24.(幕間)密謀/残滓
――戦没した者達を回収し、冒険者達が引き上げた後のこと。
荒れた大地に、現れた一人の少年。
黒いポンチョのような外套から覗く髪は白く、肌は浅黒い。
前髪で隠れていて表情は読み取ることは出来ないが、鼻歌をふんふんと鳴らしながら、機嫌良さそうに軽快な足取りで歩いている……惨劇が繰り広げられ、未だ所々に、痕跡が残るようなこの場所を。
もし誰か見ている者がいれば、大層不気味に映ったことだろう。
「確か、この辺だったっけ?」
そして彼は、元々蟻塚があった場所で止まった。
「見~つけた。さってと、どの位育ってくれたかなぁ~?」
彼は中空に手をかざし、何やら呪いを呟いて、意識を集中した。
すると、何か黒い靄のようなものが彼の体から立ち昇り、それは地面へと潜っていく。
それに引っ張られたかのように地面から、何やら紫色の結晶のようなものが飛び出す。
突き出した手の平にそれを収めると、少年は人差し指と親指でつまみ上げ、空へと透かすように見上げた。
その内部には、極小の黒い炎のような揺らめきが、生き物のように脈打っている。
「何だぁ、全然育ってないや。今回は失敗だったね」
がっかりと肩を落とす彼は、それを鞄にしまい込むと何やら思案気に顎に手を添えた。
「もうすこし吸えると思ったんだけどなぁ……やっぱり、いかに繁殖力が強くても、低級の魔物だとすぐ倒されちゃって意味がないや」
さも骨折り損だと言うかのように、少年は周辺にばら撒かれた蟻の体の一部を足で蹴飛ばした。
「ま、他に期待だね。御祭りまではまだ時間があるし、それまでに仕上げておかないと……やっぱり人の整えた舞台を見てるだけじゃ、つまんないもんねぇ」
何かを待ちかねるように楽しそうにする少年。
口角の上がった口からは、白く尖った牙が見えた。
「うふふ、興奮して来ちゃった。さあ帰ろう……我らが愛しき昏き城へ」
少年は指で複雑な紋様を空中に描き出した。
黒い墨で描いたようなそれが完成すると、円を中心にした景色がぐるりと捩じれるように吸い込まれ、空に開いたのは、縁が揺らいでいる、楕円形の人間大の穴である。
少年はそこへぴょんと両足で飛び込む。
彼の姿がその穴に吸い込まれて消えると、その穴は端から縮んで行くようにして虚空へと消えていった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
――漂う血の香りと、目の前で繰り広げられた惨状が少女に、心の奥底にこびりついた記憶を反芻させていた。
人々の逃げ惑う悲鳴。
木造の家屋が軋み、爆ぜ、倒壊していく耳障りな音。
そして、聞いたことの無い、生々しい、ぶつりとか、ぐちゅりとか、そう言った何かが潰れる音。
何が起きているのかもわからずに、ただ、抱えられた体を縮こませる。
耳を塞いでいるのに、音はそれを嘲笑うかのように頭の中に侵入して来た。
(いやだ、やだっ! 一体どうしたの……こわいよ、なにがおこってるの!)
今まで、隠されていたお菓子を独り占めして怒られた時も、行ってはいけない聖域へ入ろうとして見つかった時も、初めて乗る馬から落っこちて、足の骨を折る大怪我をした時だって、こんなに怖いことは無かったのに……。
つむった瞼を貫くような強い光が二度またたいて、びっくりして目を開こうとした時。
急に身体が地面に投げ出されて、視界がぐるぐる回転した……丁度あった木に背中をぶつけて回転が止まり、あまりの痛みに視界が白黒する。
「はっ、はっ……か、かあさま、どこ、どこにいったの……!?」
今まで自分を抱えてくれていた温もりの源を、涙で滲んだ視界の中から探し当てて、少女は、息を飲んだ。
……赤い色が…月の光に照らされた滑らかな血の領域がそこには広がっていて。
「かあさま、やだっ……いますぐ、おいしゃさまに知らせないと……!」
あんなに血を流して……一体誰が。
少女の頭が、知らない者への怒りと、肉親を失うかも知れない恐怖で真っ赤に染まる。
そうして立ち上がろうとした少女の目の前を暗幕じみた、黒いものが塞いで揺れた。
ゆっくりと視界を上げて行く少女の目に映ったのは、地に着きそうな程長い、漆黒の法衣。
そしてその上に乗った、黒い獅子の面。
「……だ、だれ? おそとの人? ど、どいてっ」
感情を感じさせない仮面の奥で、何かが笑い……脇を通り過ぎようとした少女の首を、まるで石でも掴むかのように無造作に掴み上げると、背後の木に押し付ける。
嬲り殺すつもりなのか、少女の右肩が鋭い爪によって切り裂かれた。
火で炙ったような熱が肩を襲い、締まった首からは声も出せない。
苦しみに抵抗する少女の姿を楽しむかのように、徐々に圧力を強めていく獅子面。
後ろに伏して動かない母親の姿が少しずつぼやけてゆく中、少女は……声を聴いた。
(かあさまの……うた……)
消えゆく意識の奥に、かすかだがはっきりとした、聴き慣れた歌声が届く……ところどころ喉を詰まらせながらそれでも懸命に発するその柔らかな歌声を少女が最後まで聞くことはしかし、叶わなかった。
自分の浮いた体の感覚が少しずつ消えて行くとともに、意識は暗い闇に飲み込まれ――。
(かあさま……ひとりに、しないで……)
曇り空の下、エイスケの背中に負われ、外套を深くかぶったレンティットの頬を……雫が一筋、ぽたぽたと落ちてきた雨に紛れて流れ落ちた。
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