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帰り道

「おかえりなさい」



 こんな話を聞いたことはないかい? 水だとか鏡だとか、そういった現世を反射するものは霊道への入り口で霊界に繋がってるんだとか、17時以降の神社は霊の溜まり場だとかさ。

 まぁ、そんなのは都市伝説みたいなもんだし、夏になればお約束のただの「怪談話」にすぎないものさ。誰かを怖がらせるために誰かが作っただけの話だと思うぜ。

 海だってそうさ。海難事故なんざ世界中至る所毎年のように起きてる。なのに精々ニュースで数分話題にされたくらいの事故が起きたってことを結びつけて、ここのビーチではなくなった少女が寂しさから足を掴んで海底に引きずりこむ、だなんて荒唐無稽な話だって人は怖がっちゃうものなんだ。むしろその少女に失礼だよな?


 ただ、俺は今こうやって信じてない素振りをしちゃいるが、今まさに信じてるもんがあるんだ。


 これは俺がまだ小学生の頃の話。夏前でまだ若干涼しい時期だった。丁度今より少し前くらいの時期かな? 俺は当時そこそこの田舎に住んでたんだ。とはいっても、獣道だらけの山だとか家同士がすごく離れてるみたいな農村ってわけじゃない。ただ、普通に舗装路はあるし、バスだとか車みたいなのは全然走ってるけど、一歩脇道にそれれば田園が広がってるような地域さ。コンビニくらいはあったかな。当時俺が通ってた小学校からはちょうどその田んぼが見えてさ。授業中にポケーっと農家の人の作業見たりして過ごしてたんだ。もっと勉強しろってクソガキさな。


 携帯用のゲームなんかが普及した頃で、学校が終われば、腰が90度に曲がったお婆さんが経営してる駄菓子屋に集まってゲーム通信させて遊ぶのよ。そんで、しばらくしたら飽きるから、そうすりゃ田んぼの近くにいるザリガニとかバッタとかを取って遊んだりしたもんでね。ただ、用水路は田んぼにも繋がってるからあんまりバシャバシャしたら農家の人に怒られちゃったりな。

 んで、小さい子供だから本当だかホラだか分かんない話が出てくるのよ。頭くらいでかいバッタを見たとかな。その噂の中でも一番信憑性があったのがでっかいヌシザリガニの話。いつも遊んでる用水路の田んぼを挟んで奥側にある溜池に住んでるって話で、皆どうにか捕まえて英雄になろうとしたんだ。だけど溜池は危ねぇから近づくんじゃないぞって口酸っぱく言われてたし、何より場所が場所なせいで少しでも近づこうとすれば近所の農家さんにバレてこっぴどく叱られるもんだから、誰もヌシザリガニを手に入れるどころか見れさえしなかった。

 俺はそんなのどかな世界で小学生時代を過ごしてたんだ。


 だけど、そんなのどかな場所だって近代化の波には逆らえず、地元の鉄道会社が、駅を建てるってことにしたんだ。車通りの多い住宅街を突っ切ると工事費用も嵩むし、何より封鎖ができないから建てづらいってことでさ、当時市が管理してた溜池周りの土地を使って、田園を縫うように電車を走らせるって言うんだ。小学校から、見える場所にどんどんレールが敷かれていくのを見ちゃったらさ、俺たち小学生にとってはすごい都会になる気分でもう毎日見に行っちゃうわけ。


 そしたら大抵工事の責任者の人と農家の人が揉めてんの。あの溜池は〜って。そうやって喧嘩してるの見てる俺達に気付いたら、工事のおじちゃんが飴玉くれたりすんの。だから来る日も来る日もワクワクと飴玉欲を満たしに見にいくんだけど、その抗議みたいなのも次第に減っていくんだ。まぁ諦めたかって思ったけど、どうもそう言うわけじゃなさそうでさ。抗議する代わりに溜池にお祈りし始める人がどんどん増えて行っちゃって。あんだけ近付くなって怒ったりして、なんだかんだ仲良かった農家の人たちが皆一列に並んで池にお祈りしてんの見ちゃったら不気味で気持ち悪さを感じて、流石に怖くなってきちゃって。


 子供心にも大人たちがこんな必死に祈ってるもんだから、なんだか溜池を埋めたことってよくないことが起きちゃうんじゃないかって本能的にも感じ始めてさ。飴玉欲しかったけど、それよりこの心の中の気持ち悪さが勝っちゃったから、俺たちも段々工事を見にいくのをやめていったんだ。

 たださっきも言ったように小学校から丁度その工事してる場所が見えるんだ。特に俺は窓際の席に居たから、外を見れば溜池も見えちゃうんだよね。もう池も埋め立てられて無くなってレールも敷かれ始めてる頃になってたかな。

 その日もプール終わりの算数の時間テストで、めんどくせえなぁ、なんて思いながらやってて、なんの気もなくふっと窓の外を見たんだ。なんで見ちゃったんだろうなって感じだけど、考えてみてもやっぱり意味はなかったかな。窓の外はいつも通り変わりなく、工事は続けられてて、農家の人が溜池のあった場所に向かって祈りを捧げてるんだ。だけど一つだけいつもと違ったの。その溜池があったであろう場所のちょうど中央あたりに、黒い影みたいなのが見えたんだ。工事の人かな? なんて最初は思ったんだけど、それにしては真っ黒なの。それに、小学校から溜池までそこそこ離れてるから、その人の体型とか性別とかがはっきりと分かるはずがないんだけど、その時ばかりはそれは男で、しかもこっちを見てる。目が合ってるって気付いた。


 慌てて目を逸らしたよ。あー、見ちゃいけないもん見たかもって。夏時期だからオバケかななんて思って。田舎だしさ、そんなのあってもおかしくないかもなって思って。だからって、そのことを当時誰にも言えなかったんだよね。夏時期にこんな話したら、「お前怖い話作ったのかよ!」なんてバカにされちゃうかもなんて思ってさ。だから、俺はもう見たもの忘れようって努めることにした。その日は晩御飯もろくに喉を通らずに布団に潜り込んで震えて寝たよ。


 …………思ってるような怖い展開はないよ。窓も叩かれなかったし、ドアをノックされることもなかった。ただ、一つはっきり覚えてるのは、妙な夢を見たんだ。これは今でも時々、寝てる時に見る夢なんだけどさ。自分が丘の上で体操座りしてるんだ。それで眼下には海が広がってるの。それで、その海には色んな人が溺れてもがいているんだ。その溺れてる人の顔をしっかり見ると、めちゃくちゃちっこいんだけど、それぞれが友達の顔だなってぼんやり分かる感じで。それだけでもめちゃめちゃ気持ち悪いんだけど、それに加えて何かがずっと俺の頭を撫でてるの。それが誰だかわかんないけど、見てしまうのはダメなんだって感覚的に分かってる。その夢はただずっと友達が溺れてるところを見てたら終わるんだ。


 その夢見たあとにさ、友達みんな、本当に死んじゃったんだよ。俺だけ風邪ひいて行けなかった修学旅行で船が転覆して。これ当時の新聞記事。見出しに大きく生徒教員全員死亡って載ってるだろ。震えが止まらなかったよ。夢が現実になったんじゃないかって。考えは堂々巡りよ。教えてたら救えたのか、あの時振り返ったら結果は逆になったんじゃないかとか。

 で、そのあと俺がその街で暮らしたってしばらく学校は再開されないし、友達のこと思い出しちゃうかもだからこの街の住むのは嫌だねって感じの流れでこっちの学校に転校したんだ。うん。まぁそこからは時々この夢見るけど、何か悪いことが必ず起きるわけでもない感じ。俺自身に害が及んだことはなかったしね。今の今までなんてことなく成長したよ。


 ただ、サラッと流すように言ってるけどさ、普通に友達全員死んだってこともあって普通にキツかったし、今でもちょっとトラウマのまんまだよ。それで一人暮らし始めてから初めて、丁度またこの夢見たからさ、やっぱ何か霊的なものを信じてるつもりはないけど、精神衛生的な問題で、お祓いされに神社まで行ったんだよ。別に霊能力者とかそんな感じでさ、水がトラウマになっちゃってたからプールとかも入れないし、そう言うところで俺自身のメンタル的な改善があれば良いやって感じで。


 そしたら神主さん、目を伏せて言い淀むの。

 思わず俺もどうしたんですか? って。


「帰りたがっておられます」

「どこに?」

「水の中にです、水難事故にあったことは?」

「あいかけましたけど、私は……」

「そうですか……」


 要領を得ないんだよ。水の中に帰りたいって言われてもなぁ、って感じで。なんか悪いもの憑いてるんだったら祓ってよみたいな。そんな感情が出てきてさ。思わず、


「一体私の周りに何が居るんですか?」


 って聞いちゃったんだよ。そしたら神主さんさ、しばらく黙り込んでから、深々と頭を下げてこう言ったんだよ。


 大変言い辛いのですが──


「──神様がいらっしゃいます」

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