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13話 めげずに助け合って

 互いに仕切りを超えることなく夜を明かした私たちは、早朝から馬車での移動を再開した。



「涼しい時間帯だと、馬が楽なんだ。とはいえ、ちょっと早すぎたかな?」

「ううん、そんなこと無いわよ。昨日寝るのが早かった分、今日早く起きちゃったからちょうど良かったわ」

「それなら良かった」



 こうして、何気ない会話を楽しんでいたときだった。突然、馬がいななき馬車が止まった。



「どうしたのかしら!?」

「しっ……」



 リアスは咄嗟に私の肩を抱き寄せると、その大きな手で私の口を覆った。そして、そっと私の耳に顔を寄せ、声を押し殺して囁いた。



「人気の少ない朝方を狙った盗賊かもしれない」

「っ!」

「エリーゼ、絶対に馬車から出ないで。声も出さないように。……待ってて、俺が様子を見てくる」



 声を出せないもどかしさを抱えながら、心配を目で訴えかける。



 すると、私の不安が伝わったのだろう。

 リアスは安心させるためか、騎士の誓いをするように私の手の甲に口付けた。



「大丈夫、すぐ戻る」



 そう言い残し、リアスはそのまま馬車から飛び出して行った。

 その直後、馬車の外から野太い男たちの声が聞こえてきた。



「おいおい、お綺麗な方が出てきたぞ! 今日は当たりだな、おめーら!」

「おおっ! 馬も立派だし、こりゃあ金になりますよ!」

「こんな美男子、誰もほっとかねーに決まってらあ! 身代金、たんまり稼がせてもらうぜぇ!」



 馬と身代金目的で馬車を襲うとは、なんて野蛮な人たちだろうか。

 汚い笑い声がリアスを煽る声を聞き、自ずと握る手に力が入る。



「通してくれないだろうか」



 馬鹿にされているにもかかわらず、冷静で低姿勢なリアスの声が耳に届いた。すると間髪入れず、下品な男たちの嘲笑が響き渡った。



「この状況で素直に通す馬鹿、いるわけねーだろ!? その綺麗な顔みたいに、脳までツルツルってか?」

「通りたいってんなら通してやるよ。ただし、俺ら全員倒してからな! まあ、無理だろうけど」



 心底人を馬鹿にする人たちだ。本気で心の底から苛立ちが募る。

 だが、どうやらそれはリアスも同じだったらしい。



「今の言葉に違いは無いか?」

「ああ? 何言ってんだ?」

「お前たちを倒したら通す。その言葉に間違いはないのかと聞いている」



 初めて聞く彼の冷徹な怒り声だった。

 しかし、盗賊からしてみれば綺麗な顔をした美男子が、恰好を付けているようにしか見えないようで。



「マジで言ってるのか? ははっ、こりゃあいい。受けて立つぜ」



 男たちが馬鹿にしたようにせせら笑う。

 その声が聞こえた直後、いきなりガキンッ! と剣がぶつかり合うような音がした。



 その音を皮切りに、剣戟の響きがしばらく続く。

 だが、リアスが出て行ってから五分もすれば、その音は鳴りを潜めた。



――終わったの……?



 リアスに音を出すなと言われている。ただ、どうしても様子が気になった。



――覗くくらいなら大丈夫よね?



 馬車の前方の窓のカーテンに手をかける。そして慎重に慎重に、ほんの少しだけ外の景色を覗き見た。



 すると、そこには盗賊たちを倒し終わり、全員の身体を御者とともに縄で縛るリアスの姿があった。



――まさか、たった一人で六人も倒すだなんて。



 驚きながら、私はカーテンを閉じホッと息をついた。



 それにしても、ここはどこなのだろうか。



 宿からそう遠く離れていない。だが、リアスの周りの景色は人の気配など無いような場所のように見えた。



――森の通り道というところかしら?



 なんとなく辺りが気になり、今度は側面のカーテンに手をかけ、ほんの少し外の世界を覗く。



 そのとき、不審な男の姿を捉えた。御者ではない。今リアスが縛っている盗賊と同じような服を着た人……。



――もしかして、隠れていた盗賊!?



 慌てて前方のリアスを再び見る。御者ともに男の様子に気付いていなさそうだ、



 幸いなことに、その男がいたのは馬車の乗降口とは逆側だった。そうと気づけば、私の身体は勝手に動き出していた。



 音を立てないよう、最大限の配慮をして馬車からこっそりと降りる。リアスにすら気付かれないくらい、身長に慎重を期す。



 そして、ちょうど男から死角になる位置を見つけ、彼らの監視を始める。それから程なくして、その男は間違いなくリアスを狙っているのだと確信した。



――このままではリアスが危ない!



 咄嗟に辺りをきょろきょろと見回す。

 すると、恐らく倒された盗賊の持ち物であろう、鉄でできた剣の鞘が目に入った。

 また同時に、完全にリアスへの攻撃態勢へと移った男の姿を横目に捉えた。



 その瞬間、私は自分でも驚くほどの速さで鞘を拾い上げ、躊躇い無く急いでリアスの元へ駆け寄った。



 そして、手にもったナイフでリアスを背後から刺そうとした男の後頭部を、その鉄の鞘で思い切り打っ飛ばした。



 ゴンっ――



 鈍い音がその場に響く。



 私の攻撃と同時に振り返ったリアスが蹴り飛ばしたナイフが、カランと音を立て地面に落ちた。



「エリーゼ!」



 リアスは私と目が合うなり、幽霊でも見たかのように美しいアーモンドアイを見開いた。

 しかし、すぐにその絶世の美貌を強張らせた。



「リアス、あの――」

「エリーゼ、とりあえず馬車に戻ってくれ」

「え、ええ……」



 言われた通り、大人しく馬車に戻る。それからしばらくすると、警邏隊に男たちを引き渡したリアスが馬車の中に入って来た。




「リアス、あの……勝手に馬車から出てごめんなさいっ……。ただ、あの男が見えて――」



 話しの途中であったが、私はその続きを口にすることができなくなった。

 突然、リアスが強い力で私を抱き締めてきたのだ。



「リ、リアス……?」

「エリーゼが無事でよかったっ……。君に何かあったら、死んでも死にきれないっ……」

「ご、ごめんなさい……」

「……俺を助けに来てくれたんだろう?」



 リアスはそう言うと、私から身体を離し、向かい合って口を開いた。



「ありがとう。助かったよ。ただ、もう二度とこんな無茶だけはしないでほしい。エリーゼは俺の命よりもずっと大切なんだ。どうか金輪際やめてくれ」

「う、うん……」



 戸惑いながら頷くと、リアスはピンクの瞳にウルウルと涙を溜め、再び私を抱き締めた。



「君がいなくなったら生きていけないんだ。どうか俺より先に死なないでくれ」

「それは約束できないんだけど……。というかリアス」



 私の声に反応し、リアスが顔を上げる。



「久しぶりに、あなたから抱き締めてくれたわね。嬉しいっ……」



 私はそう言って、彼を思い切り抱き締め返した。

 すると、リアスは途端にオロオロと「これは、ちが、その……」なんて言い始めた。



――可哀想だから放してあげましょうか。



 久しぶりの抱擁に満足し、私はリアスから腕を解く。

 目線を上げたその先には、ヴィルナー公爵家の庭の薔薇に負けないほど、真っ赤になった彼がいた。



 リアスに心配をかけてしまったことは、本当に悪かったと思う。



 だけど、この彼の顔を見るだけで、心にまるで光が差したような気持ちになった。



 ◇◇◇



 また一晩泊まり、私たちは昨日と同じ時間に宿を出た。


 一晩目の宿泊と同じく、ベッドには仕切りを設けていたが、心の距離は昨日までよりずっと縮まったような気がしていた。



「休憩も入れて、あと二、三時間で到着するはずだよ」

「メーデイアは、人里離れたところにいるのね」



 魔女の女王と称される彼女は、いったいどのような人物なのだろうか。

 情報の欠片を頼りに、彼女を想像してみた。



 するとそのとき、突然ガタンと馬車が音を立て止まってしまった。



「何が起こった?」



 リアスが馬車の窓を開け、御者の男性に訊ねる。

 すると、御者は馬車から降りて、やってしまったとでもいうように顔を歪ませた。



「申し訳ございません。どうやら、車輪がぬかるみに嵌まったようです」

「馬では駄目そうか?」

「はい。一車輪のみですが、結構深いようで……」



 リアスはその言葉を聞くと、私に「ちょっと待ってて」と言い残し馬車から降りた。そして、一分と経たずに戻ってきた。



「どう? 大丈夫かしら?」

「安心して、何とか対処できそうだ。ただ道具がないと無理そうだから、御者に道具の手配を頼んだ」



 彼はそう言うと、カーテンを指で挟み外をチラッと覗いた。



「早いな。もう道具を借りてきたみたいだ。エリーゼも今回は降りてくれる?」

「分かったわ」



 リアスに素直に従い馬車から降りると、御者の男性が両手に道具を抱えて私たちの目の前に走ってきた。



「こちら借りられました」

「ありがとう」



 礼を言ったリアスは御者の男性が握る二つのスコップの内、一つを手に取り車輪付近の土を掘り始めた。



――てこで車輪をあげるつもりね。

 それなら、支点になるものがないと。



「すみません、そのスコップを貸していただけませんか?」

「え? 奥様?」

「見ているだけでは申し訳ないです。私も夫と掘りますから、そのあいだあなたは支点となる石を探してきてくださいますか?」



 きっと、てこはあそこに捨てられている、平らな角材を使うだろうから。



 そう考えを巡らせているうちに、御者は私にスコップを渡し、支点となる石を探しに行った。



――よし、頑張ろう!



 気合を入れて、スコップを持ち作業中のリアスの元へ向かう。すると、リアスは私を見るなり驚き顔になった。



「どうしてっ! エリーゼは何もしなくていいんだよ……?」

「そんなわけにはいかないわ。私にも出来ることがあるのに、見ているだけなんて嫌よ」



 リアスは私の言葉に、何かもの言いたげな顔をする。だが、しつこく止めようとはしなかった。



 それから五分が経過した頃、ちょうど良いサイズの石を持った御者が戻ってきた。



「これはいかがですか?」

「ちょうどいいサイズだと思いますよ」

「ほんとだな。ありがとう。じゃあ、この板を嵌めて押している間、馬車を前に進めてくれるか?」



 リアスのその指示を聞くと、男性は張り切って御者台に座る。その間に、板を車輪の下に差し込み支点を設置する。



 そして、リアスが御者に合図を送るとともに、二人で差し込んだ板の先端を押すと、てこと馬の推進力が合わさり、車輪をぬかるみから出すことに無事成功した。



 ちょっとしたことかもしれない。しかし、私の心には達成感が広がった。



「リアス、やったわね!」

「エリーゼの協力あってこそだよ。ありがとう」



 リアスはそう言うと、久しぶりに晴れ晴れとした満面の笑みを見せてくれた。



 その素敵な笑顔を見るだけで、私の顔にも自然と笑顔が溢れた。



 ◇◇◇



 予期せぬアクシデントがありながらも、私たちはようやくゼフィレの街に辿り着いた。



 ロビンにもらった地図を見れば、メーデイアが住む家は少し危険そうな山道沿いに記されていた。



「ここから先は馬車では進めません。馬に乗って行ってください」



 御者にそう声をかけられ、私たちはゼフィレの馬屋で馬を借り、二人で同乗して移動することにした。



「エリーゼ、手を掴んで」



 先に馬に跨る彼が、私に手を差し伸べる。

 その手を掴むと、彼はどこに秘めていたのかと驚くほどの力で、いともたやすく私を引き上げて前に座らせた。



 その瞬間、この美貌からは想像できないほどしっかりとしたリアスの胸板が、私の背中にくっついた。



 夫婦になって二年になる。だというのに、この状況だけで、私の身体は熱く火照るのだった。



「じゃあ、進むよ」



 私の心情など知らないリアスは、背後からいつも通りの口調で出発を告げた。



 このときの私は、リアスの鼓動が自身の鼓動よりもずっと早くなっているなんて、知る由もない。



 二人で馬に揺られながら、森の中を進む。

 すると十分ほどして、私たちはようやく目的地であるメーデイアの家の前へと辿り着いた。

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