第4話 愛が壊れるとき
しばらくしての平日、鳥飼さんからメッセージが届いて、時間が出来たので会いたいとのことだった。
すごく忙しそう。そりゃ月に何億も稼いでるんだもんそうだよね。そんな中、私に時間を割いて頂きありがとうございます!
でも服! 今日も庶民スーツですけどいいのかな?
夕方仕事が終わって外に出ると、今度はドイツ車。かっこいい。同僚たちは目を丸くしているところで鳥飼さんは扉を開いた。
「詩織さん。どうぞ乗って下さい」
なんか急いでる感。大変そうだな。私が支えなきゃ。
「すいません。お忙しそうですね」
「いやー。食事が終わったら23時からオンラインミーティングです」
あらー。じゃ今日はお泊まりはないのね。ホッとしたような残念なような。
「お寿司は好きですか?」
「好きです」
やったー! 鳥飼さんと一緒なら300円のウニの皿取っても怒られないよねー?
──到着。なにこれ料亭?
これが伝えに聞く回らない寿司ってやつ? はわわわわわ。
「と、鳥飼さん?」
「どうしました?」
「逃げるときは言ってください」
「プッ。詩織さんは本当に面白い人だ」
あ、いやそうか。鳥飼さんは億の人。払えるんだ。怖い。こんな店に翔とは来れないよ? ドキドキする。手汗がヤバい。
鳥飼さんに招かれて、カウンター席に座る。カウンターってあなた。怖い。日常に潜む恐怖。オバケよりもサイコよりも会計が怖い。
「詩織さん、食べれないものは?」
「いえ、なんでも食べれます」
「女将さん。じゃ金菊花コースで」
キンキッカ! なにその高級な言葉。鳥飼さんといると夢のような時間だなぁ。まさにシンデレラ。
私は色のいい刺し身の乗ったお寿司を口の中に入れた。
デリシャス!!
なにこれ。回るとこのと全然違う! あっちのはワサビついてないけど、こっちのはワサビついてる! いや、なにその感想。程度が低い。それだけじゃないだろー。なんか美味し。なんか美味しい。
◇
「ほらシオ。ワサビ」
「あんがと」
「おいおい、シャリに醤油つけんじゃねーよ。ネタにつけんの。分かってねーな」
「いいの。ひっくり返すとネタとご飯が分離すんだから」
「これじゃ回らないとこに連れていけないな」
「そんな金ないクセに」
◇
そうだ。ネタにお醤油つけるんだったね。うん。鳥飼さんもそうしてるし。うぇーい。私、今セレブ~。
「詩織さん」
「え。あ、ハイ」
「シスコには一緒に行ってくれますか?」
「それは……、もちろん」
「あ、よかった──」
照れてるよ。はにかみ屋さんだなぁ、オイ。年上の男性なのに可愛いなぁ。
それから鳥飼さんのお仕事の話。正直よく分からなかった。スゴいことは分かったけど。
翔とか私がひと月働いて貰う給料なんて、この人にとっちゃ数分で稼げちゃうんだろうな……。
「詩織さん。あなたは私のパートナーとして、いつも美しくあって欲しいです。まるで王妃のように──」
お、王妃……。すごい話だよね。私は鳥飼さんのお金で常に美を磨いていて欲しいってことか……。
「鳥飼さん、私、庶民なんです。それでも大丈夫でしょうか?」
「大丈夫。すぐ慣れますよ。お金の使い方が分かれば貧乏はしません」
ぐー。鳥飼さんがいうと説得力あるよね。そーかぁ、鳥飼さんがお金持ちなのはお金の使い方が分かるから。なんかカッコいいぞ。
「普段は千円だって惜しがる生活してるのに、なんか怖いです」
「詩織さん。お金を持っている人間がお金を使わないと下には回りませんよ」
そ、それはそうだけど……。
「下?」
「あ、いや。これは言葉が悪かったかな? 失礼しました」
下かあ。鳥飼さんにとっては年収400万程度の翔なんて、ただ元気なだけの労働者なんだろうな……。アイツ、バカではしゃぎ屋だけど毎日一応は頑張ってますぜ?
……いや翔なんてどうでもいいだろ。私は鳥飼さんの妻。美しさを保ちながら経済界に君臨する女王になるんだからさ。
はー。なんか。隼人が言ってたアレが分かるわ。なんだろ。この重ダルさ。
◇
鳥飼さんはお寿司を食べたあと、23時のオンラインミーティングに間に合う時間ギリギリまで一緒にいてくれた。
セレブリティな話に夢は広がる。楽しい外国の文化とか芸術とか、マジで見てみたい。
でもその時間が来てドイツ車には似つかわしくない狭い路地で私を下ろして走り去って行った。
私は家に帰ると、見覚えのある翔の革靴が玄関に置いてあった。アイツなんで革靴なんだよ。
するとリビングから父の声。
「詩織か? 翔ずっと待ってたぞ? リビングに来なさい」
「えー? はぁ~い」
仕方なしに渋々リビングのドアを開けると翔のヤツ、この前の隼人の結婚式で着るために新調したスーツを着て親の前に正座してやがった。右サイドにはドデカい花束。
はぁ? もったいない。それ一万くらいするだろー。その一万で焼き肉にでも連れて行けよな?
いや。翔とはもう行かないんだった。私には鳥飼さんがいるもんね。
すると翔は私の方に正座したまま体を向けた。
「詩織。今度、昇進することになったんだ」
「はあ。うん、それで?」
「二人で生活できるようになった。結婚して欲しい」
そういって、花束を突き出す。いや、あのぉ。親の前だから断らないとでも思ったのかな?
「ただ、昇進に伴って、アメリカに長期出張しなくちゃならないんだ。一緒に来て欲しい」
うーん。
私は立ったまま応えた。
「翔……。前にも言ったけど、私、ある社長さんに見初められてプロポーズされたのよね。その人も一緒にアメリカに行って欲しいって言ってるの」
「お願いします!!」
「ちょっとぉ。だからぁ」
「お願いします!!」
翔は土下座の姿勢のまま利き手に握った花束を突き出していた。親も私の話を初めて聞いたので、動揺して聞いてきた。
「詩織──、じゃ翔とは別れるのか?」
「当然そうなるよね?」
「だって翔はさ……」
そういって黙ってしまった父。長い沈黙が重い。
そのうちに翔は顔を上げた。いつものように歯を見せてニカッと笑ったが唇は震えていたし、涙で顔は濡れていた。
「そっかあ。はは。ダメかぁ」
そういって力無く笑って花束を持って立ち上がり玄関に向かおうとし、リビングのドアのところで立ち止まった。
「その人……シオを幸せにしてくれるんだよな」
「……うん。だろうと思う」
「そっかそっか。ならいいんだ。なあシオ」
翔は思い切り鼻をすすった。
「幸せになれよ。すいません、おじさん、おばさん夜分遅く失礼しました」
そういって革靴をはいて出て行った。
私の心が「取り返しのつかないことをした」と寂しく語り掛けてきた。




