第6話 イミテーション
私はしばらく呆然。友人と思っていた隼人から厳しい言葉を受けた。
父や母も友人さえも翔との結婚を望んでいたのだ。だけどプロポーズをしなかったのは翔のほうだ。それを見限って何が悪いのか。
そもそも翔が──。
でも私も……、ただ待っていただけだったのかも。
だけどもう遅いわ。翔だって私のことを諦めたのだし。私だって翔を忘れなくっちゃ。
鳥飼さんに抱かれればきっと好きになる。きっと愛せるんだわ。情がわく。きっと。きっと──。
忘れよう。翔のこと。忘れなくちゃいけない。鳥飼さんとサンフランシスコに行くんだもの。そこに行けば今までの友人も、両親も、翔だってそこにはいないんだもの。
そしたら鳥飼さんしか頼りはいないもの。鳥飼さんしか見えなくなる。
◇
苦しい心を抱えたまま、待ちに待った二日後の夕方。鳥飼さんはまた別の外車で迎えに来てくれた。大きめのセダンだったけど、車なんてどうでもいい。
今からが重要なんだもの。
「詩織さん。どうしましょう。すぐにホテルに行くよりもドライブをして、食事をして宝石店にでも行きませんか?」
それもどうでもいい。それよりも早く抱かれて、全てを通り過ぎたい。
そんな私の考えをよそに鳥飼さんは私の手を取った。
「詩織さんの指に似合うダイヤの指輪をプレゼントさせて下さい」
そこには若い頃に翔からプレゼントされたダイヤが散りばめられたプラチナリングがあった。
「これはイミテーションですね。あなたはもっと本物をつけるべきです」
え?
「イミテーション?」
「そうです。キュービックジルコニアですね。輝きは天然のダイヤモンドと大差ありませんがオーラが違います」
「ニセモノ……ですか」
「平たく言えばそうです」
「はは……」
「どうしました?」
私は泣いていた。その指輪をさすりながら。
「あの……。これ78,000円だったんです」
「ああ。デザイン的にそのくらいするでしょうね」
「時給850円のコンビニで一日三時間。それを部活が終わった後、週に三日か四日シフト入れて三ヶ月一生懸命頑張って私の17歳の誕生日に買ってくれたんです」
「え? あ、はい」
「……車、止めてください」
鳥飼さんは車を路肩に止めて、泣きじゃくる私に気を使ってハンカチを出してくれたり、言葉をかけてくれたりした。
それが鳥飼さんだ。本物の一流の男なんだと思う。
だけど──。
「鳥飼さん、私イミテーションなんです。決して一流のあなたのそばにいれる女なんかじゃない。努力して買ってくれたイミテーションのダイヤモンド、涙が出るほど嬉しかった。ホワグラよりも、チョコがかかったポテトチップを喜ぶ女なんです」
「……それはどういう意味ですか?」
「私、サンフランシスコにはいけません。ごめんなさい」
「私に……なにか落ち度がありましたか?」
「いえ! ないんです! 完璧。でも私は完璧じゃないんです」
「そうですか……」
「はい……」
「残念です」
鳥飼さんは小さくそう言った。私はそのまま車を降りる。鳥飼さんの車はウィンカーを出して車道に入り、やがて見えなくなってしまった。
鳥飼さんにとっては、それがスマートな別れ方だったんだろう。泣いてしまった翔とは大きく違って大人な人だ。
だけど私はプロポーズを断って泣いてしまった翔の元へと急いだ。
ハイヒールとドレス。さっきまでシンデレラだった私は走りやすいようにハイヒールを脱いで手に持ちながら駆ける。
バスに乗り込み、家の近くのバス停から家に向かって走っていった。隣の家の二階を見ると明かりがついている。翔は部屋にいるのだと嬉しくなった。
家に上がって階段を駆けのぼり自室に入って窓を開ける。そのまま屋根の上に足をおろし、屋根づたいに翔の部屋へ。カーテンが閉められて中の様子が見えないので窓を叩いた。
「翔、いる? ゴメン。私やっと分かった。翔とじゃなきゃダメなこと。今頃気付くなんてバカだよね。だけど、あのプロポーズ。まだ間に合うなら受けたい。お願い。翔、ここを開けて──」
私は窓の向こうに懇願していた。何度も何度もこの屋根の上で謝り続けたのだ。
でも──。窓は開かれなかった。
そりゃ翔は怒るよね。プロポーズを断られるなんて、どれだけ辛いことだろう。信じ切っていた恋人に、幼なじみに裏切られた気持ちはどれほどだったろう。
私は許されない罪を犯したのだ。翔が窓を開けてくれるはず……ない。
その時、部屋から足音が聞こえて、カーテンが開く。そこには髪をタオルで拭きながら立っている翔がいた。
「え? 翔、部屋にいなかったの?」
「あ、おう。風呂に入ってたからな」
「じゃあ私の今までの話、聞いてなかったのね?」
「……そうだけど。なんの話?」
決壊。またもや涙が出て来た。さっきまでの謝罪が無意味だったこともあった。私のせいで翔が普段を装う姿が痛々しいこともあった。私が子どものように泣きじゃくるのを翔は窓を開けてなだめてくれた。
「私……、私──」
「どうした? 何かあったのか?」
「またあの焼き鳥屋さんに行きたい! 一緒にポテチも食べたい! 翔と結婚してアメリカにも行きたい!」
もう駄々っ子だった。屋根の上でしゃがみ込み、酔っ払いのようにくだを巻いた。
「翔のせいじゃない! なかなかプロポーズしないで私をほっといたクセに! なんで私が隼人に怒鳴られて、親に白い目で見られるの!? 全部翔が悪いんだ!」
もうめちゃくちゃ。結局、翔をなじってしまった。そんな私の話を翔はいつものように聞いていてくれた。
「ん……そのぉ。お金持ちの人にフラれたのか?」
「違う! 翔と結婚したいから諦めたの!」
「え?」
「なによ!」
私は泣きながら眉をつり上げて翔を睨むと、翔はいつものように白い歯を見せて笑った。
「じゃあ仲直りするか?」
途端、私の顔が緩む。そしてまた涙。でも今度の涙は哀しさや悔しさじゃない。いい涙だ。
「うん。する。仲直りする~」
そう言うと、翔は私を抱き抱えて部屋の中に引きずり込んだのだ。
◇
数日後、私たちは二人で婚姻届を出しに行った。アメリカに行くのに時間がないので披露宴はあきらめるしかなかったが、互いの家族と食事会。気の合う友人たちとパーティをした。
その席で隼人に頭をどつかれたが隼人の顔は笑っていた。即座に翔が私の前に立って守ってくれた。
さらに数日後、私たちは機上の人となっていた。そしてアメリカの大地に立ったのだ。
◇
「アメリカって言ってたけどさぁ」
「ああ。どうした?」
「ここブラジルじゃない!」
「そうだよ。アメリカだろ?」
だろ? じゃねえ!
普通は国名を言うんだよ。なんで大陸名で。お前はフランスのことユーラシアとでも言うのかよ?
「もっとニューヨークとかサンフランシスコとかだと思ったのに!」
私たちの新居は、会社の所有するアパート。中は広いけど、なんかセキュリティもアレだし、ちょいボロだし、なんかもうなんか。
「贅沢いうなよ。仕事なんだから」
「もう! 翔のバカ!」
「はいはい。ごめんなさいよっと」
あーん。やっぱり鳥飼さんのほうがよかったのかなぁ。なんでこっちを選んじゃったんだろう?
「どれ。片付けたら新居のお祝いにシェラスコでも食べに行くか?」
「シェラスコ? ナニソレ」
「肉の塊の串焼きだよ。有名なブラジル料理だな」
「──行く」
「じゃとっとと片付けよう」
結局、翔のペースなんだよな~。まあいいか。
きっとこんな毎日が幸せなんだろうから。




