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11話 メーデイア

 次の日、ロビンがヴィルナー公爵邸にやってきた。



 ちなみに、アルチーナは「ロベルト卿が奥様に好意を抱いていないか、私が女の目で確かめてあげる」と言って、無理やり同席している。



 どうせロビンを見てみたいだけだろうけど。

 まあ魔女の説明のときに必要だろうからと、同席を許すことになった。



 結婚してからというもの、私はロビンと会う機会がグッと減っていた。社交界で会うくらいだろうか?



「ロビン、よく来てくれたわね。ありがとう」

「エリーゼ、困ってそうだっただろ? そりゃあ飛んででも来るよ」



 ロビンは冗談めかして笑う。しかし、すぐにその視線を私の隣の人物に向けた。



「それで、ヴィルナー公爵。私に確認したいことがあるのですよね。どういったことでしょうか?」



 口元に微笑みを湛えながらも、その目は探るような目つきだった。



 無理もない。



 リアスのためにどうしてもあなたに確認したい重大事項がある。だから明日公爵家に来てくれないだろうか。そう手紙を送ったのだから。



 リアスもそれは重々承知のようで、ロビンに真剣な眼差しを向けて口を開いた。



「ロベルト卿にとって、非常に不愉快な質問だと思うが、どうか正直に答えてほしい」

「っ? はい、承知しました」



 何を聞かれるのか分かっていないロビンは、訝しそうに首を傾げながらも、リアスに頷きを返した。



 それを合図に、リアスは本題を切り込んだ。



「……ロベルト卿は、エリーゼをどう思っているんだ?」

「どうとは……?」

「私は君が彼女に……恋愛感情を抱いているんじゃないかと、そう思っているんだ」



 ぴしりと張り詰めた空気が私たち包む。そんな中、ロビンが突然「ふっ」と笑みを零した。



「私は面白いことを言っただろうか?」

「はい。私はエリーゼに恋愛感情は抱いておりませんから。弟ですよ? ありえないでしょう」



 ロビンは何を馬鹿なことを言っているんだとでもいうように、肩の力を抜いたまたも「ふふっ」と笑った。



 そんなロビンの反応は、あまりに予想外だったのだろう。リアスは若干問い詰めるような声を出した。



「本当か? では、どうしてエリーゼに求婚をしたんだっ? 自分から言うということは、好きということではないのか?」



 リアスの剣幕に、笑っていたロビンもさすがに表情から笑みを消した。



「好きか好きではないか……。それはもちろん好きですよ」

「なっ……!」

「ですが、それは家族としてです」



 ロビンはそう言うと、だよね? というように私にウインクを飛ばした。



 いつも通りのロビンだった。私が知っている何ら変わりないロビンに、心がどこか落ち着く。



 すると、ロビンは未だ不安そうなリアスに言葉を続けた。



「いわゆる恋愛感情は一切抱いておりません。私が結婚を提案したのは、貴族の義務を果たすためです」



 そう、私も同じ考えだった。恋愛感情ではなく、社会的体裁を優先していたのだ。



 すると、ロビンはその言説を補強するかのように、極めつけの言葉を放った。



「今までもですが、これから一生私がエリーゼに恋愛感情を抱くことはありませんので、どうかご安心ください」



 ロビンはそう言って、余裕たっぷりの笑顔をリアスに向けた。



 シレっと同席しているアルチーナは、そんなロビンを見て恋愛感情が無いと判断したようで、打ち合わせ通りロビンは嘘をついていないと首を縦に振っている。



 それらの様子を受けて、ラディリアスはまるで天変地異が起こったかのごとく息を呑んだ。



「エリーゼはまだしも、君は……」



 そう言いかけて、リアスは力なく口を閉ざす。

 だがロビンの耳には届いていたようで、彼はリアスに補足を加えた。



「公爵、すべてあなたの勘違いです。決してそのようなことはございませんよ」



 胸に手を添え、軽く頭を下げて礼をするロビンの姿は絵になる。なんて思っていると、彼は顔を上げるなり口を開いた。



「さて、どうして当然このようなことお聞きになられたのか、そろそろお伺いしてもよろしいでしょうか?」



 微かな好奇心を秘めた彼の瞳を受け、私は隣に座るリアスに訊ねた。



「もう説明してもいいわよね?」

「ああ」



 リアスが許可を出してくれた。ということで、私は一通り、ロビンに結婚や魅了魔法の説明をした。



 すると、説明を聞き終えたロビンが、リアスと私に向かってある提案をしてきた。



「本当にスッキリしたいのなら、メーデイアに会って確かめてもらったらいいですよ」

「メーデイア?」

「メーデイア様っ……!?」



 聞き慣れない名前を聞き直そうとしたところ、アルチーナが私の声に被せてその人物の名を叫び、こちらに向かって説明を始めた。



「奥様、メーデイア様は魔女の中のトップよ。あの方の魔法は他の魔女とは比にならないし、生ける伝説と呼ばれる魔女界の女王様みたいな存在なんだから!」

「そんなにすごい魔女なの?」

「すごいなんて言葉じゃぜんっぜん足りないわ! あの方は魔法のレベルが尋常じゃないものっ……」



 アルチーナにここまで言わしめる魔女とは、一体どれほどの実力を有しているのだろうか。



 でも、本当にそんなにも高いレベルの魔女がいるのだとしたら、その方に確かめてもらう方法が最も効率が良さそうだ。



「あの方なら確実に解呪を確認できるし、仮に解呪できていなくても必ず解いてくれるわ!」



 アルチーナのその説明に、ようやく道が開けたような気分になる。



 しかし、それは瞬きの間だけで。



「でもね、今メーデイア様はどこにいらっしゃるのか分からないのよ」

「えっ……」

「それでは、彼女にエリーゼを見てもらえそうにないのか?」



 リアスのこの問いかけに、アルチーナがしょんぼりと力なく頷き返した。



 だが、その会話にロビンが切り込んだ。



「私が存じているのでご安心を。二年前に会いましたから」

「は……? い、いつ会ったの、ロビン!?」

「エリーゼが新婚旅行に行っているときだよ」



 ロビンが魔女に用事があるとは思えない。

 もしかして、リアスとアルチーナのように、偶然の出会いがあったのだろうか。



 ロビンは考え込む私を察してかクスっと笑うと、どちらが歳上か分からないほど落ち着いた様子で言った。



「メーデイアは西のゼフィレに居るんだ。そこに行けば彼女に会えるよ」

「ゼフィレですって?」



 場所を聞いて驚いた。用事が無い限り、私たちには直接赴く用事などない地域だったから。



 つまり、ロビンはわざわざ自分でゼフィレに赴いたということになる。



――いったいどうして?



「ちなみにだけど、あなたは何の用事があって会いに行ったの?」

「まあ……いろいろと用事があったんだよ」



 ロビンは少し困ったように笑って見せた。



 きっと、詳しいことを聞かれたくはなかったのだろう。少なくとも私たちには。

 それならば、無理に聞き出す必要はない。



 そう判断し、私はロビンの言葉を「そうだったのね」と受け流した。



 すると、ロビンはその私の様子に少し安心した様子で、注意事項を述べ始めた。



「もし行くとしたらだけど、護衛を連れて行ってはいけないよ」

「どうしてだ?」



 私も感じた疑問を、そのままリアスがロビンに訊ねた。



「武装した護衛を二人以上連れて行くと、彼女は敵からの攻撃とみなして姿をくらまし、会うことが不可能になるからです」

「そんなことが?」



 まさか過ぎる情報に、私もリアスも困惑してしまう。ロビンを疑うわけではないのだが、敵意が無かったとしても会うことが不可能になってしまうのだろうかと。



 すると、アルチーナが私の疑問を解き明かすように、隣から補足を加えた。



「この方の仰ることに間違いはないわ。メーデイア様はちょっと遊び心が奔放なお方だから、姿をくらますうえに、護衛を全員カエルにしちゃうかも! ……冗談抜きで」



 おちゃらけ風かと思いきや、最後の言葉だけ妙に真剣な声を出すものだから、私は思わずアルチーナに顔を向けた。



 声にこそ出していないが、本当に護衛を連れて行くのだけはやめておけ、とでもいうような顔をしたアルチーナと目が合った。



 その表情を見て、私は小さくため息をついた。



「……じゃあ、護衛は連れて行けないわね。リアス」

「本当にごめんね、エリーゼ。俺が――」

「なら、私たち二人でゼフィレのメーデイアの元に行きましょう!」

「……え?」



 間の抜けた声を漏らしたリアスは、私の言葉を理解した途端、目を見開き狼狽した。



「そんなっ……本気で言ってるの? 俺たち二人で?」

「ええ、だってあなたの剣の技術は天下一でしょ? 護衛も何も、あなたがいたら問題ないじゃない」

「そう、だけど……」



 それでもリアスは、簡単に「行こう」とは言えないようだった。



 私はそんな彼にもどかしさを覚えながら、きっぱりと断言した。



「リアスが行かないなら。私一人ででも護衛を一人連れて行くから。だって、武器を持った護衛が二人以上でなければ良いのでしょう?」

「うん、そうだよ」



 ロビンがそう答えると、リアスはなぜか私の手をギュッと握り締めた。



「リアス?」

「……行くよ。俺と一緒に行ってくれ、エリーゼ。必ず俺が君を守るから」



 こうして、ロビンの提案を受けた私たち夫婦は、二人で西のゼフィレに向かうことが決まったのだった。

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