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6.道すがらでの戦い(1)

 ひんやりとした夜気が頬を撫で、エイスケはいつの間にか冷や汗を書いている自分に気づき、意識を記憶から引き上げた。


 辺りはもう暗く、窓の外は煌々とした月明りに照らされ、虫が無く声が鈴の音の様に辺りに響く。


 思いだした暗い過去を振り払うように左右に首を動かすと、足元に置いた壺に異常が無いか確認し、気が緩んでいた己を引き締めた。馬車の中を軽く見渡すが、特に変わりは無いようだ。


 魔法使いは何やら古臭い分厚い本を読んでおり、三人組冒険者達は見張りを一人残して他は眠っている。各々の手に緑色の冒険者証が光っているということは、彼らもどうやら下級冒険者のようだ。商人は金勘定でもしているのか、紙にひたすら何かを書き殴っている。


 まだ街まではいくらか距離があるのか、明かりは見えてこない。日暮れ頃には着くと言われたのだが、未だその気配すらないのは御者が不案内だったか……はたまた他のトラブルでもあったのか。


(依頼が期限付きだったとはいえ、翌朝にした方が良かったか? 判断を間違えたかも知れないな)


 後悔に頭を悩ます中、不意に木々と何かが擦れるような音が聞こえ、馬が(いなな)いた。嫌な予感が走り、動きを乱した馬車が左右に大きく揺れて止まる。


「な、何でぇ! 一体どうしたってんだい」


 商人の男が手から転がり落ちた筆記具を床に身を投げ出して拾い、他の乗客も落ち着きなく辺りを見回し始める。するといきなり、御者席側から騒ぎ声がして(ほろ)が乱暴に開かれた。


「魔物ですッ! 囲まれてしまった……! 追い払うのを手伝ってください!」


 御者が叫ぶのを聞き、エイスケは舌打ちをして腰に差した短剣を確かめる。


「あぁん? マジかよクソ、起きろ手前ら!」


 三人組の一人が他を叩き起こし、商人や魔法使いもそれに連れ立って外へ出る。獣の荒い息遣いと何かがぶつかる音がして前方を見ると、護衛の男が剣で黒い姿をした狼を追い払っていた。


魔狼(まろう)かよ! おい、火い炊け!」

「馬は私達が護りますから……皆さんは側面と後ろをお願いします!」


 冒険者の一人により小型の松明(たいまつ)が掲げられる。周囲が照らされ明るくなると、七、八体程の狼に取り囲まれているのが見えた。


「俺達は右手、あんたらは左手頼むわ」

「足引っ張ってくれんなよぉ? 手が空いたら助けに行ってやるからよ……へっへ」


 冒険者三人組は下品に笑いながら一方的に言い放ち、こちらの返答も聞かず右側面に走って行く。それを見送った後、残されたエイスケ達は顔を見合わせ仕方なく左手に向かった。


「ついてねぇ~……御者の野郎、さては魔物避けをケチりやがったなぁ? クソ……街に着いたら運賃しこたま値切ってやる!」


 毒づいた商人にエイスケも内心同意したが、それはさておき、この場を切り抜けなければ生きて街に辿り着くこともできない。


 緊張した面持ちの商人と、身震いして動こうとしない魔法使い……そして、低級冒険者の自分自身。まともに戦えるか疑問が残る面子である。


(やれるだけのことをやるしか無いな……)


 最悪、護りに徹して他の二組の援護を待つべきだと、そんな考えを抱きながら回った左手側だったが、やはり二頭……狼の魔物が隙を窺いながら馬車との距離を詰めてきている。


 《魔狼(まろう)》――通常より発達した体躯、黒色の毛並みや紫色の瞳など、動物型の魔物によくみられる特徴を有している。主な攻撃方法は牙と爪にあるが、上位個体になると、稀に魔法を放つものも存在するらしい。


 群れでの連携を注意すれば、そこまで厄介な魔物では無い……ただそれは、あくまでこちらが急造のパーティーで、味方の戦力も把握できない状態で無ければの話。


「おい、あんた()れんのか?」

「う、うひっ……私ですか!? わ、わかりませぇん」


 身を竦ませた魔法使いが甲高い声で答えるのを、商人は目を丸くして見つめる。


「何だあんた、女だったのかよ……」

「は、はぁ……そうですけど」


 不審がられるのを嫌いフードを脱いだその下の顔は年若い少女のもので、橙色の髪の下、細い銀縁の丸眼鏡の奥からは頼りない瞳が覗く。まあ到底荒事に慣れているようには見えず、良く連れも無く一人で旅をしていたものだと、エイスケは心中でため息を吐く。


「おぉい……。俺は金勘定が仕事だからあんまり戦えねえぞ。あんたはどうなんだ?」


 急に不安になった商人が、こちらを不安げに見つめた。組み立てた二つ折りの長槍は拵え(こしらえ)こそ立派だが、扱う本人の腰が引けてしまっている。


「一体位は相手出来ると思うが……あんた、魔法は使えるのか?」

「わ、私ですか……? 火の魔法と土の魔法が少し使えますけど。こ、こんなの……魔物とか初めてで、うまくいくかどうか」

「何も相手を攻撃しろとは言わない。俺達を支援できるような魔法が有れば頼む」


 エイスケは近づく狼に向かって短剣を抜き威嚇(いかく)する。だが、これがいつまでも持つとは思えない。利用できるものがあるなら把握しておきたい。


「それなら土の、護りの魔法を……【石晶盾(スラン・グア)】」


 少女は集中して息を整え、一言だけ唱える。すると、商人とエイスケの体を覆うように多数の三角形で構成された薄黄色の防御膜が包み込んでゆく。


(これは……人は中々見かけで判断できるものじゃないな……)


 彼女は詠唱を省略し魔法を発動させたのだ……中々できることではない。


 通常、魔法は詠唱でイメージを練りあげると共に集中力を高め、もたらす現象を脳内に思い浮かべることで魔力を想像のままに具現化し発動すると、エイスケはそう学院で教わった。


 詠唱を短縮して術名だけで魔法を発動できるのは、よほど鍛錬を重ねて習熟しているか、天性の才能によるもののどちらかで、いずれにしろ彼女が優れた魔法使いであることを示している。


「お? おぉ……叩いても衝撃が伝わって来ねえ! こいつぁありがてぇ」

「あまり強力な攻撃だと防ぎきれませんけど……」

「いや、十分だ。感謝する」


 少し気持ちに余裕ができた二人は、迫る狼達と改めて対峙した。牙を剥き出しにした二頭は左右をうろつき隙を伺うだけで、中々向かっては来ない。


「襲って来るようなら俺が対応する。槍のあんたはその魔法使いさんの護衛を頼む」

「お、おぅ! 気ぃつけろよ!」


 飢えているのか、吐く息は荒く、口からぽたぽたと(よだれ)を垂らす狼達。


 睨み合いがしばらく続き、辺りを緊張感が包む中のことだった。


 急に大きな咆哮(ほうこう)が、馬車の反対側から空気を震わせて届き、尋常でない音量に魔法使いが思わず耳を塞いで(うずくま)った。


 それと同時に狼達が身を(すく)ませると、途端に敵意をむき出しにして駆け出す。来るなら、迎え撃つしかない……エイスケは腰のポーチに素早く手を忍ばせた。


「……来るぞっ!」

『ゥルルルルルゥゥ……グァウッ!!』


 二頭の狼が地を蹴り、左右から挟むように跳びかかる。エイスケは近い方の一体に向けて取り出した投矢(ダーツ)を放った。


 牽制目的だったそれはどうにか命中し、一体が空中で体制を崩して倒れ込む。それを無視して、彼はもう一体の牙を皮手袋で包まれた左手で受け止めた。厚い手袋が貫かれるのを感じながら、短剣の柄で頭を思い切り殴りつける。


 牙が緩んだ隙に振り払い、畳みかけるような横薙ぎの蹴りで沈黙させると、嫌な感触を思い出す前に彼は前方へと駆けた。


(とど)め頼むッ!」

「え、ええっ!?」

「おっ……ちょっ、待てって!」


 視線の先には、投矢で前足を負傷しながらもこちらに向かって来るもう一体の魔狼。手負いの状態で尚も目をぎらつかせ、狼は側面に回り込むと噛みついてきた。


 狙いは足だ……飛びのこうとしたが間に合わず、ふくらはぎ辺りに熱い感触がした。肌が割け、血が流れるのを感じながらも、エイスケは逆手に持った短剣を狼の首筋に思いきり突き立てる。吹き出した鮮血が辺りを赤く彩り、やがて体を痙攣(けいれん)させた狼はようやく牙を離した。


 力の抜けた狼の体が地面に横たわり、エイスケは顎から伝う汗を拭った。ひりつく意識と荒い息を整えて腕と足の状態を見るが、幸いさほど傷は深くない……魔法がしっかりと威力を殺してくれたおかげだ。


「や、殺ったのか……?」


 死体を恐る恐る覗き込みながら、近づいて来た商人は槍の先で狼を突いている。

槍の穂が赤く濡れている所を見ると、止めはきちんと刺して来たようだ。


「あの……傷は大丈夫ですか?」

「問題ない。魔法のおかげで大した傷にはなってないよ。後で消毒は必要だろうが……」


 今は、と言いかけた時……上がったのは悲鳴だった。裏手で何かあったらしい……足早にそちらへ向かって行こうとするエイスケを、商人が引き留めた。


「ちょっと待ってくれよ! 危ねえって! 俺達ぁ持ち場を守ってればいいだろ!?」


 先程の戦闘は恐怖を感じるのに十分だったようで、彼の膝は小刻みに震えている。


「俺も気は進まないが、もし他がやられていたら、次はこっちだろ。こんな闇の中で狼や他の魔物達から簡単に逃げられると思うなよ。頭数が揃ってるうちに何とかしないと、こっちが危ないぞ」

「だけどよ……さっきの叫び声聞いたかよ! 俺ぁおっかなくて……」

「気持ちは分かるが……あんたはどう思う?」


 埒が明かないので魔法使いにも話を振る。すると、気丈にも彼女はエイスケの意見に賛同してくれた。


「怖いですけど、ここに二人で留まっていても不安になりそうですし。状況だけでも確認しておきたい……です」

「だそうだ。おっさん、どうする? 一人で残るか」


 再度、商人の男に意地悪く尋ねると、彼はぐっと息を詰まらせ、予想通りの反応を示す。


「こんなところで一人で残るなんて冗談じゃねえ! 行くよぉ!」


 やけくそになり、叫ぶ商人。こうして三人がの意思が統一され、足を踏み出そうとしたところに響き渡ったのは、再度助けを求める男の声。


「……急ごう」


 何が起きているのかはわからないが、こちらにとって愉快な事態で無いことだけは確かだ。


 予断を許さない状況に高まる鼓動を押さえ……最悪を回避しようと彼らは揺らぐ松明の明かり目指して駆けて行った。


最後まで読んでいただきありがとうございましたっ!


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