10話 信じていいのに
私は誤解を解くべく、リアスに慌てて声をかけた。
「リアス、心配かけてごめんなさい。でも、私たちはそんな深い意味なく約束をしただけなの」
何だか私が浮気の弁明をしているかのような気持ちになってくる。
本当にそう言うんじゃないのに。
私がそう思う一方、リアスは納得できない様子で口を開いた。
「そんなはずないよ。だって、夜会のときに君たち仲睦まじそうだったじゃないか」
「例えば?」
「エリーゼがロベルト卿の髪をバルコニーで結んでいただろう?」
気付いている人は誰もいないと思っていたけれど、まさかリアスが見ていただなんて。
「あれはアクシデントよ」
きっと、リアスはあのときのことを言っているのだろう。
ある王城主催の夜会に招待されたとき、一緒に出席していたロビンの髪紐が千切れてしまったことがあった。
ロビンは癖毛が悩みで、いつも髪を伸ばして三つ編みにしていた。そのため、何かあったとき用に、彼は常に髪紐の替えを携帯していた。
だが、その日はあいにくロビンは替えを持ち合わせていなかったのだ。
普段なら、こっそりその場から居なくなって、自分で括り直して戻ってくる。しかし、そのときばかりはそうともいかなかった。
幸いなことに、その日の私はリボンを二つ使って、髪をセットしていた。
そのため、ロビンをバルコニーに連れて行き、応急処置として私のリボンでロビンの髪を括り直してあげたのだ。
時間をかけて結い上げたセットが崩れたと、ロビンが心底申し訳なさそうにしていたことをよく覚えている。
ハーフアップになっただけなのに、崩れたも何もないんだけど。
ロビンは一通り私に謝り終わると、リボンを見て恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
女もののリボンだから、そりゃあ恥ずかしいわよね。そう思いながら、私は気を紛らわせるために、ロビンに「お揃いね?」と声をかけた。
そのとき、ハッと顔を晴らし嬉しそうに微笑み返してくれたロビンは、本当に可愛らしかった。
「ただの可愛い思い出じゃない。ロビンの髪紐が千切れたから、応急処置をしただけよ?」
「か、かわいいだって? そんなわけっ……」
リアスは戸惑ったように口をわなわなと震わせる。その姿があまりに不思議で、私は素直に訊ねた。
「どうしてそんなに驚くの?」
「どうしてって……ロベルト卿は180cmは優に超えた筋骨隆々の大男だぞ!? ロベルト卿を可愛いという人なんて、エリーゼ以外見たことも聞いたことも無い!」
「えっ!? ちょっとその男性私に紹介してよ!」
アルチーナの戯言が聞こえたような気がする。
しかしそんなことはどうでも良くて、私はますます頭を抱えたリアスに困惑していた。
時折こちらをチラッと見る彼の視線には、滾った嫉妬の情が滲んでいることに気付いたのだ。
知らないうちに、リアスのことをここまで思い詰めさせていたのね。人のことを言えないじゃない。
――ちゃんと彼の憂いを晴らさないと。
私はベッドから降りて、内省しながらリアスに告げた。
「リアス、私とロビンに特別なこと本当に何もないわ。だって、私が愛しているのはリアスだけなのよ?」
彼の顔を見上げると、リアスは難しい顔をして言葉を返した。
「そんなっ……。きっと魅了魔法が強すぎて、まだ魔法が消えずに残ってるんだよ」
「魅了魔法じゃないわ! あなたが好きで愛してるって、何度も言っているじゃないっ……」
あまりにも信じないリアスに、さすがにつらくなってきた。こうなったら、もう最終兵器を使うしかない。
「リアス」
私は彼の名を呼び、正面から彼の両手を握った。そして、目に涙を溜めて背の高い彼を見上げて言った。
「信じてくれないの?」
リアスはこの仕草に弱いのだ。
恥ずかしながら涙は嘘泣きではなく、本当に出て来てしまったものだが……。
私はこれ以上涙が溢れないよう気を付けながら、リアスをウルウルとした目で見つめ続けた。
すると、リアスは耳まで真っ赤にして、それは弱った声を漏らした。
「信じたくなるから……。そんな顔で見られたら困るよ。どうしてそんなに可愛いんだっ。酷いよ……」
彼はそう言ってぎこちなく私から顔を背けた。私はそんな彼に、間髪入れず声をかけた。
「信じていいのよ。だって、本当のことだもの」
そう言うと、リアスは困った様子で「うぅ」と唸った。
――もっと決め手になることが必要だわ。
少しでもリアスを安心させてあげたい。その方法を見つけないと。
私は一生懸命頭をフル回転させた。
――あっ!
逆転の発想を使えばいいんじゃっ……!
これしか方法はないのかもしれない。
私は今思いついたその方法を、さっそくリアスに伝えることにした。
「リアス。そんなに信じられないなら、明日ロビンに来てもらいましょう!」
「ロ、ロベルト卿にっ……?」
「ええ、それで証明してあげる。リアスと結婚する前の私が、ロビンに恋愛感情を抱いていなかったって!」
絶対的な自信があった。
ぐうの音も出ないくらい、リアスに証明して見せる。
私はそうと決まったらと、さっそくロビンに手紙を書いて出した。
すると早馬が互いに早かったのか、同じく王都に滞在しているロビンから三時間後に手紙が返ってきた。
《明日、ヴィルナー公爵家にお伺いいたします》
そう書かれた返信に、私はホッと胸を撫で下ろした。
これで、きっとすべてが解決して終わるはず。
このときの私はそうと信じて、勝手にスッキリとした気持ちで明日が来るのを待っていた。




