビンこと、ロベルト・ウィンクラー。



 彼は確かに、当時十九歳の私に結婚しようと言った。私も間違いなく、その話に乗った。



 ただ私の場合、ベルガー公爵家が行き遅れの娘がいる家門だと泥を塗られないようにする、という目的ありきで成立したもの。



 つまり、貴族としての義務を果たしつつ、双方の社会的地位を保証するための結婚話だったのだ。



 だから、私は彼に恋情という思いは欠片も抱いていなかったし、今も抱いていない。

 それは彼も同じはずだ。



 だって、そもそもの私とロビンの関係は、実質姉弟だったから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ