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第88回「来訪者は語る」

 数日が経った。僕たちはまだコンドンの街に滞在していた。ノエミ殺害事件、およびスワーナ誘拐未遂事件の捜査を担当しているのはコンドンの自警団で、スワーナも僕が関与していない旨を証言してくれていたけれど、なかなか無罪放免とはいかないようだった。

 街は悲しみに包まれている。ノエミは鉱夫たちを中心としたカンパにより、街をあげた葬儀で弔われた。彼女は良い為政者だったようである。

 プラムと僕だけでなく、スワーナも同じ宿に泊まっていた。彼女の家は殺害現場になってしまったし、ノエミの住居にいたら思い出がのしかかってくるということで、僕たちと一緒にいることを選択したのだ。彼女はすでに「あなたたちとは仲間だからね」と言ってくれた。それは頼もしいことだった。


 だが、ある日の朝のことである。僕らが泊まっている部屋の扉がノックされた。宿の従業員だろうかと思って開けてみると、そこには一人の男が立っていた。魔族だ。耳が尖っていて、灰色の髪と口ひげが似合う紳士。紫色の瞳はどこか高貴さすら感じさせた。

 彼の顔には幾重にもシワが刻まれていたが、それは決して老いを感じさせるものではなく、むしろ歴戦の勇士じみた誇らしさを湛えていた。彼が部屋を間違えたわけではなく、明らかな目的を持ってここを訪ねてきたことは、自信に満ちた立ち振舞からもわかった。


「お初にお目にかかる。私はマブルク。モンフェット一族の長をやっている。このたび、ノエミ・トトが凶刃に斃れたため、当地域を治める知事代行として着任した」

「モンフェット」


 椅子に座っていたプラムが立ち上がった。どうやらその家名を耳にしたことがあるらしい。

 だが、マブルクは手のひらをプラムに差し伸ばした。来るなという意思表示だ。


「失礼する、レイムンドの係累よ。破壊神リュウ、私はキミと二人きりで話がしたい」

「モンフェットの長、マブルク。私は神の書記官だ。同行する義務がある」

「これは魔王アルビオンのご意思である」


 なおも食い下がるプラムに、マブルクが厳しい声で断じた。


「私はコンドンおよび当地域の慰撫を任されるとともに、魔王より密命を帯びてきた。破壊神リュウ、キミにだけ言葉を伝えるという大切な使命だ」

「その役目に関しては苦労を労いたい」


 僕は「しかし」と言葉を繋げた。


「プラムは僕の半身にも等しい存在だ。彼女を抜きにして話を聞くことはできない」

「む……」

「また、スワーナにも話を聞く権利があると考える。僕が思うに、それは彼女にも関わることではないか。そして、聡明な魔王のことだ。僕がそのように望んだならば、二人の同席を認めるように言い含めているのではないか」


 片目だけを開けたマブルクは、ふいにくっくっと肩を揺らして笑った。


「なるほど、なるほど。魔王がキミを特別視する理由がよくわかる。すばらしい分析だ。ほとんど妄想に近いとは思うが、まさしく魔王はそのようにおっしゃられた。キミが二人の同席を望むのならば、そのようにせよと。よろしい、まったくよろしい。では、この部屋で話してしまおうか。すまないが、水を一杯いただけるかな。喉の通りを良くしたいものでね」


 マブルクは半ば僕を押しのけるようにして、ずかずかと中に入ってきた。この時点で、僕は彼を「尊大」かつ「侮れない男」と見ている。ただその物言いは、決してアルビオンを崇拝しているわけではなさそうだ。

 ともあれ、話をしてくれるというのならば、僕が事を荒立てる必要もない。廊下に誰もいないことを確かめてから扉を閉め、鍵をかける。水はプラムが水差しから用意してくれていた。すでにマブルクはテーブルセットの背もたれのない椅子に座り、足を組んでいる。


「立ったままでもいいし、座ってもらってもいい。キミたちの好きなようにしたまえ。くつろげる体勢になったら、話をしようじゃないか」


 まるでバカンスにでも来たような感じで、マブルクは両手を広げる。


「プラム。モンフェット一族について端的に教えてくれ」

「王のことを嫌っている」


 どうやら反アルビオン派で間違いないようだ。

 しかし、これは僕にとって意外なことだった。ノエミ・トトが反アルビオンなことは知っていたし、それゆえに彼女を生贄にして、この地域には魔王派の人材を送り込んでくるとばかり考えていた。

 それが実際に来たのはまるで逆。ノエミと同じ反魔王の存在だったわけである。その真意を知りたいのは確かだった。


「ふふふ、わかりやすい説明をありがとう」


 マブルクはなおも笑っている。

 僕はプラムとスワーナがベッドに腰掛けたのを見届けて、椅子を持ってマブルクから距離を取って座った。


「私がここに来たのは他でもない。キミたちに詫びるために来たのだ」

「どういうことかな」

「とぼけなくてもいい。キミは気づいているだろうが、魔王はコンドンで起きる事件について、あらかじめ知っていた。いや、むしろ、事件が起きるように徹底的に誘導した。その件については、本当に申し訳なく思っているということだ。スワーナ・ボロメオ。キミにも謝りたいと言っていたよ。彼はキミを充分に利用したのだからね」

「口では何とでも言えるでしょう」

「そういうことだ」


 すべては他人事とばかりに、マブルクが手を広げた。


「私も、魔王が本当に謝りたいと思っているなどとは考えていない。むしろ、手を叩いて喜びたいんじゃないかと考えているよ。まったく非道なやり方だ」

「ということは、僕が考えた仮説が正しかったということか」

「そうだ。魔王はわざとスワーナを誘拐させるつもりだった。そのために、リュウ、キミの行動をも利用した。わざわざスカラルドに呼びつけたのは、キミの行動時期を調整するためだよ。もちろん、アイリアルの反乱を予防するという本来の目的もあったと思うがね」

「お前は反乱を潰されて不満足なのではないか」


 プラムの口調が厳しい。魔王に敵対する者であると再認識して、並々ならぬ警戒心を抱いているのだろう。


「どうかな。私としても理性的に考えれば、魔族同士で争うのは利のないことだと考えている。人間どもが相争っている現状を鑑みて、そう思わない方がおかしい。だが、正義なき戦いに参加するほど、私も落ちぶれてはいない。だから、軍役を免除される代わりに、ここへやってきた」

「マブルク。僕が思うに、君は風見鶏になろうとしているんじゃないか」


 僕はその発想を捨てきれなかった。それは彼の話を聞く中で醸成された思いだったが、不思議な説得力を感じていたのだ。


「本当は反魔王派なのも古くからの因習に過ぎず、最終的に勝つ方を慎重に選ぼうとしている。そのためのモンフェット一族の勢力温存だ。だとすれば、コンドンと周辺地域の鎮撫というのはうってつけの任務だろう。君がプラムが知るほどの力を持っているのならば、その力を魔王は欲するはずだ」

「聡明なことだ。まあ、そのあたりはご想像にお任せしよう。私が言いたいことは、魔王はキミやプラム・レイムンドやスワーナ・ボロメオに謝意を伝えたがっていたということで、さらにはスワーナの身柄についても従前の話し合いの通りに自由にしていいということだった」

「他人の身柄を本人の同意なくどうこうすることは、いささか喜ばしくないね」

「それは情緒的な感想というものだ。現実には魔も人も資材であり消耗材であることに変わりはない。たとえどんな英雄であっても、国家や軍隊という広大な視野で見れば、一個の消耗品に過ぎん。大事なのは、そうやって使われる側のままでいるか、あるいは使う側に転身するかということだ」


 マブルクは水を飲み干した。


「コンドンの街の捜査は、私の到来によって終了する。ノエミ・トトを殺害したのはアクスヴィル聖王国の騎士であり、魔王は彼の名のもとに報復戦争を開始するだろう。リュウ、キミとチャンドリカの勢力は、その間を『大人しく』過ごしてほしいと考えている」

「ずいぶん抽象的な物言いに聞こえるが」

「戦争に介入するなということだ。キミが話題を掻っ攫うことは、多くの者が望ましくないと考えているわけだからね。もっとも、まだそんな余裕もないだろうから、一応ということで心に刻んでおきたまえ」

「では、僕としても要求させてもらおう。魔王から援助をもらっているが、それを倍額に増やしてほしい」


 コンドンでの陰謀の存在は、僕にとっては攻撃材料だった。今後の活動範囲の拡大を望むため、彼らから金銭を搾り取るべきだった。


「私では判断しかねるが、魔王も即座に断るだろうな。代償はスワーナという形で支払っているし、落ち着いたらテイラーにも向かうのだろう」


 逆に、マブルクも僕の痛い点を了解していた。そうだ。すでに魔王とは取引で合意しているのだ。


「もちろん、キミの力には敬意を払う。だが、平城一つと街一つ。本気になれば、すぐにでも消滅してしまうということは、認識しておかなければならないのではないかね」


 これは脅しだった。僕が強く要求すれば、魔王軍はたちまちチャンドリカとロンドロッグに攻め寄せると言っているのだ。なお悪いことには、彼らはスゥスゥを通じて「アクスヴィルの騎士が、魔王から援助を受けているチャンドリカの指導者と繋がっていた」という事実を握っている。それはパワーバランスの一層の崩壊を招きかねない。

 仕方がない。引いておくのが上策だった。


「残念。もう少し搾取できるかと思ったんだけどな。僕の追加の要求は撤回しよう」

「それが賢人の選択だ」

「じゃあ、僕らはもうこの街を離れてもいいのかな。何しろ観光地ってわけでもないから、少々飽きてきちまってね」

「もちろん、構わない。まあ、これからも良き同盟者でいようではないか。遊びに来てもらっても構わないぞ。コンドンはいつでもキミたちを歓迎するだろう。特に、スワーナはこの街が故郷のようなものだ。いつでも里帰りするといい」

「今は嫌な思い出しか浮かんでこないから、しばらくはいい」


 スワーナの反発に、マブルクは余裕の笑みを見せた。


「それは残念。ノエミも悲しむだろう」

「誰が殺したと思っている」

「アクスヴィルの騎士が殺したと断定しているよ」


 自分たちがノエミを死に追いやったと認めながらも、実行犯はシュルツたちだと言いのける。まったく見事な政治的表現だった。性質の悪いことに、それは事実に基づいている。それでも、わざと殺させたという事実も存在するのだ。僕はそれを胸に刻んだし、スワーナだって承知しているだろう。


「他に質問はあるかね」


 まるで先生のように、マブルクは振る舞った。実にふてぶてしい教師だ。もしもスワーナに武力があったなら、彼に斬りかかっていたかもしれない。

 だが、ここでマブルクに襲いかかっても仕方ないのだ。今は彼の表面上の言葉をそのまま受け取り、退散するのがベストである。


「マブルク・モンフェット。話は終わりのようだ。僕らは帰るべき場所に帰る。魔王からの謝罪も受け入れよう。だが、このような奸謀に使うのはやめてもらいたい」

「私でもそう思うよ、リュウ。いいだろう。魔王にはそのように定期報告で伝えておこう」


 マブルクが立ち上がり、隙のない動きで扉まで歩いていく。


「そうそう、宿の代金はこちらで払っておこう。滞留させてしまったからね。希望するなら、もう一泊していってもいいが」

「いや、いい」

「では、本日の分までを支払っておくよ。キミたちは悠々と出ていくだけでいい」


 さらばだ、とマブルクは言い残し、静かに部屋を出ていった。

 僕たちはそれを廊下まで見送る気にはなれなかった。たとえ想定通りの陰謀が動いていたとわかったにしても、それで取り返しのつくような現実ではないからだ。


「少し休んでから、転移魔法でチャンドリカへ向かう」

「神、私はいつでも構わない」

「あたしも。もう、ここにはいたくない」


 僕は「そうか」とだけしか答えられなかった。プラムもスワーナも、激しい怒りで身を灼いているのかもしれなかった。それとも、困惑や焦燥に近いものだろうか。だが、僕には二人の声音からして、怒りの波長が強いように感じられた。

 誰かの利益のためだけに動かされるのはまっぴらごめんだ。それを避けるためには、常に自分の考えで動き続けるしかない。


「行こう」


 僕はそう宣言し、荷物を持って部屋を出た。二人も何も言わずに続いてきた。

 チャンドリカへ帰り、状況を見定める。今この時代を生き残るために、あらゆる手段を行使する。そうでなければ、いずれ乱世に飲み込まれてしまうだろう。

 宿を出てみると、空は暗雲で包まれていた。まるでこれからの行く末を暗示しているかのような、不吉な雲だった。

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