出会いの日 1-A
「……いらっしゃい」
扉を開け店に入ると、カウンターの向かいに座った男が訝しがるような目で僕を見てきた。
「失礼ですがお客さん、ここが何の店かご存知で?」
無理もないよね。僕みたいな子供がこんなお店に一人で来るなんて、普通はありえない。
僕は頷いて、「大丈夫です。お金も……40万シヴで足りますよね?」
お金の入った袋を示して見せる。声が震えないようにするので精一杯だった。お店の人はいかにも荒事慣れした大柄な男で、はっきり言ってかなり怖い。
「こいつは失礼しました」男は一転して笑顔になった。
「いやなにしろお客さんみたいな人は珍しいもんでして、ええ、じゃあ早速商品の方ご覧になってくださいよ」
男は立ち上がって店の奥に案内してくれる。良かった…… これ以上怪しまれたら逃げ帰ってたかもしれない。
男が目隠しのカーテンを開け、手招きする。
入った瞬間、不潔な匂いが鼻を衝いた。人の垢、汗、尿が入り混じったような独特の匂い。
僕は少し圧倒されてしまった。奥へと長く伸びた部屋、両側の壁にはずらりと鉄格子が並んでいる。その中に人々が、魔術で手首を拘束されて囚われている。このお店で売られているのは女性の奴隷だけだ。皆ぼろぼろの布切れとしか言えないような服で、最低限体が覆われている。
「さてさて、どんな奴隷がお好みですかな? 奴隷はお初めて? でしたらやはり従順な者がおすすめですな。今ならこいつかこいつなんか……」
そう言って店員は僕におすすめの奴隷を特徴と共に紹介してくれる。顔がかわいい子、スタイルが良い子、家事スキルが高い子…… 僕は一人ひとり売り物の子たちを見ていく。反応もそれぞれだ。うなだれたまま動かない子、訴えかけるようにこちらを見てくる子、恐怖に目を見開く子……
けれど部屋の一番奥までたどり着いたとき、僕は、衝撃を受けた。最奥の鉄格子に囚われたその女の人。今までの奴隷と全然違う。見た瞬間に、僕の胸の奥で、バチっと電気が流れたよう。僕はもうその人から目が離せなかった。
「ああ、そいつはちょっとねえ…… 見てくれは抜群なんですが、まあいわゆる問題児でして。何でも元は剣士だか騎士だかで、全然言うことを聞かないんですわ。見た目が良いんで元はずいぶん高級な売り物だったらしいんですが、どこぞの金持ちが買っては自分好みに調教しようとして手ひどくやって、どうしても折れないんで諦めて売り飛ばしちまうってのの繰り返しでねえ。流石に安くなってたんでウチが仕入れてみたんですけれどもね、こいつが予想以上でして」
その女の人は、僕を睨みつけていた。美しいと思った。切れ長の目には、意志を失っていない大きな水色の瞳。少しだけ青みがかった、長い黒髪、腰の上くらいまで。身長は高い、僕より、店員の人よりも高い。腕も脚もすらりと長いけれど、強く、筋肉がついているのが見て取れる。布切れから除く腹筋にはうっすらと割れ目が見えていて、布で覆われた、その、胸は…… とても大きい。僕の鼓動は速まっていた。
「お客さん、そいつはやめといたほうがいいですよ。奴隷を何人も飼ってるような金持ちたちが、ことごとく手懐けられなかったんだ。いくら隷印があるったって、油断すれば最悪殺されますよ。確かに見た目は良いですけどね、夜に楽しむにしたって隷印で無理やり言うことを聞かせるしかない。お客さんはそういうのがお好みには見えませんがね」
見入っている僕を店員が諌めるけれど、僕はもう、この人しか考えられなかった。鉄格子の前に示されたプレートには『ユキ』と名前が書かれている。東方の出身だろうか。その他には年齢が25歳、値段が28万シヴと書かれてあるだけだ。店員の反対を押し切って買うとは言い辛くて、僕は店員の方を訴えかけるように見た。
「本気ですかい? まあウチとしても扱いに困ってたんでね、買って頂けるっていうならありがたいですよ。しかしね、クレームやら返品やらは受け付けませんぜ。よろしいんですかい」
僕は頷いた。「全く変わったお客さんだ。分かりましたよ。じゃあ手続しますんで一旦戻りましょうや」
お店の入り口でお金を払い、奴隷引き渡しの手続きを行った。色々と説明事項や注意事項があって身構えたけれど、お店の人は丁寧に説明してくれて安心した。そういう社会にコネなんてないから、このお店を選んだのも雰囲気で、ほとんど賭けだったけれど、ここにして正解だったと思った。引き渡し状にサインする。最後にやらなくてはいけないのは隷印の移植だ。出来るだけ使いたくはないけど、念のため…… それに移植しないなんて言ったらたぶん法的にややこしくなって、お店の人も困るだろう。
「手を出してください。はい、ちょっとチクっとしますよ。せーの」
「っ!!」
い、痛い……! ちょっとどころじゃないよこれ。左手の甲に無数に針で刺されたような痛みが走ると共に、赤い菱形の隷印が浮かび上がって、すぐに消えた。
「はい、完了ですな。隷印を念じて命令すれば、お客さんの奴隷を従わせられます。さっきも言いましたが、過信は禁物ですぜ。少しでも目を離したり、眠ったりするときは隷印とは別に魔術で拘束しておくこと。出来ればその上で閉じ込めておく。不意を襲われたら無力です。特にあいつはそういうことには長けてるんですからね。あたしゃ心配ですよ……」
ぶつぶつ呟きながら店員が店の奥へと消えていく。ほどなくして、ユキを魔鎖で誘導して連れてきた。脚の拘束は解かれている。
「じゃ、くどいようですがくれぐれも気を付けて。まいどあり!」
僕はユキを連れてお店を出た。薄暗い店内から、日差しさす通りへ出ると、眩しくて目を細めてしまう。「僕はアルト。これからよろしくね」「…………」
ユキは一言も発さず、僕を睨んでいる。
「えーと……」僕は所在なく目を逸らした。一方ユキは手首を体の前で拘束され、ぼろぼろの布切れを纏いながら堂々と立っている。
「ふ、服持ってくればよかったな…… とりあえず僕のこれ、あ、そのままじゃ着れないよね……」僕はユキの拘束を解除した。彼女の手首の周縁を周っていた赤色の魔術拘束も魔鎖も、ガラスのような音で割れ、消失する。
「なっ……」あ、ユキが喋った。「何のつもりだ……」
何て綺麗な声だろう。変な例えだけれど、蒸し暑い真夏の日に、不意に吹き抜けていく涼風みたいな…… うーん、自分でも何言ってるのかよく分からないけどさ……
ユキは心から驚いているように見えた。
「何って…… このコート、薄いけどとりあえず無いよりマシかと思って」
「私が逃げ出したり、お前を襲ったりしたらどうするつもりだ」
「そ、そのときは隷印使わせてもらうかな……?」
ユキはふんと鼻を鳴らし、黙ってしまった。脱いだコートを差し出すが、受け取ってもらえない。膠着状態に耐えかね、僕が脱いだコートをまた自分で着ようか迷いだしたところで、ユキは僕からコートを受け取って羽織ってくれた。良かった…… 不格好だが、服とも言えないような布切れを晒して街を歩くよりはまだマシなはずだ。
「じゃ、とりあえず帰ろうか」僕が歩き出すと、ユキは黙ってついてくる。




