6
道のない山中を進み、茂みを抜けると、牛舎の横に出た。奥の方から言い争うような喧騒が聞こえてくる。
「うん、今日もにぎやかだ。この声は、将人と尚人かな。幸生くん、二人には会ったことある?」
幸生は、母に迷惑をかけるなと忠告してきた将人のことは覚えていた。もう一人は、聞き覚えがない名前だ。
「将人って、怖そうな人だろう? 尚人って人のことは知らない」
「そう、将人はおっかないよ。奥留のおっかない四天王の一人だ」
「なんだ、それ」
くだらないのだろうとわかっていながらも、思わず聞いてしまった。
「まず一人目は、浩司。自称文系科目の先生なのに、人間は感情がある生き物だってことに気づいていない偏屈爺さん。二人目は、明子。明子は、母屋にいるから知っているだろう?」
「ああ」
明子は、よく身の回りの世話を焼いてくれる高齢の女の人だ。怖い印象は、今のところなかった。
「すぐ怒るし、タイミングが悪いと包丁を持って追いかけてくる。僕たちが障子を破ると激怒するくせに、自分が包丁で破っても涼しい顔をしているんだ。平等に欠けるよね」
そのくらい明子の逆鱗に触れることをしたのだろう。想像がつくため、これについては幸生は共感しなかった。
「三人目は、将人。将人は、存在が怖い。この淡々と感情を押し殺して純度を増した怒号なんて観客として聞いているだけでも震えるものがあるよね」
言い争いの内容までは聞き取れないが、それでも激しい怒りが伝わって来る。それほど低い声ではないのに、重低音に響いて空気を震わせた。初対面で抱いた印象は、間違いではなかったと、幸生は自分の直感を見直した。
「最後の一人は、戒人。戒人は目ざといから、お小言ポイントを見逃さないんだ。ここの子は、みんな戒人から穏やかにやかましいことを言われているよ。戒人は、静かに怒るから余計に怖いんだよね。それでも、戒人は人望があるから嫌われてはいないんだけどね」
勇人は、戒人の話しをする時だけ好意的だった。勇人の言い方だと、他の三人は少なくとも好かれてはいないらしい。
「尚人は、色んな人と諍いが絶えない人なんだ」
勇人の顔から、おふざけが消えた。
「尚人は、真面目で正義感が強すぎる、不器用な人なんだ。ここではね、そういう人は生きていくことすら許されない」
「なんで?」
幸生は、不穏なものを感じ、恐る恐る尋ねた。
「じきにわかるよ。幸生くん、どんなにここが嫌でも、表向きはうまくやらないといけないよ。僕と彩人も表向きは、生意気でいたずら好きなただのクソガキだ」
「勇人?」
誰かが牛舎から出てきた。気づけば、喧騒も止んでいる。
「戒人、どうしたんだい? 今日は外へ買い出しに行くって言っていた朝の言葉は嘘だったのかい? 嘘を吐かれて傷ついた慰謝料に、そろそろテレビが映るようにしてくれよ。千春ちゃんがアニメが映らないって駄々をこねていたって聞いたよ?」
「牛用の薬を買ってきて届けたところなんです。それから、この地域は電波の関係で視聴が困難なんです。あきらめてください。千春ちゃんも録画したDVDをその都度持って行くということで納得してくれました」
「ずいぶん聞き分けのいい子だね。幸生くん、ちょっとお行儀よく育てすぎたんじゃないかな?」
「勇人は、四才の千春ちゃんをもっと見習ってください。幸生くん、勇人に迷惑をかけられてはいませんか?」
戒人は、心配そうな目を幸生に向けた。純粋に案じてくれているようだ。とんでもない情報を吹き込まれたが、戒人に言えるわけがない。
「大丈夫です」
すかさず、勇人が口をはさんだ。
「僕と彩人は、純粋に弟ができたって喜んでいるんだよ? 少しくらい連れ回したっていいじゃないか。颯人にちょっかいを出すのに、飽きてきた頃なんだ」
戒人の心配は全く解消されないようだ。
「幸生くん、何かあったらすぐに周りに助けを求めてください。二人とも悪意はないんですが、なにぶんイタズラが豪快でして」
心配性な戒人も一緒に畑まで送ってくれた。その間、勇人と戒人はとりとめもなく雑談と喧嘩の中間くらいのやり取りをしていた。年は離れているが、仲のいい本当の兄弟のようだ。
畑に着くと、勇人は見知った姿に声をかけた。
「おーい、颯人!」
颯人の顔に悲壮感が漂う。
「今度は、なにを手伝わそうって言うんだ! 僕は、スイカを収穫したいんだから邪魔をしないでくれ」
勇人は、隣にいる幸生に肩をすくめながら言った。
「あいつ、本当にスイカが好きでさ。今度、夜中にこっそりあいつの枕元をスイカで埋めて、喜ばせてあげることにするよ」
勇人は、悪気なくそう言っているようだ。戒人もこの点についてのお小言はあきらめの境地に達しているらしく、聞こえないふりをしていた。幸生は、颯人を不憫に思いながら畑へと入って行った。
それから勇人と彩人にからまれる日が続くかと思いきや、二人が幸生の前に現れることはなかった。
あの女が両親を殺したのかもしれないという事実に、幸生は女をなにかと理由をつけて避けるようになった。千春もあの女から遠ざけたい。そう思っても、千春はあの女を“ママ”と呼び続け、あろうことか慕っていた。
この日も、ママに絵本を読んでもらうと自分の元を去ろうとした千春を幸生は一度自室へと連れ帰った。
「千春、いい加減にあの女をママって呼ぶのは止めろ。お前のママは、あの女じゃないだろう」
千春は、ウサギの人形を抱きしめながらうな垂れている。
「ママは、ママだもん。幸ちゃんは、ママのこと嫌いなの?」
「ああ、嫌いだ。俺たちは、ここを出て帰るんだ。そのことを忘れちゃダメだ」
「帰ったら、ママいる?」
千春の目に期待が覗く。幸生の目は揺らいだ。帰っても、あの家に待っている人はいない。
嘘でも“いる”と答えていればよかったのだろうか。幸生は、後悔を重ねることになる。
期待した答えを言わない兄に、千春の目に涙が浮かび始めた。
「にーちゃんは、いる。だから、一緒に帰ろうな」
それが精いっぱい、今の幸生が言えることだった。
千春の顔をこぼれ始めた涙と鼻水を、ティッシュで拭う。千春のクリアになった目に、幸生の顔が映った。
千春は、「う」と短く声を出して頷いた。納得してくれたのだろうか、次の涙は浮かんでこない。
ノックの音がして、祥子が入って来た。涙顔の千春に、祥子は驚いたようだ。
「千春ちゃん、どうかしたの?」
「いいや。祥子、千春をあの女と一緒にしないようにしてくれ」
祥子は、“あの女”という呼び方に、明らかに顔をしかめた。それでも、それを引っ込めて頷いた。
「わかった。あんたの妹だからね。ただ、母さんは、本当に幸生と千春ちゃんのこと大切に想っているよ。そこだけは、勘違いしないでね」
今度は、幸生がしかめっ面をする番だった。確かに、あの女は千春だけじゃなく、他人行儀な姿勢を崩さない幸生にもよくしてくれる。他の子と差別することなく、平等に接してくれる。その姿を見ていると、本当にこの人が両親を殺したのだろうかと疑問が沸くほどだ。
祥子は、真摯な視線で幸生を見つめ続ける。お互いに頑固であることは、痛いほどに学んでいた。その中で、どちらかが折れるということも学習済みだ。
「ああ。優しくしてくれるし、ご飯もうまいよ」
「投げやりな言い方」
祥子は、呆れた顔をした。そこから、照れくさそうな表情に変わる。
「ご飯ね、私も作るの手伝っているんだよ。今までで、なにが一番美味しかった?」
「……覚えてない」
「うわ、ひどい! ちーちゃんは、美味しかったご飯ある?」
「白いご飯!」
「白いご飯かー。私のお米のとぎ方がよかったのかもしれないね」
この場面で、彩人に釘を刺されたことを思い出してしまった。変に意識してしまいそうだ。
考えるなと自制しているにも関わらず、意に反した質問が幸生の口から出て行った。
「彩人と仲良いのか?」
「彩人?」
唐突に出てきた名前に、祥子は目を丸くしている。幸生は、自分の顔面を強く叩きたい気分だった。
「別に普通じゃない? 彩人は勇人と結ちゃんと一緒にいることが多くて、あんまり関わることなかったし」
「結ちゃん?」
聞いたことのない名前だ。そもそも母屋以外で、女の人の姿を見たことがないことに気が付いた。
祥子は、瞳を伏せた。
「結子って子で、優しいお姉ちゃんだった。四年前に亡くなっちゃったんだけどね」
「なんで?」
「理由はわかんないよ。死ぬときって、みんな突然なんだもん。ちーちゃん、今日は私と子供部屋で遊ぼうか」
「おままごとするー!」
千春はさっきまで泣いていたのが嘘みたいに、元気になった。
幸生は、勇人と彩人に会いに行くことにした。変わらない日々を繰り返していても、打開策はない。
釣りをしているのではと目星をつけて川沿いを歩いてみたが、二人の姿はなかった。そうなると、親しい人に聞くのが一番手っ取り早い。
「颯人さん、勇人と彩人がどこにいるのか知っていますか?」
颯人は、牛舎を掃除している手を止めた。ぎっくり腰になった浩司の代わりに、最近、颯人は牛舎で仕事をしていることが多い。
「あの二人がどうかした? 何かパシリでも頼まれたなら、僕ががつんと言ってあげようか?」
がつんという言葉に、ここまで頼りがいを感じないのも珍しい。幸生は、気持ちだけ受け取って、断りを入れた。
「そういうんじゃないんです。ただ、色んな人と話しがしてみたいなと思って」
「それは、いいことだね。二人なら、乾司さんの家の裏の方ある空き家にいると思うよ。
あっ、乾司さん家はわかる?」
「いいえ」
「気味の悪い土人形が家の前にある家なんだ。案内するから、ちょっと待っていて。将人に許可もらってくるから」
「ああ、わかりました。あの変な置物がある家なら……」
「幸生か。どうだ、ここには馴染んだか?」
将人が来てしまった。会いたくなかったというのに。
幸生は、目をそらしながら、適当に返事をした。
「はい、まあ、それなりに」
「それならいいが。あまり健人のようにふてぶてしい態度をとり続けると痛い目を見るぞ」
「どういう意味ですか」
幸生は、将人を睨みあげた。将人は、片方の口端をあげ、短い嫌な笑い方をした。
「我が強くて生意気なところは、健人そっくりだな。あまり長く見ていたい顔じゃない」
そう言って、将人は奥へ行ってしまった。こっちこそ、お前の面なんて見たくもない。
言われっぱなしで終わったことが悔しくて、幸生は、将人が消えて行った先を睨み飛ばしていた。
「将人と健人は同じ年なんだ。タイプは全然違ったけど、仲良かったはずなんだけどな」
不穏な空気に困ったように颯人は呟いた。
幸生は、一人で乾司の家を目指していた。あの家の前を通るたびに、住人の感性を疑っていたが、乾司と聞いて納得だ。乾司は幸生を不快にさせることは一度もないが、癖が強い。そんな感じが家からも出ていた。
その裏手にある家には、近づいたことがない。他の家々にあるすりガラス越しの生活感が皆無だ。それでも、家の周りの雑草は取り除かれており、最低限の手入れは行き届いている。
最近気づいたのだが、母屋ですらチャイムがついていなかった。そして、鍵もついていない。
幸生は、空き家をノックした。反応はない。引き戸に手をかけ、開けてみる。突然、雨が降って来た。雨除けを無視した自然の猛威に、頭上を見上げるとバケツが降って来ておでこを直撃した。
「痛ッ!」
当たり所が悪ければ、おでこが割れて別の生温い液体が流れていたところだ。
「あれ? なんだ、幸生くんだ」
勇人が、幸生が開きかけた戸を開けて出てきた。
「こんな古典的なトラップに引っかかるお間抜けさんは、この世に颯人しかいないかと思っていたよ」
幸生は、腹が立ちながらも、勇人からタオルを受け取った。
室内は、3Kといったところか。キッチンも風呂トイレもついていて、外から見るよりも内装は綺麗だ。一番広そうな部屋の扉が開いていて、そこに彩人がいた。彩人は、おでこを赤くし、頭から水をかぶっている幸生を見て笑い声を上げた。
「あんたら、いつもいないと思っていたら、こんなところでサボっていたのか」
「僕たちには、僕たちのサイクルがあるんだよ。今日は、朝早くからトウモロコシの収穫を済ませたし、三時過ぎたあたりから魚を釣って、みんなの食卓に貴重なタンパク源を添える予定だよ」
「俺たちがここにいるって誰に聞いた。颯人か?」
颯人だと言ったら、颯人が後で痛い目に合うだろうか。幸生が回答に迷っていると、彩人は自己完結したようだ。
「颯人は、牛舎にいただろう? 尚人と将人は今日も言い争っていたか?」
「いいや。将人さんには会ったけど、尚人さんには会わなかった」
「将人に会うなんて、今日は運が悪いのかもしれないね」
運が悪いを通り越して厄日かもしれない。幸生は痛むおでこから血が出ていないことを確認した。将人のことを考えると、さっき言われたことに対する腹立ちが再熱してきた。
「将人さん、俺の父さんのこと嫌いだったみたいだ」
勇人は颯人と同じ反応をした。
「将人と健人は仲が良かったよ。まあ、仲良かったからこそ出て行った健人を許せないっていうのはあるかもしれないね。僕だって、彩人が勝手にここを出て行ったら、なんで僕を置いていったんだって怒ると思うよ」
父は、幸生を残して勝手にいなくなった。なんの前触れもなく。それは腹が立っても仕方がないのかもしれないと幸生は、将人の感情を少し理解できる気がした。
「幸生くん、君の両親を殺したのは奴さんだって話したけど、それ間違いだったかもしれない」
「え?」
無責任なことを言い出した勇人に、幸生は眉を寄せた。
「七月十八日だけど、奴さん、ずっと奥留にいたって。乾司、隆司、亮人から証言が取れたんだ。この辺は、嘘つかないからね」
「じゃあ、本当に事故ってこと……」
それならそれでいい。恐ろしい事実ならない方がいいのかもしれない。それでも、不自然な点が浮き彫りになってしまった今、一生、幸生を苦しめそうだった。そこに、彩人が救いを差し出した。
「首謀者と実行犯は、違う場合がある。首謀者は、奴さんだ。あいつがお前の両親を殺させた」
「……実行犯は?」
「あの日、奥留にいるのが確認できなかったのは、役所勤めの戒人、それと将人の二人だ。どっちかだろうな」
幸生の中では、将人が大本命だった。それでも、戒人に対する疑念もある。
「戒人は、そんなひどいことしないと思うんだけどな」
「また、お前は甘いことを……」
「とりあえずの目標は、将人を殺すことでいいんじゃない?」
勇人の発言に、幸生はぎょっとした。それに気づいて、勇人は慌てて付け加えた。
「殺すっていっても、事故でね。この前も、家が倒壊する事故でうまい具合に将人が下敷きにならないかなって思ったんだけど、尚人が怪我したくらいで、将人と浩司は無傷だったよ」
「それ、間接的に殺そうとしているじゃないか」
「俺たちは、二年前に直接、将人を殺そうとしたことがある。その時、乾司と隆司に止められた。絶対に直接的に殺しちゃならないと念を押された。理由は教えてくれなかった。だから、俺たちは間接的に将人と奴さんを殺してやるって決めたんだ」
彩人の目は、恐ろしいほどの決意で燃えていた。
「あの二人の殺しを幸生くんに手伝わそうとは思わないよ。幸生くんは外の世界で生きてきた正常な判断ができる子だから。僕たちは、君に味方に付いてもらうことで、自分たちが間違っていないって思いたかったのかもしれない」
幸生は、二人を人殺しにはしたくなかった。
「なにも殺さずとも、勇人と彩人もここから逃げ出せばいい。こんな場所にこだわって人殺しになる必要なんかないだろう」
「そうだね、それが一番いい」
勇人の声のトーンは低かった。
「そんな綺麗な話しだったらいいのに。僕たちは、間に合わなかった。殺人が犯罪だっていうのは重々承知だけど、それを果たすために僕は生きているんだ」
勇人は悲しそうに微笑んだ。
「幸生、妹はどうした」
「祥子と子供部屋で遊んでいる」
「妹と一緒にいてやれ。守りたいものがあるなら、そばを離れるな」
「……わかった」
女はまだしも、勇人と彩人がなぜ将人を恨んでいるのか聞くことができなかった。
誰かが誰かを殺そうとするなんて、テレビの中の出来事だと思っていた。まさか、こんな身近で、しかもこんなにも長閑な場所で起こるなんて考えもしない。あの女に関することを除けば、ここはそれなりにいいところに思えた。時間に追われることもなく、変な人はいても縦よりも横のつながりが強く、煩わしい上下関係がない。適度に身体を動かせば、食うに困らず、ある程度の物資も手に入る。ここの生活に慣れてしまうと、学校という一方通行の価値観に染まる場所がいかに無機質かわかる。あの女さえいなければ、ここで千春と生きる道もあったかもしれない。
深い緑と真っ青な空の境目辺りを眺めながら歩いていた。そうしていたら、いきなり近くの背の高い農作物が揺れた。イノシシでも出てきたかと思ったら、まだ見たことがない男だった。肩で息をして、血相を変えている。幸生に気が付くと、腕を掴んできた。
「妹を連れて、早く逃げるんだ。俺が森の入口まで案内してやる」
「え、あの、誰ですか」
「この村には、鬼がいる。お前も殺されるぞ」
幸生は、息を飲んだ。
「尚人」
その名前を紡いだのは、本人ではなかった。背後を振り向くと、戒人がいた。
尚人は、幸生の腕を放し、戒人から逃げるように走り出した。幸生は、その姿を呆然と見送ることしかできない。
「幸生くん」
戒人に呼ばれても、顔を上げることができなかった。
「尚人は、なにか言っていましたか?」
「いいえ、なにも」
幸生は、嘘を吐いた。その嘘は、あっさりと見抜かれていたのかもしれない。
「尚人は、被害妄想が激しく、精神的に病んでいるんです。尚人の言うことを、真に受ける必要はありません。わかりましたか?」
「……わかりました」
口先だけの、いい子を装った。
「おでこ、かなり赤く腫れていますから、家に帰ったらよく冷やした方がいいですよ。それでは」
戒人は、尚人が消えていった方向へ歩いていく。涼し気な背中に、幸生は嫌な汗が滲んでいることに気が付いた。勇人より、彩人の戒人に対する見解の方が合っている気がした。
その後、どうやって子供部屋までたどり着いたのかわからない。おままごとに加わったはずなのに、いつの間にか戦力外と判断され、近所の静かな外飼いの雑種という何とも言えない役どころに収まっていた。
窓際で外を見下ろすと、平和な光景が広がっていた。“お前も殺されるぞ”。そんなことはあり得ない。戒人の言う通り、尚人の妄言だ。そう思い込もうとしていたのに、次の日、尚人が豚小屋で死んでいるのが見つかった。