第5話 もっと親密に
翔が出て行ったリビングに家族三人。沈黙がしばらく続いたが、父は大きくため息をついて湯呑みを音を立てて置き、荒々しく立ち上がった。
「バカな。何が幸せかも分からんなんて!」
そういって足を鳴らして寝室に言ってしまった。最初は何を言ってるか分からなかったが、徐々に腹が立ってきた。
私は母に当たるように声を荒げた。
「何よ! 鳥飼さんと結婚したら、大金持ちになれるのに!」
すると母も寂しそうにつぶやく。
「許してあげて。父さん翔を息子のように可愛がってたから……。アンタたちが結婚して子供が出来たら舟釣りに行く約束をしててね……」
「そんなの……私に関係ない」
「──そうね。母さんはアンタが幸せなら誰と結婚してもいいのよ。アンタは……その人のこと好きなのね……」
「それは……もちろん」
好きだと──思う。鳥飼さんのこと。
「だったらいいのよ。はあ。なんか今日は疲れちゃった。母さんも寝るわね。洗い物お願いするわね」
そういって母も寝室に行ってしまった。翔がなんだっていうのよ。翔なんて……。
私は部屋に上がって、灯りも点けずベッドに疲れたように倒れた。
翔の部屋は電気がついたまま。アイツはなぜか何かの作業をしているようだった。
そのうちに、部屋から出て玄関のドアを開ける音が聞こえたので、少しだけ窓を開けて様子をうかがうと、何やらウチと翔の間にあるゴミ集積場に長い間立っているようだった。
そのうちに部屋に戻ってきて、部屋の灯りを消して寝たみたいだったのでホッとして私も眠った。
次の日、出社のために家を出るとちょうどゴミ収集車が止まっており、集積場からゴミを回収していた。
何の気なしにそのゴミを見てみると、翔が昨日もってきた大きな花束から、私が中学の頃から今までに翔に贈ったプレゼントの数々だった。
マグやプラモデル。ボードゲームにキーホルダー。アニメキャラのボクサーパンツ。
一つ一つ覚えてる。それが収集車の内部にもがき苦しみ壊れながら消えていってしまった。
胸を押しつぶされる哀しさ。あげたことなんて忘れるほど古いものまであるのに。
その時だった。翔の家の玄関が開く。私がそちらをむくと、そこにはまぶたをはらした翔が立っていて、私を見ると驚いたように少しだけ肩を揺らした。だがすぐにいつもの笑顔をした。
「おはようシオ。今日も仕事がんばれよ」
それはいつもの声。いつもの言葉。
翔は私の横を通り過ぎようとしたので、私はその手を掴んで止めた。だけどその手は優しく振りほどかれた。
「翔、なんで? 別に捨てることなんてなかったじゃん?」
翔は私の言葉を立ち止まって背中で聞いていたが、すぐに歩き出した。
「ごめん。引き継ぎとか忙しいんだ」
そして数歩進んで、また立ち止まる。
「けじめだから。いつまでも執着してたらストーカーだろ?」
そういって振り返りいつもの歯を見せて笑う顔。
「それにほら。オレ格好いいからアメリカでもモテちゃうだろ? 金髪さんと仲良くなるからさっさと切り替えないとな」
「な、なによ!」
「ふふ。じゃあな。遅刻すんなよ」
翔は私を置いて靴音を立てて行ってしまった。あんな言葉、強がりだって分かる。長い付き合いだもの。
翔の背中が離れていく。
翔が──。
離れていってしまう。
◇
仕事なんて手につくはずなかった。遅刻ギリギリで来たくせに10時には体調不良といって家に帰った。
この悲しい気持ちを誰に相談したらいいか分からない。こんなふうになったこと、今までなかったのに。
鳥飼さんの電話をタップしようとして、数度諦める。だけど夕方近くにようやく鳥飼さんへと電話をかけた。
数回のコールで鳥飼さんは電話に応じてくれた。
「もしもし。詩織さん?」
「あの……鳥飼さん」
「どうしました?」
「私……とても寂しいです。鳥飼さんに会いたいです」
「あ。そうですか。分かりました。18時からスケジュールを空けますのでお迎えに行きます」
そういって近所のコンビニで待ち合わせ。鳥飼さんの車で夜の街をドライブした。鳥飼さんはいろいろと話してくれたが、私の心は寒いまま。
私は鳥飼さんの言葉を遮った。
「鳥飼さん。私たちはもっと愛し合うべきだと思うんです」
「え? はい」
「私を……、私を抱いて下さい」
少しの沈黙。鳥飼さんははしたない女だと思っただろうか? でもきっと鳥飼さんともっと親密になれば翔を忘れられる。翔以上に愛してくれれば、きっときっと鳥飼さんのことを──。
「すいません詩織さん。実は明日朝、海外出張でこの後戻ってミーティングしなくていけないんです」
「え? はい──」
「でも、二日後の夕方に戻ります。その時、帰国後一番に詩織さんを迎えに行きます。そしたらその日は一日中詩織さんのものです。一緒に朝まで過ごしましょう」
「は、はい……」
時間切れ。シンデレラの時間は終わって、鳥飼さんはミーティングのために会社に戻ってしまった。
私はスマホを取り出した。呼び出したのは隼人の電話番号。彼なら鳥飼さんのことを知っている。きっと相談に乗ってくれる。
「もしもし。詩織か? どうした?」
「あの……隼人に相談があるの」
「はあ~。翔のヤツ、また何かやった? 朝まで呑んで財布でも忘れたか? それとも変なプラモに三万くらいだしたとか? なんにしろ心配すんなよ。俺がガツンと言ってやるから」
「あの。違うの。鳥飼さんのことなんだけど」
「先輩がどうかした?」
「私、鳥飼さんからプロポーズされたの」
「うん? 翔は?」
「翔もプロポーズしてきたけど断ったの。だけど鳥飼さんのことよく知らなくて──」
「ああ。そんなことか」
「うんうん」
「だったら勝手にやってくれよ。翔は俺の親友なんだ。そのプロポーズを断った女と話しもしたくないね。もう電話してこないでくれ!」
そういうと隼人は電話を切ってしまった。




